「値上げ時代に選ばれ続けるブランド」とは?エンゲージメントデザインのススメ
2024/09/11
「ブランドを選んでもらい、そして選び続けてもらう」ことが、難しい時代です。
今や度重なる値上げによって、生活者の消費判断がシビアになっています。また、値上げに限らず、慢性的な人口減少や、機能価値の均一化、どんどん予測困難になる社会情勢など、現代のブランドを取り巻く環境は複雑化しており、何を軸にして生活者に向き合うべきか迷っている企業も多いのではないでしょうか。
インテージと電通は、コロナ禍と値上げが同時進行した2021~23年、ブランドに対する購買データ・意識データの調査を実施しました。この調査結果から導き出されたのは、一人一人の生活にブランドが寄り添い、ポジティブな感情想起を促すための「エンゲージメントデザイン」の重要性でした。
膨大な生活者データを保有するインテージの伊田加奈子氏と、ブランドの統合的体験構築に強みを持つ電通の三井知佳氏が、値上げや変化に強いブランドをつくる、エンゲージメントデザインの可能性を語ります。
※調査概要は記事末尾を参照
<目次>
▼値上げで「顧客が離れたブランド」と「顧客が残ったブランド」の違いとは?
▼選ばれ続けるブランドは、「エンゲージメントデザイン」から
▼深い顧客理解に基づくブランド体験を提案したKATEは、売り上げがV字回復
値上げで「顧客が離れたブランド」と「顧客が残ったブランド」の違いとは?
──今回の調査を実施した経緯や、その背景にある時代の変化について教えてください。
三井:近年、急速なテクノロジーの進歩や市場のグローバル化、世界情勢の不安定化、新型コロナウイルス感染症の流行など、社会を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。いわゆる「VUCA」と言われる、予測不能なことが次々と起きる厳しい環境下で、ブランドは成長し続けなければなりません。この状況に追い討ちをかけたのが、ここ数年続いている値上げです。
実際に、値上げがきっかけでブランドから離れてしまう生活者もいる中、改めてお客さまに選ばれ続けるブランドづくりとはいかなるものかを検証すべきタイミングだと考えました。そこで、国内最大の生活者データを持っているインテージと、ブランドの総合的体験構築に向き合い続けてきた電通で、生活者の購買データ・意識データを分析し「値上げや変化に強いブランド」の特徴を考察したのです。
伊田:今回実施したのは、インテージが保有する「SCI(全国個人消費者パネル調査)」データを活用した調査です。日用品、食料品、飲料など、さまざまなカテゴリの主要ブランドを対象に、2021~23年の3年間における生活者の購買行動や意識の推移を分析しました。
今回、生活者の購買行動を「間口(購入者数)」と「奥行き(購入金額)」という二つの指標で調査し、合わせて「購買規模」として算出したのですが、値上げ局面にもかかわらず、間口・奥行きともに平均を上回る成長をしているブランドが少なからず存在しました。
──値上げ局面であった2021~23年で購買規模を拡大したブランドが可視化されたのですね。
伊田:はい。さらに、これらのブランドを、「新規顧客の獲得状況」と、「既存顧客の定着状況」という二つの視点で分析しました。すると、順調に間口(購入者数)を増やしているブランドは、この二つを「両立」できていることが分かりました。そして、奥行き(購入金額)については、特に既存顧客の定着の影響が大きいという傾向も確認できました。
──既存顧客が定着するほどに、1人当たりの購入金額が大きくなるということでしょうか?
伊田:そうですね、7カテゴリの約130ブランドを分析した結果でいうと、あくまでも例えばの数字ですが、買い始めて1年目のお客さまの年間購入金額が100だとして、2年目のお客さまは200、3年目のお客さまは300というふうに、購入金額の伸び率が右肩上がりとなる傾向がありました。つまり、既存のお客さまとの関係を育てていくことが非常に重要であり、逆に値上げなどをきっかけに既存顧客が離れてしまうと売り上げにも大きなマイナスになるということです。
三井:成長し続けているブランドの売り上げの多くを支えているのは、そうした「買い続けてくれるお客さま」なんですよね。企業はどうしても新規顧客の獲得に注力しがちですが、既存顧客の定着の売り上げへの影響が大きいことが、改めて浮き彫りになったと思います。
伊田:では、値上げが続く中でも成長できているブランドのお客さまは、なぜそのブランドを選び続けるのか?そこを深掘りすべく、ブランド購入者への意識「ロイヤルティ」に関するアンケート調査を実施しました。なお、今回は単純にロイヤルティが高いか低いかというだけでなく、ロイヤルティを三つの変数に分解しました。
一つ目が、日用消費財なので何となく同じものを買い続けているなど、消極的にブランドを選んでいる「リスク回避」。
二つ目はブランドに対する親しみや、期待に応えてくれるという信頼感を抱いて買い続けている「親近」。
そして、このブランドは自分にぴったりだ、このブランドのファンだという強い意識を持って買い続ける「推し」。
〈顧客ロイヤルティを三つの変数に分解〉
- リスク回避→消極的にブランドを選んでいる
- 親近→ブランドに対する親しみや信頼感を持つ
- 推し→ブランドに対する強いファン意識を持つ
統計手法についてはちょっと複雑なので、ここでは結論だけ言うと、やはり「親近」や「推し」のロイヤルティを持つお客さまほど継続購入意向が高いことが分かりました。「リスク回避」のロイヤルティを持つお客さまは、逆に継続購入意向が低い傾向が見られました。
選ばれ続けるブランドは、「エンゲージメントデザイン」から
──値上げ時代には、価格のような「リスク回避」要素がロイヤルティに影響するのではと考えてしまいがちですが、実際は継続購入意向に対しては「親近」や「推し」の方が関連性が強いのですね。
三井:値上げに強いブランドになるためには、お客さまに「このブランドでいい」ではなく「このブランドがいい」と思ってもらうことが重要だというのが私たちの見解です。今、世の中では節約意識が高まっていますが、そのような消費の中にも“緩急”があると思うんですよ。
つまり、なんでもかんでも節約したり購入をやめたりするのではなく、「お金をかけてでもしっかりと選びたいもの」もあるということ。その緩急の深い部分に、自分たちのブランドを位置付けてもらうことが大切です。
──選ばれるために、ブランドはどのようなことに取り組むべきでしょうか?
三井:一人一人の人生や理想を深く知り、それぞれのベクトルに合わせたブランド体験を提案することだと思います。生活者には、もともと一人一人が理想とする生活や自分像が存在しているはずです。その理想にブランド体験がマッチしたときに、「このブランドは自分を理想に近づけてくれる」という認識が生まれ、そのブランドを積極的に選んでくれる可能性が高まるのではないでしょうか。
生活者にポジティブな感情想起を促し、ブランドと生活者の関係性を深めていくコミュニケーション設計のことを、私たちは「エンゲージメントデザイン」と呼んでいます。分かりやすく言い換えると、ブランド主語ではなく、お客さま主語のコミュニケーションです。
伊田:以前、インテージで、ある飲料に関するインタビューを実施したのですが、そのブランドを選ぶ理由について、すごく印象的だった対象者の方の言葉があるんです。それは、価格が安い他のブランドを購入したときに家族の飲用量が減ったことに気がついて、「あ、ここって自分にとって妥協しちゃいけないポイントなんだと思った」という言葉です。つまり、家族みんなが毎日喜んで飲むものを買うのに、10円・20円の価格差は気にしないということをおっしゃっておられたんですね。
三井:分かります。特にコロナ禍をきっかけに、人生や生活の中で、「自分にとって、これだけは絶対に大事なんだ」というものを見つけられた人は多いのではないでしょうか。そして節約する生活の中でも、その大事なことに対しては、お金もしっかり使う。お客さまごとにそういう大事なものは必ずあるはずで、そのベクトルに合わせたブランド体験を提案するという考え方が重要なんだと思います。
伊田:そうしたいわば「推し」に当たる感情を、生活者の方に顕在的に気づいてもらえるような仕掛けも、ブランドには必要なのかもしれません。かつてのブランドコミュニケーションは、ブランド側がなんらかの価値を提供し、生活者がそれを受け取るという一方通行の関係性が主流でした。でも、今は生き残っているブランドほど、提供というより提案という姿勢にシフトしているように個人的には感じます。
画一化された体験の提供から、個別体験の提案にシフトしていると言ってもいいかもしれません。商品をどう自分の人生にフィットさせるのか、一人一人が自分で見つけられるんです。
──なるほど。近年浸透しつつあるCRMやLTVといった観点からも、それらの感覚は重要になってきますよね。
三井:そうなんです。マーケティングにおいても、購入金額や頻度の高い層を性年代でくくるだけでは、一人一人の気持ちや期待を深く理解することはできません。もっとそれぞれの生活者との関係性の精度を高めていくような、PDCAを伴うエンゲージメントデザインに取り組むことで良い成果につながるのではないかと考えています。そして「このブランドは、私の人生や生活で大事にしていることに必要な存在だ」と自覚してもらうということですね。
深い顧客理解に基づくブランド体験を提案したKATEは、売り上げがV字回復した
──実際にエンゲージメントデザインを取り入れて顧客との関係づくりに成功しているブランドの事例はありますか?
三井:カネボウ化粧品の「KATE(ケイト)」は、まさにその好例です。KATEは20年以上前から「NO MORE RULES.」というフィロソフィーを掲げているのですが、2020年に改めてパーパスと向き合い、お客さまに「なりたい自分に変身する高揚感や実感」を提案することを目指して、ブランド体験を多数展開してきました。
──なりたい自分というのは、いわば「お客さま主語」の考え方ですよね。
三井:はい。例えば、コロナ禍で店頭に行けない状況でも、KATEはオンラインコンテンツを提供して、スマホの中の仮想空間で「この色を実際使うとこんな感じ」という体験をできるようにしたり、「なりたい自分」というコンセプトに沿ってさまざまな体験を提案してきました。
「なりたい自分」って一人一人違うはずじゃないですか。そこで、公式LINEの施策では、既存顧客との関係を深めるために、「お客さまがそもそもどんな自分に変身したいのか?」という欲求を理解した上で、「なりたい自分」のパターンごとに、それを後押しする商品・テクニック・情報を定期的に提案しています。また、中にはまだなりたい自分が分からない人も当然いますから、フェーズごとに違った体験を提案しています。
三井:その結果、これまではKATEを利便性だったり、いわばリスク回避的な観点で選ぶお客さまもいらっしゃったのですが、「KATEだから選ぶ」という指名買いをしてくださるお客さまが着実に増えており、売り上げアップに大きく貢献しています。
伊田:実は今ポイントメーク市場は、韓国コスメに代表される新興ブランドが人気を集めるなど、すごく動きの大きな時代になっているんです。言ってみれば「選ばれ続ける」ことが難しい中で、KATEも苦戦していたのですが、この3年間の購買データを参照すると、売り上げが見事にV字回復しています。
三井:世の中の節約意識が急速に高まっている状況下で、「奥行き=購入金額」を伸ばしているのは、KATEがよりお客さま主語のブランドを志したことと、そのために行ったエンゲージメントデザインが大きく貢献しているのではないかと思います。
これらの施策は2021年にスタートして、コロナ禍や値上げといった目まぐるしい環境変化と同時に実施してきました。KATEはそこまで値上げしているわけではないものの、プチプラブランドなどが根強い人気を得る中で、決して安い商品ではありません。それでもKATEといっしょに頑張りたいというお客さまが増えているんですね。
伊田:また、データを見ると、KATEのヒット商品である「リップモンスター」を購入したお客さまが、その後KATEのアイシャドーやベースメークも購入するようになるといった、「買い回り」傾向が高まっているのが興味深いです。ブランド内での複数カテゴリを横断した「買い回り」が多いほど意識ロイヤルティが高い傾向は、他ブランドでも確認できています。
三井:化粧品はポーチの中に各社のリップが何個もあるなど、複数ブランドを併用できる商品なので、いろんなブランドを試しやすく、トレンドの移り変わりも早い特性があります。そのような中で、「KATEのブランド体験がいいから」という理由でKATEを買いそろえてくれるお客さまが増えてきているのは、すごいことですよね。
──2021年からという実施期間を考えると、売り上げが伸び続けているのは驚異的ですね。
伊田:ただし、どのブランドにも共通しますが、社会を取り巻く状況や生活者のニーズは常に変化し続けているので、それに合わせてブランド体験もアップデートし続ける必要があります。そのためにはデータで継続的に管理し、PDCAを回していくことがとても大切です。
三井:顧客体験を考えるときによく「情緒的価値」といいますが、それだけでは捉えられないような、「人の生活や人生のいろんなこと」があると思っていて。その領域まで深く踏み込んだ先に、選ばれ続けるブランドづくりのヒントがあると考えています。これからはデータを活用しつつ、生活者の深いインサイトに向き合うことで、PDCAの精度をより高めていけるのではないでしょうか。
伊田:例えば、従来は「新規と既存」ぐらいの分類しかできていなかったのが、もっと行動データと意識データを分析することで、既存の中でもより細かい分類ができると考えています。
三井:そうすると、どこがその人にとって「推し」が高まるポイントだったのか、そしてその「推し」はずっと維持されるのかなど、より生活者が見えるようになっていきます。そこに対してブランドができることも増えていくはずですよね。
──これからの時代にブランドは生活者とどのような関係性を築いていくべきか、改めてメッセージをお願いできますか?
三井:私は変化を「脅威」と捉えるのではなく、お客さまが本当に大事にしているものに対してブランドが向き合える「チャンス」と捉えるべきだと考えています。値上げだけでなく、これからも人口減少が続く中で、「自分にとって本当にいいもの」を求めるお客さまにどこまで真摯(しんし)に向き合えるか。それ次第で、ブランドを大きく成長させることができるはずです。
伊田:インテージ社内ではここ数年、「ベストセラーよりロングセラー」ということをよく話しています。短期的なヒットを生み出すことも大事ですが、生活者に合わせた体験をつくり、ブランドをアップデートし続けることで、ロングセラーになっていくことがやはり重要だと感じます。その鍵を握るのが、お客さま主語で考えるエンゲージメントデザインです。私たちはその初手としての現状把握や、継続的なエンゲージメントにつなげるPDCAパートナーとして、これからもブランドの成長に貢献していきたいと思います。
三井:国内トップの豊富な生活者データを保有するインテージと、生活者理解や関係性デザインを得意とする電通が組むことで、エンゲージメントデザインを起点とした「値上げ時代に強いブランドづくり」に貢献できると思います。ご興味のある方は、まずはインテージの「行動/意識ロイヤルティ診断」からお気軽にお試しいただければと思います!