一緒に考えよう。ライフ・ユニットNo.3
シングルはなぜ増える!? 変化した家族のリスク(前編)
2016/07/28
生涯未婚率が年々上昇し続ける、現代の日本。2040年には年間20万人以上のシングルが孤立死するともいわれています。もはや、これまでの概念や価値観ではくくれなくなっている家族・世帯のあり方。
電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)では、これからの多様な家族のカタチを「ライフ・ユニット」と名付け、有識者へのインタビューを通し、家族・世帯の変化に向き合います。
2回目のインタビューには“パラサイト・シングル”の名付け親として知られ、『「婚活」時代』(白河 桃子氏共著)や『「家族」難民:生涯未婚率25%社会の衝撃』などの著書を上梓して話題となった、山田昌弘教授にお話を伺いました。1990年代より未婚化に警鐘を鳴らし続ける山田氏の見識から、現代の家族が内包するリスク、シングル化が進むことで表れる社会の変化を語ってもらいました。
戦前の家制度には、シングルの居場所があった
古平:日本では、1人世帯と2人世帯が増加している状況ですが、未だに「夫婦と子ども2人の4人世帯」という家族像に捕らわれているように感じています。私たちDDLでは、社会が変化する中で、生まれつつある新しい家族や世帯のカタチに目を向け、これからの家族や世帯はどうなってゆくべきかをメディアや企業と一緒に考えていきたいと思っています。今回は、日本が抱えるシングル化という視点でお話を聞かせてください。
山田:私は早い段階から未婚化に関心を抱いて国内外で調査を繰り返し、その危機を訴えてきました。しかし、20年近く社会や経済のシステム、人々の意識はほとんど変わっておらず、シングル人口は増え続けています。
古平:いつ頃からこんなにもシングルが増えたのでしょうか? 昔も独身者は存在していたと思うのですが。
山田:私は一人暮らしという意味でのシングルが増え始めたのは戦後だと考えていますが、もちろん戦前にも独身者は存在していました。結婚しなかった人、離別した人。例えば江戸時代の東北地方の離婚率はほぼ1/2だったそうですよ。結婚しても約半分の夫婦が別れる、まるで離婚大国です。
別れた人は実家に戻り、未婚の人は実家に住み続けた。それが成立していたのは、戦前の家制度がそれぞれの家業のもとに成立していたからなんです。実家で独身の面倒を見られない場合は、宗教施設であるお寺が引き取るといったように、戦前の社会にはシングルの居場所があったんです。
家業を基盤とした家というものが確固として存在し、そこを個人が出入りしていたのが戦前までの家制度といえるでしょう。
古平:シングルではあれど、ひとりではないカタチがあったんですね。
山田:そうです。戦後、誰もが結婚して離婚しないことが当たり前になり、社会からシングルの居場所が失われました。すべての人が結婚して新たに自分達の家族を作り、維持してゆくのが求められる社会になったんです。
古平:それも、自分自身の力をもって。
山田:そう。戦後は、成人したら実家を出て結婚をし、子どもをもうけてマイホームを買うというライフスタイルが普及しましたよね。そして、最期を子どもに看取ってもらうまで、自力で賄わなくてはならなくなりました。戦後のあらゆる社会システムは、すべての人が結婚できて子どもがいることを前提として作られています。戦後しばらくの間、ほとんどの人が結婚し、離婚しても多くの人が再婚していた時代において、シングルは例外的な存在だったんです。
依存をよしとするアジアの風土が、シングル化に拍車をかけている!?
古平:例外だったシングルが、なぜここまで増えることになったのでしょう?
山田:原因のひとつに、日本は自立に重きを置かない、ということが挙げられます。日本やほとんどのアジアの国では、依存は恥ではないと捉えられているんです。依存するならむしろ、いい依存先を見つけた方が賢明だと。
古平:興味深いお話です。もう少し具体的に教えて頂けますか?
山田:例えば女性への調査で「結婚相手に望む年収」という項目のアンケートがよくありますよね。そのことをイギリスで発表したら、「結婚は愛情をもってするべきで、相手の収入を気にするなんておかしいだろう。本当に日本ではこんな失礼な質問を女性にするのか?」と驚かれました。
そりゃあイギリスの女性だって、好きになった相手が高収入であった方が内心は嬉しいのかもしれない。ただ、口には出さないんでしょう。
古平:それは、欧米の女性にとってのプライドなんですね。日本人女性の間では、結婚の話題で相手の職業や収入の話題になりがちですが。
山田:欧米では、何かに依存するのは恥ずかしいことだという価値観が根付いている。お金があるから結婚するとか、ないからできないとか言うのは、愛情に対する冒瀆だと考えるんですね。
アジアで女性が結婚を考える時にまず見がちなのは、相手の収入や親の資産など。日本の男性は、妻に「働いてくれ」となかなか言えないんですよ。
古平:それは、夫が家族を養うべきだという固定概念が根深いからでしょうか。
山田:固定概念とプライドは裏表一体ですから。妻ひとり養えないような男性は、男性として失格だという観念が日本にはある。戦後日本の男性のプライドは、女性を養ったり、可愛がったりすることで保たれてきたんです。
日本やアジアでこんなにもメイドカフェが面白いと流行り、欧米の一部では冷ややかに見られている理由は、そこですよ。
古平:とても腑に落ちました。
山田:独身男性へのアンケート結果を見ると「結婚しないのは、女性を養う自信がないから」という回答が多い。一方女性は、若い人ほど「男が働いて、女は家を守るべき」と口にしますよ。
古平:専業主婦願望の若年女性も多いと言われていますよね。最近は、女性の更なる活躍推進が謳われ、女性が働くことの重要性も高まっていますが、女性の「自立」マインドがもっと高まれば、男性にとって結婚のハードルは下がるのかもしれませんね。
家族が抱えるリスクは、すでに変化している
古平:先生は著書の中で「家族の定義を緩め、多様な家族のあり方を社会として認めてゆくことが大事」と書かれていますが、どうすれば旧来型の概念を打ち破れると思われますか。
山田:まず変えなくてはいけないのは、家族内ですべてを処理しろという考え方です。例えば子が自己破産をすると、借金の返済義務は保証人である親にいく。どこまでいっても家族にお金のツケが回ってゆく制度なんです。アメリカの場合、子どもが破産しても親がその借金を払うことはありません。借金は個人のものです。
借金もそう、介護もそう。ひとりが破綻したら家族も道連れになる仕組みでは、それは、結婚するのが怖くなりますよ。
古平:最近問題になっている、学生ローンの件にも近いものを感じます。
山田:調査をしていると色々な話が集まってきます。ある女性は、夫婦喧嘩になる度に旦那から「お前の学生ローンを誰が払っているんだ」と言われて何も返せなくなるという話。また、これは最近私が新聞に発表してとても反響があったのですが、学生が母親から「学生ローンを使っている人と付き合っちゃダメよ」と言われたというのです。お互いに学生ローンの返済をしているので、目処が立つまで結婚できないというカップルの話もありました。ここ10年間、親世代の収入が下がったこともあり、およそ2人に1人が学生ローンを利用するようになっています。結婚した途端に、家計から2人分あわせて月々最高5万円ほどマイナスが生じてしまう。
古平:それだと、付き合っていても、次の結婚というステージに進むハードルが高いですよね。
山田:戦後に作り上げられた、結婚していることが前提のあらゆる制度が足かせになっていますよ。法律しかり、経済しかり。
結婚したら女性は安定した夫の収入で生活し、夫が亡くなったり、重い病気にかかったりすること以外は心配する必要がなかったんです。今はどうです? 離婚率は約35%。3組に1組の夫婦が別れる時代です。
古平:家族が抱えるリスクが変わってきているんですね。
山田:もし離婚をすることになったら、最大の争点はマイホームの行方。固定資産の問題で揉める人はたくさんいます。日本人は家族のために建てたら死守するという一大決心で買うから、いざ別れるとなったら大変。自分仕様にこだわって建てているので、売りづらい。
古平:海外では違うのでしょうか?
山田:ヨーロッパでは離婚や同棲が多いけれど家を処分するのにあまりコストがかからず、そこまで損をすることはありません。住宅市場の中に、住み替え市場が確立されていますよ。日本の住宅制度は硬直的で、持ち家に偏っていると思いませんか。
古平:日本の社会は、シングルに対応していないということでしょうか。
山田:というより、「家族がリスク化している」ことに対応していない。いつ結婚するか分からない、いつ別れるか分からないということに対応していないんです。そもそも結婚しない人が増えているのが現実。私は住宅メーカーに依頼されて講演をすることもありますが、その点を強調して話します。だから、今までのやり方で家は売れませんよ、と。
保険会社で講演する時も同じです。これまで多くの保険商品は、夫が大黒柱で、妻が専業主婦かパートの家庭を対象としていました。夫が現役中に亡くなる確率は1%もないから、安い保険料で高額の補償が得られたんです。
しかし今は、夫が現役中に亡くなる確率より、離婚する確率の方が断然高い。
離婚保険を作るとはいっても、1/3が離婚するのでは、そんな保険は成り立ちません。さらに、離婚の最大の理由は、夫のリストラや収入の低下です。保険の適用に、夫の収入が減った時の補償は今までありませんでした。
古平:保険としては成り立たないようですね。リスクが変化すると消費者が欲しいサービスも変わってきますが、企業はこのような変化をどう感じていると思われますか?
山田:私を呼ぶということは、従来通りではだめだということに気付いているんでしょうね。とはいえ、旧来型の家族形態はまだまだ多数派ですし、シングルというカタチもそうですが、新しいカタチの家族や世帯への対応に、どう取り組んでよいのか模索している企業が多いのではないでしょうか。
古平:従来とは違う価値観やリスクを受け入れるのは勇気がいるかもしれませんが、目を向けてみると、今までとは違う新しい商品やサービスの芽が見えてくる気もしますね。
後編につづく