ウェブサービスとアプリの「提供価値」と「哲学」
2015/05/19
「来月起業してウェブサービスをつくる予定なんだけど、このアイデアどう思う?」
「アプリのプロモーションのために資金調達を予定しているんだけど、何をアピールすべきなのかな?」
「今度部署でこういうITサービスが立ち上がるんだけど、ぶっちゃけ微妙?」
電通としても個人としても、ITスタートアップの経営者や大企業の新規事業部のご担当者の方から、上記のようなサービス立ち上げや施策の方針に関するご相談をいただくことがよくあります。本日はそういったときに常に考えているサービス設計の上流に当たる部分について書かせていただきます。
●サービスの「提供価値」と「哲学」
先に挙げたこういったご相談時に、相談者本人に話すかどうかは別にして、必ず考えていることがあります。
それは、ウェブサービスやアプリにおける「提供価値」と「哲学」です。これは私が勝手に意味付けして使っている言い方なのですが、ウェブサービスやアプリケーションにおいて「提供価値」とはサービスが「何を与えているのか」、「哲学」とはサービスがその「提供価値」を達成するために「どうあるべきなのか」を指しています。意味的には「方針」とか「思想」に近いかもしれません。
概念だけだとわかりにくいので、非常に単純化した例を通してサービス設計を考えてみたいと思います。
例えば、私は果物のみかんが好きなので、これから知り合いの農家Aと組んで、みかんをウェブで売るEコマースサイトを立ち上げたいとします。このサイトはユーザーや社会に対して何を提供するのでしょうか。たくさん売れるサービスをつくることができるでしょうか。一緒に考えてみましょう。
まず、このサービスの「提供価値」を考えていきます。提供しているものとして簡単に思いつくのは、ユーザーが実際にお金を支払って買うみかんです。図にして見ると以下のようになります。
「提供価値」を考えていくにはこのスキームを肉付けしてどんどん深く掘っていくことがベースになります。
まず、この購入するユーザーがどんな人か考えていく必要があります。切り口として年齢/居住地/職業といった「属性」にあたるものと、「~が好き」など「情緒」にあたるものと大きく2つをおさえましょう。
メーンターゲットとサブターゲットを設定します。最近ネットから配送で購入する主婦も増えているとのことですので、今回は仮にメーンを食材の買い物をする主婦に、サブを私のような20代サラリーマンをスコープに狙ってみたいと思います。そうすると以下のようになります。
立ち上げ初期にはまだ購入者がいないので断定はできませんが、あくまで想像や実体験を基にした仮説でかまいませんので、こういったターゲットモデルを設計しましょう。ユーザーと思しき人にヒアリング調査をするのもいいと思います。
このペルソナに基づきユーザーが買うユースケースを詰め、どういう時にみかんを買うのかを想定していきます。常識的に考えると、そのユーザーたちが毎日確実にみかんを買い続けてくれるとは思えません。また、近所のスーパーでみかんが売っている中で、サイトを探して買うことはあるでしょうか。課題と買う理由を考えて書き足してみます。
そしてここが重要なのですが、このユースケースでみかんが届いたことによって、ユーザーはみかん、つまり「目に見える価値」以外に何が得られそうかを考えていきます。上記の図を見てみると、Eコマースを使う際には、物理制約や時間制約を超えて好きなみかんがまとめて買える利便性による満足感を得ることが重要であると見えてきます。そうするとこのEコマースを使う理由になる提供価値は「好きな食品がまとめて効率よく変える利便性」と言えます。
また、そうするとその価値を達成するためには好きな食品がちゃんとあることと、効率の良い購入、そして配達の安心感が必要だと考えることができます。
そこで初めてサービスの設計に移ります。これをやったらよくなるだろうという積極的に組み入れていくべき「ポジティブアイデア」とこれはやらなくてもいいだろうと設計上そいでいくべき部分「ネガティブアイデア」を考えていきます。
まとめて購入することが重要であるならばサイトタイトルに「まとめ買い」という文言を入れてみてもいいですし、みかんが好きなら他のかんきつ類も同じように扱ってもいいでしょう。宅配は日時指定に対応していていくべきかもしれません。
逆に、どちらのターゲットもまとめ買いはしたいにしても、1家族&1人暮らしが対象なので、個数が多すぎると腐ってしまい買うイメージが湧きません。また、農家Aさんは知り合いですが、ここでは重要な訴求ポイントではないでしょう。整理すると以下になります。
本当はここから開発優先順位をつけていくのですが、今回は省略します。
まとめると一気にサービスの具体像が見えてきます。タイトルも変わるでしょうし、まとめて買えることと、配送の利便性を訴求して、かつ最後にみかんが好きな人なら好きそうな夏みかんも農家Aさんからもらい、同じ形態で提供できるようにします。
このようなプロセスによりサービスが何を提供する存在で、どうあるべきであるか、指針が一気に見え、それに沿ったサービスの設計ができるようになります。「提供価値」や「哲学」を整理していく中で、大切にすべき軸や指針ができるので、やるべきこと/やらないことが見えてくるわけです。
例えば、検索リスティング広告は「みかん まとめ買い」というワードは絶対抑えたいでしょうし、主婦にリーチするためにクックパッド出稿しつつ、ソーシャルメディアにみかんのレシピをたくさん投稿してさりげなくリンクを貼ってもいいかもしれませんし、首都圏近郊の郊外の駅近辺のビジョンに看板を出してもいいかもしれません。
今回は非常に単純な例でしたが、実際の事例においても、この手法によってPRにおける訴求ポイントや前回紹介したようなグロースハックの施策、マーケティングおよびキャンペーンの施策の意思決定がスムーズにできるようになり、かつ自然と最適化されていきます。
ここからは、運営をしていく中で、購入者を見てターゲットを再定義したり、施策への反応を見てこれまで出してなかった広告や画面UIのABテストをしてみたりと、設計の上流から下流にある施策単体についても常に改善のPDCAを随時回していきます。
●「提供価値」と「哲学」をサービスに落とす流れ
この一連のフローをステップ化すると以下のように考えることができると思います。
今回は「農家Aさんのみかんを売りたい」という事業アイデアから①販売する仕組みを先に考えて、②ターゲットとして買いそうな層を考えて、③その後ターゲットが買うパターンを整理して、④そこでEコマースの持つ価値を考えたうえで、⑤アイデアを整理していきました。しかし、実際には①~③に関しては、先にターゲットが来る場合もあれば、ユースケースが最初にあって、そこからターゲット像を深掘りするパターンもありますので、提供価値を考える分には順不同になります。
実はこのサービスの「提供価値」になる情緒的価値をあぶり出す考え方や、今回「哲学」として書いたブランドのコアコンピタンスから指針をつくる考え方は、広告会社のメディアプランニングの基礎でもあります。
●ウェブサービスやアプリに軸をつくる大切さ
ウェブサービスやアプリの世界は、コスト的な参入障壁も低く、技術的にも特殊な技術や特許がある場合をのぞき、エンジニアの人件費を確保できれば模倣可能なため、フォロワー戦略(=先行しているプレイヤーの模倣・追随して市場のパイを取る戦略)が容易です。改修して中身を変えることも比較的他の業界よりも簡単です。
簡単に参入や変更・撤退ができるからこそ、スピード重視になってしまうので、事業の責任者でもこういった「提供価値」や「哲学」の考え方がブレたり、薄くなってしまいやすくなる傾向が見られます。
私個人としては簡単に参入できるからこそ「なんとなく面白そう!」といったやや直感的な理由や、先の例のように「自分が好きだ!」といった私的な理由でサービスを始めて、どんどん生み出していくスタンス自体は、それはそれでいいと思っています。
しかし、類似したサービスが簡単につくれる中でこそ、「何を与えていくのか」「そのためにどうあるべきなのか」を考え続けることがサービスの戦略性を高めて継続的に発展していく上で重要なのではないかということです。
次回はウェブサービスやアプリにおける普及戦略の考え方について、ご紹介したいと思います。