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ロボティクスビジネス入門講座No.2

Robiの生みの親 高橋智隆氏が語る
コミュニケーションロボットこそ日本の活路(後編)

2014/11/18

第1回に引き続き、ロボットクリエイターの高橋氏にお話を伺いました。「コミュニケーションインターフェースとしてのロボットが普及する未来」から「コミュニケーションロボットがヒト型でない可能性はあるか?」「ロボティクスビジネスと教育」などについて伺いました。

高橋氏、西嶋氏

いきなり移行すると失敗する。ステップを踏んでソフトランディング

西嶋:現在サービスロボット分野(※1)の急激な市場拡大が見込まれているにもかかわらず、経済産業省の「技術戦略マップ2010」の「ロボット分野」の記述によれば、「現状では市場に投入されている大半のロボットは産業用ロボットであり、いわゆるサービスロボットの市場は確立したとは言えず、実用化の事例も少ないのが現状である。」とありました(下図参照)。今後は実際の生活空間で活躍するロボットの普及や、社会ニーズへの対応に期待がかかっている状況です。その中核を担う可能性のあるコミュニケーションロボットについての、先生のご意見を改めてお聞かせください。

日本のロボット産業の足元市場規模推計

※1 サービスロボット分野:経済産業省の分類するロボット4分野のひとつ。2005年愛知万博でサービスロボットの実用化に向けた実証実験が行われたのを始め、現在は掃除ロボットや食事支援ロボットなどの導入がすすめられている。製造分野(産業ロボット)の市場拡大が緩やかな成長にとどまっている今、労働力人口の減少、少子高齢化対応、安全・安心な社会の実現のために、より身近な存在として役立つサービスロボット分野での発展が期待されている。(経済産業省「技術戦略マップ2010」より要点を抜粋)

高橋:僕は、新しいテクノロジーを普及させるためには、いかにスムーズに誘導させるかが肝だと思っています。ユーザーはある意味で保守的ですから、作り手がイメージする究極の未来のビジョンをすぐに受け入れてもらうことは難しい。そこに至るステップをどうデザインするかということこそが、一番大切なところです。でないと、結局ずっと絵に描いた餅になってしまう。

 

車を例に出せば、そりゃ電気自動車が優れていること確かですし、デザインの自由度が高いので今までの車とは全くかけ離れた形にすら出来る。でもそんなものは今誰も買わない。だから、ちゃんとタイヤ4つ、ドア4枚にして電池切れの心配のないようエンジンもあるハイブリッド車として売る必要があるんです。そこから徐々に完全な電気自動車に向けて少しずつ変えていくのです。

いきなり新しいテクノロジーが生活に割り込んできて、環境がガラッと変わるなんてことは望まれていません。今まで慣れ親しんできた生活から飛躍しないように、戦略的に段階をデザインしていかなければならない。iPhoneも電気自動車のテスラも掃除ロボのルンバもそこに知恵を絞って今の成功がある。日本のメーカーにも技術があったのにという声もありますが、この点においては海外の方がよく分かっているなと感じます。ロボットも同じです。いきなりロボットの専門店に行って、新たに家計からロボット費を捻出して、ロボットを買って、ロボットと暮らしてくださいなんてことがまかり通るはずがないんです。

西嶋:なるほど。技術的な発展だけでなく消費者が受け入れやすいようにステップを踏んでいくことも、コミュニケーションロボットの市場拡大には必要というわけですね。

高橋:そうですね。私は今後小型のコミュニケーションロボットこそがスマートフォンの次の携帯端末になると考えています。ある日近所の携帯電話ショップに行くと四角い電話と並んで人型の奴がいる。通話やネットの機能もあるので電話機として買って、今までスマートフォンにかかっていた通信料や端末代を月々ロボット代として支払う。人型だから音声認識を使う頻度が上がり、そこで得た情報を元に必要なサービスを返してくれる。ある種の信頼関係や愛着が生まれ、現在のスマートフォン以上に生活に密着したデバイスになっていく。そうやってスムーズに巨大な市場を作っていくことが出来ると信じています。

コミュニケーションロボットの歴史から

西嶋:サービス分野のロボットの発展において、過去実績も振り返ってみたいと思います。1999年にソニーが発売したペット型ロボットの「AIBO(アイボ)」は7年間で15万台を売り上げて、確実に一時代を築き上げましたが、最終的には撤退となりました。一方、先生がデザインされたデアゴスティーニ社の組み立て式ロボット「Robi(ロビ)」は、創刊号の時点で20万部以上も売れたと伺いました。そうなると、実際の生活空間で活躍するコミュニケーションロボットにおいて、日本で一番売れたロボットだと言って過言でないかもしれません。

高橋:有難うございます。しかしながら、このまま次の手を打たなければ、RobiもAIBOと同じように終息してしまうと思っています。その次の手とは、ネットワークにつながることです。Robiにはロボットと暮らす未来をイメージしてもらうための機能が一通り入っていますが、現時点では通信機能はバッサリ切り捨て外部とデータのやり取りをあえてしていません。それは、今の段階でネットにつなげても、何でも出来そうで何にも出来ないロボットになるだけだと思ったからです。それよりも、まずは限定された機能をちゃんとデザインをしてみることが大事だと考えたのです。

西嶋:前回、単機能に特化したロボットがネットやクラウドでつながる「スマートロボット」がキーワードになりつつあるというお話をしました。このあたりについてはいかがですか?

高橋ヒト型ではない、単機能のロボットが人々の暮らしの中に入ってくるという流れはありますが、同時に、そのような複数の作業ロボットと人をつないだり、それ以外にもあらゆる情報と人を媒介したりする存在としての小型のコミュニケーションロボットが果たす役割は大きくなっていくと思います。

西嶋:そのためには愛着、愛情、感情移入を必要とするということですね。

高橋:そうです。そして、小型でいいんですよ。つまり作業するのは掃除ロボットなり、家電製品なりであってヒト型ロボット自体はあくまでもインターフェースでしかないので、非力な小型でかまわない。

西嶋:たしかに、次世代コミュニケーションのインターフェースとしてロボットを捉えると、可能性がたくさんありそうですね。

高橋:そうですね。

西嶋:ところで、ソフトバンクが2015年2月に正式発売する「pepper(ペッパー)」というロボットがありますが、こちらは先生の提唱する「小型」から考えるとかなり大きなタイプになりますが、コミュニケーションロボットでクラウドAI(※2)に先鞭をつけた事例としてどうお考えでしょうか?

※2 クラウドAI:ロボット本体にAI(人工知能)をもたずに、ネットでつながれたクラウドの先のサーバにおいて、音声認識や言語処理などを行う。人との会話ログを蓄積して、よりよい言語システムを構築するなど、情報を集めて活用しやすい利点があると言われている。

高橋:クラウドAIを使うという部分は、僕は全く正しいと思っています。そして何よりも、リスクが大きいハードウエアを製造販売した功績が大きい。皆、効率的に儲かるソフトをやりたくて、誰もハードウエアを開発しないまま膠着状態になっていた。でも、ファミコンでもiPhoneでもそうだったように、まずは優れたキラーハードウエアプラットフォームが必要なんです。だからPepper発売は素晴らしい決断だったと感じています。ただ、サイズやデザインについては私の目指す形とは異なっています。

ロボティクスビジネスへの新規参入について

西嶋:現在、あらゆる業界からロボット分野に注目が集まっていると感じています。つまり、今までロボットビジネスは関係ないと考えていた業種の方にこそ、目を向けてもらうメリットや可能性があるのではないかと。たとえば「自社の製品や技術の何が使えるか?」という検討をする上で大事なポイントなど、もしございましたらお聞かせください。

高橋:人や動物がやっていたことをロボットに置き換えるだけで、今はいちいち物珍しいわけです。だから今、広告会社のクリエーティブの人やメディアアート系の人たちが、コミュニケーションのアウトプットとしてロボットを活用してくれたらと思いますね。それが結局、ロボットのビジョンを伝えることにもつながり、ロボットの未来にとってもとてもプラスになると考えています。ロボットクリエイター+自社技術だけでなく、そういったエクスペリエンスデザインや、大きな意味でのシナリオ構築ができるパートナーを入れるのは、大切なことだと考えています。例えば、電通ロボット推進センターにもそんな役割を期待しています。

西嶋:有難うございます。たとえば、京都の堅実な電子部品メーカーというイメージだった村田製作所が、技術力だけではなく企業文化のアピールにも成功した、村田製作所の企業広告「ムラタセイサク君」シリーズのようなことでしょうか。

高橋:そうですね。優秀な人材のリクルーティングで他社と大きな差がついたと聞きました。最新の企業広告の「チアリーディング部」編でも、ソリューション提供という自社の新たな事業をアピールしていますね。

ヒト型のロボットである必然性とは?

西嶋:ここで、あえて先生にお伺いしたいのですが、コミュニケーションロボットがヒト型でない場合もあり得るとお考えでしょうか?

高橋:人間の意識の変化次第ですね。必要な機能のために進化したり、不要な部分が退化したりするように、使う側の意識に合わせて形が変わっていくことはあるかもしれません。でも、少なくとも最初の時点は人の形をしてないと、受け入れられないと思います。だから、一度ヒト型のステップを踏むことで次の形が見えてくるのだと考えています。

西嶋:なるほど、よく分かりました。

高橋:受け入れられやすいデザインという意味では、ユーザーの心理にはとても興味があるのですが、一方でマーケットリサーチのようなことは全く無意味だと思っています。商店街でおばちゃんに「どんなロボットが欲しいですか?」と聞いたところで、「晩ご飯の後片付け」とか、「キャベツ千切り」レベルの答えしか返ってきません。

西嶋:(笑)でも、たしかにユーザーは、自分のニーズを正確に言語化できない場合も多くあり、アンケートではなく行動を重視すべきだという考え方もありますね。

高橋:そうではなく、ニーズという物自体が無意味なのです。ジョブズも言っているように、現物を見るまで人は自分の欲しい物が何なのかを知らないのです。逆に、今思い付くニーズというのは安直なものである場合がほとんどです。だからクリエーターやデザイナーが自身の感性で作り上げ、それをユーザーに提案していくしかないのです。

西嶋:多くの企業が「トライ&エラー」を繰り返している状況の中で、先生がたった一人で運営されているロボ・ガレージが勝ち組になり続けている理由を垣間見た気がしました。先生はこうなってほしいという未来像が自身の中にあって、そこから逆算的に「今はこういうロボットが必要だ」と考えて、創作しているということですね。

高橋:元々何か明確なビジョンがあったわけではないのですが、世の中や技術を取り巻く環境を見ていると、もうすぐそこに未来があることが分かりました。だからあとは段階的な実現にむけて、そのステップをデザインしていくだけだと考えています。

ロボティクスビジネスと教育

西嶋:先生は、もう幼稚園の頃にはロボット制作に取り組まれていたと伺っています。そういったロボットに関するプロトタイピングに長年携わっていた経験や、そこで培った嗅覚は一朝一夕でマネのできないものだと思います。

その点と関連するのかもしれませんが、先生は全国に500教室以上ある「ヒューマンキッズサイエンスロボット教室」の教材監修を行っていらっしゃるんですよね。今では5000人以上の子どもたちがロボットづくりに参加していて、理系離れが叫ばれる昨今においてロボット分野のすそ野を広げる非常に重要な活動をされていると感じています。

高橋:子どもたちにとってロボットは、カブトムシや恐竜と同じくらい「鉄板ネタ」なんですよ。ロボットをきっかけに、理科や算数、そして科学全般に興味を持ってもらえればいいなと思っています。夢中になって遊んでいるうちに、「いつの間にか学べていた」となるのが教育の理想だと思いますね。

西嶋:ロボット工学というのは、単に工学分野だけではなく、情報通信やデザイン、さらには心理学にまでまたがる可能性のある、とても学際的な学問ですよね。

高橋:これまでロボットづくりというのは、工学系の専門家たちが閉じた世界の中でやっていました。しかしもはや一部の人達の学問ではなく、実際にビジネスとして世界規模でダイナミックに動き始めています。今後はロボットと接点のない分野などなくなる、といっても過言ではありません。だから多種多様な分野の人達が、それぞれの専門とロボットを掛け合わせたアイデアを出していくことが必須だと思っています。それによって日本発、一人一台、ロボットと暮らす未来が10年以内に実現するのだと考えています。

西嶋:先生、貴重なお話を頂きまして、誠に有難うございました。

2回にまたがって、高橋先生にお話を伺いました。次回は、バンダイナムコスタジオ・大森靖執行役員と、バンダイナムコゲームス社長室新規事業部ゼネラルマネージャー兼ゲームメソッドコンサルティング「スペシャルフラッグ」代表・一木裕佳氏にお話を伺います。30代以上の方にとっては「ゼビウス」「パックマン」の会社がなぜロボット?と思われるかもしれませんが、深くロボティクスビジネスに関わるポイントがあります。どうぞご期待ください。