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ダリ能誕生秘話〜今に生きる伝統芸能「能」の可能性

2016/10/27

ダリ能

能は、650年以上も途絶えることなく現存する世界最古の演劇であり、深い表現手法への国際評価が極めて高い舞台芸術です。その価値ある能を日本人が現代社会で“活用”するには、能の本質的な価値を捉え、現代に生かす取り組みが必要ではないか。その実践を目指して発足したのが「テク能プロジェクト」であり、今回の「ダリ能」を生み出すきっかけです。

 

ダリ能の誕生

テク能プロジェクトの発足に当たっては、能楽師の清水寛二氏と私(電通・村上史郎)で能の現代的演出や新作能の制作の可能性についての対話をしました。その中で「夢幻能」の形式(霊的な存在が主人公となり、自らの「執心」を語り、舞を舞う)は、現代に生かせる可能性が多くあるという考えに至りました。

室町時代の世阿弥は平家物語や伊勢物語を題材にした夢幻能を多くつくりました。ならばこの現代では近現代の著名人を題材にした新作夢幻能をつくろうと考えたのです。

幸いにも「ダリ展」の開会式という場で新作能を演じる機会を得ましたので、20世紀最大の奇才、サルバドール・ダリを夢幻能で現代によみがえらせることがテク能プロジェクト第1弾の上演企画となりました。

新作能は詞章(能の歌詞)の作成から制作が始まります。多くの夢幻能ではある人物が何かしらの「執心」を持って現れるので、まずは「ダリの執心」を考えるためにダリの著書や研究書を読みました。

戦前、シュルレアリスムのスターとして名声を得ていたダリは、1945年8月の原爆投下のニュースに衝撃を受けます。そして量子力学との出合いにより、それまでのフロイト的内面世界から、最先端科学への関心を深めていきます。50年代からは原子核を象徴するモチーフが多く登場し、最晩年にはトポロジーやカタストロフィー理論など高度な数学理論を着想源とする作品を描いていました。

ダリの作品
〈サルバドール・ダリの原子力時代を境にした作品の変化〉
左:シュルレアリスム時代を特徴づけるモチーフが描かれている《奇妙なものたち》 1935年ごろ
中:日本に原爆が投下されたことの衝撃から制作された《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》 1945年
右:原子力をはじめとする先端科学への関心に基づく《ラファエロの聖母の最高速度》 1954年ごろ
ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres (左) / 国立ソフィア王妃芸術センター蔵Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid (中、右)© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan,2016.
※ダリ展は東京・国立新美術館で2016年12月12日(月)まで開催中 公式サイト

そんなダリの執心は現代社会に生きていないこと。2012年のヒッグス粒子、2016年の重力波の発見。そうした宇宙の神秘が科学の進歩で次々と明らかになる現代を天国でうらやましく見ている。いや、ダリのことだから、すでに天国でそうした最先端科学の作品をつくっているかもしれない。そして妻ガラと共に永遠の存在となっている。そう考えることから以下のダリ能の詞章が完成しました。

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《ダリ能 詞章》

やあ我こそはサルバドール・ダリ
なにとダリ展なる催し

執り行わるるとかや
急ぎ黄泉の国より舞い戻らん

完璧を
恐るることは愚かなり
完璧すなわち神のことわり
至るにあたわず何人も
神の素粒子ヒッグスを
見たと思えばすぐさまに
重力波の波間より
現れ出でし影向や
我見ても美しきかな科学の進歩
ダリはダリでも黄泉のダリ
黄泉の国にて絵を描けば
神代の絵とはこれやらん

のう我が愛しのガラ
いざや共に永遠に
幸福もたらす女神ガラ
ともに再び舞い降りて
ダリ展成功祈り給えば
千客万来めでたけれ
千客万来めでたけれ

(作成:村上史郎 監修・節付:清水寛二)
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詞章作成に当たっては、ダリの名言「Have no fear of perfection - you'll never reach it.」や、おめでたい能として有名な「高砂」の詞章より一部を引用しています。

伝統に学び、テクノロジーを結集

室町時代には比較的簡素な芸能であった能も、安土桃山時代、そして江戸時代と時代の流れに従って、装束などは当時の最先端の技術を取り入れて、また演技も細部にわたって洗練されていきました。現代でこそ「守っていくもの」というイメージが強い能ですが、実はそれぞれの時代のクリエーティビティーが積み重なって成立していったと想像できます。

ダリ能も当時の創造的熱量を再現するために、その演出には現代のテクノロジーを結集して制作されました。能面の製造に大槇精機、空間の映像演出にライゾマティクスアーキテクチャーという現代最高峰の技術力とクリエーティビティーを持つ方々にご協力を頂いています。

木製の能面
木製の能面から
金属製の能面
金属製の能面へ

新作ダリ能面のデザインに当たっては、見る者に複雑な感情を引き起こす伝統的能面の造形から多くを学びました。男の面、神霊の面、鬼の面などさまざまな面を参考にしながら、ダリという人物を象徴する面のデザインが生まれています。そしてそのデザインは大槇精機のエンジニアたちの驚異的な技術力で能面として「削り出され」、新たな能面としての容貌を表しました。

能舞台での鏡板(松)の空間から
能舞台での鏡板(松)の空間から
近代建築での映像空間へ
近代建築での映像空間へ

能楽堂の静ひつな空間から一転、国立新美術館の広い吹き抜け空間での上演。能楽堂の「橋掛り」は異界を結ぶ橋という構造を持っていますが、今回はこれを応用し、2階からエレベーターで能楽師が登場=降臨するという演出を取り入れています。また大型LEDディスプレーに映し出される異次元的な映像が空間を目まぐるしく変容させることで、伝統的な能とは異なる圧倒的な情報量を持つ、見る者にインパクトを与える舞台となりました。

※制作秘話はメーキングビデオで詳しくご覧いただけます。

伝統芸能と共創する「秘する」現代の技術

「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。この分け目を知ること、肝要の花なり」。「風姿花伝」の名文です。世阿弥はこの章で芸における秘事を大切にするように説いていますが、ダリ能では現代社会ならではの「秘事」が生み出す「珍しき花」を目の当たりにしました。

その「秘事」とは大槇精機、ライゾマティクスアーキテクチャーの持つ、奥深く世界的評価の高い技術です。今回その技術の一端を提供いただき、能の世界に異業種を掛け合わせることで「人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり」となりました。

改めて能をはじめとした伝統芸能と現代の技術との共創の可能性は無限であると感じています。どのような伝統文化であれ、その本質的価値を見極め、伝統の核さえ守ることができれば、そこには共創の道を見いだすことができるでしょう。この実践は大変に難しいことではありますが、世界に誇る日本文化の未来のために、微力ながらその挑戦を続けていこうと思います。

(以上電通・村上史郎)

ダリ能を終えて

皆さん、ダリ能の映像を見ていただいて、いかがでしたでしょうか? テク能の革新的なパフォーマンスにあまり違和感を感じなかったのではないでしょうか。これは、若き日の伝統的な作風から、出発したダリ自身が常に革新を続けていた人であるからです。

今回のダリ能は、さまざまなメディアに取り上げていただき、またスペイン本国のダリ財団をはじめとする海外の来賓の方々からお褒めの言葉を頂戴しました。詞章に「千客万来めでたけれ」とありますが、ダリ能はダリ展の成功を祈るものでもり、開幕式直後の週末は約40分待ちの行列ができるほどの大盛況だったと聞いています。

今回のプロジェクトの立ち上げを通じて、「能×テクノロジー」の可能性を感じざるを得ないですが、今後は、さまざまなクリエーターや団体の方とコラボレーションしながら日本文化の発信の中心的なプロジェクトにしていきたいと思っています。

「初心忘るべからず」は能を体系化した世阿弥の言葉ですが、彼はさらにこう言っています。「人生にはたくさんの初心がある」。われわれもたくさんの初心を忘れずに、プロジェクトの多角的な発展に努力していく所存です。

(電通・米山敬太)