Jリーグチェアマン村井満氏
「二つの道があれば選択基準はいつもドキドキ感」
第1回
2014/04/22
ビジネス界から初めて日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のチェアマンに就任した村井満氏。高校時代はサッカー選手として活躍した経歴を持つ。ビジネスパーソンとしては長年日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)で人事部門を歩み、海外の関連会社で社長なども歴任。ビジネス界で発揮してきた人事・経営手腕を、Jリーグの活性化にどう生かしていくのか。サッカー愛に満ちた熱き思いを語る。
かけがえのない、「ホームタウン」を肌で感じる時間
この1月にチェアマンに就任して以来、新設されたJ3をはじめ各リーグのクラブを訪ねる全国行脚をしています。その先々で、Jリーグの意義や価値、サッカーというスポーツの魅力は何だろうとあらためて考える日々が続いています。
肌で感じるのは、Jリーグが21年前の発足時から掲げている「地域密着」の深い意味。クラブを擁する地域の人々にとっては、試合が開催される週末は同窓会のようなもので、大声で応援した後はみんなで一杯飲んだりする。そんな風景を見て、「ああ、サッカーってやっぱりいいなあ」としみじみ思います。
私は昨年まで31年間サラリーマン生活を続けてきましたが、会社を辞めたその日から、入館証も使えなければ、メールのアカウントも使えない。それは当たり前のことなのですが、やはり一抹の寂しさを感じるものです。そういう立場になってあらためて、仲間と共有する場と時間がかけがえのないものであることを痛感します。
一方、Jリーグのクラブのあるまちでは、自分のふるさとや、ホームタウンを肌で感じ合う時間が、自分が生きている間ずっと続いていく。また、サポーターたちはアウェーの試合では敵地に駆け付けることもありますが、そのまちや人々と触れ合う機会もあるでしょう。そういった交流も含めて、かけがえのない時間を共有する風景が、豊かなスポーツ文化の一つの象徴なのだと思います。
「社会の静脈」の役割を果たすJリーグ
人間の血液の流れに例えると、サッカーには「静脈系の機能」があると思っています。私たちの日常生活は、体に血液や栄養分を運ぶ動脈の働きにも似た、生産性重視の考え方が浸透しています。ビジネス社会では、人間の60兆の細胞に常に信号を送るかのように、指示・命令が出され、会議が開かれ、給料アップにもつながる評価基準が示される。これは、いわば「動脈系のシステム」です。
しかし、動脈系だけでは人間は行き詰まってしまう。「会社はそうはいうけど・・・」と言いながら自分を納得させる、慰めや癒やしといった心の浄化作用もないと心と体のバランスが保てません。体の老廃物を回収する静脈の働きがないと、体の生理機能が保てないのと同じです。
Jリーグには、その静脈と同じ機能がある。いわば「社会の静脈」の役割を果たしているのです。週末にサッカーを見て、大声で応援して、帰りに一杯飲んで。そして、「さあ、月曜日からまた頑張ろう」と思う。血液が、動脈から静脈を巡って心臓に戻ってきて新たな血液に変わる。その循環システムと同じですね。
ビジネスパーソンとして私は人事部門が長かったのですが、関連会社の社長をしていたときも、組織内にどのように「静脈」をつくるかが常に重要なテーマでした。社会も組織も、動脈だけじゃダメ。静脈もあって初めて機能するのです。
絵や音楽だけでなく、いろいろな価値観や表現、解釈があるものを総称して“アート”とするならば、サッカーにはアート的な魅力があります。近代サッカーは戦術の組み立てや相手クラブの分析も科学的になっていますが、一方で理屈では説明できないアート的なプレーが次々に生まれます。足が0.1秒早く出るかどうかでゴールが決まるような、最後はもう気合としか言いようがないプレーもたくさんある。ファンは、そのアートな世界に感動するわけです。
昨今のビジネス社会では、「あの人じゃないとできない」という、いわゆる個人芸の仕事をする人が少なくなってきています。最も効率的な方法をナレッジ化して、それを横展開で共有するといった仕組みが浸透して「芸」が必要とされなくなってきたからです。
そういった社会の流れの中で、サッカーファンは、アート的なプレーや情動を揺さぶるようなシーンに感動して「明日も頑張ろう」という元気をもらう。これも、静脈機能の一つといっていいと思います。
〔 第2回へ続く 〕