いま日本企業に求められる
マーケティング重視への大転換
2014/10/20
戦後の復興から高度経済成長期を経て日本の企業が世界を席巻した時代、そしてバブル崩壊後のデフレ経済にあえいできた時代。その全ての日本企業のありようを見つめてきたのが、現代マーケティングの世界的権威、フィリップ・コトラー教授だ。日本企業に今でも欠けているのは何か。そして、これからの再生に向けて生かすべき強みとは何なのか。生活者との理念の共有と共創をめざす新たなマーケティングが求められる時代に、ニッポンが持つべき指針を熱く語った単独インタビューの内容を4回に分けてお届けします。
聞き手は、電通マーケティングソリューション局の山本浩一です。
「わが社はマーケティング会社である」と言い切れるか
山本:コトラー教授は「経営とはマーケティングそのものである」とおっしゃっていますが、非常に重要なご指摘だと思います。マーケティングは、企業内の単なる一機能ではなく、さまざまな部署が持つ機能を結び付け、企業全体の経営課題に取り組むものに進化しつつあると思います。
コトラー:その通りです。これまでのマーケティングの歴史を振り返ると、多くの人たちが、マーケティングを単なるプロモーションだと見なしてきました。例えば、自社の新製品を世間の人々に知ってもらいたいときは、広告を出したり営業マンを動かしたりします。しかしそれは、マーケティングの一部でしかありません。近年、マーケティングはProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)の4P戦略として考えられるようになりましたが、いまだに、Promotion以外の3つのPが統合されていないケースがしばしば見られます。
実は、その4Pだけでもまだ十分ではありません。4P以前の段階の問題として、どの生活者セグメントを見据え、どのようにニーズを満足させるのか、その生活者セグメントに訴求するには販売戦略に関する意思決定をどのようにすればいいのか、といった問題について検討しなければなりません。
マーケティングとは、顧客と企業を結び付けるものです。この点を認識すれば、製品ばかりではなく、生活者に目を向けなければいけないということに気付くはずです。そして、「良い製品をつくって皆に売ろう」という姿勢から、「われわれは誰のために製品をつくったのか。その相手についてわれわれはどれだけのことを知っているのか」という発想への転換を迫られるはずです。
その結果、誕生したのが差別化とイノベーションという考え方です。他とは違う特色のある商品やサービスを提供し、さらにはイノベーションを起こして人々の心をとらえるエキサイティングな価値を創り出す。差別化とイノベーションはマーケティングにおいて鍵となる非常に重要なものです。
実際、この点を突き詰めて、「わが社は本質的にはマーケティング会社である」と言い切る会社もあります。P&Gは、自社にとって顧客が全てであるという認識から、社内のあらゆる機能、つまり生産、財務、情報部門など全てのセクションが、お客さまに最高の価値を届けることを目的として努力すべきだと語っています。
理性面だけでなく、感情面で何を訴えることができるか
山本:日本企業のマーケティング部門の方々と話すと、社内でマーケティングが低く位置づけされていると嘆いているのをよく聞きます。一番は技術畑で、次に製造、そして階段を少し下ったあたりにマーケティングという具合です。そういう風土の企業を、どうしたらマーケティング重視の企業へと変えることができるでしょうか。
コトラー:日本企業は、製品が何よりも重要であるという信念を持っています。実際に多くの企業が、それぞれの分野で最高品質の製品をつくっています。そのような日本企業の姿勢は、1980年代後半頃には、世界中から尊敬を集めていました。しかしその後、他のアジア諸国が日本に追いつき始め、彼らもまた完璧な製品をつくることができるようになってきた。日本企業はこうした競合環境変化の情報を十分に収集・活用してこなかったのではないかと感じています。日本の優位性を維持するためにどうすべきかを考えるために、韓国、タイ、その他の国々で何が起こっているのかをつぶさに観察し、競合環境変化に対するアクションをもっと早く起こすべきだったのです。
そこで、先ほどの質問に戻りますが、日本企業において、マーケティングが不当に低く位置づけられているのは、まさにおっしゃる通りだと思います。これをこの対談記事の見出しに使っていただいてもいいくらいです。「コトラーは語る―日本でマーケティングは軽視されてきた。技術者が王様に祭り上げられ、マーケティング担当者は片隅で広告を打つだけ」とね。
もちろん、そうした実態は改善されなければなりません。そのために、一つには、素晴らしいマーケティング人材を見いだすことです。人々の心をつかむスキルがあり、人々を振り向かせて製品に関心を抱かせるだけの手腕を持っていることが、誰の目にも明らかな人材を見つけることです。
韓国の企業をご覧なさい。携帯電話やテレビ、キッチン家電などの売り方を見れば、マーケティングを非常に重視していることは一目瞭然です。単にプロモーションに大金を費やすのではなく、生活者に向けてどのような製品をつくるのか、明確な意思決定のもとに大きな投資をしているのです。プロモーションよりもずっと大事な機能だからです。機能や品質が優れた製品をひたすらつくろうとするより、生活者にとって手頃でかつ欲しいと思える優れた製品をつくることが非常に重要なのです。
技術面ばかりが重視されると、どうしても完璧な製品をつくりたくなる。すると、完璧な製品を欲しがる人間、最高の製品のためならお金を惜しまない人間が、市場にたくさんいるはずだと思い込んでしまう。しかし、今日の市場にはさまざまな競合製品があふれていて、そのどれもがそこそこ性能の良い製品です。そうであれば、自社の製品がお客さまに選ばれるにはどうしたらよいか、顧客との関係を築くには何をすべきかを考えなくてはいけません。そのとき日本の製造業にとって重要になってくるのは、理性面だけでなく感情面で何を訴え掛けることができるのか、という点です。
まず経営トップ自らが発想を変えることが不可欠
山本:海外だけでなく日本の主要ブランドの中にも、CEOがマーケターとして優れた力を発揮してきた企業があります。企業のCEOや取締役といった職責において、マーケティング重視の姿勢は、どのくらい重要なものなのでしょうか。
コトラー:マーケティングが企業内でどの程度重視されるかは、その企業のCEOの姿勢によるところが大きいと思います。ただ日本企業のCEOは、技術部門や財務、法務部門の出身者が多く、マーケティング部門で働いてきた人がほとんどいません。だから、マーケティングで何ができるかということについても狭いイメージしか持っていない。「これは広告が必要だな。ではマーケティングへ」という具合です。だから、マーケティングを変えるには、経営トップの発想を変えることがまず必要なのです。
また、強力なCMO(最高マーケティング責任者)の存在も不可欠です。CMOはマーケティングを管理するのが責務ととらえられがちですが、それに費やす時間は自分の時間の半分にとどめるべきです。もう半分は、製品、技術、財務といった部門との連携に振り向けるのです。マーケティングが将来の成長を担う部門であることを、他部門の人たちにも理解してもらうためです。今、台頭しつつあるトレンドやセグメントを割り出すためのデータ、いわゆるビッグデータを持っているのはマーケティング部門であることを説明し、会社にとって大きなチャンスとなり得る芽をいち早く特定し、そのチャンスを捉えるために社内体制を整えるよう仕向けていくのです。
しかし、他の取締役の考え方を変えるのは、一朝一夕にできることではありません。多くの企業でありがちなのは、CEOが新しい考え方に触発されて転換を図ろうとしたときに、成果を性急に求め過ぎることです。CMOがすぐに結果を出さないと、首をすげ替えてしまう。しかしそれでは、どんどん新しいCMOがやって来るばかりで、結局変化は起きません。
山本:その点は日本の経営トップも心しておくべき点ですね。