東京・国際都市化に向けた
戦略特区開発とレガシー
2015/01/14
吉田秀雄記念事業財団研究広報誌「アド・スタディーズ」
Vol.50 Winter 2014[12/25号]特集記事より
東京を国際都市にする — 戦略特区の重要性
「東京を国際都市にする」─この戦略的構想そのものを信じることができるか。私は、この世論形成がいま最も重要だと考えている。そして、「東京を国際都市にする」ことを信じ、産官学民が連携をし、国際都市化に必要な「新たな展開戦略へのシナリオ」を共有できるか、そのシナリオを確信をもって実行に移すことができるか、にかかっていると考える。
「レガシーを語る」ということは、【ありたい未来=国際都市・東京】のグランドデザインを明らかにすることから始まる。そしてグランドデザインを具現化するために、各地区での戦略特区で、いかなる都市機能や国際都市化に向けたニーズを引き受けるか、相互補完し合う戦略的差別化を実現する必要がある。
戦略特区は、大手町・丸の内・有楽町地区、日比谷地区、虎ノ門・六本木・赤坂地区、日本橋地区、品川・田町地区、渋谷地区等、多数の地区でプロジェクトが存在している。それぞれは、デベロッパーや鉄道事業者、地元地権者等が主体となって進めていくわけであるが、常に2つの側面でのブレークスルーが必要になる。
1つ目は、グローバル経済競争のもとで戦える都市プラットホームをいかに生み出せるかである。
過去の事例でいえば、六本木ヒルズの開発は、日本のIT産業の発展に大きく寄与したといえる。六本木ヒルズという面的な複合都市のブランド力が、優れた人材・ベンチャー・資本の集約を生み出し、新たな産業創造支援のプラットホームになった。
都市開発において高容積化を図っていくがゆえの制度設計のため、「産業創造」「産業集積」は、最も重要な視点である。しかし、立地優位性や事業継続のためのインフラの担保(電力等エネルギー供給、防災等)だけでは、世界の都市で事業拠点として選ばれる決定打にはならず、都市開発事業者だけの力では、なかなか打開できない部分でもある。この打開策については、この後述べさせていただきたい。
もう一つの乗り越えたい側面は、文化発展のための「エリア・アクティベーション」(造語)手法の開発である。それぞれの都市には、その歴史、界隈の継承によって、独自の文化が発展している。その弱体化が、都市開発と並行して起こっている。高容積化によって、ヒューマンスケールな界隈・プレースが失われると、そこに息づくサブカルチャーや、ソーホー的環境から出発するベンチャー、さらには市民が代々継承する味や手技の商品・サービスを担う個人経営事業者がはじかれてしまう。ゆえに、ベンチャースピリッツの集積力や、大衆の文化そのものが失われかねない。つまり、この界隈力やベンチャー力を担保する街並み全体の活性施策を「エリア・アクティベーション」と呼んでみたのだが、これを推進することへの投資が必要となる。再開発用地での高容積化エリアは事業目論見で完結するが、拠点の周辺や拠点間は、「まちづくり」運動に依存する形となるため、財源力も乏しく、経済基盤という目線での再生が欧米並みに進んでいないのが実情である。
国際都市にとって、文化的魅力は産業創造力・産業集積力と肩を並べて重要であり、文化的魅力の継承と再創造は、新たな文化産業・大衆市場、さらには観光経済力の活性にもつながる。まだ、この視点でのプロジェクト手法が確立されていないからこそ、オリンピック後に残るレガシーとして、私は重視する必要があると考え、模索している。
グローバル経済競争のもとで戦える
「都市プラットホーム」
前段で、国家戦略特区を成功させるブレークスルーの一つとして、「グローバル経済競争のもとで戦える都市プラットホーム」を築き上げることの重要性を述べた。それぞれの都市開発拠点(戦略特区)の中で、ここを解くことが最も難しい状況になっている。日本の戦略、東京都の施策、オリンピック・レガシーの視点という戦略との接点を見出す仕組みが完全には存在していないことが原因である。
民間の開発事業と、国や東京都の戦略が、美しいストーリーで接点を持ち、産官学民が一丸となって東京大改造の青図を描ければ、これは素晴らしいレガシー戦略となるだろう。
私は、このストーリーを描くための材料は見えてきたのではないかと考えている。「東京が国際都市になる、しかも世界一を目指す」。これは東京都から発信されたメッセージだ。この大きな傘のもとに、個別の構想をつなぎ合わせることで、シナリオのアウトラインを構想する。
1)東京国際金融センター構想の、プラットホームブランドを構築する
東京国際金融センター構想が打ち出された。東京を世界の金融センターにする、という重要な施策であり、産官学民連携でその意味・意義をしっかりと議論する大事な時期だ。東京国際金融センター構想のプラットホームは現在、日本橋地区、大手町・丸の内・有楽町地区、日比谷地区、虎ノ門地区である。海外・国内の金融・サービス機関、グローバル・コンサルティング企業、弁護士・会計士等の専門事務所等が集積するための、4大プラットホームブランドの形成が重要となる。それを創り上げ、戦略的な都市広報を図っていくタイミングだろう。
2)東京国際金融センターならではのプロジェクトを生み出す
東京が国際金融センターとして世界から認識されるためには条件があるだろう。つまり、「世界から企業、人、情報、マネーが集まるためには、東京にわざわざ来なければ得られない『情報』があるかどうか」が肝心なのだ。その情報を軸に、世界各地から企業や投資(家)が集まることから始まる。さらに、東京発でさまざまなプロジェクトが動き出していくことが要なのである。
オリンピックを契機に、水素社会をも見据えたクロスインフラ(造語。エネルギー、交通、通信等)事業を推進したいという未来への挑戦が民間サイドにあっても、そこへ100%の公共投資を行う余力まではない今、「日本の先進技術を結集したプロジェクト」を立ち上げ、さまざまな投資を呼び込み、情報を発信することで、国際金融センターのモデル行動を示すチャンスである。国内においては、「国際金融センターを単なる金融系企業の集積地とイメージしてはならない。本質を熟議しよう」という合意形成プロセスも並行して行っていくことが重要である。
3)東京に来なければ得られない情報、のコンセプトを戦略発信
オリンピックを契機に、水素社会をも見据えたクロスインフラ事業のレイジングと投資の呼び込みを例として挙げたが、日本・東京の強みとなる「情報」は、他に何があるのだろうか。私は、「日本の成長戦略につながる産業力に関する情報」が重要だと考えている。電通は、ユニバーサルデザイン総合研究所・赤池学所長と共に、2011年に「日本を刷新するコンセプトワード」を描いてきた。その一部を当社が発行する情報誌「電通報」で連載し、『CSV経営 社会的課題の解決と事業を両立する』(2013年7月 NTT出版:90ページ「株式会社電通 農藝産業における企業と原材料調達地域の連携」)で以下のように紹介した。
「先達から受け継がれ、革新を経て進化してきた日本のものづくり」や、日本が「環境問題と向き合いながらも革命を起こしてきた化学・バイオ・エネルギー」等、強みといえるフィールドに、さらにいかなる変革を与えられるかという視点で、世界が注目するコンセプトワードを生み出し、そこにファクトを組みつけ、世界に発信していくことが、いま重要なのである。これも必要不可欠な産業創造のプロセスであると考え、検討を深めている。
4)戦略特区の産業創造・産業集積戦略を国・東京都が支援する
大手町・丸の内・有楽町地区、日比谷地区、虎ノ門・六本木・赤坂地区、日本橋地区、品川・田町地区、渋谷地区等、「世界一の東京」づくりに貢献するキードライバーと位置付けられた戦略特区。これらの特区都市開発は、まさしく、東京の国際都市化のための受け皿であり、《都市開発=産業創造・産業集積に資するプラットホーム》ととらえる段階に入っているだろう。
前述した
1)東京国際金融センター構想の、プラットホームブランドを構築する
2)東京国際金融センターならではのプロジェクトを生み出す
3)東京に来なければ得られない情報、のコンセプトを戦略発信
がもっと加速し、「東京を国際都市にする」一枚岩の状況ができれば、民間開発事業主体者の挑戦も勢いづくであろう。
この好循環を生み出し、好循環の結果、東京オリンピック・パラリンピックの成功、そしてレガシーとしての「国際都市としてのグローバル貢献」につながっていくイメージを描くことができる。
5)東京の都市環境美そのものを、グローバルにする
世界の優秀な頭脳=クリエーティブクラスを東京に集めるには、産業創造・産業集積力が東京、もしくは特区およびその周辺にあることが重要である。魅力的な知財や特許を有する魅力的企業の存在がマグネットになる。それらを生み出す技術者、研究者、研究機関や大学が緊密につながっている日本の裾野の広さが魅力なのだ。
東京は安全であり、大気の汚染もなく、基本的条件は揃っている。しかし、決定的に足りないのが、「創発」を担保するまちの環境である。筑波大学大学院・渡和由(わたり・かずよし)准教授は、「『人のビオトープ』をいかに創り上げられるかが重要である」と、世界のクリエーティブ企業が立地している都市環境を分析し、提唱されている。東京の都市近代化には、高層化による市街地再編で、良い面もある一方、面としてのまちの魅力の最大化や、都心のリゾート能力を引き出す試みが欠落していた。界隈も、時間とともに失われるリスクに常に直面している。しかし、クリエーティブワーカーほど、アイデアを生み出すための環境に敏感であり、それは、囲われた・閉じ込められた時間と空間ではなく、体を動かしたり、リラックスしながらも、高度な集中力を発揮できる美しい都市空間、安らげる都市空間を必要とするのだ。
東京は、江戸時代以降、見事に水辺・海辺と融和した都市であり、魚や鳥や虫や花、野菜など生命にあふれていた。この多様な生命の都市に身を寄せることで、人は安心と安らぎ、幸福感を感じ、脳が活性化する。
たとえば、私たちの身の回りには、ウォーターフロントが広がっているが、それをまだ活かしきれていない。インナーハーバーという言葉があるように、東京の国際的都心リゾート性を高められるゾーンは特定できるはずだ。選手村が予定されている晴海地区やその周辺の湾岸は、まさしく大きな優位性と可能性を秘めている。
先述した「東京国際金融センター」構想、そして後述するグローバルMICE戦略が実現する未来を見据え、湾岸リゾートクラスター的存在を誕生させる戦略は、議論すべき価値が多分にある。日本・東京には、世界に誇れる下町の風景や文化がある。一方で、産業転換と相まった湾岸の土地利活用による世界に誇れる風景を創り上げることはできていない。国際観光都市としても十分魅力的な都市環境美・プレースメーキングを実現すべく、知見とアイデアを結集するときにある。
6)国際金融センター東京から世界への情報発信
上記1)〜5)を紡ぎ上げていけば、十分に東京から世界に発信する情報の質と量は担保できるだろう。さらに、「未来を予測するのではなく、未来を創り上げる」というベクトルのもと、持続的に情報は再生産されることとなる。したがって、世界から企業、人、情報、マネー、プロジェクト、インバウンド観光客等を呼び込んでいくために、情報の絶え間ない発信は欠かせないものとなる。
世界は、まだまだ日本の情報に触れていない。日本地図の上で東京の位置すら理解できていない訪日観光客も多いと聞く。逆に、私たちも、世界の情報に触れる機会はまだまだ少ない。自らを発信し、そして世界を知る機会を増やし、私たちが国際都市に住む・働くにふさわしい成長を遂げていくことが重要で、そのための機会や仕組みがなくてはならないだろう。
ロンドンでは、「レガシー」を合言葉に、都市開発に関する中長期戦略からバックキャスティングを行い、オリンピック開催時点の都市整備のあり方を明確にすることで、一過性に終わらない意義ある都市開発投資計画をつくり上げている。
ロンドンは、誰もが認める世界の金融センターだ。したがって、この「都市開発レガシー」を、オリンピック終了後にもしっかり「世界に情報発信」することで、ロンドンへのさらなる事業投資や観光等インバウンドを誘う戦略的発信とプロモーションを行っているように見受けられる。まさしく、金融センター=経済の血脈・マネーを動かすマグネット、なのである。
オリンピック・パラリンピックの開催を目指す東京では、ロンドンの仕組みの良い点を学びたい。それは、図表6で示したように新たな産業創造・産業集積を戦略的に仕掛ける、ということであろう。
7)東京国際金融センター構想とMICE戦略はセット
もう一つ注目すべきは、MICEである。臨海副都心、虎ノ門地区、大手町・丸の内・有楽町地区等、MICEを強化する戦略特区での都市開発の動きが起こっている。MICEによって、世界との人や情報の交流が起こる。どのような世界的コンベンションを開発するか、誘致するかなどの戦略性や、MICEの仕組みそのものの新規アイデアの創造は、まさしく「日本・東京の産業創造、産業集積ビジョン」と直結する。ここでも、政策と経済の一枚岩作戦が重要となる。
8)翻って、世論形成を
ここまで1)〜7)の重層性を意識した思考シミュレーションを書かせていただいた。私は、レガシーとは、国家戦略であり、経済対策であり、国際都市戦略であると考える。それらの課題を同時に解くことができるチャンスを、オリンピック・パラリンピック招致の成功で東京都は、そして日本は獲得できたのだ。ビッグチャンスである。と同時に、先進国の課題を解決する見本を提示できるチャンスでもある。誰もが、そのような感覚を持っているからこそ、「ラストチャンス」という言葉が飛び交うのだ。
だからこそ、世論形成をスタートしよう。産官学民が一体となるには、話し合いが不可欠である。いろいろな話し合いのステージが必要だ。
⇒海外のヘッドクオーター等の誘致に関して
(1)一つの仮説をもとに、国・東京都・経済界・メディア等が議論を重ねること。そして、(2)東京国際金融センター構想のあるべき姿を、(国家)戦略特区での開発事業を担うキーパーソンと共にシェアすることが重要である。
海外のヘッドクオーター等を誘致する場は、戦略特区内オフィスである。「この都市開発拠点に立地するメリットを説明できるか」、「東京・日本のアクティブな行動戦略が語れるか」が重要になるだろう。それぞれのデベロッパーが最も力を入れるオフィスリーシング活動の成否は、この点で大きな影響を受けるだろう。だからこそ、成功を目指しての連携が重要なのである。
⇒情報受・発信活動に関して
海外との情報受・発信はコンテンツや配信ルートが徐々に増え、成長している。日本の情報を世界に発信するために、それをいかに有効に活用していくかを話し合うべきだろう。
さらには情報の受・発信ルートの新たな仕組みを開発すべく、民間が積極的に議論することも必要で、そのタイミングは今である。
⇒産業創造・新たな産業集積に関して
どの企業がキードライバーになるかが重要だ。まったく白紙の場所に、ゼロからの産業創造・産業集積をスタートさせるのではなく、日本が得意とする「継承と革新の繰り返しによる新ジャンル創造」が極めて重要だという意見は多い。そういう意味では、地歴と産業歴(造語)、そしてリーディングカンパニーの存在は大きい。このような議論も、さまざまなステークホルダーと重ねていくべきであるし、そこに我々は貢献したいと考えている。
最後に
ありたい未来=「東京を国際都市にする」を軸に据えるならば、それを信じ、本気になって、その未来を勝ち取るために、産官学民が行動を起こす決断をせねばならない。
決断の総和が、レガシー達成力とイコールになるはずだ。
日本、そして東京は、安全で治安が良く、空気も飲み水もきれいだ。かつてのようにゴミが散乱する通りも格段に減った。ホスピタリティが文化に根差しており、政情不安もない。交通の利便性も高く、歩いて回遊できる市街地の魅力もまだまだ拡張できる。
税率の設定や、外国人への医療、家族で移り住むための教育環境等、多くの基本的整備要件はあるのだが、それらを克服することは可能である。
いま重要なのは、掲げている構想を紡ぎ合わせ、ビッグビジョンに仕立て、その具現化の行動計画を明確にすること、そしてさまざまなステークホルダーが話し合う場を設定し、行動計画にフィードバックすることである。そして、市民がしっかりと理解し、夢を共有できることが重要なのだ。
決断の総和が、レガシーに至る。