まちの幸せを追求する「都市の未来デザイン ユニット」No.10
名古屋駅を起点に!都市の魅力を高めるウォーカブルなまちづくりとは?
2025/10/20
電通の「都市の未来デザイン ユニット」は、都市やくらしの未来像を描き、構想から実現までをさまざまな領域で支援する専門チームです(詳細はこちらから)。
本連載では、これからの都市・まちづくりに求められること、また幸福度の高い都市について、さまざまな角度から探ってきました。
今回スポットを当てるのは、大規模な再開発が計画されている名古屋駅地区。本記事では、2025年3月に名鉄名古屋駅一帯の大規模な再開発計画を発表した名古屋鉄道の代表取締役社長の髙﨑裕樹氏をお迎えし、再開発の意義や地方大都市の在り方、目指すべきまちの未来像などを語っていただきました。聞き手は、電通 伊神崇氏です。

<目次>
▼名鉄名古屋駅の大規模な再開発、その意義は?
▼創造性豊かな人材×ものづくりで新たな付加価値を創出
▼地上のにぎわいを大切にしながら、まち中の回遊性を高める
▼空飛ぶクルマも!?未来を見据えた「スーパーモビリティハブ構想」
▼機能性を追求する産業のまちに足りないものとは?
名鉄名古屋駅の大規模な再開発、その意義は?
伊神:リニア中央新幹線の開業を見据え、名古屋を中心とした中部圏を取り巻く環境は大きく変化しています。その中で、名古屋駅地区再開発計画を発表されたわけですが、まずは今回の大規模な再開発に至った経緯や、意義などをお聞かせいただけますでしょうか。
髙﨑:最初に名古屋を中心とした中部圏の経済圏域についてお話をさせてください。名古屋という大都市があり、自動車や航空機などの強固な産業基盤、そして自然や文化も豊富にある中部圏は、全国の経済圏と比べても高い実力とポテンシャルを持っているエリアだと感じています。しかし、残念ながらそれを十分に生かしきれていないのが現状です。
そこで、名古屋を中心としたこのエリアを「世界から選ばれる都市」、さらには「日本の頂点の一つとなるような世界に開かれた都市」にしていこうという考えでスタートしたのが行政主導のもと進められている「名古屋駅周辺まちづくり構想」です。そしてそのプロジェクトの一環として、名古屋駅地区再開発計画も動き出しました。
伊神:日本の頂点の一つとなるような都市を目指すという考えも興味深いですね。
髙﨑:現在の日本では、東京への一極集中が加速しています。それによって地方の人口減少や過疎化、経済の偏りによる地域間格差などさまざまな弊害が指摘されています。この流れを食い止めるためには、全国の地方大都市が東京とは異なる魅力を高め、日本の頂点の一つとなる都市を目指していく必要があります。それが日本の将来にとって望ましい国土構造の形だと考えています。
私はこれを多極集約の国土構造と言っています。従来の一極集中が富士山型だとすると、多極集約は山脈型というイメージです。
伊神:なるほど。富士山型だと、東京を頂点としてそれに倣う構造になるのに対し、山脈型は、いくつもの個性を持った高い山が連なっている。多くの地方大都市はそれを目指すべきということなのですね。
髙﨑:地方大都市が独自の魅力を高め、まちが機能することで、その周辺地域も活性化していきます。先ほどもお話しした通り、中部圏には、強固な経済基盤に加え、豊富な自然や文化があります。さらに言えば、可処分所得は高いのに、東京を中心とする首都圏に比べて生活コストは低く、暮らしやすいエリアだとも言えます。
また、これからはリニア中央新幹線の開業も控えており、さらに発展する可能性は十分にあります。しかし、地域の個性やポテンシャルを生かしきれていない現状のままでは、東京一極集中の流れの中で、ストロー現象が働いてしまいます。
伊神:多極集約型を実現するためには、他の地域と差別化を図り、都市の魅力を高めることが求められているのですね。
髙﨑:そうですね。そのためにも、まずその都市の象徴となる玄関口で“都心の魅力”を開花させ、まちの活性化につなげていくことが大切です。私たちにとっては、その起爆剤の一つが、中部圏最大の都市にある名古屋駅地区の再開発計画なのです。
創造性豊かな人材×ものづくりで新たな付加価値を創出
伊神:名古屋をこれからどんな都市にしていきたいと考えているのか、まちづくりにおける構想やビジョンを教えてください。
髙﨑:私どもは、この再開発計画において「世界に冠たる『スーパーターミナル・ナゴヤ』を⽬指す名古屋駅前に、個性と感性にあふれる多彩な⼈々や発想が交差し、あらたな価値観と⽂化を創発する唯⼀無⼆のランドマークをつくり上げる」ということをビジョンに掲げています。
中部圏は国内でも屈指の製造業が盛んな地域で、特に自動車産業を中心に発展してきた歴史があります。そのため高品質、高精度なものづくりが得意という特色があります。ただ、これまでと同じように高機能・高性能といった技術力だけを追求していくだけでいいのかというと、それだけでは難しい。そこに、ユーザーサイドから見た付加価値を掛け合わせ、ブランド価値を高めていくことも重要となってきます。そうした時にキーパーソンとなるのが、創造性豊かな人材です。ものづくりの技術者×創造性豊かな人材という掛け合わせで、新たな価値を創出する仕組みをこの地域で作っていかなければいけないと考えています。
そのためにも、まずは名古屋の都心が、その魅力を高め、創造性豊かな人たちが国内外から集まる場所にしていくことが重要です。
伊神:では、髙﨑社長が考える創造性豊かな人材を集めるために必要な要素は何でしょうか?
髙﨑:一つは地域性が非常に大事だと思っています。ものづくりの技術者×創造性豊かな人材といったアプローチのように、このエリアならではの地域性や個性をしっかり打ち出すことで、そこに魅力を感じて興味を持って来訪してくれる人もいるでしょう。
二つ目は、環境面です。これはこれからのまちづくりにおいては欠かせない要素ですが、環境に配慮されていない、環境意識の低いまちには、革新的で創造性豊かな人材は引き付けられないと感じています。豊かな自然があり、人にも地球にもやさしいまちであるということも非常に大切な要素です。
そして、三つ目は文化芸術です。さらにそこにプラスしたいのが食です。
伊神:たしかに、食は大事ですよね。
髙﨑:刺激やワクワク、楽しさは人が集まる大きなポイントです。アートや食を通して、多彩な人が集まり交流が生まれ、新たなにぎわいが生まれる――。文化芸術や食をきっかけに、こうした好循環が生まれることを期待しながら、今回の再開発計画も準備を進めています。
伊神:世界から多くの人たちが集まる国際的な都市(拠点)という一面も、名古屋がこれから担う役割だと思いますが、今回招致されたホテルもそういった観点から選ばれているのでしょうか?
髙﨑:世界的に選ばれる都市になるためには、都市魅力の向上に資する最高グレードのホテルが必要だと考えていました。そこで招致を決定したホテルが高品質かつ多様性を受け入れるラグジュアリーホテル「アンダーズ」です。
格式高い最高級ホテルはほかにもたくさんありますが、その中でも「アンダーズ」は、ゲスト一人一人の個性や自由を尊重するライフスタイル型の空間づくりを大切にしています。そういったコンセプトが、私たちが目指す創造性豊かな人たちが集まるまちと親和性が高いと感じています。
地上のにぎわいを大切にしながら、まち中の回遊性を高める
伊神:ほかに、この再開発計画において注視していることはありますか?
髙﨑:今回の再開発計画は、都市魅力の向上はもちろん、交通施設の再整備も大きな目的の一つです。
名古屋駅を利用したことがある人はお分かりになるかと思いますが、JR在来線、新幹線、名鉄、近鉄、地下鉄、あおなみ線が乗り入れ、とても複雑な構造をしており、「乗り換えが難しい、不便だ」といわれています。
さらに、かねてより多くのお客様から利便性を高めてほしいという声をいただいていたのが空港へのアクセスです。
こうした利便性の課題を解消し、公共交通をより多くの人に利用していただくことは、まちに人を集め活気を生み出すために非常に有効です。そのためにも、行政が主体となって進めているリニア関連の駅周辺整備のプロジェクトと整合性を取りながら、名鉄名古屋駅だけでなく、名古屋駅全体の交通施設を再整備し、機能性や利便性を高めていくことは、着実にやらなければいけないことだと考えています。
伊神:たしかに、分かりやすくて使いやすいというのは駅に求められる重要な要素です。しかしその一方で、機能性や利便性を高めていくほど、創造性やセレンディピティが生まれにくいという側面もあるように思います。機能性と創造性の両立はどのように考えていらっしゃいますか?
髙﨑:おっしゃる通りで、機能性や利便性だけを追求し、整然とし過ぎていると自由度が失われ偶然の出会いや発見みたいなものが生まれにくいかもしれません。交通施設において不便な部分は改善するが、まち全体としての自由度、余白みたいな部分は残しておく。そういうバランスは必要ですね。
今回の再開発計画の中で、私たちは「『まち』に開かれ、また一体となってにぎわいを創出し、人中心でウォーカブルなまちづくりを実現していきます」と発信しています。これは名古屋駅を起点に回遊性を促して、都心ににぎわいを創出し、さらにその効果を周辺都市に波及させることで沿線地域の価値向上につなげたいという思いが込められています。
伊神:名古屋駅を起点にして、そこから回遊してもらい、近隣エリアにも足を運んでもらうということですね。
髙﨑:今回の再開発では、名鉄百貨店本店や名鉄グランドホテルが入るビル群の跡地に、高さ約170メートルのビルを太閤通を跨ぎ一体的に建設します。この再開発ビルには、鉄道駅、バスターミナルのほか、低層部に商業施設、高層部にオフィスとホテルが入る予定です。ただ、この施設だけですべてが完結してはいけないと考えており、都市景観と歩行者空間の融合を重視したさまざまな工夫も施しています。


デザインアーキテクト:株式会社日建設計・SKIDMORE, OWINGS &MERRILL LLP

デザインアーキテクト:株式会社日建設計・SKIDMORE, OWINGS &MERRILL LLP
例えば、低層部の北側は駅前広場との一体感を演出し、人が集う滞留空間を創出する設計に。さらに名駅通側は、賑わい、彩りやうるおいを育むポルティコ(※)的な歩行空間であるプロムナードとし、まちに開かれた開発とします。また、現在行政により計画が進められているささしまライブへとつながる地下通路とも連携する予定で、駅を起点に“歩いて楽しい”を体現するウォーカブルなまちを形成していく予定です。
伊神:名古屋には名古屋駅前だけでなく、大須や栄など人気の繁華街がたくさんありますよね。駅を起点にそういった近隣エリアにも流れていくような動線をつくっているのでしょうか。
髙﨑:そうですね。ただ、名古屋駅から栄までと言うと少し距離がありますので、徒歩+公共交通などをうまく組み合わせていただくと良いのかなと思います。今後は、路面公共交通システムSRT(スマート・ロードウェイ・トランジット)の運行もスタートします。歩いて楽しい空間と次世代型のモビリティや公共交通を連動させて、名古屋という都市の魅力を高めていけたらと思っています。
※=ポルティコ
玄関や建物に設けられる屋根つきの空間。
空飛ぶクルマも!?未来を見据えた「スーパーモビリティハブ構想」
伊神:将来的な話でいうと、名古屋駅を「スーパーモビリティハブ」にするという構想も大きな注目を集めていますね。
髙﨑:はい、これは名古屋駅を従来の公共交通に加え、リニアやSRT、そして将来的には空飛ぶクルマも含めた次世代型モビリティの拠点にしていく構想です。実現することで、地域の観光活性化や、産業競争力の強化、住民の生活の質の向上などが期待できると考えています。
例えば、空飛ぶクルマを使い移動の利便性が向上することで、名古屋駅から三重県の伊勢、志摩、岐阜県の高山、白川郷、下呂といった観光地へのアクセスが快適になります。それにより名古屋だけでなくその周辺地域にも足を運ぶ人が増えるでしょう。
伊神:産業面でのメリットも大きいですよね。
髙﨑:もちろんです。名古屋には、2024年に開業した「STATION Ai(ステーション・エーアイ」という国内最大級のオープンイノベーション施設があり、スタートアップを支援する土壌が育っています。こうした地域色を生かして、航空宇宙や次世代モビリティに関連する産業の高度な集積地にすることで、多様な人材が交流し、新たなイノベーションが生まれる、そんな場所にしていけたらと思っています。
機能性を追求する産業のまちに足りないものとは?
伊神:近年のまちづくりは、ウェルビーイング(幸福感)や暮らしやすさが重視される傾向があると感じています。特に駅は、大人へと成長する上で出発点になったり、はたまた帰ってくる場所になったり、人によってさまざまな思い出が生まれる場所ですね。これから再開発する名古屋駅やこの周辺地域を、そういった特別な場所にしていくために必要なことはどんなことでしょうか?
髙﨑:産業のまちとして発展してきたこの地域は、ファンクショナル(機能的・実用的)の面ではさまざまなものがそろっています。ただ、若干物足りないと思っているのが「情緒」の部分です。そういう意味では、横浜や大阪、長崎などの地名は、ヒット曲にも使われており、その地の雰囲気や文化を色濃く感じることができます。
そういった情緒みたいな部分を、都心にもっと水と緑を増やし、アートを展開することで補っていけたらより魅力的なまちになると思います。そこに創造性豊かな人が集まり、クリエイティビティとものづくりの技術を掛け合わせていくことで唯一無二の文化や地域性を育むことができるでしょう。それが、この地域独自の個性を際立たせ、国内外の人々に選ばれる都市になる。
こうした好循環を生むことができれば、この地域の継続的成長にもつながり、結果として名古屋を中心とした中部圏のウェルビーイングの向上につなげていけるのではないかと期待しています。
伊神:創造性という点でいえば、これまで、名鉄百貨店のナナちゃん人形がそういった役割を担っていた印象があります。再開発の工事のため名鉄百貨店は閉店が予定されていますが、ナナちゃん人形の今後について心配のお声もあるのではないでしょうか?

髙﨑:これまで名鉄だけでなく駅前のシンボルとしてナナちゃん人形は多くの方々に愛されてきました。再開発完成後もまちのシンボルという位置づけで、再登場できればと思っています。ぜひ、楽しみにしていてください。

【編集後記】
対談を終え、この再開発は、名古屋駅や駅周辺のにぎわい、活性化ということにとどまらず、中部圏全体の暮らしや産業までも変え、成長させることを視野に入れられていることが分かりました。それは、日本のものづくり産業の集積地である中部圏が変わることにもつながることから、日本全体の産業にも大きく影響する事業であると感じます。
そして、中部圏最大の駅の再開発に対し、交通事業者として利便性など機能的な面を最重要視するのは必然として、ウェルビーイングの向上といった人の幸せにつながる情緒的な面までを髙﨑社長が追求されていることも、対談を通じて知ることができました。
創造性の豊かな人が集まり、創造性に満ちた新しいものづくりが生まれてくる。そして、その魅力に人が集うといった創造性の循環が、名古屋・中部圏にとどまらず日本や世界の新しい未来を切り拓いていくことを期待し、名古屋駅を中心に、これからどのような幸せが生まれるのかを見つめていきたいと思います。