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近年、猫と人間の関係は大きくアップデートされ、新たな時代が到来しています。

本連載「ネコラボ通信」は、電通のクリエイティブR&D組織「Dentsu Lab Tokyo」内に発足した猫専門イノベーションチーム「Neko Lab Tokyo」(以下、ネコラボ)のメンバーが持ち回りで登場。テクノロジーとアイデアを掛け合わせた、猫にまつわる最新プロジェクトやユニークな研究開発をお届けしていきます。

2月22日「猫の日」を前に公開する第4回。今回は、「育児と猫」をテーマに、クリエイティブディレクター/クリエイティブテクノロジストの大瀧篤が、猫研究で知られる上智大学総合人間科学部 齋藤慈子准教授にお話をうかがいました。

左から上智大学 齋藤慈子先生、電通 大瀧篤氏

「猫も人間を理解しているはず!」から始まった猫研究

子どものころは実家に複数の猫がいたという齋藤先生。「15年ともに過ごした愛猫おから(オス・享年16歳)は僧侶のように落ち着いた猫でした。彼を看取ったのち、1年ほどのブランクを経て、今はいたずら好きなめかぶ(メス・1歳)と暮らしています」

大瀧:私は、子どものころから猫と一緒に育ちました。双子でけんかが絶えなかったのですが、猫がふとやってきて、空気をマイルドにしてくれるシーンが多々ありました。私自身の人格形成にも何かしらの影響を受けている気がします。

そんな経験から、猫の持つ人間との絶妙な距離感や、人間が学ぶべきコミュニケーション術、そして今絶賛1歳半の娘を育てているパパとして、「育児」と猫の関係性などを考えるようになりました。

今日は齋藤先生に猫や育児について、お話を聞いたり議論をさせていただけたらと思っています。

まずは齋藤先生について教えてください!齋藤先生は猫と人間の関係や、人間の育児に関する研究をされていますが、なぜこうした研究に興味を持たれたのですか?

齋藤:猫の研究を始めたのは、大学生のときです。「行動生態学」や「進化心理学」など、動物の進化について行動から探る研究室に入り、学ぶうちに「比較認知科学」(※)に興味を持ちました。

そこで何をテーマにしようか考えたときに、実家や叔母の家など身近に猫が多い環境で過ごしてきたので、猫を対象にした実験をするようになりました。ただ、当時は猫の研究が少なく、私も大学院進学以降はサルに関する研究をしていました。

一方そのころ、犬に関する研究がすごく伸びていて。「犬は人間を深く理解している」という研究結果が次々と発表されていたんです。でも猫派の私からしたら、「いや、猫だって十分賢いよね?」と思ってしまって(笑)。これは猫の研究をやるべきだと思い、本格的にスタートしました。

また、人間の育児についても研究しています。実は私、昔は人間の赤ちゃんがすごく苦手だったんです。自分に子どもができてからはかわいいと感じられるようになりましたが、「猫はこんなにかわいいのに、どうして同じ人間の赤ちゃんをかわいいと思えないのだろう?」と思ったことがきっかけで、研究することになりました。

※比較認知科学=ヒトを含む動物の「認知機能」がどのように進化してきたのかを明らかにするため、さまざまな動物種の知能や心を分析し比較する学問。

大瀧:猫の研究って、そんなに珍しかったのですね。なぜ少なかったのでしょうか?

齋藤:猫はなかなか思うように動いてくれないというのが大きいですね。つまり、犬は実験環境に来ても比較的自然に振る舞ってくれるので、研究がしやすいんです。その点、猫は外出や環境変化に強いストレスを感じやすい生き物で、実験環境などに連れてくること自体が難しい面があります。

近年は自宅訪問だったり、猫カフェでの実験も行われていますが、知らない人がいるだけで嫌がる猫も多く、サンプルを集めにくいんですよね。そういった難しさが猫の研究にはあると思います。

大瀧:最近は、SNSでも見かけますが、猫にカメラを取り付けて生活の様子を見たりできるようになってきましたよね。こうしたテクノロジーの進化によって、研究上扱いづらかった猫のことも分かるようになってきたのでしょうか。

齋藤:はい。スマートフォンのカメラなど、カメラが手軽に入手しやすくなって、家庭での様子を撮影して提供してもらえるようになってきましたね。一般の方にご協力いただく“シチズンサイエンス”的な研究も進めやすくなりました。

大瀧:テクノロジーをテーマにしているネコラボチームとしては、猫の研究が進みやすくなったのはとてもうれしいです!時代とともに、猫についてより多くのことが明らかになりそうですね。

どうして猫を「かわいい」と感じるのか?

子どものころから一緒に育った猫(アヤ:享年18歳)に、家族で大きな影響を受けた大瀧氏。今後は自身の経験から、「猫と育児」や、「ペットロス」などにまつわるテーマを中心に、得意領域のテクノロジー x アイデアを用いたソリューション開発・研究に取り組む。

大瀧:比較認知科学の視点で考えると、猫とサルと人間では、心の認知や働き方には、やはり大きな違いがあるのですか?

齋藤:全然違いますね。例えばサルだったら、われわれ人間は系統発生的には近いので通じる部分もあるのですが、やはり人間と猫だと大きく違います。ただ、人間と猫は長く共存してきた歴史があるので、その中で、猫は人間に受け入れられやすいように変化してきたのではないかと言われています。

例えば猫の祖先と言われるリビアヤマネコと、現在のイエネコを比較すると、イエネコの鳴き声の方が人間にとって心地よいとされている研究があるんです。人間と共存していく過程で、よりかわいく鳴く個体の方が餌を与えられ、生き残りやすかったために、そうした特徴を持つように進化していったのではないかと考えられます。

大瀧:進化の過程においても、「かわいい」という要素は大事なんですね!猫と鳴き声といえば、猫が喉を鳴らす“ゴロゴロ音”もコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしているのではないかと思いました。

齋藤:そうですね。あのゴロゴロ音は、親和性を示したいときと、何か要求を伝えたいときで音が異なると言われています。要求を伝えたいときのゴロゴロ音には、赤ちゃんの泣き声の周波数が含まれているという研究結果があるんです。赤ちゃんの泣き声は、人間が緊急性を感じやすく「なんとかしてあげたい」という気持ちにさせられますが、同じように猫のゴロゴロ音も人の注意を引きやすいようですね。

大瀧:そうした特徴を、まさに進化をしていく過程で獲得しているんですよね。あるいは、人間の側が、猫の要求を感知できるように発達したのかも?

齋藤:それもあるのかもしれませんね(笑)。そう考えると、猫がその人間側の特性をうまく利用している、と捉えることもできるのかもしれません。

赤ちゃんと猫の共通点といえば、「ベビースキーマ」という顔の特徴があります。大きな目、小さな口や鼻、大きな頭……といった特徴が、多くの人に「かわいい」という印象を与える傾向があるんです。こうした顔の特徴も、人間が猫をかわいいと感じる一因になっている可能性がありますね。

大瀧:赤ちゃんや猫を「かわいい」と感じる背景には、そういう理由があるんですね。ちなみに先ほど、先生は「人間の赤ちゃんをかわいいと思えなかった」とお話しされていましたよね。その一方で、ご自身が親になったときに初めて「かわいい」と実感されたと考えると、「かわいい」と感じる理由には、そういう理論だけでは説明しきれない要因もあるのではないかと思います。

齋藤:もちろん、赤ちゃんや猫を見た目や声だけで「かわいい」と感じる人もいると思いますが、体内のホルモンの変化などの内的な要因や、赤ちゃんや猫と接した経験も「かわいい」と思える気持ちを形作る要素にはなると思いますね。

大瀧:猫を飼い始めて犬派から猫派になった、という人もいますが、それも猫と触れ合った経験があっての変化かもしれませんね。そのスイッチも解明していきたいです。

人間同士のいさかいを猫が仲裁することはあるのか?

齋藤先生の研究室の本棚の一角には、猫の研究に関連する書籍がぎっしり詰まったエリアも。

大瀧:猫って不思議な存在感があるなと思うこともあります。冒頭で少し触れたように、私自身、子どものころはよく双子の弟とけんかになっていたんですが、そこに猫がいたことで場の空気が和らいだことが何度もありました。猫の存在が、潤滑油の役割を果たしていたんじゃないかって思うんです。猫には、人と人との関係を和らげるような力があるのかもしれないと感じます。

齋藤:それは私も感じています。上の子が思春期で、言い合いになることもあるのですが、そんなときに限って猫がそばに来て鳴いたりするんです。実家で飼っていた猫も、夫婦げんかが始まったときに、まるで間に入るかのように近づいて鳴く子もいましたね。そうするとお互い気がそれて、いつの間にかけんかがおさまったりすることもありました。

大瀧:やっぱりそういうことはあるんですね。私の両親を見ていても、子どもとだけ向き合っていると、どうしても閉じた世界の中で子育てに行き詰まってしまうような場面があったと思うんです。そんなときに、猫が第三者的に、空気が張りつめた瞬間にふと現れてくれる。そんな猫の存在が、家族関係にとってポジティブに働いていたのではないかと思うんですよね。

齋藤:実は、「猫がある程度人間の感情を理解しているらしい」という研究結果はいくつか報告されています。例えば、猫の飼い主にアンケートで気分や心理状態を尋ねた後、猫の行動を観察した研究では、うつ状態にある飼い主に対して猫がより多く体をすり寄せる行動を見せた、という報告もありました。

そう考えると、猫が人の感情を何らかの形で感じ取り、それに応じて行動を変えている、ということは十分にあり得るのではないでしょうか。その結果、猫が人と人との関係性を和らげる、関係性のクッションの役割を果たしているのかもしれませんね。

大瀧:こうしたお話をうかがうと、改めて猫の存在の大きさを感じます。そして、こうした猫の「ほどよい距離感」は、人間の子育てに応用できることもあるのかもしれません。私も、実際に子育てをしていると、自立のためにはある程度距離感を保って接していかないとと思いつつ、どうしても危なっかしく感じて何でも手伝ってしまうところがあって……。猫のように、適度な距離を保ちながらも寄り添う関わり方を、子育てに応用することはできないかなと思っています。

猫型ロボットは猫の「液体性」を再現できるのか?

大瀧:ネコラボは猫に関するクリエイティブやテクノロジーを軸に活動しているチームなので、猫とテクノロジーについてもお話しさせてください。先ほど、これまで研究が難しかった猫の生態も、カメラやスマートフォンなどの技術の進化によってデータを集めやすくなったというお話がありました。先生は「こういうテクノロジーや技術が発展したらいいな」と思うアイデアはありますか?

齋藤:やっぱりAIじゃないでしょうか。近年はAIを活用して、猫の画像や動画から、猫がどんな心理状態なのかを推測しようとする研究が進んでいます。人間が猫の感情を正確に判断するのは意外と難しいという研究もあるので、そうした判断を補助できるようになれば、研究の幅も広がりそうですね。

将来的には病気の兆候を事前に察知したり、留守番中の猫の情動状態をカメラ越しに把握できたりするような技術も、現実になっていくかもしれません。

大瀧:以前よりデータ取得が容易になってきたことに加え、AIの劇的な進化で、猫とAIという領域は、今まさにトライしがいがありますね。たしかに、カメラ越しに情動を捉えて、さらに「今の感情」を分析できるシステムが発達すると、うれしいことがたくさんありそうです。

「おなかが空いた」状態が分かれば、より適切なタイミングと量でリモートで餌をあげたりもできますし。暇をしている状態が分かれば、室内でも楽しく運動になるペット用おもちゃを稼働させてみたり。感情が適切に分かるということは、それに対するソリューションの開発も進むでしょうから楽しみですね。

齋藤:あとは、猫と赤ちゃんが同居しているご家庭に向けて、見守りツールなどがあってもよいかもしれませんね。赤ちゃんと猫だけの環境だと、まれに事故につながる可能性もあったりするので、外からでも関係を見守れるようなツールがあるといいなと思います。

大瀧:もう一つ思ったのが、技術が進歩すれば、いつかはAIを使った「猫型ロボット」がより発展していくのかなと。今は犬型ほどメジャーなロボットが普及していないですよね。そもそも猫のような柔軟さのあるロボットがなかなか難しいというハード側の課題もあると思いますが、人の言うことを聞いてくれる犬型ロボットと比べて猫らしい振る舞いは正解がないので、ソフト面の設計が今までは難しかったのかと推測します。

猫のように何かを感じ取って気を紛らわせてくれたり、思わず「かわいい」と思わせてくれる絶妙な振る舞いは、果たしてAIが学習して再現できるのか、というところがポイントでしょうか。先生は「こういう要素があれば猫らしくなりそう」と思うポイントはありますか?

齋藤:反応が必ずしも予想通りでないところは、猫らしさの一つかもしれないですね。猫の気まぐれさを再現するために、反応をある程度ランダムにするのもいいかもしれません。

大瀧:呼ぶと近寄ってくれる機能はあるけど、必ず反応するとは限らないというのは面白いですよね。欲を言えば、それを無視されたと感じるのではなく、猫らしいおすまし顔の雰囲気もあればベターでしょうか(笑)。という意味では、猫の目や表情の研究も大事ですね。

特に僕は、猫の特徴的な“しっぽ”の動きも取り入れられたら、面白いと思っているんです。しっぽに特化したロボットもありますが、総合的な動きや感情と連動した形でしっぽの動きを深掘っている事例はあまりない印象です。先ほどの人間を無視する猫ロボットも、実はしっぽだけは反応していれば、今はイライラしていて反応してくれないのかな?と断絶せずコミュニケーションの深さが出そうです。

齋藤:猫は感情をしっぽで示していますしね。怒っているときは勢いよくパタパタ動かしたり、しっぽをピンと立ててあいさつしたり。猫型ロボットにも、近づいてくるときにしっぽを立ててくれたりする機能があるとかわいいですね。

大瀧:あとはモフモフした毛や温かさ、柔らかさも再現できるとより猫らしくなりますね。怖そうな人、知らない猫を見つけると、感情がたかぶって毛が逆だったりしても、猫らしいのでしょうか。そういうシーンを含めて、ハード面の進化によってできることも増えそうです。

齋藤:ただ、「猫は液体だ」なんて言われることもありますけど、猫のあの独特の柔らかさはどうやって再現するんでしょう?そういうことがテクノロジーで実現できると面白いですね!

大瀧:まさにですね。柔らかさと強さを同時に備える素材の発展に伴って、より猫らしいボディのロボットも生まれてきそうです。もしくは、強烈な猫愛によってその領域のテクノロジーも発展するかもしれませんね。

最初にお話ししていただいたように、猫はまだまだ解明されていないからこそ探究しがいもあるし、われわれの専門とするクリエイティブとテクロジーとの相性が良い領域だと改めて感じました。先生と話したことを受けて、より新しいネコラボの取り組みにも発展させられたらと思います。
 

イラストレーション:根岸桃子(Neko Lab Tokyo)

お問い合わせ:neko-lab-tokyo@dentsu.co.jp

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

齋藤 慈子

齋藤 慈子

上智大学

総合人間科学部心理学科

准教授

東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科助教、講師、武蔵野大学教育学部講師等を経て、2018年より現職。専門は比較認知科学、発達心理学、進化心理学。主著に「ベーシック発達心理学」(共編、東京大学出版会、2018年)、「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」(共編、東京大学出版会、2019年)。

大瀧 篤

大瀧 篤

株式会社 電通

zero/Dentsu Lab Tokyo

クリエイティブディレクター/クリエイティブテクノロジスト

大学院までAI研究と惑星探査車開発に取り組み、 電通入社。プロモーション、PR領域を経験後、クリエイティブ試験合格を経て現職。2023年よりクリエイティブディレクター。リアル体験×テクノロジーのクリエイティブを武器に、企業・国家事業のソリューションやR&Dプロジェクトに関わる。主な仕事に、PARCOグランバザール2024-2025 CMからデジタルまで統合コミュニケーション、SEIKO HOUSE GINZA インタラクティブショーウインドウ演出、北京2022/東京2020オリンピック日本代表選手団壮行会 総合演出、JOC 日本オリンピックミュージアム設立、東京2020パラリンピック開会式/閉会式 テクノロジカルコンテンツ、遠隔コミュニケーションプロダクト「気配の花」、ゆるスポーツ「トントンボイス相撲」企画開発など。世界三大広告賞のCannes Lions、The One Show、Clio Awardsをはじめ、ACC賞、文化庁メディア芸術祭など国内外で100以上受賞。電通インターンシップ「テクノロジーとアイデアの学校」座長(2024〜2026)。著書に「クリ活2 クリエイターの就活本:デジタルクリエイティブ編」。世界ゆるスポーツ協会 理事/スポーツクリエイター

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