
多くの企業がDX領域に取り組む中で、顧客接点をスマホに求める動きが加速しています。本連載では、アプリ開発で電通と協業しているフラー株式会社にインタビュー。iPhoneの黎明(れいめい)期からアプリを追いかけてきたフラーの山﨑社長に「良いアプリの7カ条」について語ってもらいます(前回の記事はこちら)。
今回は、「良いアプリの7カ条⑦:伝えたい世界観が視覚的に伝わる」について解説します。
(企画:電通 8MK局 笹川真、大坪要介、杉山裕貴、外枦保匠哉〈そとへぼ・たくや〉)
フラー株式会社
デジタル領域で企業の事業支援を行い、主力事業の一つはアプリのデザインと開発。アプリとその市場をきめ細かく分析し、戦略構築からプロダクト開発、グロースまでを一手に手掛ける。同社では、エンジニア、デザイナー、データサイエンティスト、ディレクターからなるクリエイティブチームがさまざまな企業の優れたアプリを生み出している。2021年より電通と業務提携、2024年からは資本業務提携へと発展させ、強力なタッグを組み、アプリ開発に取り組む。
使い勝手が良いだけでは、アプリに愛着は湧かない
本連載の初回で、ヤコブ・ニールセン氏が提唱した「ユーザビリティに関する10の原則」をお伝えしました。
参考:ユーザビリティに関する10の原則(フラー調べ)
- サービスの状況をリアルタイムで視覚的に伝える
- なじみのある語句や意味合いで情報を伝える
- 誤った操作をしても元に戻せて、自由に操作できる
- デザインに一貫性があり、一般的なものである
- 操作ミスを予防してくれる
- 記憶に頼らずに理解できる
- 初心者でも上級者でも使える
- 最小限で美しいデザインである
- ユーザーのエラーの認識や回復を支援する
- ヘルプやマニュアルを提供する
この10の原則を忠実に満たすことができれば、確かにストレスのない、使いやすいアプリになりますが、この原則を最も高いレベルで満たしているアプリとして私が思い浮かべるのは、iOSとAndroidの「設定アプリ」です。これらは初めてでも迷わず使えるよう工夫されており、目的を果たす上では極めて優秀なアプリです。
しかし、それだけでアプリに愛着が湧くかと言われると、疑問が残ります。設定アプリを「大好きだから毎日眺めたい」と思ったり、友人に「設定アプリの世界観が最高なんだ」と薦めたりすることはないでしょう。
機能的に優れていることと、ユーザーの心を動かし愛着を持ってもらうことは全く別の次元の話です。10の原則はあくまで「マイナスをゼロにする」ためのもの。そこからプラスを積み上げ、ユーザーに「このアプリが好きだ」と感じてもらうためには、企業やサービスが持つ世界観が視覚的に反映されていることが必要だと考えます。そこで、良いアプリの7カ条目に「伝えたい世界観が視覚的に伝わる」を入れました。
Googleが認めた、遊び心あふれる「Waze」の世界観
世界観が持つ「機能を超えた価値」を語る上で、興味深い事例があります。イスラエル発のソーシャルナビゲーションアプリ「Waze(ウェイズ)」です。このアプリは2008年に開発され、2013年にGoogleが買収しました。現在もGoogle傘下で運営されていますが、親会社がGoogleマップという強力なナビアプリを持ちながら、Wazeは今も独立したブランドとして、世界で1億5000万人以上のユーザーに愛され続けています。
Googleマップとの違いとしては、車移動に特化していることやユーザー同士のコミュニケーションによる情報収集に寄せていることなど、機能としての差もありますが、一番の大きな違いは、その徹底した世界観にあります。Googleマップが洗練された、無味乾燥なまでに公平なアプリを目指しているのに対し、Wazeはかわいらしいお化けにタイヤをつけたようなキャラクターが特徴的な、遊び心満載の世界観です。全てのアイコンが白い縁取りをされたポップなデザインで統一されています。渋滞情報の報告も、ユーザー同士の助け合いという「コミュニティ体験」として楽しく演出されています。
もしWazeが10の原則を満たすことだけを目的とした効率重視のデザインだったら、Googleマップに吸収され、その個性は消えていたかもしれません。この愛らしい世界観の中で移動を楽しみたいという視覚的な魅力が、巨大な競合との決定的な差別化要因となっているのです。
モレスキンがアプリで再現した、ノートの手触り感
もう一つ、世界観の構築において傑出しているのが、イタリアのノートブランド「モレスキン(Moleskine)」が提供するアプリシリーズです。Moleskineは、1997年に設立された(思ったより最近の創業ですよね!)イタリアの文具メーカーで、紙の手帳やノートブックに定評がありますが、実は今、デジタル分野にも力を入れており、日記アプリの「Moleskine Journal」やタスク管理アプリ「Moleskine Planner」など、多彩なアプリを展開しています。特に「Moleskine Planner」は、以前は「Balance」と呼ばれていたアプリが2024年末にリニューアルされたもので、長年続くアプリが継続的に改善されています。
モレスキンは、アナログとデジタルの境界線を取り除き、シームレスにつなげることを掲げており、紙製品で培ったMoleskineらしさをデジタルにうまく落とし込んでいます。アプリの色使いや、細かなアニメーションに至るまで、モレスキンが長年培ってきた「自由で創造的なライフスタイル」というブランドの世界観が貫かれています。デジタルツールでありながら、まるでモレスキンのノートを手にとっているような手触りを、デジタル上で視覚的に再構築しています。ユーザーは単に便利だから使うのではなく、モレスキンの世界観の一部であるというアイディンティティを感じることで、アプリへの深い愛着を抱くようになります。
フォント一つでサーキットを再現する「F1」アプリ
世界観は、フォントという細部にも宿ります。世界最高峰の自動車レース「F1」の公式アプリがその好例です。このアプリを開くと、「スピード感」や「モータースポーツの伝統」を感じさせる独特なオリジナルフォントをまず目にします。アプリ上の数字や文字を見るだけで、ユーザーはサーキットを駆け抜けるマシンの流線型やスピード感、コーナーが連続するコースの形状を連想し、F1というブランドが持つ特別な空気感を無意識に想起することができます。
こうした視覚的なこだわりは、単なる「装飾」を超え、ユーザーがアプリを開くたびにブランドの個性を刷り込み、記憶に残る体験へと昇華させる、極めて重要な役割を果たしています。
愛着を生み出す世界観
これまで全7回にわたり、以下の「7カ条」を解説してきました。
①目的が一言でいえる
②デバイスやOSの特性を最大限活用している
③継続的に改善されている
④もう一度使いたくなる仕組みがある
⑤操作に対する心地よい反応がある
⑥教わらなくても使える
⑦伝えたい世界観が視覚的に伝わる(本記事)
企業の思想をアプリに落とし込み、触れた瞬間に「らしさ」を感じさせる。その時、ユーザーの中に“愛着”が生まれます。便利さの先にあるのは愛着であり、愛着の根っこにはそれぞれの企業が目指したい世界観があります。
“使いやすさ”は前提条件です。その先にある、企業の哲学が宿るアプリこそが、ツールであると同時に、ユーザーにその世界観を最も美しく伝えられる最も身近なメディアになれると考えています。
私たちが大切にしているのは、アプリを“便利な道具”で終わらせないことです。もちろんそれぞれのアプリには、データを収集するための顧客接点として、また、取得データを有効活用するマーケティングツールとしての目的が当然存在します。しかしその目的はユーザーには関係ありません。企業やブランドの想いを、ユーザーに日々のアプリ利用の中で感じ取ってもらうための最後のこだわり。それを「世界観」という言葉に込めて、最後の7カ条目としました。アプリ制作者が目指すべき“愛されるアプリ”のかたちです。
今回で、全7回の連載「良いアプリの7カ条」が完結します。お読みいただいているみなさまが手がけるアプリを通じて、その先にいるお客さまを幸せに、そして社会をちょっとでも良くするためのヒントになれば、これほどうれしいことはありません。
著者

山﨑 将司
フラー 株式会社
代表取締役社長
1988年生まれ。新潟県出身。新潟県立新潟高校、千葉大学工学部デザイン学科卒業。富士通のUIデザイナーを経て、2015年にフラーに参画。フラーでは執行役員CDO(最高デザイン責任者)、執行役員COO(最高執行責任者)を歴任し、2020年9月代表取締役社長に就任。デザイナーとして「iF DESIGN AWARD」「グッドデザイン賞」を受賞。ユメは世界のデザインに対する価値基準の底上げをすること。

