「開かれた能でファンを増やし、後世へ。
650年の伝統芸能の“今”を担う」山本佳誌枝
2016/03/24
今の時代の人たちに能の魅力を伝えるために
山本能楽堂の創立は1927年。45年に大阪大空襲で焼失しましたが、地元の方々の力添えで再建しました。私自身は、能の家に生まれた3代目である能楽師・山本章弘と結婚したことからこの世界に入りました。650年にわたり続いてきた能を今後また650年伝えていく中、私たちはたまたまこの一時期を担わせていただいている歯車のひとつだと思っています。ですので今の時代、一人でも多くの人に能に親しみ、愛好家になっていただくためには何ができるのかと考えながら、活動をしています。
これまでの活動を振り返ると、2006年ごろに大きな出来事が重なり重要な転換期になりました。大阪商工会議所との縁、さまざまなアーティストとの出会い、そして能楽堂の建物が国の登録有形文化財に認められたことの三つです。
06年の大みそか、商議所と一緒に「大人のための年越しライブ」を行いました。能の他に文楽や講談、落語など上方芸能の見どころを凝縮した画期的なプログラムでチケットは即完売。オリジナルカクテルをお出ししたり、年越しそばを振る舞ったりと、初回ながら、それは盛り上がりました。商議所は当時、大阪の夜を文化的で安全に楽しめる環境にしようと、夜の文化事業を探されていました。同じ時期、私たちも夫の発案で、仕事帰りの方が来られるように平日夜7時半からの公演を始めていたのです。それを担当者の方が見に来られ、何か一緒にやりましょうと、先の大みそか公演が実現しました。大阪は商人の街として有名ですが、同時に豊かな伝統芸能が花開いた街でもあります。この独自の文化を知っていただくために、今では私たちが主催、商議所と大阪市の共催、大阪観光局の協力で「初心者のための上方伝統芸能ナイト」を行っています。
コンセプトは「開かれた能楽堂」、既存のイメージを刷新
アーティストとの出会いも私たちの活動を広げてくれました。多くの現代美術家の方々に協力いただき、子どものための「アートによる能案内」を行っています。公演前に能をテーマにした工作を子どもたちに楽しんでもらうのは、能は無形なので持ち帰れませんが、造形なら持ち帰れるから。いつか大人になったとき、それを見て記憶がよみがえり、能への“再入場券”になればと続けています。官民一体のイベント「水都大阪2009」では、水と環境をテーマにした新作「水の輪」を初演しました。「水の輪」はその後も各地で、現地の子どもたちを交えて公演を重ねています。
また、昨年秋には、現代美術家やなぎみわさんの作品である装飾された移動式舞台トレーラーをお借りして、能とクラシック音楽と講談、さらにポールダンスを融合させた「水の輪」ジャンルミックスVer.を上演しました。ポールダンスとのコラボレーションには、当初戸惑いもありましたが、大変ご好評を頂きました。
山本能楽堂の建物が登録有形文化財に認められたことから、文化庁公開活用事業のモデルケースに採用され、11年から行った建物の改修工事へとつながりました。コンセプトは現代にそぐう「開かれた能楽堂による、人の行き交う場所」。これから長く使うことを考えて、格式というよりは若い人も気軽に来られ、新しい出会いがもたらす芸術の創造の場にしたいと思いました。
感受性の強い子どもたちに一度知ってほしい
今は国内だけでなく、海外でも積極的に活動しています。08年、ブルガリア人留学生のペトコ・スラボフさんが「能を学びたい」と私たちを訪ねてくれたことから始まりました。彼の意志と助けによって、10年にブルガリアでのワークショップをスタート。それから毎年中・東欧での単独公演やワークショップを行っています。昨年秋には、ブルガリアの役者さん10人に夫が稽古をして、現地で演目「紅葉狩」を上演しました。ペトコさんとは、能のお囃子(はやし)を楽しめ、ストーリーが分かる「能楽アプリ」を共同開発するなど、新しい取り組みも行っています。
能には「高尚で格式が高い」といったイメージがありますが、どうにかそれを払拭したいと、この10年の間多くの活動をしてきました。こうした能を通した文化交流や多岐にわたる試みが評価されて、先日「国際交流基金地球市民賞」を頂いたのは光栄なことでした。この先も、能という古典芸能と社会をもっと密につなげるような取り組みをしていきたいと思っています。例えば、切り口のひとつは観光です。大阪は芸能の都ですので、外国の方を含めて観光客の皆さんに豊かな文化遺産を知っていただくために、商議所や観光局と試行錯誤を続けています。
それから、学校教育ですね。10年から携わっている文化庁の事業では、これまでに大阪府内の約200校をはじめ、全国で約3万人ほどの子どもたちに能に触れてもらいました。次の世代に伝統芸能の魅力を伝えるためには、先入観のない、感受性の強い子ども時代に一度でも見てもらいたい。それがあれば、成人して、あるいは40歳や50歳になってからでも足を運んでくれるかもしれない。子どもたちへの働き掛けをこれからも大事にしていきたいと思っています。山本能楽堂ウェブサイト
*国際交流基金地球市民賞は、地域に根差した優れた国際文化交流を行う国内団体を表彰する賞。