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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.45

広告、逆にいらなくないですか? クラフトビール革命に学ぶ、劇場型エクスペリエンスマーケティング

2015/11/27

皆さん、こんにちは。電通 マーケティングソリューション局の五島です。
今年も残すところあとわずかですね。マーケターの皆さんの中には、大事な年末商戦をどう乗り切るかで、頭を抱えてらっしゃる方も多いのではないでしょうか。商戦期だから派手な大型キャンペーンを…!なんて単純なことではありませんよね。「広告が効かない!」と叫ばれて久しい昨今。物の売り方も、工夫せざるを得ない時代です。

広告が無くても売れる商品は、確かに存在します。一体、なぜ売れるのでしょうか。

今回の寄稿では、そのようなテーマについて、ブルックリン・ブルワリー創業者のスティーブ・ヒンディ著『クラフトビール革命 地域を変えたアメリカの小さな地ビール起業』(DU BOOKS)という本の紹介を交えつつ、一筆論じさせていただきたいと思います。

広告、逆にいらなくないですか? クラフトビール革命に学ぶ、劇場型エクスペリエンスマーケティング

唐突ですが、クラフトビールっておいしいですよね。私も個人的に大好きです。日本でもすっかりおなじみの商品になったように思います。でも、ほとんど広告は見ないです。

「きっと、本当にモノが良いから売れるんだろうな…」なんて、いつの時代のモノ作り神話主義者かという私の浅はかな考えは、本書に出会った瞬間、一気に吹き飛びました。アメリカのクラフトビール市場成長の歴史には、あまりに熱い物語と、壮大すぎる仕組みがあったのです。

本書は、広告に頼らないマーケティングの在り方のヒントになるのではと思っています。

クラフトビールは、洗濯機から生まれた!?

オールモルト(麦芽をふんだんに使い、コーンなどの副原料を使わない)という不朽の原則を掲げ、クラフトビールの基礎を築いたのは、アンカー・ブルーイング社のフリッツ・メイタグ氏。彼は、米国洗濯機ブランド「メイタグ社」を創設したF・L・メイタグ氏の孫に当たります。大手メーカーの御曹司がなぜ、地位と財産を捨ててクラフトビールの会社なんて?

自分が飲みたいビールがアメリカにはない(P.38)

事実、当時のアメリカでは、大手ビール会社の画一的な味しか楽しめなかったというメイタグ氏。でも、たったこれだけの理由で、これだと思ったビールに人生全てを捧げてしまうなんて、格好良すぎじゃないですか?

ブルーパブ起業で、Lift Up Society!

そんな熱い男、メイタグの影響もあり、クラフトビールがごく一部ではあるもののビアファンに浸透。そして、「美味しいビールがないなら作ってしまえばいい!」と、若者を中心にブルーパブと呼ばれる店内醸造を行う小規模な形態のクラフトビール起業がブームとなりました。

彼らは決してもうけようとせず、「自分たちの飲みたい味」「自分たちの飲みたいスタイル」を追求しました。ノースコースト・ブルーイングという会社は、カリフォルニア州フォート・ブラッグで、地元のミュージシャンの支援をしながら、クラフトビール醸造を行う会社。美味しい食事とビール、そして素敵な音楽があればいい。広告費を使うことをやめ、音楽の発展への寄付を惜しまない。そんなスタイルが支持され、フォート・ブラッグでは今、最も雇用創出に貢献している会社の一つだそうです。

僕らは金持ちになりたいとは思わないが、自分たちのコミュニティ内の素晴らしい活動は支援したいと思っている。(P.153)

かのフィリップ・コトラー氏は、ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン(2015年)で、「マーケティングで、世界をより良く」という思想を語っており、カンヌライオンズ(2015年)でも同様に「Lift Up Society!」(世の中をもっと素敵に!)が合言葉として多くの審査員の口から発せられています。そうです、まさに、クラフトビールのスタイルそのものなのです。

もう広告にお金を掛けなくてもいい? ブランド VS スタイル。

起業ブームが起きるも、大手米国ビールメーカーは、マスメディアを駆使したパワーマーケティングにより、クラフトビール勢は苦戦。ブルーパブも生まれては消えの繰り返し…。

では、何をきっかけに乗り越えたのか。クラフトビール発展の歴史は、インターネットとソーシャルメディアの歴史とともにありました。

「ビアギークの集まるサイトを作ろう!」。たった一人のクラフトビールファンが作ったサイト “ビア・アドボケイト”が全ての発端でした。これまで出会うことが無かったビアギークたちが、一気につながっていきました。その後、勘のいい読者の方ならお分かりになるかと思いますが、ツイッターなどのソーシャルメディアの波に完全に乗ることになります。マスメディアをほとんど使わず、一気に口コミでファンの裾野を広げ、クラフトビールのイベントも大盛況。流通との関係も良好(お店側も、さまざまなビールを楽しく提供したい!)、紆余曲折あるも、米国ビール市場において、クラフトビールの売上高は今や10%以上を占める結果になりました。

商品が売れるためには、必ず顧客へ商品の魅力が“うまく伝わる”プロセスがあり、クラフトビールのケースでは、そのプロセスが“広告ではない何かだった”というだけのことです。ソーシャルメディアとビールの関係を、本書では下記のように記しています。

「ブランド」には不利に、「スタイル」には有利に働く。(P.302)

クラフトビール革命とはなんだったのか。

メイタグの意思を継いだ志あるビアギークたちを中心に広がった、クラフトビール革命。

それは、自分たちのスタイルでビールを飲みたいという、いわば大手ビール会社を仮想敵とした、全米を巻き込んだ劇場型の革命戦争だったのではないでしょうか。アップルVSマイクロソフトを彷彿させると言えば、イメージが沸きやすいですね。

今や、物を売ることがゴールだった時代から、売って顧客にどう感じてもらうかがゴールになる時代。徹底した顧客起点の発想による、体験価値(エクスペリエンス)の創出こそが、物が売れ続けるためには重要です。自分たちのビアスタイルを取り戻すための戦い。そのプロセスが持つ“熱狂”そのものが、彼らにとっての最大の「体験価値」だったのではないでしょうか。大げさに言うならば、ブルーパブ起業家たちの顧客への提供価値は、“単なるおいしいビールの生産”なんかではなく、“自由への戦いが生む熱狂、そして仲間たちとの絆”と表現してもいいのではないでしょうか。

“自由への戦いが生む熱狂、そして仲間たちとの絆”を、著者の身近な例でいうと、合コンに行くとします。クラフトビールの種類がたくさんある恵比寿あたりの小じゃれたビアダイニングなんかが会場だったりすると、すごく今日は盛り上がるんじゃないかと、つい期待をしてしまいますよね。しかし当然ながら勘違いなことも多く…、戦いに敗れ、結局男だけで赤提灯の下、クラフトではない“いわゆる生ビール”で飲み直すんですが、これが逆にすごく楽しかったりします。そして、そんな仮想敵との闘いの果てに、気付けばそこには強い共同体意識と友情が芽生えているという…。これはこれで、日常に潜むクラフトビール革命なのではないでしょうか。

閑話休題。

ビールが本来持つ素敵な体験価値を顧客視点で伝える。

有名な事例として、クラフトビール仮想敵の一つとも言える、大手ビールブランドのハイネケンは、2014年にThe Experimentというプロモーションを展開しました。コアメッセ―ジは “DANCE MORE, DRINK SLOW”(もっと踊ろう。ゆっくり飲もう)。「クラブDJがイケてる日はダンスに夢中でビールが全然売れないんだけど、週末を楽しんでくれれば僕たちはそれだけでうれしいよ!(筆者意訳)」といった、ブランドの思いが込められたものでした。

因果関係は不明ですが、商業主義ではなく、ビールが本来持つ素敵な体験価値を、顧客視点で伝えていこうという流れが、クラフトビール以外にもどんどん広がっているように感じます。ちょっとした視点の違いだけで、ブランドの魅力が強く伝わってくるものなのだなと、いち生活者として素直に感じます。加えて、「体験価値」と「広告」とがうまく設計され折り重なった際には、より大きなムーブメントを生むことにも、当然つながってきますよね。広告がいる・いらないという話ではなく、結局は「顧客にどう伝わるか」に尽きるのだと、筆者は考えています。

果たして、このビール戦争は一体どうなっていくのか。「未来」を見据えた視点で思索しつつも、やはり愛すべき先人のビアギークたちを見習って、素敵な「今」を大事にしたい!年末は気の置けない仲間たちとクラフトビールで(赤提灯の生ビールも!)楽しく一年の垢を落としたいと思います。