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電通がオムニチャネルについて考える。No.9

【セミナーレポート】購買は、ブランドを応援する“投票”へ。オムニチャネルで実現するブランディングとは

2015/12/22

11月16日、IMJ執行役員CMO/事業構想大学院大教授の江端浩人氏が主催する研究会「次世代マーケティングプラットフォーム研究会」の第6回総会が開催された。

テーマはずばり、オムニチャネル。10月にオイシックスへ“COCO”(Chief Omni-Channel Officer)として転籍したばかりの奥谷孝司氏をはじめ、リアル店舗でオムニチャネルに携わる東急ハンズの緒方恵氏、物流の立場から新規事業が相次ぐ寺田倉庫の月森正憲氏、モバイルファーストの決済アプリを展開するShowcase Gigの新田剛史氏、そしてデータの観点からヤフーの井上亮平氏の5人が登壇したパネルディスカッションの模様をレポート。モデレーターは、電通ビジネス・クリエーション・センターの上原拓真が務めた。


顧客をシングルソースで捉えるのがオムニチャネル

今回のパネルディスカッションは、オイシックスの奥谷孝司氏によるキーノートセッション、および寺田倉庫の月森正憲氏による事例紹介に続いて行われた。奥谷氏は、前職の良品計画でアプリ「MUJI passport」を手掛け、リアル店舗とネットとの融合に取り組んできた。一方で月森氏は、創業65周年を迎える老舗企業において、ウェブを介したBtoC事業を積極的に推進。1箱からの収納サービス「minikura」の他、アート作品の保管・レンタル事業なども展開中だ。

ディスカッションの冒頭、モデレーターの電通・上原氏は「増えるチャネルをシームレスにつないで、顧客をシングルソースで捉えるのがオムニチャネルだと考えている。今回は奥谷さんと月森さんに加えて、リアル店舗、モバイル、データのそれぞれの観点からご意見を伺いたく、さらにお三方に登壇いただいた」と、座組の意図を話す。

O2Oの切り口での講演も多い東急ハンズの緒方恵氏は、2010年からEコマースやデジタルマーケティング施策開発に取り組み、現在はソーシャルメディアと会員組織の運用も統括している。ミクシィを経てShowcase Gigを設立した新田剛史氏は、ユーザーが事前に決済できる飲食店向けのモバイルペイメントサービス「O:der(オーダー)」を展開する傍ら、大手小売企業のオムニチャネルサービス開発を支援。ヤフーの井上亮平氏は、同社の広告ソリューションを扱う中でも、特にクライアント企業の一次データとヤフーのデータを掛け合わせて分析することによる潜在層の発掘に注力している。

リアル店舗は「反撃ののろし」を上げられるか?

最初に掲げられたのは「オムニチャネルでビジネスは変わるか?」というテーマ。上原氏は、まず昨今の消費者行動とデータのつながりを解説。ペイド、アーンド、オウンドメディアでの接触や購買データ、外部データなどを全てDMPに蓄積、それを反映して各種接触がまた精緻化していく。消費者の行動は全て、モバイルファーストだ。

「統合デジタルマーケティングが実現できる世界になってきているのではと思うが、変わったという手応えはあるか?」との問いに、奥谷氏は「より深く顧客とコミュニケーションが取れるようになる、という点では変わり始めている」と答える。「ただ、まだオムニチャネルの実現自体が初期の段階。店舗が意外と顧客のことを知らない一方で、ではネットが全て把握できているかというとそうではない。このギャップをどう埋めるか、という視点にチャンスがあると思う」。

緒方氏は、東急ハンズでは「確かに変わった」とし、発端は顧客の行動から得た部分が大きいと語る。同社では、ネットで比較サイトを見てから店舗で買う、あるいは店舗で実物を見てからネットで買うなど、顧客が先んじて自然にオムニチャネルの行動を取っていたことから、その実態に合わせて利便性の高いサービスを開発してきた。「ただし、まだスタート地点に立ったに過ぎない。発展させるのはむしろこれから。オムニチャネル化によって、ネット事業者へ『反撃ののろし』を上げたい」と語る。

これを受けて、新田氏も「日本の小売業にとって、“オムニチャネル”はまだバズワードの域を出ないと感じる」と指摘。米国ではすでに、顧客IDの統合やシームレスなサービス提供が一般化し、買い物代行サービスの「インスタカート」など小売業と消費者の間をつなぐような業態が勢いを増している状況だという。

「日本では、オムニチャネルにまつわる課題がやっと顕在化した段階。お二人のような先駆者を手本に、各社も長期的な展望を描いて、例えばデジタル化率の向上などに実際に動くフェーズだと捉えている」(新田氏)。井上氏もこれに応じ「バズワードに乗じて単発的な施策が盛り上がった時期が一段落した。今はやや宙に浮いている印象」と話す。先進企業の実例を見ても、オムニチャネルによってビジネスが変化する可能性は十分あるが、ロードマップを引いて施策に落とし込めるかどうかが鍵だといえそうだ。

オムニチャネル最大の課題は、IT視点に欠けていること

課題が顕在化した段階という指摘があった上で、議論は「オムニチャネルの最大の課題は?」とのテーマへ。「小売店や書店が、こうもAmazonに押されているのは、自分たちのビジネスモデルをITの視点で捉えられていないから」と、奥谷氏は鋭い意見を述べる。店舗が主力の良品計画から、Eコマースが主力のオイシックスへ移った今、オフラインでの行動や接点をどうしたらオンラインに返せるかに注目していると語る。

モノが動く以上、必ずオフラインの接点が発生する。「オイシックスのサイトで野菜を買っても、自宅で受け取って料理をし、食べている。ITの視点で、そんな家庭内での接点までをどうしたら取れるかを含めてオムニ戦略を考えれば、糸口があるはず」(奥谷)。

一方、「かなり異なるベクトルから」としながら、新田氏は経営層をはじめとする企業の適切なプライシング意識の欠如を指摘する。「基幹システムと連動するような高機能のアプリを開発しようと思ったら、数千万〜億単位のお金がかかるのは普通。ところが、簡易なウェブサイトの延長くらいで開発できるという認識を持たれているケースも少なくない。米国の状況も参考に、相場観を養うことは前提になるのではないか」。

また「倉庫や物流は、僭越ながら変化を起こしにくい業界だというイメージもある中、寺田倉庫の取り組みは本当にまぶしい。どういう課題を超えてきたのか?」(上原氏)との問いに、月森氏は物流企業や荷主といった事業パートナーの存在を挙げ、「新しいユーザー体験を生み出すのに、自社のみで完結する企業は少ないのでは」と話す。

ベンチャー企業の育成にも積極的な同社は、例えばその一環で、ファッションの月額課金レンタルサービス「airCloset」を展開するエアークローゼット社に出資。倉庫の提供というサポートも行っている。「腹を割ってタッグを組み、一緒に事業を成長させていく」(月森氏)という発想が、チャネルをまたいで自由にサービスを享受する消費者への新たな提案につながるのだろう。

ビジネスは、顧客と共にあって初めて成り立つ

そして、議論は最後のテーマ「オムニチャネルで消費者は自己実現できるか?」へ。次世代マーケティングプラットフォーム研究会の主題である、コトラーの提唱する「マーケティング4.0」の世界は、消費者が自己実現できる世界だといわれている。企業のオムニチャネル化が進むと、消費者は企業との接触を通して自分が目指す姿、実現したいことに近づくことができるのだろうか?

緒方氏は、購買行動が「この企業を応援する」という投票に似てきているという話を挙げ、この傾向は強まるだろうと語る。「企業がサービス改善やコミュニケーション施策によって自社(ブランド)を愛してくれる人を増やせれば、投票が活性化し、結果的に消費者の自己実現にもつながるのでは。たとえばアプリのベータ版をユーザーとともにブラッシュアップするような形で、リアル店舗でももっと関与しやすい環境をつくり、愛着を生むことができると思う」

奥谷氏も、顧客に支持されるブランドが輝く時代だと指摘。デジタルで顧客を追える分、ウエットな部分、定性的なつながりも重要になる。「そもそもビジネスは、顧客と共にあって初めて成り立つもの。そういうブランドの姿勢を感じてもらう先に、消費者の自己実現もあるのではないか」と話す。

オムニチャネル=利便性の向上と捉えがちだが、単に便利になることが消費者にとって幸せなわけではない。サービスを快適に享受しながら、企業との関わりの中でその体験を豊かにできれば、消費者のブランドに寄せる気持ちが増していく。「個々のニーズに合うニッチなサービス開発と、そのブランディングが非常に重要になると思う」と月森氏。また、企業と消費者をつなぐ立場から「検索やページ閲覧などのデータはある意味で民意に近い。変わりゆく消費者の意志を、企業のマーケティングにフィードバックしていきたい」と井上氏。

議論の終盤では、来場した多数のマーケターから質問も受け付けた。パルコでオムニチャネルに取り組む島袋孝一氏からは「全ての小売業はオムニチャネルを目指すべきか?」との鋭い問いが。これに対し、緒方氏は「全ての小売業がと言うと、ノー。事業規模により現実味がない場合もあるので、企業として抱える課題にフィットするなら取り組めばいいのでは」と答えた。一方、緒方氏以外のパネリストはイエスと回答。月森氏は「顧客情報や在庫情報の関連付けは、効率化の面でも欠かせないのでは」と指摘。新田氏は「緒方氏のコメントにも賛同する。ただ、今後デジタルを生かさないで小売業が生き残るとはあまり思えない」と述べた。

最後に上原氏は「マーケティング4.0のケーススタディーとして、オムニチャネルはさらに掘り下げて考える価値があると実感した」とコメント。また、研究会を主催する江端浩人氏は、「オムニチャネルによって接点が広がると、商品やサービスをより高く買ってくれる人を探すことにもなり、米国ではその仕組みがすでに実現している。だが日本は値下げの文化はあっても値上げの文化はない。この文化が変わることがあるのか、ぜひ次の機会に議論したい」と期待を語った。

オムニチャネルの拡大によって、企業と消費者との関与が密になり、企業は消費者にとって「応援したい」対象になる。第一線のマーケターたちによって、オムニチャネルを通したブランディングの可能性を強く印象づけたディスカッションとなった。


ディスカッションを終えて

この研究会は毎回、さまざまなテーマを議題にトップランナーの方々をお呼びし、理論と実務をごちゃまぜにしながらディスカッションをしているのですが、オムニチャネルで日本を代表する方々の金言をたくさん伺えました。電通報という場を借りて読者の皆さんにも共有したく紹介しました。

会の後、登壇者にスタッフや参加者、総勢70人で二次会に行きました。聴衆でもオムニチャネルに携わるすごい方々がたくさんいらして、お酒を入れないと言えないぶっちゃけトークも飛びだして白熱しました。そこで東急ハンズの緒方さんは「オムニチャネルはもはやマーケティングそのものであり経営戦略だ」と熱く語っていたのが印象的でした。そうなんです。オムニチャネルはまさに事業の本質そのものを考えることなんだと思いました。

オムニチャネルは小売業やメーカーの人だけでなく、ビジネスの人だけでなく、消費者までも巻き込んでいく世界です。たとえば最先端のオムニチャネルでは、配送屋さんに代わって消費者が配達するというビジネスが検討されています。消費者が自分でモノをつくって売ることだってありえそうです。つまり消費者は需要だけでなく、供給まで生み出す世の中になったのです。オムニチャネルを考えることは、消費のあり方を根本から考え直すきっかけになるのです。

この連載をご覧になった読者の皆さんには「自分もオムニチャネルに関わってるのでは?」と思い直して、私たちと一緒にこれからのマーケティングを考えていただけたらうれしいです。

電通 ビジネス・クリエーション・センター 上原拓真