雑誌や書籍作りで培われた出版社のクリエイティブ力やブランド力が、いま注目されています。本連載では、世の中のマーケターに向けて、さまざまなテーマでいまの時代における出版社のアセットやコンテンツ作りを紹介しながら、出版業界を活用するヒントをお届けします。
今回のテーマは、「編集インテリジェンス」。「CLASSY.」「VERY」「STORY」「美ST」などの女性誌を手掛ける光文社は、2025年に「ドクチョー総研」(ドクチョーとは、読者調査の略)を立ち上げ、企業のマーケティング活動に伴走しています。
本記事では、出版社が長年培ってきた、読者の本音を言語化する「編集知」をマーケティング機能へいかに拡張していくかについて、ドクチョー総研の取り組みを中心にお伝えします。
ドクチョー総研の所長・原さやか氏と髙野眞一郎氏をゲストに迎え、電通のマーケティングプランナーであり、ママと家族のリアルなインサイトを企業の課題解決につなげる「電通ママラボ」の所長・松原絵里花氏が話を聞きました。
左から、ドクチョー総研主任の髙野眞一郎氏、ドクチョー総研所長の原さやか氏、電通のマーケティングプランナーの松原絵里花氏
読者との1on1のインタビューを通して、「潜在的なニーズ」をあぶり出す
松原:初めに、自己紹介をお願いします。
原:私は新卒で光文社に入社後、月刊女性誌の編集に長年携わり、「JJ」の編集長、「CLASSY.」のWeb編集室長、事業部長などを務めました。2024年新設のブランドビジネス部部長に就任し、2025年にドクチョー総研を立ち上げ、所長を務めています。
髙野:新聞社の広告営業、ITメディアでの広告営業・コンテンツ営業を務めた後、「メディアのコンテンツの価値や可能性はまだまだある」という思いのもと、光文社に入社しました。現在はブランドビジネス部主任として、ドクチョー総研をはじめ、編集部の事業サポートなどに取り組んでいます。
松原:続いて、ドクチョー総研の概要や光文社の中での位置づけについて教えていただけますか?
原:ドクチョー総研は、編集部と企業をつなぐ社内横断組織です。光文社の女性誌編集部では、読者と1on1のようなインタビューをとても大事にしてきた歴史があり、そこから世の中の女性を応援するようなコンテンツやあらゆるワーディングが生まれてきました。そのような読者調査や定性調査を軸に、各誌会員の定量データをプラスすることで企業の課題解決や製品のPR戦略に役立てていただけるのではないかと考えました。
これまで企業からの依頼は、「『VERY』でタイアップ広告をやりたい」といった媒体指定の誌面出稿前提の話が主でした。しかし、時代の変化に合わせて、企業の課題をくみ取り、読者のインサイトをもとに柔軟に提案したり、窓口として機能する横断的組織があるべきではという考えから、ドクチョー総研の設立に至りました。
松原:どのような組織ですか?
原:ドクチョー総研は、現在総勢8人の組織です。私と髙野に加えて、光文社の月刊女性誌の各編集部やメディアビジネス部の広告営業チームの社員も「総研メンバー」という形で兼任しています。
「CLASSY.」「VERY」「STORY」「美ST」の4媒体、計約8.8万人のメルマガ会員に対しては、日ごろからアンケートなどで定量調査を行うと同時に、「座談会に参加しませんか?」というふうに定性調査の依頼を行ったりもしています。また、定性調査は、各媒体の読者組織や会員に加えて、普段からライターや編集者と交流のある、読者以外のターゲット層の方も対象に実施します。
このような日常的に行っている読者調査による定性面のインサイトに、アンケートなどで集めた定量データをかけ合わせることで、より解像度の高いデータに昇華したものを作ります。これを私たちは「顔が見えるデータ」と呼んでいて、このデータを活用してビジネスの課題を解決するマーケティング機関がドクチョー総研です。
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松原:価値観の細分化が進む現代においてインサイトを捉えていくことの難しさは、私たちも感じています。それと同時に「本音の機微を捉える」ことの需要も高まっていますよね。「顔が見えるデータ」は、キャッチーなネーミングだと思いますが、具体的にどのようにデータを集めるのでしょうか?
原:定性データの取得においては、編集者がライターと共に、日々、読者やターゲット世代にカフェなどで実際に会ってインタビューするケースが多いです。この調査では、女子会のような雰囲気の中で、対象者がどんな服を着て、どんなメークをして、どんな香水をまとっているのかといったことや、表情や言葉遣いも含めて、本音を読み取ります。
加えて各媒体では読者組織を抱えていて、そのメンバーと長くご一緒する中で、去年と今年での考えの違い、これまでどのような雑誌に触れて、どのようなライフステージを経てきたのかといった背景を知ったうえで今や未来を聞くことができる。つまり、「定点観測」ができることは、雑誌があるからこその強みだと思っています。読者の生活や悩みに寄り添ってきた女性誌の編集部との集まりだからか、呼ばれた方も安心して本音を話そうとする感じもあり、たくさんお話をしてくださる方も多い印象です。
定量アンケートの回答も、フリーアンサーにびっしりと意見や想いを書いてくださる方が本当に多く、いつも感動しています。そういった対象者との関係性が、一般的な調査会社とは異なる、調査手法やデータの深みを生み出しています。
松原:なるほど。単に言葉を記録するのではなく、その方の装いやまとっている空気感、さらにはライフステージの変化という「時間軸」まで含めて、一人の人間を立体的に捉えているのですね 。そうした一次情報の積み重ねこそが、「データの深み」を生むのだと納得しました 。「顔が見えるデータ」に対する企業の反応で印象的だったことはありますか?
原:メルマガ会員の定量調査のデータと、読者調査をもとにした定性データを提示すると、圧倒的に定性データに興味を示されることが多いですね。今はどこの企業も定量データは持っています。そのうえで、「そこであぶりだせない何かが欲しい」という課題があります。データの量よりも、質を求められている時代だと感じます。
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読者の一言が、企業のターゲット理解を変える
松原:ここからは、ドクチョー総研が企業のマーケティング支援を行う際の具体的な伴走フローをお聞きできればと思います。企業の課題の可視化から入られることも多いのでしょうか?
髙野:そうですね。企業が抱えている課題に対してわれわれはどういうことができるか、というところからご相談いただきます。その後は企業の課題や製品に対してどの媒体の読者層がマッチしているかを判断し、編集部と相談しながら、必要であれば読者調査をしたり、編集者が持つ知見をもとにアウトプットにつなげたりしていきます。
原:企業からは、「興味があるから説明に来てほしい」というご要望をいただくことが増えてきています。説明に伺って、「誌面のタイアップだけでなく、インサイト調査もできる」と伝えると驚かれます。
松原:企業からの依頼をもとに読者調査を行う中で、「読者のこの一言で、企業側が想定していたターゲットに対する理解が変わった」といった場面はありますか?
髙野:最近の事例では、コーセーの「香りとライフスタイルのインサイト調査」が印象的でした。30代前後の読者組織メンバーを、結婚していない方、結婚している方、子どもがいる方の3グループに分けて、座談会をしました。その中で、子どもがいるグループの方から、子どもの抱っこや家事で両手が空く暇がない。片手だけを使ってポンプで香りをつけられたらうれしい。ヘアクリームやボディクリームも全部、ポンプ式にしてほしいという声が上がりました。香りの「ポンプニーズ」はなかなか気づかなかったですね。
原:他には、2年前からオーダースーツ事業で協業しているオンワードパーソナルスタイル(以下、オンワード)の事例も興味深かったです。近年これだけ働く女性が増えているのにもかかわらず、女性のオーダースーツ市場がなかなか伸びていかないという課題に対し、「CLASSY.」「VERY」「STORY」の20代から50代の女性に定性・定量の読者調査を行いました。
「パートナーや恋人、家族の男性はオーダースーツを着ているのではないか」と仮説を立てて尋ねたところ、定性調査対象者のほぼ100%が「着ている」と答えたんです。中には「パートナーがスーツのオーダーをするときについていったことがある」という方もいました。しかし、店舗に行くと、女性がスーツを作ってもいいような雰囲気が感じられず、自分ごと化できていない。一方で、既製品に対して満足していない部分が合ったり、効率化を求めれる時代だからこそ、採寸をして自分のための大切な1着を作る体験自体に、ポジティブな声が多数挙がりました。
こういったインサイトを読者調査で読み取り、「オーダーforMe♡プロジェクト─”似合う”を超える、私だけのオーダーメイド─」といったコンセプトをつくりました。例えば、『CLASSY.』では オーダーで”好き”を詰め込んで、自分を推してくれる1着を「#推シゴトJK(ジャケット)」といったワーディングに落とし込むことで、各誌面とウェブ記事、YouTubeやSNS施策とあらゆるツールを一つの軸で束ねた年間プロジェクトにつなげることができました。
髙野:この2つの事例からも分かるように、「定量ではなかなかつかみ切れない深みを持ったインサイトが得られる」点が、読者調査の大事な部分です。
松原:オンワードの事例で「ターゲット女性の周りの男性はオーダースーツを着ているのではないか」と思われた、その仮説も鋭いですね。
原:ありがとうございます。私は編集者としてこれまで20年以上にわたり、1000人以上の方に話を聞いてきました。その中で、「こういうニーズや本音、気づいていない潜在意識があるのではないか」という仮説は常に考えています。また、定性調査では、「きっとこういう課題や背景があるのでは」と思ったことをその場で投げかけて、そこで得た回答をもとに、定量調査のデータを読み込むことも効果的だと考えています。
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「もしかしたら」と考えて、100人中1人だけの答えにフォーカスする
松原:これまでのお話から、雑誌制作で培った編集力を使い、調査で得られるインサイトを分析し、価値ある知見として昇華していく、「編集インテリジェンス」を発揮されていることがうかがえます。読者調査からインサイトを読み取っていく際の編集者ならではの強みは何でしょうか?
原:私たちは「インサイトクリエイション」という言葉を使っていますが、編集者の知見というのは、「一次情報が大事」ということです。「誰に何を聞くか」「顔が見える調査対象者が何を話すか」をとても大事にしています。
さらに、私たちは出版社として「言葉」を大切にしてきた背景があります。定性調査によってあぶりだされたインサイトや本音を、いかに届く言葉にしていくか。こういった言語化力も「編集インテリジェンス」と見ていただいているところかなと思います。
松原:なるほど。「インサイトクリエイション」という言葉、非常に象徴的ですね。徹底的に一次情報を重んじることと、高度な言語化力こそが、ビジネスを動かす知見へと昇華させる鍵なのだと感じました。そのように深い対話を重ねる中で、編集者として「特にここだけは見逃せない」というヒアリングのポイントはありますか?
原:「最初のお話は本音じゃないかもしれない」というふうには思っています。むしろその次に出てくる言葉が本音だったり、本音に近いことが多いのかな、と。調査の雑談では、私たちの身の上話をすることもあります。こちらのこともさらけ出しながら対話すると、調査対象者からも本音に近いものが出てきたりします。また、その個人の話の裏側には、何か社会課題が潜んでいるのではないか、という。
髙野:皆さん結構話してくれます。読者との信頼関係ができているところが一番のキーポイントでしょうね。加えて、編集者ならではの視点も大事です。例えばアンケートやインタビュー調査で、100人中99人が「黒」と答えたら、一般的な視点や、ともするとAIでも「この考えは黒なんだな」と思うでしょう。そこを「もしかしたら」と考えて、1人だけが答えた「白」にフォーカスができる。これも編集者の勘というか、持っている力だと考えています。つまり、読者との信頼関係と編集者の力が合わさることが、重要なのだと思います。
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子育て世代の隠れた悩みを発見し、新商品開発につなげる
松原:企業のマーケティングへの実装事例があれば教えてください。
髙野:味の素㈱とは、読者調査を通して子育てママ世代の潜在ニーズを突き止め、「クノール® すうぷもっちー®」という新商品の開発まで伴走しました。味の素㈱には「自社の商品をより多くの人に届けるために、新しい喫食機会を創り出したい」という課題がありました。そして、それは子どもの「おやつの時間」にあるのではないか、という仮説を持たれていました。
これに対し、「VERY」の子育てママ世代を対象に定性調査を行いました。そこで分かったこととしては、やはり今の子どもたちは習い事などで忙しく、学校から帰ってきてから習い事に行くまでの間に喫食シーンはある。しかし親としては「おやつとはいえど、栄養のあるものを食べさせたい」「子どもが1人で調理する必要があるなら、火を使わせるのは怖い」など、提供するものへの悩みもすごくある、ということでした。
この読者調査の結果をもとに、VERY編集部は「現代は“1日4食、5食”時代」であると考えました。これを軸に味の素㈱が「水を注いでレンジで温めるだけで作れるお餅のスープ」というフォーマットを開発。2度目の読者調査として実施した新製品のプロトタイプを用いた試食会では、温かくてひと手間加えた食事を食べさせられて、親としての罪悪感が減る」という感想をいただきました。こうして、腹持ちがよく、栄養もちゃんとあって、安全に調理できる「すうぷもっちー®」が完成したんです。
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髙野:本来であれば、「この商品がどう輝けばいいのか、アウトプットが欲しい」といった相談が多いと思います。今回はその一つ前の段階、悩みの部分から解像度を上げて「こういうコンセプトで商品を作ると良いのではないか」という提案から伴走させていただきました。ドクチョー総研としては、今後もこういった形の事例を生み出していきたいと考えています。
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「雑誌作りができる」よりも手前のところに、出版社の強みがある
松原:生活者の未充足なニーズをどう発見し、言語化していくか。そこにマーケティングの成否がかかっていると感じます。生活者の「心の機微」を解く鍵を見つけるために、 マーケターはまず何を起点に思考をスタートさせるべきでしょうか?
原:光文社が手掛ける雑誌はファッション誌というイメージが強いですが、私たちは「ファッション・ライフスタイル誌」だと思っていて。「ライフ」を大事にコンテンツを作ってきて、「このライフがあるからこの服で自信を持てる」みたいな文脈が王道の作りだと考えています。
具体的には、女性を取り巻く社会環境や女性の悩みを、どのように商品やサービスで解決できるのか、エンパワーメントできるのかをずっと考えてきました。一人の悩みが実は、世の中的にはもっと同じような悩みがあって、そこには隠れた社会的背景や課題がある。それをきっと解決できる商材やサービスがあるというのが、マーケット的な考え方につながっていくと思います。
松原:よりマクロな視点を持って時代の背景を見ることが、インサイトを捉えるための第一歩なのですね。私も「電通ママラボ」の所長として活動する中で、いつも「お母さんを取り巻く環境は課題ばかりだな」と思います。でも、お母さんの悩みを深掘っていくと、それはお母さんだけでなく、別の人の課題や、社会課題の解決のヒントにつながることがあります。最後に、これからの時代において、出版社が企業や社会に提供できる価値はどのように広がっていくか聞かせてください。
原:これまで雑誌作りでは、名もなき課題や深いところにあったインサイトに焦点を当ててコンテンツに落とし込んできました。その部分をサービスやPRの根幹として使っていただくことで、編集者の知見を生かしたソリューションができる企業として進化していけると思っています。さらにそれをメディアで伝えるところまでがセットでできることが強みです。「雑誌作りができる」よりも手前のところに、出版社の強みがある。そのことに私たちもなかなかフォーカスすることができていなかったこともあるので、ドクチョー総研の活動を通して伝えていきたいと考えました。
髙野:今後については、先ほど原も述べましたが、「ファッション・ライフスタイル誌」の「ライフスタイル」の部分をもっと世に打ち出していきたいですね。媒体ごとに、私たちを信頼して本音を話してくれる読者を抱えていて、読者から引き出した情報を編集力で消化する。こういった強みをもっと伝えていって、ファッション誌のボーダーを越えられるような挑戦がしたい。出版社の壁を越えて、生活者の課題を起点に世の中に還元できるようなものを生み出していけたらいいなと思います。
松原:今回お話を伺って、出版社の編集力が企業のマーケティング活動に寄与する大きな可能性を感じました。100人の平均的なデータではなく、たった1人の深い本音をすくい上げ、価値へと昇華させる「顔が見えるデータ」の力。それは、電通ママラボが大切にしている「家族のリアルなインサイトを探究し、課題解決につなげる」姿勢とも深く共鳴するものです。「雑誌作り」という枠を越え、生活者の課題を起点に共に価値を創出していくパートナーシップの広がりを強く感じました。貴重なお話をありがとうございました。