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アプリの企画制作から事業としてのマネタイズまでNo.3

ITサービスへのキャズム理論の応用

2015/07/22

ウェブサービスが伸びなくなるとき

「ターゲット層はもっといるはずなのに、ユーザー数が頭打ちになった」
「ダイレクト広告のCPA(コスト・パー・アクション。会員獲得やアプリダウンロード、課金など設定したアクションまでにかかったコスト)が最近急激に上がってきている」
「ユーザーを招待するキャンペーンを始めてみたが、全く会員が増えない」

目指している事業規模やビジネスゴールに到達する前で、ポテンシャルがあると思われるウェブサービスやアプリの事業成長が停滞することがあります。

それを解決するためのマーケティング施策やグロースハック施策を始める時の判断軸になるような話を本日は取り上げていきます。

思わぬ溝(キャズム)の存在

上記のようなことは往々にして日々IT業界で起こっています。ユーザーとして考えたときにも「ビジネス誌などでよく取り上げられている経営者だけど、彼が作ったサービスは全然使ってみたことがない」「個人的には面白いウェブサービスやアプリなのに、周りではあまり流行っていない」といったことがありませんでしょうか。

もしこの時、ターゲットの選定や提供価値がそもそも間違ったサービス設計になっている場合(前回記事参照)は、事業戦略のレイヤーで、もしかしたら理念のレベルで、見直しや撤退をすることが必要かもしれません。

しかし、そうでない場合は、マーケティング戦略の大幅変更や、影響範囲や工数が大きいグロースハック施策のような大改造はいらないように見えます。ここで、キャズム理論の視点が参考になります。

キャズム理論とは

キャズム(英語で地表の裂け目、溝の意)理論は元々半導体やハードウエアなどのハイテク産業の新規技術にフォーカスした世界的にも有名なマーケティング戦略の理論です。ジェフリー・ムーア氏が1991年に提唱して以来、彼の代表著書「キャズム」は世界を代表するビジネス書の1つで、今でも続編が出ており、現在も発展を続けている理論/メソッドでもあります。

彼はスタンフォード大学の社会学者、エベレット・M・ロジャースが1962年に提唱したイノベーター理論をベースに、ユーザー獲得と訴求方法に関して体系的に分析をしています。

イノベーター理論とは、新しい商品やサービスが普及する際、情報や流行感度、テクノロジーへのリテラシーに応じて獲得できる層が拡張していき、それを整理するとイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティー、レイトマジョリティー、ラガートの5つにユーザープロファイリングできるという理論です。

このとき、この革新性のあるアーリーアダプターまでとアーリーマジョリティーの間の価値基準に特に大きな差があることで生じる隙間をキャズムと呼び、ハイテク産業が市場に浸透してビジネスとして発展していくときには特に顕著に現れやすくなります。ここを越える方法論を解析したのがキャズム理論です。(下図)

それに対し、キャズム理論のベースとなったイノベーション理論では、少し着眼点が異なり、最初の2つの層は新規性や興味関心が少しでも喚起できれば獲得ができるものの、そのあとに続く層を取り込むには別のモチベーションをさらに強めて訴求していく必要があると説きます。イノベーターは全市場内のターゲットの2.5%、アーリーアダプターは13.5%といわれているので、新規ビジネスはまずキャズムに到達するまで普及させることが重要であることを「普及率16%の論理」と呼んでいます。

今回は書籍紹介ではないので、詳細はぜひ実際に読んでみていただきたいのですが、このような考え方は対象になっているハイテク産業だけではなく、特に最新の技術ではないTo C向けのアプリケーションやウェブサービスのターゲット選定にも適用が可能です。

具体的には、ターゲットのペルソナのうち年代や性別、収入、趣味などは同じであっても、ITリテラシーと流行感度によって、実際にユーザーになるタイミングが微妙に変化していくというケースが実際にあります。例えば、いいサービスで、しかもターゲット選定も間違っていないのに流行っていないというパターンを考えてみます。そのような場合に上に紹介した理論を応用すると、訴求するコンタクトポイントやメッセージを、サービスのリリース後に様子を見ながら変えていくことが施策として考えられます。

フェーズとコンタクトポイントのイメージ

では実際にどういった形で訴求していくのか、各ターゲットイメージと訴求メッセージ、訴求するマーケティングとグロースハック施策の例を挙げて整理してみました。

各ターゲットの基本的な性質はイノベーター理論、キャズム理論の設定と変わっていませんが、前項で挙げたように、アーリーアダプター層までは、例えばテック系メディアでのPR広告・デジタルバナー広告、検索リスティングなど一般的なプロモーション施策とバグ修正程度の簡単なサービス改善で比較的すぐに獲得できるでしょう。

ウェブサービスやアプリの場合、利用までのハードルの低さに加え、提供者と利用者が同業で(エンジニア同士など)比較的狭いコミュニティーでつながっていることが多いという事情があります。さらにサービスもソーシャルプラグインなどからそのまま簡単にシェアできるため、短期的に高ITリテラシー、高IT感度のユーザーは情報拡散とキャッチが早く、捕まえやすかったりします。つまり、エンジニアのギークな層がイノベーターとして先行してサービスを使い、そのあとのアーリーアダプターもつられて使っていくことまでは比較的簡単に起きやすいと言えるのです。

これすらも十分にできていないサービスの場合は、厳しい言い方になってしまいますが、ターゲット選定がそもそも間違っているか、事業戦略またはマーケティング戦略全体を根本的に見直すべきだと言えるでしょう。

一方でキャズムの部分を超えるためには、アーリーアダプターを使っての事例作りや口コミの醸成はかかせません。彼らが生み出すベストプラクティスをもとに、機能的/実績的な裏付けを作っていくことが必要です。

しかし、ITサービスとアプリの場合は、もう1つポイントがあります。それは上(太字部)に挙げたように、ITリテラシーの有無でアーリーマジョリティー層が二分されているので、それに対応した訴求をしなくてはならない、ということです。

つまり「機能的でサービス品質が高く、意味があると感じられれば使う」という判断基準までは一緒なのですが、サービスとのコンタクトポイントがITリテラシーによってずいぶん異なっているのです。

どちらも「信頼して利用できるという安定感」や「口コミによる訴求」が大事ではあるのですが、その情報源がかなり異なっていることが特徴です。

まずは高ITリテラシーのアーリーマジョリティーについてです。数百万人単位のファンを持つ有名なYouTuberの実況動画を見ていたり、月間数千万PVを稼ぐ業界で有名なアプリのレビューサイトでいいものがあるのか探っていたりするユーザーです。アプリのストアランキングやレビューの口コミもよく見ていて「アプリが落ちる」などと書いているユーザーがいたら使わないのです。イノベーターやアーリーアダプターもこの高ITリテラシーのアーリーマジョリティーと同じコンタクトポイントで接触したりもしますが、そういった評判が出ても自分の感覚や実感の方を頼りにまずは使ってみようとします。一方で、アーリーマジョリティーは情報を探す場所が限られており、自分から積極的に検索活動をするというよりはある程度露出が増えてきた中で、口コミや信頼できる情報をキャッチして初めてユーザーになるという印象です。最近YouTuberを使ったアプリのプロモーション施策が出ているのもこういった層を取るための1つの時代の流れかもしれません。

もう一方の低ITリテラシーのアーリーマジョリティーもダウンロードや会員登録をする際の判断基準は同じですが、その判断のためのチャネルがより狭くなっていて、もっとテレビCMだったり、より近い友人の口コミだったりでないと信頼して動かない傾向にあります。アプリのテレビCMで「とても簡単、サクサク動く」という機能を売りにしたりするのがその例です。大抵はユーザー層の年代に合わせて身近そうなイメージのタレントや芸能人を起用しています。300万ダウンロード、早ければ100万ダウンロードを超えたあたりからやっているソーシャルゲームのテレビCMの流れなどもこの層を取りに行っているのではと考えています。

その次のレイトマジョリティーは、機能というよりは、ITリテラシーや流行感度が低い層であるので、そのあとの人気や実績、通信環境への適応性や運用およびサポート等の安定さがさらに重要になります。比較的ターゲットが広いポータルサイトやアドネットワーク、SNSなどのバナー広告で「***万ダウンロード達成!!」と書いているのも、このレイトマジョリティーを取りに行く訴求メッセージの一環と言えるでしょう。

最後のラガートにあたるユーザーはアプリやウェブサービスの世界でいえば、端末へのプリインストールがされているなど、皆が使い始める環境でやっとユーザーになる(一生ユーザーにならない可能性ももちろんありうる)層です。

例えば、自分以外の家族全員がLINEを始めて2年近くたち、奥さまにせかされて仕方なく次に携帯電話を買い替える時にアプリを入れようとしたところ、アカウントの設定がわからず自分の娘にダウンロードの方法を聞くお父さんのようなイメージです(実はこういうお父さんが「釣り具」や「カメラ」など自分の趣味の領域ではかなりのイノベーターだったりします)。

彼らは相当強い必要性や義務を訴求して強制的に動かすしか方法がないのですが、逆に言えばサービスがインフラとして使うレベルまで昇華したときには、自然と実は取れていく層でもあるので、むしろそれまでの層の獲得に注力して事業を進めていくべきと考えています。ここの層を取らなくても黒字化できる事業の見立て(8割くらいしか実際は取りきれない可能性が高いこと)やユーザー設計が実は重要だったりします。

もしかしたら今キャズムにいる?

いかがでしたでしょうか。皆さんの身近にある「もう既にキャズムを越えているようないいサービスなのに流行っていない」というものの中には、上記のようにITリテラシーや流行感度の低い層への訴求が止まっているものがあるかもしれません。ウェブマーケターの方で、もしそういう場に出くわしている方がいらっしゃれば、この記事で紹介したような観点で訴求の軸を変えてみるのもいいのではないでしょうか。

次回は、類似したウェブ/アプリサービスの中での差別化戦略について考察しようと考えております。