電通人の「伝えるコツ」を
NPOのみなさんにも
2016/05/26
「伝えるコツ」とは、NPOの広報力向上に貢献するため、電通が行っている社会貢献活動です。
日本全国のNPO法人の方々に向け、コミュニケーション力の強化をワークショップ形式により支援するプログラムで、電通社員が講師として参加し、広告づくりのノウハウから抽出した「伝えるコツ」をNPO関係者に伝えています。
2004年にスタートし、今年で丸12年を迎えます。「伝えるコツ」のテキスト(冊子)も電通社員が制作しており、2004年に初版が、昨年末で改訂第3版が発行されました。
創設者の一人、元電通執行役員の白土謙二さん、リニューアルされた「伝えるコツ」新テキストの編集委員である藤本宗将さんと松永美春さん、「伝えるコツ」セミナーの講師陣の一人である福井秀明さんに「伝えるコツ」とはどのような試みなのかを伺いました。
「生の声」を聞いて「土地勘」をつくる
福井:「伝えるコツ」には社会貢献活動として、現場の電通社員が主体的に関わっています。この活動に関わるモチベーションはどこから来るのでしょうか。活動スタートの経緯も含め、創立メンバーだった白土さんに聞きます。
白土:スタートの2年くらい前ですか、2002年ごろに、難民を支援するNPOの募金のお手伝いをしたのですが、媒体費が60万円かかったのに、集まったお金が17万円で、広告のプロとして恥ずかしい体験をしました。
そんなときにNPOの方々から「広報のやり方、メッセージの伝え方を教えてほしい」と言われたのが、個人的には心に残っていました。
福井:それが「伝えるコツ」につながったんですね。
白土:阪神大震災が起こった直後、電通も何か社会貢献できないかと経団連に相談に行きました。そこで「実はNPOの人たちが困っている。ポスターがうまくつくれない、チラシができない。活動を社会に伝えるためのやり方を教えてもらえないか」と言われました。
コミュニケーションのやり方というのは、われわれの本業ですから、いくつかの団体に出向いて教えてあげたんですね。そうしたら、次から次に「うちにも来てほしい」ということになったんです。
福井:白土さんお一人では手が回らなくなったのですね。
白土:たくさん来るお願いを断るわけにもいかない。どうしようと思っていたら、ちょうど電通が社会貢献部署をつくりました。経団連とのやりとりがあったタイミングと、電通の「社会貢献しなくては」というタイミングがピッタリと合ったわけです。
福井:それで、白土さんたちが「電通人が身に付けてきたコミュニケーション技術をNPOのみなさんにも」と社会貢献部署に提案したと。
白土:そうですね。実は2003年から「CSRブーム」が始まって、企業は社会貢献をどうやってやるのか、その対象を探していました。電通も「社会貢献をやるなら、本業のスキルで貢献できないか」という議論が行われていました。
福井:立ち上げの時の苦労を教えてください。
白土:企業の広告をつくる場合には、食品だったら購入して食べれば、いきなり消費者の立場から理解できるわけですが、NPOの場合には基礎的な理解が大変でした。児童労働の問題とか、バングラデシュの支援とか、いくつかの団体に関わって、自分で寄付をしたり、評議員になって会議に出たりしました。
昔は「広告コピーは足で書け、机で書くな」と言われていました。歩いていって徹底的に調べるわけです。「伝えるコツ」の立ち上げでも、できるだけそれに近い、生の声を聞かないとダメだという感覚でやってきましたね。そういった形で参加することで、ようやく「土地勘」がつくられました。
しかも、そこで頑張っている人たちがビジネス界にはいないタイプの魅力的な人が多かった。子どもに障害があるとか、バングラデシュでひどい環境で人々が暮らしているのを見て何とかしたいとか、動機がはっきりしているんです。普通の人なら、思いはあっても諦めるところを、本気で飛び込んでやり続けるのはすごいことです。そういう人たちがいるのだという驚きがありました。
福井:足で書くという白土さんの仕事のスタイルが、ここでも実を結んだのですね。
白土:関わると、広告会社ならではの「カタカナ語文化」が通用せず驚きました。「ブランディング」「コンセプト」「マーケティング」といった用語から、どうやらお金のニオイがするらしい(笑)。「あなたたちは商売でそういう言い方しているの」と受け取られかねない。
実際に「カタカナの難しい言葉を使わないでほしい」というご意見を最初に頂くことで、かなり相互理解が深まりました。
きれいにしすぎない、隙のあるデザイン
福井:白土さんの始めた「伝えるコツ」を受け継いで、今回の「伝えるコツ」冊子の改訂を行った、コピーライターの藤本さんに聞きます。きっかけは何ですか。
藤本:新人時代の師匠に当たる方から、お誘いを頂いたのがきっかけでした。僕自身、これまで社会貢献ということに縁がなかったので、何か社会の役に立つきっかけになればと思うところはありました。
僕らは伝えることが仕事なので、自分のつくったメッセージを多くの人の心に届けている。ところが、リアルに目の前の人から反応をもらったり、感謝されるという体験がほとんどないんです。NPOのみなさんに直接伝える機会は貴重だと感じています。
福井:ご自分でも講師としてワークショップをされたとか。反応はいかがでしたか?
藤本:「分かりやすかった」と声をかけてもらったり、終わった後も集まっていただき、いろいろと質問をされる。対面して言葉で話す、コミュニケーションの原点に帰ったような実感がありました。
福井:アートディレクターの松永さんは、冊子のデザインをされる上でどんなことを考えていましたか。
松永:仕事ではポスターなどはつくっていますが、本の装丁とエディトリアルデザインはやったことがなかったので、とても興味がありました。
「伝えるコツ」テキストの中に「本当に良いデザインとは、読み手の立場になって、いちばん読みやすいように情報を配置すること」とあります。作業している中で、冊子に書いてある内容を読むのですが、これが勉強になりました。
私は「賞好き」で、以前はデザインの目標はついつい「広告賞」になってしまいがちでした。リニューアル作業の過程で、大切なのは読み手に伝わることと実感でき、自分本位にならないデザインというのが学べたと思います。
福井:小学生の学習ノートのような体裁になってますね。
松永:ためらいなく書き込んで使ってもらえるような仕組みを考えました。表紙に団体名・氏名・セミナー受講日・講師名をまず書き込んでもらうようにしてあります。
福井:自分のモノにしてもらおう、という配慮ですね。
松永:あとは、「ゆるさ」を大切にしました。デザインに隙がないと、書き込みにくくなるので、あえて隙をつくってあります。使っている用紙も、厚過ぎると書き込むのをためらうのではと、少し薄いものを使っています。
福井:ところでこの改訂作業は「業務」として関わっていたのでしょうか。
藤本:はい、業務として認めてもらいました。仕事の時間で社会貢献活動ができるというのは、恵まれた環境だと思います。とはいえ、他の業務が忙しいときにはどうしてもそちらが優先になってしまうので、改訂作業が遅れてしまいました。でも、こういうことが会社の仕事としてあるというのは、誇らしいことだと思っています。
白土:アメリカでは1980年代前半くらいまでは、広告会社に勤務している人は、公共部門の仕事を半分、商業部門の広告を半分やる人が本当のプロといわれていました。カンヌの広告賞でも、昔は公共部門と商業部門の両方があって、両方でグランプリを取らないと「半人前」だといわれていました。そういう点では、公共のコミュニケーションに関わるというのは、とても大切ですね。
成功のポイントは「本業での貢献」
福井:最新版ならではのコンテンツは何でしょう。
藤本:この5年の時代の変化を反映して、SNSやPRのコツなどは新しく加えました。また、NPOのみなさんから指摘があって追加したテーマとして、連携・協議があります。東日本大震災以降、NPOの課題への取り組み方も変わってきているので、新しいテキストを出す以上は、反映させるべきだと。他にも「コラム」という形で、これからのNPOがどうあるべきかについてメッセージを込めています。
福井:振り返って、12年続いてきたポイントはどこにあると考えますか。
白土:5周年の時に、電通1階のホールで「伝えるコツ」のコンテストを行いました。ワークショップを受ける前と後で、ポスターなどがどれだけ良くなっているのかを応募してもらい、比較したんです。そこで、僕らが教えた大事なことがちゃんと守られ、かつ自分たち自身による工夫も見られ、すごくうれしかった。
藤本:「伝えるコツ」には、電通のメンバーと一緒にNPOの方が取り組んでいるんですが、これがびっくりするくらいフラットな組織になっています。いろんな立場の人がそれぞれ意見を言い合って、それを全部反映させるまでは何度もやり直しをする。ビジネスとは違う進め方が新鮮でした。
この冊子の改訂も、出来上がって見せるとそこからいろいろなことを言われてやり直すということを繰り返しました。
福井:正直勘弁してほしいな、という気持ちになったりしませんでしたか?
藤本:なかなかいい指摘が来るので、聞かなかったことにはできないんですね。広告業界にない視点をNPOのみなさんは持っているので、個人的にも勉強になりました。
白土:藤本さんが言うように、基本的にはNPOの人たちとわれわれがフラットで言い合いながら運営されてきたというところが良かったと思います。
デザインを突き詰めると個人の好き嫌いですが、実は、解決の見える化なんだよね。役立つか、役立たないかという評価も含め多面的な評価をするほどいいモノになる。
NPOというのは、社会的な難題に取り組んでいるイメージがありますが、子どものお祭りをやっている人たちもいます。社会課題を楽しく、面白く解いていくようなチャンスもこれからあるはずです。
さらには企業もCSRを無視できなくなって、NPO化していきます。商店や、学校や地域とか自分たちのことをうまく伝えられない人に、電通のスキルで貢献していくことはできるはずですね。
福井:一番のポイントは「電通の本業で社会貢献する」と最初に決めたところなんじゃないでしょうか。
白土:「社会貢献、それなら木を植えよう」みたいな気分がその時代にはありましたけど、意識の高い企業は「自分たちにしかできない社会貢献とは何だろう」と考えていました。最初に「本業で貢献する」「コミュニケーションのやり方をNPOに伝える」というところに軸足が置けたのは大きかったですね。
何より自分たちのスキルがクライアントのためだけじゃなくて、世の中のことに役に立つということが分かった。これは大きいと思います。
最近気になるのはプレゼンテーションがうますぎる人がいるんです。パワーポイントをフル活用できて、冗舌に語る。でも、そういう人が「伝えるコツ」を持っているかどうかは別で、そういう人ほど志を語らないし、想いが伝わってこない。そういうところも含めて、「伝えるコツ」はこれからも大切になっていくと思います。
福井:本業で貢献してきたからこそ、社内のどんなセクションの人間も自分の力を提供できる仕組みになったわけですね。
会社の人生にはいつか終わりがありますが、NPOに参加している自分には「定年」がないですよね。社会が直面している課題に一市民としてきちんと向き合うためにも、こうした活動に貢献していくことを考えていきたいと思います。
「伝えるコツ」にはこの座談会に登場した人以外にも、たくさんの人が関わっています。今までに関わった電通講師陣(元電通人含む)の方々に、自分なりの「伝えるコツ」を聞きました。
■石田茂富 第2CRプランニング局長
コツ:伝える前に、友達に見せてみる。伝えた後に、相手に聞いてみる。
■伊藤公一 第3CRプランニング局 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
コツ:不特定多数の誰かではなく、具体的な誰かを設定して言葉にしてみること。
■岡本達也 中部支社顧客ビジネス局統括・戦略クリエーティブ・ディレクター
コツ:子どもと話すときのように相手を思い「心の視線の高さを合わせる」。
■尾崎敬久 中部支社顧客ビジネス局 クリエーティブ・ディレクター 、コピーライター
コツ:伝えることで満足しないで、伝わることにこだわるのが伝えるコツ。
■小澤裕介 第3CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター
コツ:聞いてるフリしてほとんど聞き流してる、ふだんの自分をまず想像して。
■後藤彰久 第3CRプランニング局 統括・部長 クリエーティブ・ディレクター
コツ:人は、自分の話を聞いていない、という前提に立つこと。
■白土謙二 思考家、元電通執行役員
コツ:自分が、どうしても伝えたいと思える「内容」を、考え出すこと。
■杉谷有二 第5CRプランニング局 戦略クリエーティブ・ディレクター
コツ:結局は相手への気遣いと思いやりかと。人間関係の基本ですね。
■薄景子 第4CRプランニング局 コピーライター
コツ:受け手の気持ちに合わせて伝えること。難しい言葉を使わないこと。
■鈴木契 関西支社マーケティング・クリエーティブセンター コピーライター
コツ:世の中の「知らんがな!」にちゃんと共感するところから始める。
■鈴木武人 第4CRプランニング局 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
コツ:伝わらないのはなぜか?に、どこまで無私に向き合えるか。
■鶴保正明 鶴保正明ブランド広告事務所 クリエーティブ・ディレクター
コツ:相手がいる。自分本位のコミュニケーションにならないことです。
■友原琢也 バッテリー代表 クリエーティブ・ディレクター
コツ:相手の気持ちを思いやること。想像力。
■西橋佐知子 第5CRプランニング局 グループ・クリエーティブ・ディレクター
コツ:それ意味分かる? 読んでトクする? それは受け手を思う、想像力。
■福井秀明 CDC クリエーティブ・ディレクター
コツ:自分が言いたいことではなく、相手が知りたいことを言う。
■藤本宗将 CDC コピーライター
コツ:伝えたい相手の顔を、具体的に思い浮かべてみる。
■松井薫 関西支社プロモーション・デザイン局 専任局長
コツ:自分たちのことを、知ってもらうって、かなりうれしい。
だから、知ってもらうことに、ちゃんと取り組んで、うまくなろう。
■横尾嘉信 横尾嘉信事務所 クリエーティブ・ディレクター
コツ:まず、相手の話を聞いてみる。