Experience Driven ShowcaseNo.47
Canon EXPO 2015
「臨場感ミュージアム」の表現する未来
2016/01/26
「Canon EXPO」は、キヤノンが5年に1度、ニューヨーク、パリ、東京そして上海で開催するプライベートイベント。2015年は、9月のニューヨークからスタートし、10月にパリ、11月に東京で開催、同社の最先端技術と将来ビジョンを紹介しました。このイベントを担当した電通イベント&スペース・デザイン局の石井宏枝氏が、共にプランニングをした電通CDCの岡部将彦氏、なかのかな氏と制作過程を振り返りました。
取材・構成編集:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
キヤノンは映像で、あらゆるものを本気で再現する
石井:私は「Canon EXPO」を担当して長いのですが、今回はCDCチームにかなり早い段階から加わってもらいました。理由は、クライアントの新たなお題が、これまでも追及してきた高画質や高精細に続く新しい映像の価値として「臨場感」をアピールしていきたいということだったから。キヤノンというメーカーがつくれる臨場感とは一体何かというのを一緒に考えていきました。
岡部:来場者のお客さんが「WOW!」と驚くものをつくりたいと伝えられました。技術展というのは専門的なものになりがちだけど、「Canon EXPO」は5年に1度、世界のキヤノンが向かう方向を指し示す重要なイベントですから。
キヤノンのカメラもプリンターもより高精細・高画質を進化させてきた。今は4Kテレビが店頭に出ていますが、もうその先には8Kテレビがある。僕らは今回初 めて見せてもらったんですけれど、8Kは普通のテレビなのに立体的に見えるんですよ。おそらくいずれは16K、32K…と進んでいくのではないで しょうか。キヤノンがなぜ高精細・高画質を追い求めているかというと、本気でイメージングの力で「あらゆるものを再現したい」と思っているからです。
写真は、時間や場所を超えて画像を再現しますよね。それが映像なら、アメリカと日本のテレビ会議で本当に一緒の場にいるように再現できないかとか。時間と空間を超えるのがイメージングの果てにあるもの。それはいわば縦軸の進化だと思います。でも、パラレルで横に広がる進化もあるんじゃないか。同じ画質だけれども、こうすることによって臨場感が増しますよねとか、そういう横軸を考えるのが今回の「臨場感ミュージアム」という場だと最初に設定しました。
石井:スーパーリアリティーを超えたメタリアリティーみたいな世界で、人(見る側)の感覚を動かすような、気持ちよさが違うとかゾクゾクするとか、そんな感覚を呼び起こす映像の力を見せたいということでしたね。
なかの:具体的にいうと、心身ともに動かされる感じという意味で分かりやすいのは、「8Kライド」かな。身体の浮遊感というか、移動感が出せた。
石井:「8Kライド」は、なかのさんが電気通信大の野嶋琢也先生を紹介してくれて、野嶋先生と周辺視野の感じ方を議論した結果を映像チームが共有してつくった。周辺視野って、実はぼやけるほどリアルな感覚に近いらしい。そういうふうに実際の脳は働いているんです。
なかの:そもそも人間の目の働きというのは、真ん中と外側で違うらしいぞと。周辺視野では、基本的には動きをトラックはしているけれども、ちゃんと見えているわけではない。サイドのスクリーンは動き感を出すためだけに使ったら、逆に良いものに仕上がるのではないかという仮説からスタートしました。
岡部:僕は空港の写真がとてもよくできたかなと思っています。「臨場感」って、直訳すると英語で「リアリティー」なんですけれど、リアリティーにも幾つもの階層がある。高いところに行くとヒヤッと、フワッとしますよね、だから高い映像を見せてそれに近い環境を再現すると脳はだまされる。それは学習したことを思い出させるためのスイッチです。もう一つそれより上のレベルで、やったことはないけどきっとこうなるんだろうなと脳みそが誤解するもの。空港は前者で、8Kライドは後者寄りかな、脳の生理を突いている。
石井:本当に感覚で気持ちよい、逆に気持ち悪いところまで感じられるか、本当に受け手の目をだませるかは、今回チャレンジしがいがありましたね。
なかの:印刷物のトリックアートにならないように。きれいな印刷物に「窓枠」を張るだけだと臨場感というのは実は出ないから、本物のガラスの窓をはめてライティングをきちんとすると、本当にあるように見えるとか。
岡部:来場者にはプリントした写真から一定の距離をとってもらいたいとか。リアリティーを持って見せるための方法を、キヤノンの方とお話ししながら試行錯誤しました。見る人の目や脳の仕組みをどう刺激するかという闘いなので、人間観察、人間発見になって面白かった。
石井:今までは、ちゃんと写真を見せる、印刷を見せるという意味で、ガラス越しに見せるのは、絶対タブーだった。臨場感という新しい価値を打ち出して、キヤノンがつくる映像やイメージングの可能性を伸ばしていきたいという試みだからこそ実現できました。本当に人間の感覚、本質のところで勝負ができたと思っています。
なかの:望遠カメラでのぞくと、飛行機を引っ張る整備のけん引車に、小さく「welcome」と書いたのまで見えるぐらいの精緻なプリントです。みんな寄っていって、「ほんとか?」って見始めるから、ガラスに鼻の脂がついちゃって現場は大変そうでしたね(笑)。
石井:何人か頭ぶつけた人がいたらしくて、「ガ ラスが割れる、危ない」という話があった! 最近行ったCESでも、とにかくどこもVR(仮想現実)祭りでしょ。でもそれって一人だけの体験なんだなとあらためて感じた。同じコンテンツを見ていても 共有している感覚がない。空港と「8Kライド」の共有感は、そこを差別化できたのかなと思っています。
今回はキヤノンのハンドヘルドディスプレーを使って、音にもこだわり出したというのがすごくインパクトがあった。音をしっかりと聞かせながら、映像の価値も高めた。臨場感というのは音もあれば、におい、触覚、振動も含めてですから。超臨場感はキヤノンだけのテーマじゃなくて、産官連携フォーラムがありますし、2020に向けて研究が進んでいる。個別の体験だけではなくて、パブリックに臨場感を高めていくやり方の研究が急速に進んでいくでしょう。
キヤノンの8K映像が表現する、圧倒的な超リアリティー
石井:1月にラスベガスで開かれたCESでも、8Kのコンテンツを見せたのはキヤノンしかなかったみたいですね。
なかの:8Kはまだ入力が難しいんですよね。
岡部:初めてCanon EXPOで8Kというものを生で見たとき、最初「人間がふだん見ている画質よりきれいな画質を見るから立体的に見える」と聞いて、人間の目が見る画質の限界を超えているなら、人間の目には同じ画質でしか見えないんじゃないかと思っていたんですが、見えるんですよ、立体的に! 例えば手前になかのさんがいて、奥に僕がいて、その奥に壁があってというのが、3レイヤーぐらいの遠近感が並んでいる感じで見える。虫眼鏡で見ると、図書館とかの本の文字も全部読める。すごいよね。
なかの:情報量がすごく多い。
岡部:脳にものすごい負荷が。家のテレビが8Kだったら、だらだら見てられない気がします(笑)。
石井:8Kは3300万画素しかないんです、画素数でいうと。でも8Kの映像から切り出してプリントを見ると、俳優さんの爪のささくれまで見える。すごく肌がきれいな人でも産毛とか全部見えて、映像にすると立体感がある。俳優さんは大変ですね。
なかの:今回はできなかったけれど、4Kレモンと8Kレモンで受け手の唾液量が違うのか、やりたい(笑)。脱脂綿を舌の下に入れてそれぞれのグラム数を測るとか。
あくびも検証したい。あくびがうつるっていうでしょ? 人に対する共感力が活性化すると、あくびってうつりやすいそうです。それはコンテンツに対する共感力があるということでもあるので、体験をブーストさせるには必要なはずなんです。
岡部:例えば今の話でいうと、画質が上がれば上がるほど、泣ける映画はより泣けるはずということですね。
なかの:仮説でいうとそう。
岡部:もしかしたらその逆で、画質を上げることによって伝播力が下がる可能性があるとしたら、泣ける映画は画質を下げた方がいいとか。
なかの:それも本当はあると思っていて、あまりにもきれいになっていくと他人事になっていくとか。人間があまりにもドラマチックに映り過ぎて距離が遠くなるような気もしている。慣れちゃえばいいのかな。
例えばOriHimeというアバターロボットをつくっているスタートアップがあるんですが、病室にいる子どもが家族とコミュニケーションするために家に置いておくロボットをつくっていて、そのロボットは本人の顔ではなく能面状態なんです、目だけあって。その方が感情投影をしやすいから。用途に応じた最適なイメージング手法を選べるようになると素敵ですね。
スーパーリアリティー、メタリアリティーの先は、ビヨンドリアリティーの実現
岡部:受け取り手側に対する研究と技術が、今後より密接になっていきますね。
石井:テレコミュニケーション、電子会議システムも技術が進むと、本当に人と人の目が合う形で行間が読み取れるようなテレビ会議ができるとか、隠し事ができないテレビ会議ができる時代に既になっています。我々の仕事でも、これを使ったらもっと会議の効果や質が上がるということが考えられるようになるんじゃないかな。
岡部:電話やテレビ会議を1時間やるより、5分でも直接会った方が伝わるといわれてきたけど、キヤノンのようなイメージングの会社が、本当に距離によるロスのない状況をつくってくれたりするといいな。一つの会社が、一つのビルにいる必要さえない。
医療の分野でも、例えば毎日、寝たきりのおばあちゃんの様子を、映像で見に行ける。新しい技術をつくって、それでどういう新しいことができるか。というのが、ますます問われるのではないでしょうか。
石井:サービスとか、ソリューションまで考えて、何をこれから提案できるのかも考えないとね。
なかの:まるでそこにあるような高画質・高精細のスーパーリアリティー、見る人が現実のように心を動かすメタリアリティーは今回実現したけれど、現実ではあり得ない体験までできるビヨンドリアリティーまで次はいきたいですね。
石井:当初の企画書では、アラジンの空飛ぶじゅうたんみたいに、空撮で空飛ぶじゅうたんの世界をつくったり、アリになった気分で花畑の中を歩いていったりというのもありましたね。今後チャレンジしたいですね!
<了>