「捨てるところのないモノづくり」 資源の完全循環に向けて仲間づくりを
2025/02/03
つくりたいのは「捨てるところのないクルマ」──トヨタ自動車でTOYOTA構造デザインスタジオを主宰する大學孝一氏は、モノづくりにおける資源の完全循環の実現を目指して、そう語ります。今回の座談会では、構造スタジオとの共創を通して大學氏に併走する電通の小関望氏、伊藤健一郎氏、福島崇幸氏を交えて、今、この時代に求められるモノづくりの思想からアプローチまで、時にジャズに例えながら、時にマタギに例えながら、広く深く語り合いました。
その活動は、Jazzセッションのように
福島:「いいクルマって何だろう?」──この問いに対する答えは、時代とともに変化してきました。それはクルマに限ったことではなく、モノづくり全体に言えることでもあります。今、この時代、モノづくりへのスタンス、もっと言えば思想はどうあるべきか。これから先、どのようにアクションしていくべきか。トヨタ自動車でTOYOTA構造デザインスタジオを主宰する大學孝一さんをお迎えして考えたいと思います。
まずは、構造デザインスタジオについてご紹介いただけますか。
大學:構造デザインスタジオは、トヨタ自動車の技術部門の一組織です。「部」に相当するのですが、トヨタでは珍しく組織名に「部」や「室」がついていません。
メンバーは20人ぐらい、少人数です。それぞれが異なる専門領域を持ち、上下のないフラットな組織です。例えるなら、楽器は違えども実力を持ったプレーヤーが集まってセッションする“Jazz”みたいなチームです。
メイン業務は、クルマをつくることですが、ただつくるだけではありません。サスペンション、ボディなどの部品設計に加え、振動、剛性、強度……といった一連のプロセスの全てを見つつ、性能をつくり込み、その評価まで行う。そして、それらの先にある製品カンパニーのモノづくりへつなげています。ある意味、トヨタのモノづくり全体に関わっていると言えるかもしれません。
福島:構造デザインスタジオと電通の関係性も、まさにJazzセッション。そもそもの始まりは、小関さんと大學さんの出会いでしたね。
小関:私は、電通のzeroという組織でクライアントの企業課題に対してソリューションを提供する仕事をしているのですが、知人から「ぜひ会ってほしい!」と紹介されたのが大學さんでした。実は、私は電通に入る前に、新卒でトヨタ自動車に入社していたんです。それもあって、その知人は私が適役と考えたのかもしれません。
いざ、大學さんとお会いすると、本当におもしろい発想の人で。「こういう発想でモノづくりをしている人がいるんだ!モノづくりの仕組みから変えられる可能性を持つ人たちと一緒に仕事ができたら楽しそうだな!」とワクワクしたのを覚えています。同時に「果たして電通(自分)には、お手伝いできることがあるのだろうか?」とも考えてしまいました。
最初の半年間は、大學さんと私で1on1(ワンオンワン)のセッションを重ねました。その過程で大學さんが悩まれているのが「スタジオとは何か」の定義と、その取り組みの展開の仕方なんだということがわかってきて、それだったら私たちにできることがありそうだと思い、社内からまずは第1ビジネスプロデュース局の松村さん(現在は第10ビジネスプロデュース局)と野村さんに入っていただいたうえで、福島さんや伊藤さん、そしてアートディレクターの田頭さんに声を掛けてプロジェクトが正式にスタートしました。
福島:コピーライターの伊藤さんは大學さんと初めてお会いした時、どのような印象を持ちましたか。
伊藤:僕は、2019年からトヨタさんの企業・グループ改革プロジェクトに携わっているのですが、トヨタグループの新ビジョン「次の道を発明しよう」が発表になったタイミングで、一緒に仕事をしてきた社内のビジネスプロデュース局の方から「豊田章男会長の思いを体現しようとしている現場の人たちがいるから会ってみない?」と誘われたんです。それで会ってみたら、熱量がすごい!理系の生え抜きなのに、無邪気でめちゃくちゃおもしろい人たちだった。それが大學さんをはじめ、構造デザインスタジオの皆さんの第一印象です。
福島:僕は、小関さんから誘っていただいたのですが、これは「トヨタの本業であるクルマづくりのどまん中から、新しい道を切りひらくプロジェクトだな」と受け取って。非常にワクワクした記憶があります。
捨てるところのないクルマ
福島:構造デザインスタジオは、モノづくりへの向き合い方として「捨てるところのないクルマ」というテーマを掲げています。
大學:今から1年ほど前、豊田章男会長が新ビジョン「次の道を発明しよう」を発表したのを機に、チーム内でも「いいクルマってなんだろう?」ということについて、もう一度考えよう、再定義しようという話になったんです。
そんなとき、社内の廃車処理場を訪れる機会がありました。そこはリサイクルの取り組みがかなり進んでいる施設なのですが、それでも限界があって、僕からすると「え?これ、捨てちゃうの?」と驚いて。中でもガラスは、せっかく分別してもどこにも行き場がなく、捨てるしかない。そんな実情を目の当たりにして、僕たちはクルマをつくるだけではなく、つくった後のことも考えるべきだと思ったんです。
いざ廃材になってからどうするか考えていては遅いので、クルマをつくる前から廃車になった時のことを考えておき、役目を終えた時に「捨てるところのないクルマ」をつくろう、クルマだけではなく「捨てるところのないモノづくり」として、製造業界のムーブメントにしていこう、と考えました。
伊藤:プロジェクトに参加して初めての打ち合わせで、何度も「絶対に捨てないクルマ」というフレーズが出てきて、とても印象に残っています。
大學:「絶対に捨てないクルマ」は、確か小関さんが言ってくれた言葉だと思います。
小関:2人で1on1(ワンオンワン)のセッションをしていた時ですね。
大學:僕だったら出てこないフレーズです。思っていることを、小関さんにキレのいい言葉にしていただいた。
伊藤さんがキャッチコピーとして書いた「クルマたちも、土に還れたらいいのに」という言葉も印象的でした。伊藤さんは、僕の言葉を拾っただけと言うのですが……。
福島:「塗装していなければ、そのまま自然に還ることができるかも」みたいな話が、構造デザインスタジオのメンバーから出て、そこで大學さんが「究極、土に還るといいんです」みたいなことをポロッと言ったんですよ。僕も印象的でした。
大學:福島さんとディスカッションした時も、キーワードを書いた付せんを次々に壁に貼っていきながら、僕の頭の中にあったものを、うまく言語化していただきました。それも解像度が上がるような言葉に。
僕の頭の中にありながら、僕の言葉ではうまく伝えられないことを、小関さん、伊藤さん、福島さんが多くの人たちに届く表現にしてくれる。それは言葉だったり、絵だったり、映像だったり、文脈だったり。そうした表現の一つ一つが、僕にとってはとても新鮮でした。
福島:そう言ってもらえると大変ありがたいです。僕たちとしても、オリエン-プレゼンの関係性ではなく、Jazzのようにアイデアや意見を重ねあう「クリエイティブセッション方式」でプロジェクトをご一緒できるのは非常にうれしいですし、常に学びや驚きの連続です。大學さんたちとの会話の中から、毎回ダイヤの原石のようなものを見つけている感覚がありましたね。
地球のために、まずは100kg軽くする
福島:構造デザインスタジオの挑戦の一つに、従来のクルマの100kg軽量化があります。クルマを軽くすることが、なぜ地球環境を考えたクルマづくりにつながるのですか。
大學:地球環境を考えれば、クルマから生じる廃棄物の量を極力少なくしていく方がいい。これは、つくり手の責務です。そのためには、クルマを構成する部品点数を減らすのが早い。部品点数が減れば当然クルマは軽くなります。それにクルマが軽くなれば燃費もよくなり、走行時に排出されるCO2を減らすこともできます。
今、僕たちがチャレンジしているのは、100kgに相当する部品点数を減らし、それでいてクルマの性能は下がらない、むしろ剛性や乗り心地を高めたクルマづくりです。
部品点数を減らす取り組みは、これまでもトヨタの中でありました。でも、その多くは環境のためというより、コスト削減のためでした。同じ部品点数を減らす取り組みであっても、モノづくりの根っこにある考え方には大きな違いがあります。
福島:なるほど。モノづくりにおいて、その根本となる思考回路はとても重要であるということですね。
大學:モノづくりをどう変えていきたいかが定まれば、そこから逆算してアクションを起こせばいい。「捨てるところのないクルマ」をつくりたかったら、初めからリサイクル可能な素材を使えばいいし、部品点数も減らして、さらには分解しやすいように溶接しなくてもよい構造を考えればいい。地球環境のためにできることは、まだまだたくさんあると思っています。
伊藤:「地球」と聞いて思い出したのですが、ときどき大學さんは自問自答するように話し始める瞬間があって。ぼそっと「クルマづくりは、地球のことを考えたら、いいものではないわけですよ」って言ったんです。
普通は「自分たちはいいものをつくっている。その延長線上でもっといいものをつくろう」といった考え方をしそうじゃないですか。でも、大學さんが言ったことはそれとは真逆で。「自然界にそもそも存在しないものを自分たちはつくっていて、それがもしかしたら本来あるべき自然を壊してしまっている可能性がある。だとしたら、解決する方法を考えるのが自分たちの責務ではないか」という。いつも自分たちを省みて発言されるんです。そういうことを自然に言える人たちの活動って信じたくなるし、微力ながら支えたいと思いました。
大學:環境に一番いいのは何かと言ったら、それはクルマをつくらないことなんですね。でも、僕らはつくらなければいけない。なぜなら、移動の喜びを提供するという絶対的なビジョンを持っているから。クルマをつくらないという選択肢は、少なくとも今の僕たちにはないんです。
だから、リサイクル率 100% にしようとか、そういう話が出てくるのですが、それがきれいごとになってしまうとよくないと思うんです。トヨタ自動車はたくさんクルマをつくっている。ということは、たくさん廃材も出している。それを理解した上でクルマづくりをしなければいけない。クルマをつくることは、地球に対してよくないということを分かってスタートすることが大切なんです。ある意味、「業」というか「カルマ」というか。生きているだけで背負っていますみたいなもので。
マタギが冬の山に入っていって、熊を捕まえてくるじゃないですか。人間の欲で何十匹も捕まえたら生態系が壊れてしまいますが、山に感謝して冬は最低限の数をと決めて捕まえる。そして、命をいただいたからにはしっかり最後まで余すところなく使う。そういう考え方って、日本人が昔から持っている暗黙知のようなものかもしれませんね。
専門性の異なる仲間と、垣根をこえてモノづくりがしたい
福島:構造デザインスタジオでは、クルマづくりのポイントの一つに「仲間づくり」を掲げて、異業種や異分野の専門家との交流や共創を目指しています。そこにはどんな意図があるのでしょうか。
大學:トヨタの技術部門の人間は、トヨタの中で一生を終える人がほとんどだと思います。トヨタの外に向けて何かを発信しなくても特に困らないし、これまではそれで問題がなかった。
でも、今、僕たちは「捨てるところのないクルマ」「捨てるところのないモノづくり」を掲げている。その実現のためには、トヨタの中だけでなく、トヨタの外にも目を向けて、積極的に発信し、交流し、共創していく必要があることに気づきました。そうすることで、僕たちだけで考えるよりも何倍もすごいアウトプットが出てくるだろうし、何より仕事が楽しくなると思うんです。
小関:このプロジェクトで大學さんたちとご一緒させていただいて、私たちもスタジオのメンバーも、それぞれ得意な領域は違うけれど、みんなで正解を探しながら、ずっと併走していく、そんな感覚があります。一方でそれは、電通だからこそ提供できる価値は何かを常に考えさせられるということでもあります。
伊藤:自分が思ったことを素直に吐き出せて、それに対して仲間からも素直なフィードバックがある、その関係性が大好きです。基本的には一職種一人のチームだから、互いへのリスペクトがある。まさに “Jazzセッション”ですね。
大學さんたちと何度もセッションしてきて、僕の目には構造デザインスタジオの皆さんが、穏やかなのに、ものすごくパンクに映ったんです。まわりから何と言われようが、自分たちの目指すものから目をそらさずに挑んでいくすごみを感じるというか。そこにある覚悟をなんとか言葉にしたいと思って「できっこない上等」という掛け声を考えました。メンバーが代がわりしても、仲間たちを鼓舞する言葉であるように、構造デザインスタジオの精神みたいなものを込めたくて。
大學:モノづくりにおいて資源の完全循環の実現を目指そうと思ったら、「できっこない」と思われることを一つ一つ克服していくしかない。自分たちだけでは克服できないことも、「できっこない上等」という精神を共有する異業種や異分野の仲間と力を合わせれば、道が開けるかもしれない。今、まさに、その最初の一歩を踏み出したところです。
福島:その最初の一歩に、そして、「捨てるところのないモノづくり」に向けてのこれからの一歩一歩に、仲間として併走できることに僕たちはワクワクしています。
大學:昨年はありがたいことに、構造デザインスタジオの活動そのものがグッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」に選出されました。これからの活動に期待されての受賞だったように思います。2025年は、もっとパワフルに、どんどんトライしていきたい。Jazzセッションしながら、実りある一年にしたいですね。
全員:ぜひ!
福島:本日はありがとうございました。
トヨタ自動車 構造デザインスタジオの活動は、グッドデザイン賞の「グッドデザイン・ベスト100」に選出されました
https://www.g-mark.org/gallery/winners/25806