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健全な情報空間を実現する「デジタル倫理」とは?

遠坂めぐ

遠坂めぐ

水谷瑛嗣郎

水谷瑛嗣郎

慶應義塾大学

大淵 玉美

大淵 玉美

株式会社 電通

SNSや動画プラットフォーム、アプリなど、デジタル情報空間は私たちの日常に欠かせない社会インフラになりました。一方で、偽・誤情報や誹謗中傷、釣り広告など、その情報空間の信頼性を揺るがす課題も深刻化しています。

連載第2弾の今回は、憲法・メディア法を専門とし、慶應義塾大学 X Dignityセンターでアテンション・エコノミーや情報的健康に関する研究・提言に取り組む水谷瑛嗣郎准教授、シンガーソングライターとして活動しながらTikTokやYouTubeショートでも支持を集めるクリエイターの遠坂めぐ氏、電通CXクリエイティブ・センターでデジタルコミュニケーションの企画・体験・表現設計を多く手がける大淵玉美氏に、健全な情報空間のために必要な視点を聞きました。

慶應義塾大学 X Dignityセンター
人間の尊厳を軸に、デジタル社会のあり方を領域横断的に研究・実践する研究拠点。2026年には、健全で生き生きとしたデジタル空間の実現を目指すための5つの行動指針を掲げた「
これからのデジタル倫理考えよう!宣言」を発表。さらに、若者を含む多様な世代や業種のステークホルダーが参画する新組織の設立も予定している。

「冒頭1秒」で注目を集めなければならない時代

──まずは皆さんが、それぞれの活動の中で感じているデジタル情報空間の変化についてお聞かせください。

遠坂:私はシンガーソングライターとショート動画を中心としたクリエイターとして活動しています。もともとは中学生の頃からシンガーソングライターを目指してライブ活動などをしていたのですが、コロナ禍でライブやイベントができなくなったとき、新たな表現手段としてTikTokやYouTubeにショート動画の投稿を始めました。そこから投稿した動画が多くの反響を集め、今では音楽活動と並行して、動画コンテンツの制作・発信を続けています。

情報空間の変化でいうと、ユーザーが関心を持てる尺がすごく短くなっていると感じます。少し前までは横型の長い動画が主流でしたが、今は縦型動画をスワイプしながら見るのが当たり前になっています。以前は「冒頭3秒でフックがないと離脱される」と言われていたのが、今は2秒、1秒と、どんどん短くなってきている。とにかく冒頭に引きのあるものがないと、最後まで見てもらえない傾向が強まっていると感じています。

遠坂めぐ氏

大淵:デジタル広告の現場でも、まさに同じ変化を感じています。情報量の多いスマホ画面の中で、気づいてもらうために、動画広告であれば、まずはスルーされないためのアテンション設計が強く求められるようになっています。

広告を出す企業が、自分たちの思いやメッセージを生活者や社会に届けることを目的とする一方で、ユーザーの注意を強く引こうとするあまり、不快な体験になってしまっては本末転倒です。ユーザーのアテンションを集めることと、企業のメッセージを健全に届けること。そのバランスをどう設計するか、日々考えています。

水谷:お二人のクリエイター側の視点は、とても新鮮です。私は普段、ユーザー側の視点から学生たちと話すことが多いのですが、学生たちは「気づいたら時間が溶けている」とよく言います。少しだけショート動画を見るつもりだったのに、ずっと見続けてしまい、はっと気づくとかなり時間が経っている。自分で自分の情報摂取をコントロールできなくなっている感覚があるようです。

中には、あえてスマホからアプリを消して、見るときはブラウザで見るようにしている学生もいます。そうしないと、少し時間が空いた瞬間に無意識にアプリを開いてしまうからです。今のお二人の話を聞いて、作り手側と受け手側の実感が、まさに裏表の関係にあると感じました。

アテンションを引くこと自体は悪ではない

──今回のテーマである「アテンション・エコノミー」とは、そもそもどのような仕組みなのでしょうか。

水谷:アテンション・エコノミーにおける「アテンション」は、注目や関心と訳されます。デジタル空間では、ユーザーのアテンションや滞在時間が広告表示やデータ活用などを通じて収益に結びつきます。だからこそ、コンテンツクリエイターやプラットフォームは、できるだけ長く自分たちの動画やサービスに滞在してもらおうとします。人びとの関心を集め、引きつけ続けることが、経済的な価値を生む。これがアテンション・エコノミーの基本的な構造です。

もちろん、アテンションを集めること自体は悪ではありません。ターゲットに見てもらえるように工夫することは健全な行為ですし、私も論文を書くときに目にとまるようなタイトルを考えます。アテンションとは、伝えたい相手に情報を届けるために必要なことなんです。

問題は、アテンションが中身を伝えるためではなく、指を止めさせる、クリックさせるといった、ユーザーの反射的な反応を取る方向に偏りつつあることです。そこに、アテンション・エコノミーの難しさがあります。

──そのような構造の中で、どのようなリスクが生まれているのでしょうか。

水谷:人間のアテンションを引きやすい要素の一つが感情です。特に怒りや悲しみなどの負の感情は、強くアテンションを引くと言われています。そうした感情を刺激するコンテンツの中には、偽・誤情報やヘイト、誹謗中傷が含まれることがあり、大きな問題となっています。

さらに生成AIによって、コンテンツ制作の参入障壁は大きく下がりました。もちろん、これはクリエイターにとってメリットもあります。ただ、一定の経験や倫理的な判断を経なくても、それなりのコンテンツがつくれてしまう。そうなると、悪意を持ってその力を使う人や、倫理的に立ち止まるべきところを越えてしまう人も出てきます。そこをどのように踏みとどまるように仕組みをつくっていくかが重要です。

慶應義塾大学 X Dignityセンター 水谷瑛嗣郎准教授

──遠坂さんは、発信や拡散の際に、特に気をつけていることはありますか。

遠坂:災害時の情報発信にはすごく気をつけています。地震や火事が起きたときに、「ここが大変なことになっている」「この情報を広めてください」といった投稿が流れてくることがありますよね。でも、それが偽・誤情報の可能性もあるわけで。助けたいと思って拡散したことが、結果的に偽・誤情報を広めることになってしまうかもしれません。気づかないうちに加害者になってしまうことがあるので、そこは本当に注意しなければなりません。

大淵:熊本で地震が起きたときに「動物園からライオンが逃げた」というフェイクニュースがSNSで話題になりましたが、画像が妙に本当らしく、しかも多くの人に拡散されていたため事実かと勘違いをしそうになりました。また、その他の経験として、私の家族からフェイクニュースが送られてきて信じそうになったこともあります。大勢がリアクションしていると、知らないのは自分だけではと勘違いしてしまいますし、信頼している相手からの情報だと、その人への信頼も重なって、情報自体も盲目的に信じてしまいがちですよね。

重要なのは、アテンションをきっかけに来てくれた人の“読後感”

──大淵さんは広告クリエイターの立場から、アテンションについてどのように考えていますか。

大淵:広告クリエイターとして注意しているのは、アテンションを引いた後の読後感です。そのコンテンツを見た後に「楽しい」「おもしろい」「感動した」といったポジティブな感情、あるいは「分かる」といった納得感や共感が生まれるように。企業の伝えたいメッセージを設計すると同時に、受け手であるユーザーが怒りや悲しみ、不快感を抱かないように、読後感まで考えて設計することを大事にしています。

実際、バズらせることをオーダーされることもあります。ですが、バズるとは、単に注意を奪ってインプレッションを稼ぐことではないはずです。

近年は、デジタルクリエイティブの評価でも、視聴数の多さだけではなく、どのようなコメントがついているか、どのようにシェアされているかといったリアクションの質も重視されるケースが出てきています。ユーザーがポジティブな感情を持てたか、望ましい行動につながっているか、エンゲージメントが上がったかまで丁寧に見ていくんです。

電通 CXクリエイティブ・センター 大淵玉美氏

遠坂:すごく共感します。私は4年ほど前にショート動画を始めたのですが、当時「キレてます!」という歌のシリーズでバズを経験しました。日常の些細なことにキレる歌です。その年にTikTokのアワードもいただき、アテンションはたくさん獲得しました。でも、そこから自分の音楽に興味を持ってくれる人はほとんど増えなかったんです。バズったけれど、何も残らないような虚無感がありました。

その後、ちゃんと自分の曲を聞いてもらうためのショート動画づくりに舵を切りました。再生回数だけで見れば、一番バズっていた時期より下がっているかもしれません。でも、「歌詞に救われた」「励みになった」というコメントが来たり、ライブに足を運んでくれる人が増えたりしました。数字だけを追い求めることの空虚さは、自分の活動の中ですごく実感しています。

水谷:視聴した後に「なぜ見てしまったんだろう」と後悔するコンテンツってありますよね。釣り記事や釣りタイトルは、瞬間的にはクリックを稼げるかもしれません。でも、そうしたコンテンツは、読んだ人に後悔する感情を引き起こすことがある。それはコンテンツをつくる側として、本当に成功と言えるのか。考えなければならない点だと思います。

偽・誤情報が広がると、本物まで疑われる

──偽・誤情報やフェイク動画が広がることは、情報の受け手にどのような影響を与えるのでしょうか。

水谷:まず、実害が出る可能性があります。虚偽の情報によって個人の社会的評価が下がれば、名誉権を侵害することになります。実際に特定の属性を持つ人たちへの憎悪とフェイクが結びつき、大きな社会的事件につながったケースもありました。

もう一つの深刻な影響は、本物まで疑われるようになることです。先ほど話に出た「ライオンが逃げた」という投稿のような偽・誤情報が増えると、目の前の情報が本物なのか、偽物なのか、判断がつきにくくなります。

結果として、情報空間全体のインテグリティ、つまり信頼性や誠実性が下がっていきます。私たちが安心して情報を摂取できる環境が失われていく。それは長期的に見て、とても大きな問題です。

遠坂:最近は、絵や映像の投稿に対して、「AIでしょ?」という反応が増えた気がします。私自身も含めて、何か素晴らしいものを見たときに、どこかで疑ってしまう気持ちが生まれてしまう。それって、すごく切ないですよね。

情報にも「偏食」がある。X Dignityセンターが考える情報的健康

──X Dignityセンターでは「情報的健康」というプロジェクトを推進しています。これはどのような考え方なのでしょうか。

水谷:情報的健康は、東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授と、慶應義塾大学大学院法務研究科の山本龍彦教授が提唱した考え方です。アテンション・エコノミーの加速に対して、少し立ち止まって考えてみませんか、という問題意識から生まれました。

食べ物に例えるとイメージしやすいかもしれません。私たちは食べ物について、栄養バランスや偏食を意識しますよね。ジャンクフードばかり食べていると、健康に悪影響が出る可能性があります。だから食育のように、食べ物と健康の関係を見直す考え方が広がってきました。

一方、情報空間では、膨大なコンテンツが日々生まれています。その中から自分で選び切れないほど情報があふれていて、レコメンドのアルゴリズムによって、自分の好みに合いそうなものがスマホの画面に並びます。でも、食べ物と違って、情報にはカロリー表示や成分表示がありません。誰がつくったのか、どのような背景があるのか、ぱっと見ただけでは分からない。

その状態で、自分の好きな情報ばかりを摂取し続けることは、ある意味で「情報の偏食」と言えます。もちろん、偏食自体が悪いわけではありません。偏食する自由もあります。ただ、偏っていることに気づいていない、あるいは気づいていても自分でコントロールできない状態は解消していく必要があります。

参考:アテンション・エコノミーと「情報的健康」(慶應義塾大学 X Dignityセンター)
 

「しりたいね」宣言に込めた、情報リテラシー啓発を上から目線にしない工夫

──今回、X Dignityセンターでは「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」が新たに発表されました。これはどのような問題意識から生まれたのでしょうか。

水谷:「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」は、私たちの間では「しりたいね」宣言と呼んでいます。これからのデジタル空間で、情報を発信する人も、情報を受け取る人も、みんなが心がけたいことを「し・り・た・い・ね」の頭文字を取って5つの項目にまとめたものです。

背景にある問題意識は、情報的健康やアテンション・エコノミーの問題とつながっています。私たちのまわりには、偽・誤情報や誹謗中傷が広がっています。さらにAIが発展し、自分のもとに流れてきたものが本物なのかどうか、見分けがつきにくくなっている。その中で、人びとの「尊厳(dignity)」を守るために必要な倫理的な指針を示したいと考えました。

ただ、情報リテラシーの取り組みは、どうしても「こうすべきだ」と上から目線に見えてしまうことがあります。特に大学の先生が出てきて偉そうに話している、と受け取られてしまうと、いくら中身がよくても広がっていきません。

だから今回は、多くの人と同じ目線で、自発的に考えてもらえる形を目指しました。特に次世代を担う若い人たちに、今のデジタル空間をより良くするために、自分たちに何ができるのかを考えてほしい。その思いから、この宣言の形にしました。

──大淵さんは、この宣言のコピーやキャラクター、ビジュアルづくりに関わっています。どのようにクリエイティブを設計したのでしょうか。

大淵:最初に先生方から草案をいただいたとき、正直に言うと、お固い法律の条文のように感じました(笑)。内容は本当に素晴らしく意義のあるものなのに、このままだと特に若い世代の人たちに「はいはい難しい話ねー」とスルーされてしまい、価値が届きづらいのではと。

まず、コピーライターの木村亜希さん(第1CRプランニング局)が、言葉を柔らかく解いていく中で、宣言の内容を瞬時に思い出せる合言葉が必要だと考えて「しりたいね」という言葉を生み出しました。その5文字の合言葉から私がインスピレーションを得て、「しりたい」の「たい」を切り抜き、「鯛(たい)」というアイコンをデザインしました。実はよく見ると、この鯛のしっぽはお尻の形になっているんです。「“しり”たいね」という言葉に合わせた、ちょっとした遊び心です。

倫理は目に見えないものです。だからこそ、概念を言葉だけ伝えるのではなく、自分ごととして捉えてもらうためのアプローチが必要でした。デジタル空間を海に見立てることで、鯛、ウツボ、イソギンチャク、お寿司といった海の生き物の物語を使いながら、アカデミアの視点をデザインで翻訳していく。そんな意識で制作しました。

大学の先生や学生、企業の皆さんと共創をしていることもあり、クリエイティブへ理解をいただけるか心配していたところではありますが、とても好感度高く受け入れてくださり、チームで議論を重ね、内容をブラッシュアップしていきました。

水谷:しりたい君のしっぽがお尻だということは今はじめて知りました(笑)。今のお尻の話や動画も含めて、私たち研究者からは絶対に出てこないアウトプットだと思っています。そして、この宣言の中で、私が特に言いたかったのは最初の「し」、つまり「仕組みを知る」という部分です。これまでの情報リテラシー啓発は、発信者が悪い、受け手の能力が足りない、というように個人の能力に焦点が当たりがちでした。でも、実は重要なのはメディア環境のデザインやサービスの設計です。何をどのように見せられるかによって、私たちの情報摂取の仕方は大きく変わります。

もちろん、すべての人がプラットフォームの仕組みをエンジニアのように理解する必要はありません。でも、なぜこういう設計になっているのか、どういう意図で情報が表示されているのか。その解像度を上げることは、これからの情報リテラシーに欠かせないことだと思います。

「しりたいね宣言」他クリエイティブメンバー
木村亜希(第1CRプランニング局)・諸星智也(第1CRプランニング局)

かわいいから、見てみようと思える

──遠坂さんは、この宣言や動画をご覧になって、どのように感じましたか。

遠坂:最初から最後まで「めっちゃかわいいな」と思いました。難しいことを伝えるときに、こういう可愛らしいデザインで伝えることは本当に大事だと思います。それだけでも「ちょっと見てみようかな」と思うきっかけになります。

私たちクリエイターは情報発信について考える機会があるので、「アテンション」と言われれば「ああ、あれね」となります。でも、一般の方にとっては、そもそもアテンションという言葉自体が分からないかもしれません。情報リテラシーについて考えている人と、そうでない人では、語彙も理解度もかなり違います。だからこそ、中身をどう噛み砕いて伝えていくかが、とても大事だと思いました。

水谷:こういった宣言や提言は、つくって終わりになってしまうことも多いんです。大事なのはその後です。せっかく「しりたいね」という言葉や、短く分かりやすい動画、かわいいキャラクターをつくっていただいたので、これをどう届けていくか。そこが今後の大きなチャレンジだと思っています。

正直者が損をしない情報空間へ

──健全な情報空間の実現に向けて、今後どのような取り組みが必要なのでしょうか。

水谷:インターネットやデジタルの世界は、たくさんの可能性を開きました。遠坂さんがショート動画で活躍されているように、音楽を届けるルートも、昔より確実に増えました。デジタル化が進むこと自体は、決して悪いことではありません。

ただ、偽・誤情報や誹謗中傷などによって、インターネット上のサービスやコンテンツの品質が劣化している面もあります。このまま放っておくと、問題解決のために強い法規制が必要だという議論が高まっていくかもしれません。もちろん、適切な規制は必要です。ただ、表現の自由や情報流通の自由に関わる領域では、過剰規制や権力による乱用にも注意しなければなりません。

そのためには、厳しい法規制だけで解決するのではなく、もっとボトムアップに仕組みを変えていく必要があります。

アテンション・エコノミーは、ある意味で、みんなが合理的に行動した結果でもあります。プラットフォームは滞在時間を伸ばした方が収益は上がりますし、クリエイターもPVやインプレッションが増えた方がうれしい。ユーザーもついつい楽しいから使い続ける。広告主も多くの人に見られればいいと考える。そうなると、誰も今の仕組みを変えようとするインセンティブを持ちにくくなりますよね。

だからこそ、同じ問題意識を持つ人たちが集まり、「このままだと良くないよね」と共有する場が必要です。私は今の環境を「正直者が損をする環境」と表現しています。真面目に、誠実に活動しているクリエイター、メディア、広告主、プラットフォームが損をする状況は良くない。正直者が損をしない仕組みに変えていく。その目標を共有する場として、新しいコンソーシアムのような新組織を立ち上げたいと考えています。

──新組織は、従来の取り組みとの違いはどこにありますか。

水谷:3月に慶應義塾大学で開催したシンポジウムでは、遠坂さんにもパネルディスカッションに参加していただきました。大学のシンポジウムにクリエイターの方を呼ぶことは、実はあまり多くありません。でも、大学の先生たちが「今の世の中は良くないから、こうすべきだ」と提言して終わるだけでは意味がありません。

むしろ、今の環境に向き合っているクリエイターや、次世代の若い人たち、メディア企業や広告主、広告業界など、さまざまなステークホルダーが集まり、それぞれの視点から考える場をつくりたいと考えています。そこに今回の取り組みの新しさがあると思います。

あらゆるステークホルダーが、一緒に考える仕組みをつくる

──新組織では、具体的にどのような活動を予定されていますか。

水谷:大きく3つの柱を考えています。

一つ目は、情報空間の健全性に真摯に向き合うメディア、クリエイター、プラットフォーム、広告主が、市場の中でちゃんと評価される仕組みをつくることです。

その前提として、私たちは「AI時代の報道機関のあり方に関する提言」を発表しました。今のデジタル空間は、報道機関にとっても非常に苦しい環境です。半年かけて地道に取材した調査報道より、その日に出た話題性のある記事の方がPVを大きく集めることもあります。それでも、民主主義を維持し、社会に必要な情報を届けるには、報道機関が職業倫理に基づいてニュースを生産していくことが必要だ、報道機関にこそ、もっとしっかりしてほしいというメッセージを込めています。

新組織では、メディア企業や広告主の皆さんが日ごろの企業活動で感じる課題を持ち寄り、アカデミアの知見も参照しながら、よりよいエコシステムの在り方を検討する場をつくっていきたいと考えています。

二つ目は、生活者や情報空間にかかわるプレイヤーのリテラシー向上です。ただ生活者のリテラシーだけを切り離して行う啓発活動には限界がありますから、クリエイターや企業のリテラシー向上や、先ほど申し上げたエコシステムの設計とも結びつけながら実効性のある取り組みを考えていく必要があります。すでに発表した「これからのデジタル倫理考えよう!宣言」に加えて、広告にフォーカスした「AI時代のデジタル広告倫理ヴィジョン(仮)」の策定を予定しています。このような提言・宣言を世に広めていくため、企業やクリエイターと協力して発信活動も強化していきたいですね。

三つ目は研究です。デジタル空間には、まだ分かっていないことがたくさんあります。その仕組みを明らかにするための調査研究にも取り組んでいきたいと考えています。

──遠坂さんは、クリエイターとして新組織に何を期待していますか。

遠坂:クリエイターの強みは、一般ユーザーとの距離が近いことだと思います。情報リテラシーを高めようという発信も、大学の先生が話す説得力と、クリエイターが話す信頼感を掛け合わせることで、新しい角度から届けることができるはずです。そういう意味で、いろいろな人が関わる中にクリエイターとして参加することには、大きな意味があると思います。

今はクリエイターの総数も増えていて、本当にアテンションさえ取れればいいという人もいれば、自分自身の活動や発信力の影響を考えながら、誠実に活動している人もいます。新組織に参加することで、「ちゃんとしていそう」と感じてもらえることもあると思います。クリエイターにとって、自分がクリーンである、安心して一緒に仕事ができると思ってもらえることは、とても大事です。

水谷:まさに、そのような視点は新組織を考えるうえで重要なポイントです。クリエイターにも、プラットフォームにも、メディアにも、広告主にも、誠実により良い環境をつくろうとしている人たちがいます。そういう人たちがメリットを感じて積極的に参加し、つながれるネットワークを構想する必要があります。

例えば広告主にとっても、自社の広告を安心して出せるクリエイターやプラットフォーム、メディアがあることは、ブランドセーフティの観点から大きな価値があるはずです。同じ方向を向いた人たちが、Win-Winの関係でつながっていく。そういう組織にしていきたいと思っています。

大淵:今のお話を聞いて、広告主、デジタルクリエイター、メディア・企業、そして生活者といった、あらゆるステークホルダーに関わる広告会社として果たせる役割を改めて感じました。触媒になれる立場だからこそ、広告クリエイターひとりひとりが、正しいデジタルリテラシーを持ち先導に立つことで、より良いデジタル空間の土台を作っていけるのではと思います。

水谷:実は私の実家は商売をしています。商売人である父の後ろ姿を見て育つ中で思ったのは、「あこぎな商売をしている人は、いずれ痛い目を見る」ということです。もちろん、世の中からあこぎなやり方をする人をゼロにはできないと思います。ただ、そういう人たちが有利になる社会はおかしい。これは、多くの人が共有できる感覚ではないでしょうか。

誠実な仕組みづくりの中で、自分たちはどんな役割を果たせるのか。広告主も、メディアも、クリエイターも、プラットフォームも、それぞれが考えるだけでも、世の中は少しずつ変わっていく可能性があります。

情報空間のネガティブな変化を完全に防ぐことは難しいかもしれません。それでも、安心で、健全で、フェアな情報空間をつくることはできるはず。大掛かりな挑戦ではありますが、そこを目指していきたいですね。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

遠坂めぐ

遠坂めぐ

シンガーソングライター

シンガーソングライター。2022年、日常のストレスをユーモラスにピアノで弾き語る「キレてます!」シリーズがSNSで累計6億回再生を突破し、「TikTok Awards Japan 2022」において音楽部門大賞を受賞。「赤点だらけの毎日でも」「明日君に会えるせいだ」など、累計1億回再生超えのロングヒット記録する楽曲を多数リリース。TikTokによる地域の魅力発信企画「TikTok Connect By Tourism」、総務省による官民連携プロジェクト「DIGITAL POSITIVE ACTION」をはじめとする、行政や地方自治体に関するプロジェクトにも積極的に参加中。

水谷瑛嗣郎

水谷瑛嗣郎

慶應義塾大学

メディア・コミュニケーション研究所

准教授

慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。帝京大学法学部助教、関西大学社会学部メディア専攻准教授を経て、2025年4月より現職。専門領域は、憲法、メディア法、情報法。総務省「デジタル広告ワーキンググループ」構成員も務める。主な著作に、『リーディング メディア法・情報法』法律文化社、2022年(編著)など。

大淵 玉美

大淵 玉美

株式会社 電通

カスタマーエクスペリエンス・クリエイティブ・センター 

アートディレクター/プランナー

慶應SFC→デザイン研究所を経て電通入社。ブランドや生活者のインサイト発掘、体験設計が得意。紙面・OOH・動画・WEB・SNSなど、デジタルとリアルを跨ぎ『企画×デザイン』で楽しく手がける。

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