【異業種協業のススメ】産学連携による、人・ペットの豊かな共生社会を目指す取り組み
2025/10/06

日本では近年、ペットの飼育頭数や飼育意向が減少傾向にあり、人とペットの共生に向けた環境づくりが課題となっています。特に、ペットに対して「苦手」「嫌い」「興味がない」といった感情を持つ人たちとの関係性については、業界全体でも十分に向き合いきれていない領域です。
そうした中、マース ジャパン リミテッド(以下、マース ジャパン)は東京理科大学および電通とともに産学連携プロジェクトを推進し、「ペットが苦手・嫌いな人・興味がない人とペットの共生」という難題に向き合いました。プロジェクトの主役は、東京理科大学の学生たち。調査と分析、議論を重ねた上で、「心理的・物理的な距離」に着目した提案を行い、企業側からも高く評価されました。
本プロジェクトの背景や取り組みの様子、そこから見えてきた新たな気づきについて、プロジェクトメンバーのインタビューも交えながらお伝えします。
「ペットが苦手・興味がない人」とペットの共生は成り立つのか?
マース ジャパンは、「ペットのためのより良い世界(A BETTER WORLD FOR PETS)」の実現というパーパスのもと、ペットとの豊かな共生社会の実現に向けてさまざまな取り組みを進めています。その一環として、2025年春、東京理科大学 経営学部 国際デザイン経営学科(以下、東京理科大IDM)柿原研究室の産学連携による課題解決型プロジェクト「キャップストン・プロジェクト」に、電通と共に参画しました。
本プロジェクトは、同学科の大学4年間の学びの集大成として、実際に企業が抱えている課題解決にチャレンジする取り組みです。今回、マース ジャパンから提示されたテーマは、「よりよいペットとの共生社会を実現するために、『ペットが苦手・嫌いな人・興味がない人とペットの共生』に向けてマース ジャパンができること」。多様化する価値観の中でも、特にペットに対して距離を置く人びとに目を向けた施策立案は、非常に難易度の高いチャレンジでした。
約3カ月にわたる取り組みには、柿原研究室に所属する6人の学生が参加。メンバーの中には、動物が大好きな学生だけではなく、動物との関わりに不安や苦手意識を持つ学生も含まれており、まずはお互いの感じ方や価値観を知るところからプロジェクトはスタートしました。
その上で、「ペットが苦手、嫌いな人・興味がない人」をターゲットに設定し、その中でもペットの飼い主になることに興味がない層の人びとの現状を丁寧に分析しました。現状把握にあたっては、リサーチクエスチョンを設定し、定量・定性の両面から調査を実施。収集されたデータをもとに、ペットの飼い主になることに興味がない人びとの心理的・物理的な距離感を可視化し、その特性に応じて「ペットが好き、かつ得意」「ペットが好きだけど、苦手」「ペットが嫌い、かつ苦手」など4つのグループに分類しました。

こうした分析に基づき、セグメントごとに心理的・物理的距離感を縮めるための施策を考案。たとえば、犬猫に感じる人間らしい瞬間を集めるUGC施策や、マジックハンドを介した犬猫ふれあい体験など、3つの具体的なアプローチを提案しました。

いずれの提案も、それぞれの距離感に寄り添いながら、少しずつ共生の可能性を広げていくような、多様性を尊重する姿勢が軸に据えられていました。

発表当日は、マース ジャパンのオフィスに同伴出勤していた犬や猫との触れ合いも行われ、学生たちにとっても、みずからの距離感が少し変化する実感を得る機会となりました。プレゼンテーションはその内容はもちろんのこと、構成力や伝え方の点でも高く評価され、提案された施策はマース ジャパン内部でも大きな反響を呼びました。

こうしたアウトプットに至るまでには、学生たち自身が抱えていた迷いや葛藤、そして徐々に深まっていった課題への理解がありました。また、マース ジャパンをはじめとするプロジェクトメンバーによる伴走も、アウトプットを磨く上で欠かせない要素となっていました。

この産学連携プロジェクトは、どのような経緯で始まり、どんな成果と気づきをもたらしたのでしょうか。プロジェクトの背景や実施後の手応えなどについて、マース ジャパンの河合英栄氏、中村由帆氏、東京理科大学の柿原正郎教授、電通の大島聡、山下友希に聞きました。
マース ジャパン×東京理科大×電通が、あえて困難な問いに挑んだ理由
──今回のテーマでは、「ペットが苦手・嫌いな人・興味がない人」との共生に焦点を当てています。マース ジャパンがあえてその領域を取り上げた背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。
河合:私たちは、「ペットのためのより良い世界(A BETTER WORLD FOR PETS)」の実現というパーパスを掲げて活動しています。その実現に向けて、人とペットが安心して共に暮らせる社会をどう築くかは、非常に重要なテーマです。ペットは癒やしや喜びを与えてくれるだけでなく、健康やコミュニティ形成など、さまざまな面で人間社会にポジティブな影響をもたらします。こうした価値は感覚的なものにとどまらず、科学的にも実証されています。
その一方で、日本ではペット、特に犬の飼育頭数が年々減少し、新たに飼いたいと考える人も減っています。動物と触れ合う機会も少なくなり、街中で犬の散歩を見かける頻度が減ったり、近所で動物と接する体験が減ったりしている。結果として、ペットに興味がない、あるいは苦手と感じる人が増えているのが現状です。
これまで私たちは、主にペットを愛する方々に向けてサービスや製品を展開してきましたが、共生社会の実現を本気で目指すなら、そうした「距離を置く人びと」とも向き合わなくてはなりません。私たちにとっても、これまで積極的に研究できていなかった層を理解する大切な機会になると考え、今回のテーマ設定に至りました。
中村:今年、設立50周年を迎えた当社はペットケア事業の新たなビジョンとして「ペットといっしょに、もっと、『ぬくもり』と『よろこび』であふれている世界に」というメッセージを掲げました。この「世界」とは、ペットと飼い主だけではなく、ペットを飼っていない方も尊重される社会であるべきです。今回のようにペットに関心がない人や苦手な人との共生を改めて考えることは、このビジョンの本質と重なっていますし、今までとは違う角度から共生のかたちを探っていきたいという思いがありました。
──柿原先生は、最初にこのテーマを受け取った時の印象はいかがでしたか?
柿原:率直に言えば、非常に難しいテーマをいただいたなと思いました(笑)。人とペットの共生社会というだけでもスケールが大きいのに、その中で「ペットが苦手な人との共生」を考えるというのは、学生にとっては簡単な課題ではありません。ただ同時に、「これはすごく良いテーマだな」とも思ったんです。
私が所属する東京理科大IDMは、まだ創設から5年ほどの新しい学科で、答えのない問いに挑むことを教育の柱としています。4年生全員が必修で取り組む「キャップストン・プロジェクト」も、企業の方々と連携しながら実社会の課題に向き合うことを前提としています。そうした意味で、今回のテーマは本学科の理念と非常に相性が良いものでした。
加えて、ペットというテーマは学生にとっても身近ですし、そこから「共生」という大きな社会課題を自分ごととして考えるきっかけになると思いました。私自身も最近ペットを飼い始めたばかりだったこともあり、現代のペットをめぐる状況や断絶について身をもって感じていたところでした。だからこそ、このテーマが教育的にも実践的にも意義のあるものになると強く感じたんです。
──電通としては、この産学連携プロジェクトをどのように設計し、どんな役割を果たそうと考えていたのでしょうか。
大島:私たちの役割は、ひと言でいえば「プロデューサー」です。マース ジャパンさんと学生の皆さんの間に立ち、皆さんの役割を明確にした上で、プロジェクトがスムーズにより良いかたちで進むよう支援する存在です。その上で、特に意識していたのは“バランス”ですね。
学生に対しては、私たちからのディレクションは一切行わないことを決めていました。あくまで学生ならではの自由な発想を守りながら、必要な場面でそっと背中を押す。それがこのプロジェクトでの適切な距離感だと考えました。一方で、マース ジャパンさんとは難しいテーマだからこそアウトプットに対する期待値のすり合わせを丁寧にさせていただきました。
もう一つ、大切にしていたのは「単なる勉強で終わらせないこと」です。提案のクオリティ次第では、本当に社会実装につながる可能性もある。その可能性をきちんと見据えて、最後までアウトプットを出し切ることにこだわって伴走したつもりです。
河合:正直、どんなアウトプットが出てくるのか、当初は不安もありました。ただ、今回は電通さんや柿原先生がしっかりと伴走してくださる体制でしたし、私たちも「正解のない問い」だからこそ、さまざまな意見やアイデアを前向きに受け止めようという姿勢で臨みました。むしろ、普段触れることのない視点や感覚に出会えることへの期待のほうが大きかったですね。

マーケットの外側にいる人たちを取り残さない。学生の提案から得られた気づき
──学生たちの最終提案を受けて、どのような印象を持たれましたか?
河合:率直に、非常にレベルの高い提案だったと感じました。特に、苦手な人たちを一括りにするのではなく、「なぜペットが苦手なのか」「興味がないとはどういうことなのか」という部分に粘り強く向き合い、さらに細かく分類し、それぞれに対して有効なアプローチを提案してくれた点は本当に素晴らしかったです。みずからのスコープを広げて、多面的に考え抜いてくれた姿勢にとても感動しました。
さらに、心理的距離と物理的距離という軸を導き出し、それに基づいて提案内容を設計していた点にも一貫性があり、仮説からアウトプットまでの筋道が見事でした。私自身だけでなく、プレゼンを聞いていた社内メンバー全員が驚いていたほどです。
それに加えて、熱意のこもったプレゼンテーションだったことも印象に残っています。AIを駆使して画像を作成したり、実際の施策を自分たちのペットで反応をみた動画を制作したりするなど、伝わりやすさを考慮したアウトプットに仕上げてくれました。前日に電通さんからアドバイスを受けて、翌日のプレゼンに反映してきたことにも驚きましたし、チームワークの強さを感じました。
提案内容には、学生それぞれの実体験も色濃く反映されていました。中にはペットが苦手な学生もいたと聞いていますが、そうしたメンバーの視点が加わったことで、説得力が格段に増していたと思います。プレゼンを終えた後には、感極まって涙する学生もいたほどで、そこまで真剣に取り組んでいただけたことがうれしかったです。
中村:私はプレゼンを通じて「このチームの中で相当な議論があったのだろうな」と感じました。ペットが好きな人とそうでない人が一緒に課題に向き合うというのは、想像以上に難しかったと思います。実際、好きな人からすれば「そんな考え方あるの?」と驚くような意見があったでしょうし、逆に嫌いな人からすると、押しつけがましく感じられる瞬間もあったかもしれません。
だからこそ、最終的にここまでまとまったアウトプットになっていたことに驚きましたし、非常に高く評価しています。それぞれが自分の立場から率直に発言しながら、チームとしてまとめあげたからこそ出せた提案だったのではないかと思います。
これは余談ですが、社内でこのプロジェクトを共有した際、AIで作られたビジュアルを見て「本当にAIネイティブな世代なんだね」というフィードバックもありました。自然にAIを活用し、違和感なくアウトプットに組み込んでいる点が新鮮で、今後こうした提案が当たり前になっていくことを実感しました。

──最終提案の日には、マース ジャパンの社員の方々が犬や猫を連れて、学生たちと触れ合う機会を設けたそうですね。
河合:学生の皆さんがせっかく弊社に足を運んでくださるので、何かお礼になればと思い、ペットを飼っている社員に声をかけてオフィスに猫や犬を連れてきてもらいました。触れ合いを通じて、提案の中でも語られていた「心理的・物理的距離が縮まることで意識が変わる」というプロセスを、実体験として感じてもらえたのではないかと思います。
実際に、ペットに対して苦手意識があった学生が、サポートを介して自分からワンちゃんにおやつをあげるようになった場面もありました。そのとき、「私にもできるんだ」と言ってくれたのがとても印象的で。まさに皆さんが立てた仮説がその場で証明された瞬間だったと思います。
──柿原先生が、学生たちを指導する上で意識されていたことを教えてください。
柿原:私自身は、学生がリアルな企業課題にどう向き合い、少しでも社会の役に立つようなアウトプットを生み出すには、どのようなサポートが必要なのかを常に考えながら関わっていました。その上で、マース ジャパンさんや電通さんが、学生に対して深い教育的視点を持って丁寧に接してくださったからこそ、私はあえて厳しめのディレクションを意識しました。
たとえば、私が学生たちに最初に伝えたのは、大学の評価基準とビジネスの現実の違いです。大学では60点で合格、80点で優秀とされるかもしれないが、社会では常に期待を超えることが求められる。つまり、100点でも足りず、120点、150点を目指さなければ次の仕事につながらない。時間とエネルギーをかけて関わってくださる大人たちがいる以上、その期待を超える成果を出すべきだと伝えていました。

一方で、私にも反省点はあります。若い視点や素直な感性が学生の最大の強みであることは頭では理解していたつもりでしたが、気づけば自分の経験や知識に基づいた指示が多くなっていたのです。たとえば、当初いただいたテーマは「ペットが苦手・嫌いな人・興味がない人とペットの共生」でしたが、私は「全く関心がない人や嫌いな人にアプローチするのは難易度が高すぎるのではないか」と考え、比較的動かしやすい層、つまり多少なりとも関心を持っている人たちに絞ったほうがよいのではとアドバイスしました。
しかし、それに対して学生たちは「日本のペット飼育率を見ても、飼っていない人のほうが圧倒的に多い。だからこそ、自分たちは“外側”にたくさんいる人たちを変えることに挑戦したい」と、はっきりと意志を示してきました。
そのとき思い出したのが、最初のブリーフィングで河合さんや大島さんが言ってくださった「答えのないテーマだからこそ、ワクワクしながら楽しんで取り組んでほしい」という言葉でした。私自身が期待を超える成果にこだわり過ぎたせいで、原点を少し見失いかけていたのかもしれません。それに気づいてからは、学生たちが本当に挑戦したい対象に向き合えるよう、後押しに徹するようにシフトしました。
結果的に、学生たちは非常に難しい課題に真っ向から取り組み、そこから大きく成長してくれました。そして私自身も、彼らとの対話を通して、多くの気づきや学びを得ることができたと思っています。
山下:学生の皆さんの提案については、最初にいただいたプランの時点で完成度が高くて、これは本気で向き合わなければならないと強く感じました。ただ、いざ本格的に向き合おうとすると、私たちはどうしてもフィジビリティなど現実的な視点に引っ張られがちになります。その中で皆さんが描いた「できるかどうか」ではなく「やってみる」という姿勢、そしてその夢の大きさはとてもピュアで、自分が忘れかけていた感覚を思い出させてくれました。
最初の頃はデータをよく調べてくれていて、その点は本当に素晴らしかったです。ただ一方で、仮説思考についてはまだ発展途上で、データをなぜ集めているのか、その先の提案にどう落とし込むのかが見えてこない時期もあったように思います。情報を集めすぎてしまい、逆に迷ってしまっていたような印象もありました。私たちとしても、どのようにヒントを出せばよいか模索しながら伴走していたことを覚えています。
それでも、自分たちの本当にやりたいことを見極め、「すべての人が心地よい距離感でペットと共に過ごせる社会」を目指すというゴールを定めてからは、流れが一気にスムーズになったと感じています。その成長には本当に驚かされましたし、私自身も「負けていられない」と思わされました。

柿原:私はこれまで、どちらかといえばデータドリブン、エビデンスベースでの思考や提案を重視してきましたが、今回のように「まだ実証されていない未来」を構想するには、ストーリーテリングや想像力、つまりアイディエーションが非常に大切なんですよね。
ペットが苦手な人や興味のない人に向けた最初の体験設計というのは、単なる合理性では測れない部分があります。人は体験を通じて初めて気づくことが多く、心理的な壁を乗り越えるためには、その人の生活の中に自然に溶け込むような「きっかけ」が必要になる。その意味で、学生たちが構想した施策のストーリー性はとても重要な意味を持っていたと思います。
プロジェクト中盤以降、電通の皆さんのメンタリングによって、前半で収集した定量・定性データと、後半で描いた理想の社会の姿とがうまく噛み合いはじめた瞬間がありました。あのタイミングで一気にプロジェクトが加速した感覚があり、非常に印象深かったです。
大島:私たちからも、プレゼンを受けて特に印象的だった気づきをいくつかお伝えしたいと思います。
まず一つは、「体験」の重要性です。学生のアイデアの多くが、広告や啓発的なメッセージを一方的に伝えるのではなく、「実際に体験してもらうこと」をベースにしていた点に、大きな可能性を感じました。これは私たちが現在取り組んでいるCX(カスタマー・エクスペリエンス)の文脈でも非常に重要なテーマであり、まさにその本質を学生たちは自然と掴んでいたのだと思います。
たとえば、マジックハンドを使ったプロトタイプを自作し、実際に試してみるなど、行動と構想を何度も往復しながらアウトプットを深めていくスタイルには、強い実践力と感性を感じました。
また、チームにおける多様性の重要性も改めて感じました。意見がぶつかり合い、時には涙がこぼれるような場面もあったと聞いていますが、そうした対話や葛藤こそが、視野を広げ、想定外のインサイトにつながるのだと思います。
AIネイティブ世代ならではのアプローチにも驚かされました。プレゼン資料のビジュアルをAIで生成したり、分かりやすさや伝わりやすさを最大化するための工夫がごく自然に取り入れられていて、これも今後のプロジェクト設計のヒントになると感じました。
最後に、最も大きな気づきは「コミュニティとそれ以外の人たちとの関係性の設計」の難しさです。たとえばトライブマーケティングでは、特定の嗜好を持つ層に向けた施策が有効な一方で、それ以外の人たちを分断してしまうリスクがあります。今回の提案は、まさにコミュニティの外側にいる人たちを見つめるものであり、マーケティングが無意識のうちに排除してしまいがちな存在にどう寄り添うか、という大切なテーマを思い出させてくれました。

柿原:そこが今回のテーマの本質だったと思います。ROIだけで考えれば、消費意欲の高いセグメントに注力するのがビジネスとしては効率的かもしれません。でも、社会全体をより良くするためには、マーケットの外側にいる人たちへのまなざしも不可欠です。今回、その視点を共有していただけたマース ジャパンと電通という強力なパートナーと一緒に取り組めたことは、学生たちにとっても、私自身にとっても大きな財産になりました。
産学連携がもたらす、新しい視座。三者の相互理解から生まれた成果
──今回の取り組みを通じて、産学連携の価値や可能性について感じたことがあれば教えてください。
河合:われわれが普段見落としている視点やアプローチに気づかせてもらえるのが、産学連携の大きな価値だと実感しています。たとえば、メッセージではなく体験に重きを置いた姿勢は、非常に新鮮でしたし、多くの学びがありました。
また、学生さんと企業が直接組むだけではなく、電通さんが間に入ってくださったことで、提案の背景にあった熱量や努力、設計思想をより深く理解することができました。この三者の座組だからこそ、ここまでのアウトプットにつながったのだと思います。
大島:近年の複雑化・コモディティ化した時代においては、一つの企業・団体だけで課題を解決することは難しくなっています。そういった意味で、産学連携には非常に大きなポテンシャルがあると考えています。今回は柿原研究室の枠での3カ月間という短期間でしたが、今後は中長期的な産学連携のかたちも広がっていくべきだと思います。
そして、この取り組みを成立させるには、何よりも「相互理解」が重要です。大学や学生の立場、各企業の立場、場合によっては行政の立場も含めて、それぞれの役割と立場を理解し、歩み寄ることが欠かせません。その点で、今回のプロジェクトは非常に理想的だったと感じています。
山下:“産”と“学”の視点を掛け合わせることで、思考の質がぐっと深まる感覚がありました。ブランドとして目指す理想と、生活者としての素朴な疑問や感覚が交差することで、より本質的な提案が生まれる。そこに電通として、両者を行き来しながら関与できる意義を改めて感じました。
柿原:大学側としても、自分たちのリソースやアセットをもっと企業に届けていかなければいけないと感じています。そのためには、触媒的に動いてくださる存在が不可欠です。企業・大学・そして支援者という三者の協働モデルは、今後の新たなスタンダードになり得ると感じました。
河合:私自身、最初は「なぜ電通さんが入っているのか」と正直疑問に思っていたのですが(笑)、今ではその役割の大きさに感謝の気持ちでいっぱいです。提案を聞いたマース ジャパンのメンバーからは「すぐに実行したい」といった声も上がりました。それもこの座組だったからこそ得られた成果だったと、改めて思っています。
一社では解決できない課題「共生社会の実現」を目指して
──学生からの提案を踏まえて、今後どのような展開を検討しているのでしょうか?
河合:ご提案いただいた施策は、本当にどれも非常に素晴らしいものでした。物理的・心理的な距離をどう縮めていくか、しかもそれを一足飛びではなく段階を踏んで取り組むというアイデアは、まさにその通りだと感じています。
もちろん、いただいた提案をそのまま実行に移すというわけではありませんが、現在、弊社では「ペットといっしょに、もっと、『温もり』と『喜び』であふれている世界に」というビジョンを具現化するチームが動いています。そのディスカッションの中で、このプロジェクトで出てきたアイデアも含めて検討を進めていきたいと考えています。
ペットが苦手、興味がないという方々に向けてマース ジャパンとして何ができるのか。まさに今回のお題そのものでもありますが、それを具体化する上でも、この提案は非常に有意義な示唆を与えてくれました。
中村:このテーマは、決して弊社だけの課題ではありません。むしろ、ペット業界全体で取り組むべき社会的な課題だと考えています。一社だけでアクションを起こしても、そのインパクトは限られてしまう。だからこそ、業界全体で飼育意向や関心を高めていくような取り組みが必要だと感じています。
マース ジャパンのペットケア事業のミッションの一つに「志を同じくする人や団体、関係者と共に、新たなペット市場の創造に挑戦する」というメッセージがあります。今回の提案を、そのミッションを具現化するヒントとして、より大きなスケールで展開していく方法を模索していきたいです。
──柿原先生は教育の観点から、今回のプロジェクトの意義や今後への期待をどう捉えていらっしゃいますか?
柿原:まず、学生たちにとって非常に実りある体験となったことを、心からありがたく思っています。リアルな社会課題に向き合い、形にしていくプロセスの中で、多くの学びがあったはずです。
また、最終提案後にフィードバックをしていただいたときの「ここからが本番だよ」という言葉も非常に意味のあるものでした。提案して終わりではなく、それを社会に実装するためにはどれだけのハードルがあるか、という現実に触れたことは、教育的にも大きな意味があったと思います。
もう一つは、社会課題とどう向き合うかという点です。今回のテーマはペットとの共生でしたが、これはペット業界だけの問題にとどまりません。少子高齢化が進む社会の中で、どう幸せに生きていくか、自分の暮らしをどう設計していくかという視点でも非常に重要な問いだと感じました。ペットを飼うことが当たり前ではなくなりつつある今の若い世代にとって、ペットとの関係性のあり方を再考することは、社会全体の構造に対する新たな気づきを与えるものだったと思います。学生たちには今後の人生の中でも問い続けてくれることを願っています。
──電通としても、今後に向けた展望があればお聞かせください。
大島:今後さらにこのような産学連携プロジェクトを加速させ、広げていきたいと考えています。多様なステークホルダーとつながる力を生かし、産・官・民・学が連携するプラットフォームをつくっていくことが、われわれにできる重要な役割の一つです。特に今回は、プロダクトベースではなく課題ドリブンで社会課題にアプローチするという姿勢が非常に重要だったと感じました。だからこそ、今後はクライアント企業同士をつなぎ、業界全体を横断したアクションを起こす“ハブ”の役割を、われわれが担っていきたいと思っています。すでにそのためのネットワークづくりも始まっており、着実に広がりを見せています。
山下:個人的な意気込みになりますが、私自身もペットに対して強い情熱を持っています。この熱量を持ったまま、今後も誰よりも熱く、そして前向きにこのプロジェクトを推進していきたいです。より多くの企業や関係者を巻き込みながら、学生たちが描いた理想の共生社会に少しでも近づけるよう、チャレンジし続けたいですね。