新明解「戦略PR」No.12
「ソーシャルグッド」が席巻するカンヌから、あえて今「販促PR」のおもしろさを伝えたい
2014/07/10
最近のカンヌは「ソーシャルグッド」がかなり幅を利かせていますね。そのせいか、なぜこの企業がそんなことを?と、本来の事業領域から少しズレた「社会にいいこと活動」を語るようなエントリーも目立ってきていて、「いかがなものか」と思うことも。もちろん、本来の社会的正義を全うするような活動もあるんですけど、トレンド感の中で有無を言わさず「これは社会にとっていいことだろ? だから『いいね!』してくれよ!」と押しつけがましい善意をグイグイと突きつけてくるようなものには正直なところ、へきえきしてしまいます(あぁ、こんなこと言うと私、また評判落としそうですよね…。ってか、もう地に落ちてっから大丈夫かな。ルン!)。
4部門でグランプリを受賞したのは「ソーシャルグッド」とは異相をなす販促キャンペーンだった
PRパーソンは「PRで社会を良くする」という根源的な使命感を感じているもんだから、「これこそ本領発揮のフィールドだぜ!」と一気に盛り上がっちゃうんですよね。そんなこともあり、PRカテゴリーでは、その傾向がさらに強くなってしまっているのかもしれません。結果、審査対象として通常の製品やサービスの販促を目的としたエントリーが評価を得るには、やや不利になってしまう状況も垣間見えるわけです。
一方で、PRカテゴリー以外では注目エントリーがありました。フィルム、チタニウム&インテグレーテッド、プレス、プロモ&アクティベーションの4部門でグランプリを受賞したのは「ソーシャルグッド」とは異相をなす販促キャンペーンだったんです。それが、英国エージェンシーadam&eveDDBが百貨店ハーヴェイ・ニコルズのために実施した2013クリスマス・キャンペーン「Sorry, I Spent It On Myself」。昨年の「Dumb Ways to Die」のグランプリ5部門に次ぐ歴代2位のグランプリ数を獲得し、5つのゴールドを含め数多くの受賞に輝きました。
このキャンペーンは、友人や家族のクリスマスプレゼントを安く上げれば、自分自身のためにもっとお金をかけられるでしょ? そーしちゃいなよ! とうたった広告で、儀礼的に買われる商品群に、あえて1~2ポンドのチープなプレゼント、例えば輪ゴムのセット、ペーパークリップ、たわしなど、信じられないプレゼントを提案し笑いを誘っている。もっと自分のためのものを買いたい! という生活者インサイトを突いて、半分ジョークも含めながら、でも実際にそれをサポートする製品群を用意することでその行動を具現化させています。
そこで今回は、ハーヴェイ・ニコルズのキャンペーンにあやかり、あえて「ソーシャルグッド」的な案件を外し、販促につながる機能訴求や話題喚起、あるいはメディア露出の新しい仕組みにチャレンジしたものを中心に採り上げて紹介してみたいと思います。題して、「ひねくれカンヌ紀行。PRのもうひとつの本流を探せ!」ということで。じゃ、行ってみよ!!
■ボルボ・トラック「LIVE TEST SERIES」
Cannes Lions 2014:PR部門ゴールド、サイバー部門グランプリ、チタニウム&インテグレーテッド部門ゴールド、ダイレクト部門ゴールド、プロモ&アクティベーション部門ゴールド 他多数受賞 |
ジャン=クロード・ヴァン・ダムの股割りといえば、私を含めた昭和世代のB級アクションムービーファンにはもうたまりませんよね。なんかそのキャスティングだけで涙しそう、っていうか。最近、デ・ニーロとスタローンが主演した「リベンジ・マッチ」なんてボクシング映画にも思わずホロッとしてしまうあたり、俺も年を取ったなぁ、なんて感慨深くなってしまうわけです(しみじみ)。それはさておき、この動画シリーズはともかくおもしろい。単なるおふざけでなく、「なんじゃこりゃ!?」と思わせる映像に、実に巧みにその機能訴求をまぶしているわけなんですね。「えー? マジなんじゃこりゃ! こんなことできちゃうのかよー?」ってことがそのまんまボルボ・トラックのUSP(Unique Selling Points)であり、購買検討の比較基準として強く記憶に残ってしまうわけです。やー、巧妙。ってーか、反則じゃね? あ、販促か、などというオヤジ特有のダジャレも盛り込みつつ、もう少し中身を解説していきましょう。
ジャン=クロード・ヴァン・ダムの、その名も「THE EPIC SPLIT」はフィルム部門グランプリとフィルム・クラフト、サイバー部門でゴールドを獲得。ただし、このTHE EPIC SPLITを含む一連の実証シリーズは、「LIVE TEST SERIES」として、他にもサイバーでグランプリ、PR、プロモ、ダイレクト、インテグレーテッドに至るまでゴールドを獲得しています。それぞれの部門での評価視点があると思いますが、PR視点で見たときに、やはりきちんと成果を出しているというところがポイントになります。おもしろさの中できちんと機能訴求がなされ、結果この一連の情報接点を持った購買者層の約3分の1がディーラーや公式サイトを訪れ、またアンケートではその約半数が次の購買候補として考えたいと回答しています。ちなみに、このキャンペーンはPRライオンズでグランプリを争ったそうです。
実はエントリーシートを細かく見たところ、もう一つ共感した部分があります。それがコミュニケーション・ターゲット戦略のところ。普通なら職業トラックドライバーをメーンターゲットとして捉えて、彼らが読みそうな紙媒体とかできっちり性能訴求をしていくという手段をとりそうなもの。しかし彼らはターゲットをもっと広く捉えたんですね。もちろん実際のドライバーもコアターゲットの一部ではありますが、運転はしないものの実際の購買者というのは経営者であったりもするわけで、そういった購買予備群はいろんなルートから助言や情報を求めているわけです。
例えば、実際のドライバーの意見、職場の仲間、財務コンサルタント、競合社、顧客、そして友達や家族まで。もちろんすべての意見が的を射ているとはいえないかもしれませんが、「あれはスッゲー!」とか「あの技術は本物だな」とか、さまざまなレイヤーでポジティブな意見が出てくれば気持ちも動いてこようというもの。そう、まさに私が日頃言っているような、コアターゲットの周辺にいる、コアターゲットの意思決定に影響を及ぼす可能性のある生活者(=戦略ターゲット)の話と非常に重なるんですよね。そしてそこにクチコミしやすいコンテンツを投入。実際、テスト成功の確約がないままにこのシリーズは始まるわけですが、しかしそこにチャレンジできることこそが、すでに一定のレベルを超えた性能を保持していることの自信として理解されると信じて計画は遂行されるわけです。ないとは思いますが、例え100%の成功でなくても、その訴求ポイントは十分に伝わる内容となったのではないかと想像したりします。
■TNT 「DALLAS GAS STATION」
Cannes Lions 2014:PR部門ゴールド、アウトドア部門ゴールド受賞 |
ハリウッドのドラマシリーズ「Dallas」のシーズン3への期待感醸成、視聴率アップがお題。ターナー・ネットワーク・テレビジョン(TNT)が放送するこの番組は、シーズン2で視聴率が伸び悩んだのですが、シーズン3で再びポップカルチャーの会話の中心に戻れるよう、既存ファンの掘り起こしと新しい視聴者の獲得を目指してPRキャンペーンが計画されました。ドラマの世界観をそのままリアルに街に再現し、あたかも生活者自身がそのドラマに参加しているかのような錯覚を起こさせるイベントが実施されています。
舞台は、NYのガソリンスタンド。ドラマ「Dallas」の主人公である油田開発で財を成したテキサスの大富豪の一族、ジョン・ロス・ユーイング3世が、シーズン3のプレミア用に、リアルに価格破壊を起こした1日限りのガソリンスタンドを立ち上げます。そして街中の生活者がここに行列をなします。まさにドラマの中に出てきそうなシチュエーションで、ここにリアルとフェイクの境界線が見えずドキドキするような演出がなされているのです。そして主人公のユーイングその人が、施設オープンのテープカットを行い、顧客対応もします。当然、長蛇の列で一緒に写真を撮って喜んだり、ガソリン入れてるだけでもなんか顧客はうれしくてツイートの嵐。いやいやアメリカ人ってほんとこういうの素直に喜び、楽しみますよね! 関連情報は、キャンペーンの勢いと驚きを維持するよう、2週間前からいくつかのフェーズに分けて細かく発信されており、NYのどのガソリンスタンドでイベントが行われるのかとソーシャルメディアで事前に会話が盛り上がったりしました。
結果12時間で1万ガロンのガソリンを売り切ります。ただし、その行列はそのガソリン価格の安さ(およそ市価の半額!)にあるかもしれないし、街中にテレビスター連れてくりゃ、そりゃみんな騒ぐっしょ?とも言われそうだけど、恐らくそこら辺のホテルやシアターでプレミアやってもここまで盛り上がらなかったろうなぁ、と思うわけです。そして、なんだかんだ「あ、やっぱここまでファンいるんだ。だったらもう一回見てみようかな!」とその盛り上がりと人気度を生活者とメディアに再認識させたことがポイントなのかもしれません。
ここで学びたいことは、私もよく言う「同じ情報でも、発信する主体によって価値が異なる」ということ。さらに言えば、場所や時間といった5W1Hに意外性があれば、それなりに生活者のアテンションはつくれるわけです。そして、もちろん大事なのが「何を」の部分で、ここにストーリーテリングできそうなエッセンスが入っていればなお良しってことですね。今回のエントリーは、大きなアイデアというよりも、そういった丁寧な複合技でゲットした賞といってもいいのかもしれません。
■HEINEKEN NEW ZEALAND 「TUI CATCH A MILLION」
Cannes Lions 2014:PR部門ゴールド受賞 |
ハイネケン社のビール銘柄「Tui」のスポンサーシップ活性化キャンペーンがこれ。いつも、「いつかはルールを覚えよう!」と思うんですが、毎年このカンヌの時期に思い知らされる、世界における「クリケット人気」。とはいえ、イギリス文化継承地での人気が大半なんですかね。彼らに聞くと「野球? なにそれ?」みたいな(笑)。「クリケット知らないの? ありえねー。日本人、大丈夫かよ?」なんて畳みかけられてしまうんですが、そのくらい熱く語る輩が多いんです。そんなファンに向けてTuiブランドへのエンゲージメントを強めたいメーカー。しかし、スポンサードの効果がイマイチ見えないねー、ということで始まったのが「TUI CATCH A MILLION」キャンペーンなのです。
ご存じの方もいるかと思いますが、ニュージーランドでは、アルコールのテレビコマーシャルが放送できるのは夜の8時半から朝の6時までに限られています。そのため、アルコールのブランドにとって、アーンドメディアは非常に重要なものとなっています。広告を出さずにいかにブランドをアピールできるか? そこがポイントでした。
仕組みはこう。キャンペーンに合わせて売り出されたブランドカラーの公式オレンジTシャツ。これを着てクリケットの試合を応援しながら、もしホームランボールを片手でキャッチできたら10万ドルゲット!というもの。いやー、みんなおふざけ半分、大まじめ半分で本気で捕りに来る。ビール飲んでるから足元おぼつかなかったりするんだけど、一生懸命ボールに飛びつくんで、下手な珍プレー好プレー番組よりおもしろい。
本来、中継テレビ局とのパブリシティー契約なんてものはないわけですが、この絵がおもしろくてテレビカメラが追うわ追うわ(笑)。ってなことで、毎度試合の内容よりもそっちの話題の方がメディアでも盛り上がってしまったり、はたまた実況中継のコメンテーターがホームランを獲りやすいところをアドバイスしたり。画面にはオレンジTシャツがわらわらとボールに追いすがる光景が映し出され、しかし、ある種さわやかに、そして楽しそうに見えるわけです。
私、思ったんです。これって新手のプレースメント(※)だよなーって。しかも無理やりでなく、自然と目に入っちゃう、しかもその光景がおもしろいからメディアも含めてつい追いかけちゃうっていうね。さりげーに目立たないように商品映し出すとかっていう日本のプレースメントとかとはちょいレベル違いますね、ほんと。結果、直近2年で一番の売り上げを記録、1カ月強のサマーシーズン12試合中と幅は狭いですが、観客の4人に1人がオレンジTシャツを着て、スタジアム内を駆け回るという楽しい姿が放送されましたとさ。
※プレースメント(プロダクトプレースメント):テレビ番組や映画などの中で、企業の製品を使用したり、その製品や企業ロゴを映し出したりすることによって、消費者に広告という意識を持たせることなく、その製品の宣伝効果を狙う手法。