グローバル化で世界が同質化するほど、日本は異彩を放てる
南:川口さんは、日本は自国の文化的本質をものづくりや事業戦略に生かしていくべきと提唱されていますが、その持論に至った経緯を教えてください。
川口:もともとは電機メーカーのエンジニアでしたが、経営のかじ取りの甘さで技術者の人生が振り回される現実を多く目にして、MOT(技術経営)に関心を持つようになりました。その後、MOTに強い戦略コンサルティング会社で13年過ごしますが、「どう作るか」を追求するオペレーショナルエクセレンスに限界を感じるようになりました。「何を作るか」の方が重要だというのがいつも行き着く結論で、それには体系化された方法や公式はなく、人間や文化の理解といった文化人類学的な感度が問われます。よりメタな次元で考えることに対する興味が増すにつれ、人工物と人間の関わり、日本的な価値観とグローバルな価値観との関わりといった問題が、自分の中の二大テーマとなりました。「ガラパゴス」という言葉が象徴的ですが、科学も技術も優れているのに日本人はなぜか自らを卑下する傾向がある。それはおかしいのではないかと、自分の考察を『オタクで女の子な国のモノづくり』や『世界が絶賛する「メイド・バイ・ジャパン」』という著書にまとめました。
南:それはガラパゴスを問題ではなく、機会として捉えるべきということですか。
川口:日本からガラパゴスを引いたら何も残らないくらい、ガラパゴスは日本の根幹です。今、新興国も含め、日本の次にガラパゴスになれる国はありません。グローバル化で流通性が上がり、ライフサイクルが短くなっていますので、中間所得層を育てたり産業を集積したりする時間がないうちに、次の国に追い付かれてしまう。しかし、日本は既にそれができており、最後の先進国として有利なポジションにあります。日本は近代国家としては最後発組でしたが、一通りのものは全て自前で作れる国になりました。加えて、全て自国の言葉で教育体系ができたことも大きい。英語を基盤にした文化や価値観が世界を平準化すればするほど、日本は相対的に異彩を放つことになります。
日本人の気質を生かすことが、維持可能な強みにつながる
南:日本の独自性や特質について、どのように捉えていらっしゃいますか。
川口:一つは、生き延びること、つまり、続けることを自己目的としているところ。勝つことを目的とする欧米社会では、企業はM&Aなどで拡大志向を強めます。日本では、細々とでも、とにかく続けることを考えます。200年以上の歴史を持つ企業の4割強が日本にあるという話もあるくらいです。続けることが目的化していると、おのずと多品種少量生産になります。「食べていければいい」という採算ギリギリの価格設定は参入障壁になります。外国の企業が市場から撤退した後も、日本の企業は食べていける低価格を続ける傾向があります。日本が世界的なシェアを持つ領域は、生産財など、多品種少量生産のものが少なくありません。もう一つは、創意工夫を怠らないところです。日本人は何もしないことに対する恐怖感があり、それは「勤勉」という言葉を超えたものです。例えば、英国で生まれたチョコレート菓子が何十年たっても現地では数種類しかできなかったのが、日本に来るとあっという間に数百種類になって、逆に輸出されたり、英国に行くときのお土産になったりしています。
南:そのような日本人の気質は、特にどのような分野で有利に作用していますか。
川口:言語を介さない領域では日本人の特質が遺憾なく発揮されます。まずはモノ。技術者が「この開き具合の感じがいいんだよね」と思って作り、買う人も「そうだよね」と感じる。言語を介さなくても、モノ自体を通じて分かり合えます。だから日本はモノが強かったのだといえます。また、モノでなくても、漫画やアニメといったカルチャーについても、同様に説明できるでしょう。英語の教科書にしないところで踏ん張ったが故にオリジナリティーを保っている裏返しとして、英語標準の世界には打って出にくい。これはどっちかを取るしかないという次元の話です。世界中が英語標準に染まっているのですから、日本ぐらいは独自路線でもよいのではないでしょうか。
 
