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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.13

ぐるぐる思考 感じるモード③(エスノグラフィって大切)

2013/08/22

その土地にどっぷり浸かってマーケティングのヒントをさがす仕事は福岡以前にもやったことがありました。「名古屋に進出する企業のためにその食文化をレポートしなさい」というミッションです。

ぼくは東京生まれの東京育ち。親戚はみんなジャイアンツファン。王貞治さんの世界タイ記録ホームランも後楽園球場で見ましたし、幼稚園のときには長嶋茂雄さんと相撲まで取ったのに、スナック菓子のおまけに付いていたカード一枚が縁で物心ついてからずっとドラゴンズファン。名古屋はいわば「憧れの聖地」なのでした。

手羽先にカレーうどん。台湾ラーメンにひつまぶし。

ナポリタンスパゲッティを盛った熱々の鉄板には黄色い卵が(通称、イタリアン)。ランチのお寿司には茶碗蒸しが。冷やし中華にはマヨネーズが。そういえば喫茶店のモーニングにもゆで卵があるし「どれだけ卵好きなんだろう?」「えっ?名古屋の人は卵がついていると、お値打ちだと思うの?」とか。

噂に聞いていたあんかけスパゲッティの「ミラカン」(※1) は昨今のアルデンテなパスタ文化とは一線を画した昔ながらのスパゲッティ。初めて食べたのにナポリタンにも似た、どこか懐かしい味わいが。コンビニで買ったパンにはマーガリンと小倉あんが。「名古屋の食文化って喫茶店の厨房でできるアレンジメニューなのかな?」とか。

味噌カツ、どて飯、味噌煮込みうどん。中華料理でも味噌系の回鍋肉が人気だそうで。「結局、八丁味噌?」とか。

ほかにも「夜、店が閉まるのが早いなぁ」とか。「なんか炭水化物ばかりだなぁ」とか。「地元愛が強いなぁ」とか。その場に身を投じて様々な情報を価値判断することなく記録しつつ、そのとき浮かんだ感覚も漏らさずメモしました。

これは「エスノグラフィー」といわれる手法です。エスノ(ethno-)は「民族」、グラフィー(-graphy)は「記述」。文化人類学においてある集団の行動様式を解き明かすアプローチです。この領域で有名なのが『暴走族のエスノグラフィー』。学者である著者の佐藤郁哉氏は「暴走」という民族に参与観察して、その実態を民族学的に明らかにしました。

こうした質的調査の手法は本来、量的調査・数値分析では削ぎ落される貴重なニュアンスを把握するのに役立ちます。だからでしょう、ここ数年ビジネス界で「エスノグラフィー」は大きな話題でした。しかしそれが一過性のブームで終わろうとしている原因は、単なる「流行」として安易に消費する人が多いからなのかもしれません。バズワード(※2)に踊らされるのってホント不毛ですよね。

閑話休題。

東京大学イノベーション・スクールディレクター田村大さんの講演に伺ったとき「イノベーションを起こすプロセスでエスノグラフィーに費やす時間は全体の70%にも及ぶ」とおっしゃっていました。アイデアの材料を集める「感じるモード」に費やすべき体力も、まさにそのくらい大きなものだと思います。

広告界の大先輩ジェームズ・W・ヤングは1940年に出版した本の中に「(アイデアをつくる)第一の段階は資料を収集することである。これは至極単純明快な真理にすぎないと諸君は驚かれるにちがいない。にもかかわらず実際にはこの第一段階がどんなに無視されているか、これまた驚くばかりである。」と書いています。

正直ネーミングは「感じるモード」でも「エスノグラフィー」でも「資料集め」でも何でもよいのですが、アイデアづくりの第一歩として、徹底的にその材料を集めることは大切です。

さて。大好きな名古屋での寄り道が長くなってしまいました。次回は「散らかすモード」に進みましょう。

ぐるぐる思考
ぐるぐる思考

どうぞ召し上がれ!


※1 野菜トッピングの「カントリー」と肉類トッピングの「ミラネーゼ」、その両方盛りの「ミラネーゼ・カントリー」の略称。

※2 一見もっともらしい専門用語にみえるが、明確な定義がない(あるいは明確な定義と関係なく使用される)用語のこと。