史上最大の広報作戦『月をマーケティングする』
2014/12/26
月への切符、250億ドル。
そんな目もくらむ高額チケットをアメリカ国民に売り込んだ一大キャンペーンとは、一体どんなものだったのか。
今回取り上げるデイヴィッド・ミーアマン・スコット、リチャード・ジュレック著『月をマーケティングする』(日経BP社)は、そんなマーケティング目線でアポロ計画の全貌をひもとく一冊です。
マーケティングって、「言葉はみんな知ってるけど内容がいまいち理解できてないもの」ランキングのトップなんじゃないか。そんな気さえしてしまうほど個人的に苦手な分野ですが、ここまで壮大なスケールの作戦を驚くほど緻密に解説するこの本にかかれば、マーケティングにワクワクしてしまうこと間違いなしです。
「人類がまだ火星に行っていないのは、
科学の敗北ではなくマーケティングの失敗なのだ。」
そんな刺激的な言葉が帯に躍る本書は、アポロ計画という科学的偉業を、史上最大にして最重要なマーケティング作戦として徹底解剖していきます。
近年、「技術中心ではない、人間中心のイノベーションを」と語られることが増えています。この本はまさしく最先端の技術的イノベーションの裏にひそむ、人間性とビジネスの側面を描き出しています。
著者は、デイヴィッド・ミーアマン・スコット。
3年前、糸井重里さんが監修を務め、日本でもベストセラーとなった「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」(日経BP社)を出版したことでも知られる、マーケティングの専門家です。
ビジョンを伝えて、アーリーアダプターをつかむ。
1957年、世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功。
1961年、ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行。
当時のソ連が次々と宇宙事業を成功させる中、NASAが発足したのは1958年。
逆境ともとれるスタートですが、民衆レベルでは事情が違ったようです。
実はその何年も前から、アメリカではSFドラマ、テーマパーク、さらには雑誌の特集記事によって、宇宙への夢が何度も語られていたのです。
そこで描かれていたのは、未来の世界観。
いわば、宇宙ビジネスのビジョンを語ることで、アーリーアダプターとなるファンを着実に育てていたわけです。
「開かれた広報」で、宣伝ではなく報道を。
NASAの取り組みを、国民に共感してもらう。
その際、ある思想が大きな役目を果たしました。
それは、「NASAの広報は、宣伝ではなく報道である」というもの。
新聞や雑誌、テレビなどメディアで働いた経験者を次々と採用し、メディアがどのような論理で動いているのか分かっているメンバーを集めていきました。
発信する情報はそれまでのビジョンめいたものではなく、事実に基づいた情報にシフト。また、5分未満のショート映像をテレビ局に無料提供したり、オープンな情報提供で記者たちを次々と味方につけていきました。
一方で、宇宙飛行士のプライベート情報はLIFE誌と独占契約。他のメディアには一切掲載しませんでした。これにより、宇宙飛行士=英雄ではなく、ひとりの人間としてより親しみの持てる存在というブランディングをうまくコントロールしたのです。最近流行の言葉でいうならば、コンテンツマーケティングといったところでしょうか。なんというしたたかさ。
全世界に共通体験をつくり出した「テレビ生中継」。
一連のマーケティングキャンペーンの中で、特に世界が熱狂したのは、月面着陸の生中継でした。
「月面を歩いた最後の人類」である、ジーン・サーナンはこう振り返ります。
私たちは、宇宙でみんなといっしょでした。これがテレビのなせるワザです。宇宙にほかの人たちを連れて行けたのです。(P.250)
この生中継は、当初大きな反対を受けていました。考えてみれば、カメラなんて着陸には必要ないものですから、「そんな余計な荷物より、飛行に必要なものを積め」という意見もよく分かります。
ですが、結果的にこの生中継は大成功。世界中が月面着陸を、宇宙という夢を目の当たりにし、だれもがNASAのファンとなったのです。コンテンツの使い方とメディアとの関係づくりに長けた、とてもNASAらしいマーケティング活動でした。
マーケティングにおける最大の敵は、無関心。
ところが、最初の月面着陸からわずか3年後、早くもアポロ計画は終焉への道を歩み始めます。その敵は、民衆の無関心でした。月面着陸のニュースが番組のトップを飾ることもなくなりました。宇宙飛行士のパレードを開いても、月の石の世界ツアーを行っても、その流れは止められませんでした。
理由の一つは、「人類を月に送り込む」という大義を達成してしまったこと。強くて太い大義があったからこそ、達成したその次の大義を見つけられぬまま、アポロ計画はその幕を閉じることになります。あれから40年、いまだ人類は火星に到達してはいません。
最初から最後まで、人類に夢を与え続けたアポロ計画。
読んでいる間、東京オリンピック・パラリンピック招致と重なるところがたくさんありました。これから、未来に向けてどんな夢が日本中に広がっていくのでしょうか。2020年のその先、どんな新たなビジョンが生まれているのでしょうか。
大きな仕事に取り組んでいる方、取り組みたいと願っている方、どんな人にも学びのあるボリューム満点の一冊です。