一般生活者がIR活動の重要なステークホルダーになりつつある今、企業はどのようにして個人投資家と向き合っていくべきでしょうか?
新NISAが浸透し、生活者にとってより身近になった投資。いまや日本の個人株主の数は延べ人数で8000万人を超えました。今後もますます増加していくでしょう。
電通は2025年、「IR-Branding360° 」を開発・提供開始しました。電通が持つ「生活者マーケティング」の知見を個人投資家向けIRに活用し、コミュニケーションの戦略策定を支援するソリューションです。
本稿では、日清製粉グループの個人投資家マーケティング施策について、電通の戦略プランナーの前田悠氏とプロデューサーの湊康明氏に聞きました。
「数字だけで見ない」個人投資家にアピールするには?──お二人の自己紹介をお願いします。
前田:私は戦略プランナーを生業としており、現在は通常のクライアントワークに加え、個人投資家に向けたマーケティング支援も行っています。 また、IR-Branding360°というソリューション全体の発展のため、いろいろなクライアント企業で行った施策のナレッジ化にも取り組んでいます。
湊:私はこれまで、電通の中の新領域の立ち上げに長らく携わってきました。IR-Branding360°プロジェクトには、プロデューサー的な立ち位置で参画しています。 おかげさまで200件以上のお問い合わせをいただき、30社以上のクライアントにソリューション提供をしています。
──IR-Branding360°の開発は、個人投資家の増加を背景にされているということですが、企業の株主構成の中で個人投資家はどれくらいいるのでしょうか?
前田:企業によって大きく違いますが、平均では株式保有比率でおよそ20%と言われています。以前はもっと少なかったのですが、新NISAなどの影響で増えてきました。
湊:機関投資家と対照的に、「数字だけで見ない」層が一定数いるというのが、個人投資家の特徴です。具体的には、企業への好感度や、企業が社会の未来にどう貢献しているのかといった判断基準が大きくなっています。そのため、従来のIR施策だけでは不十分になってきているのです。
──平均20%というのはかなり大きな数字です。企業も個人投資家への向き合い方が変わってきているのでしょうか?
湊:はい。今は「個人投資家による株価の変動」が無視できない要素として、より重要視されてきています。つまり、これまで意義を問われることもあった「企業ブランディングのためのマーケティング活動」が、株価にダイレクトに響く時代になってきています。 20%という数字が今後確実に大きくなっていく中、個人投資家向けマーケティングの重要性はより高まっていくでしょう。
──改めて、IR-Branding360°というソリューションについて教えてください。
IR-Branding360°の全体像。クライアントのニーズに応じて、必要なフェーズを支援する。 湊:本ソリューションでは、個人投資家の投資傾向別タイプ、クラスターごとのペルソナや投資に至るまでのジャーニーを分析・可視化できます。 つまり、企業ごとに、「アプローチしたい個人投資家がどんな人で、どんなメディアを見ていて、何を伝えれば投資につながるか」 が分かり、それに沿ったコミュニケーション設計ができるということです。 ソリューションのコアとなるのは上記のような分析と、それに基づいた広告施策ですが、それに加えて、IRサイトの制作、統合報告書作成、株主総会などのIR施策の企画制作も可能な、ワンストップ型ソリューションとなっています。
──アプローチしたい個人投資家の可視化から始まり、いわゆる一般的なIRの領域まですべてをカバーするのですね。
湊:整理すると、このソリューションのアウトプットは、大きく3種類あります。 ・個人投資家IRジャーニー調査による「戦略・シナリオ設計」 ・戦略・シナリオ設計に沿ったターゲット設計やコアアクション開発を行う「企業ブランディング設計」 ・上記に基づいて実施する「IR施策の企画制作」 クライアントに応じて部分的に提供することももちろん可能ですが、今回ご紹介する日清製粉グループの取り組みでは、このすべてを実施しました。
投資家タイプに合わせたアプローチで、サイト滞在時間が大幅に増加!
──日清製粉グループの個人投資家マーケティングを支援した経緯と、支援の中身を教えてください。
前田:日清製粉グループ本社広報部から「個人投資家対策に課題感を持っている」というご相談があったのをきっかけに、同社のIR・SR室とも協業させていただき、支援施策を進めていきました。
湊:ちょうど同じころに昨今話題となっている「非財務価値をどう企業の価値に変換していくか?」という課題を起点として、「個人投資家対策」をテーマにした案件が、所属部署でいくつか動き出していました。それがきっかけで「IR-Branding360°」としてソリューション化することになったんです。
前田:支援施策全体の流れとしては、まず「個人投資家IRジャーニー調査」の結果をもとに、投資家タイプ別分析・ジャーニー分析を行いました。 投資家タイプ別分析では、個人投資家を8つの「投資家タイプ」に分類します。
分析で割り出す8つの「投資家タイプ」 ・新NISAエントリー型: 新NISAをきっかけに投資を始めた個人投資家の新たなボリューム層。
・グロース先行投資型: 数か月~数年の期間での株価上昇による売却益を狙う層。
・大規模リスク分散型: 主に1千万以上の資産を前提に、ポートフォリオ効果を生かした投資をする層。
・バリュー株重視型: 中長期での資産保護と手堅い利益確保を重視し、割安な銘柄に投資する傾向が強い層。
・インカムゲイン重視型: 中長期目線での高配当や株主優待に着目し、インカムゲイン(資産保有により安定して得られる収益)を求める層。
・短期トレーダー型: 数時間~数日の範囲で、株価の変動に合わせてトレードする層。
・応援思考サポーター型: 商品や企業自体への好意、経営者のキャラクターなど、私的な理由で企業を応援するために株式を保有している層。・ESG貢献支援型: 企業のESG活動を評価して投資先を選別し、投資を通じてESG課題への継続的な配慮を促していく層。
前田:この8タイプの中から、クライアントごとに親和性の高いタイプを予測します。この設定においては、クラスターごとのボリュームや平均保有資産額を掛け合わせて割り出した「投資ポテンシャル」や、クライアントがアプローチしたい層などの要件を踏まえて決定します。 そしてさらに、電通が持つ生活者に関するさまざまなデータを突合させることで、アプローチすべき個人投資家の「プロファイル」を作成します。 プロファイルの内容は「株の保有期間や銘柄」「普段参考にしている投資メディア」そして「価値観」や「趣味嗜好」まで、非常に詳細です。
湊:例えば、「グロース先行投資型」の人は統合報告書や中期経営計画書などを読み込んでいるのに対し、「新NISAエントリー型」はそういった媒体をあまり見ない傾向にある。「大規模リスク分散型」は、WBS(ワールドビジネスサテライト)や日経新聞系列といった大手経済メディアを見ているなど、そのジャーニーはクラスターごとに傾向があります。
前田:今回は分析の結果、日清製粉グループに親和性の高い個人投資家の多くは、「投資を検討している会社のオウンドメディアを見ている傾向がある」というデータが得られました。また、オウンドメディアを見る際は「グローバルでの成長可能性」「トップの発信するビジョンに共感できるか」といった要素が重視されていることが分かりました。 このように、さまざまなタイプの個人投資家の情報接点を、ジャーニーとして分析し、アプローチの設計を行いました。オウンドメディアを中心に、投資意向を上げていただけるような内容を、適切なメディアで展開していったのです。
──ジャーニー分析によって、日清製粉グループと親和性の高い個人投資家の“共通点”が浮かび上がってきたということですね。その結果をどのようなアウトプットにつなげたのでしょう?
前田:日清製粉グループのブランディングサイト「The Base of Life 」と、個人投資家向けIRサイト のリニューアルを行いました。 リニューアルの際は、個人投資家が重視する要素として、日清製粉グループが持つ海外での事業拡張性を強調しました。また、個人投資家向けIRサイトでは、社長コメントの表示位置や見せ方を改めて調整し、「どんな経営者が、どういった考えを持って経営に当たっているのか」を分かりやすくしました。 その結果、各サイトの滞在時間が大幅に増加し、サイト内遷移も向上。分析結果から想定された個人投資家を基準に、多くの方の共感を呼ぶメッセージを伝えられるクリエイティブを提供できたと思います。 また広告に関しても、個人投資家のタイプ別にクリエイティブの内容を変えるといった施策にトライしています。
新領域のデータホルダーとして、プロジェクトづくりから伴走支援──IR-Branding360°では、他にはどのような支援施策を行っていますか?
湊:IR施策の企画制作として、統合報告書の制作や、株主向けイベントの企画から制作までを担当することもあります。また、戦略・シナリオ設計と企業ブランディング設計のみを行うケースなど、取り組みのアウトプットはクライアント企業の持つ課題感や要望によってさまざまです。
前田:いろいろなケースに対応できる形になっていると思います。例えば、投資家タイプ別分析によって「他の企業と比べて、自社の個人株主にはどんな特徴があるのか」を提示する場合も多いですし、「それによって自社の現状を把握したい」というご相談を受けることもあります。つまり、自社と他社のIRのレベル感を、企業間でヨコ比較できるようなデータが提供可能です。 また、現在ボリュームのあるクラスターだけではなく、「今後増やしたい層」に向けたメディアプランニングやコンテンツ制作も行っています。 「分析で終わらず、コンテンツ制作までワンストップでできる」ということと、その分野の知見に一日の長があること。これらが、IRマーケティング領域における電通ならではの強みです。
──証券会社をはじめとする金融系企業からの問い合わせも多かったとお聞きしました。どういった理由で問い合わせがあるのでしょうか?
湊:これはプロジェクトをリリースした後に分かったことですが、クライアント企業だけでなく証券会社も、個人投資家とのコミュニケーションに悩んでいる状態だったのです。 今回、個人投資家IRジャーニー調査によって、個人投資家のタイプ別ペルソナを可視化したデータが得られたことで、多くの証券会社からお問い合わせをいただきました。 内容は大きく分けて2方向で、一つは個人投資家向けの投資プラットフォームを持つ証券会社からの「自社のマーケティングに活用したい」というご要望。 もう一つは、顧客企業のIR部などに相対している証券会社担当者からの、「企業から個人投資家対策について相談されたときに、答えられていない」というご相談です。つまり、個人投資家向けIR領域には、データが不足しているという課題があるんですね。 また、パートナー企業であるFUNDS(ファンズ)との協議も始まっています。例えば、個人投資家を対象としたデプスインタビューを実施するリサーチパッケージや、仮想の投資商品を使って「どんな人が投資しているのか」を見ることができるパッケージなどです。
※ファンズ関連記事スタートアップと電通で創る「資金調達×ファンづくり」の仕組み
──今後、より多様な形で発展していく可能性を感じますね。最後に、どのようなクライアントにこのソリューションを活用してほしいか教えてください。
前田:「個人投資家対策に力を入れたいけど、何からやっていいかわからない」という方にこそご相談いただきたいです。 電通という会社の価値の一つが、プロジェクトメイキングができる点だと思っています。企業が個人投資家向けのマーケティングを進めていくにあたり、広報部とIR部どちらを中心に立てるのか、もしくは全社横断プロジェクトにするのか、そこに対して電通がどの程度コミットするのか……など。「どんなプロジェクトにするか」というところから伴走させていただきます。
湊:加えて、「個人投資家対策でやれることはやったけど、ブレークスルーできない」「既存のソリューションはやり尽くして、ここからどうしようか困っている」という方にもご活用いただきたいです。クライアントに応じてゼロからのアイデア出し、施策の実行までワンストップで提供できる電通、お役に立てることがあると思っています。