WMS2016 特別インタビューNo.1
マーケティングの目指す道
― 企業利益から世界の革新へ
2016/11/09
2014年から3年連続で東京で開催されてきた、マーケティング国際会議「ワールドマーケティングサミット」(WMS)。10月11、12日に行われた「WMSジャパン2016」をもって、ひとまず東京での開催は終了した。その締めくくりとして、同会議を主宰する米ノースウエスタン大ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー教授に、今日のマーケティングに求められる視点や2020年に向けた日本の課題などについて、電通マーケティングソリューション局局長で電通コンサルティング社長の広瀬哲治氏が聞いた。
変化の時代に、マーケティングが社会発展の原動力となる
広瀬:今回WMSのために来日されましたが、日本最大のマーケティングイベントとなったこのカンファレンスが3年続けて東京で開催された経緯などをお聞かせいただけますか。
コトラー:WMSは、「マーケティングで世界をより良く」をスローガンに、世界各国からのマーケティングの第一人者、ビジネスリーダー、学者が集い、さまざまな角度から変化の激しい今の時代に必要なマーケティングの視点を学び、議論する国際会議です。2014年に東京で開催したところ、それが大変好評だったこともあり、テーマ、ゲストを変えて3年連続で開催することとなりました。東京での最終年となる今回のテーマは「成熟市場で成功するマーケティング」。今後のマーケティングやイノベーションについて、日本の皆さんにも多くの示唆を与える内容であったと思います。
広瀬:今回の講演でコトラー教授が、マーケティングとは社会や経済の発展をけん引するもの、と繰り返しおっしゃっていたのが印象的でした。
コトラー:単純に利益を追求するのではなく、より良い社会や経済の発展に貢献する、そのようなマーケティング視点が企業経営に求められているのです。日本では、まだまだマーケティングは、会社のひとつの機能にすぎないと思われているのではないでしょうか。例えば日本でもCMOという肩書の人が増えていますが、これらの人が普段、どのような人と仕事をしているかが問題です。私に言わせると、少なくとも半分の時間は、マーケティング関連部署以外の人、例えば財務、経営企画など、他部門の人との意見交換、戦略策定に使ってほしいと考えています。そして企業の重要な意思決定に関わってほしいのです。
広瀬:マーケティングも、ビジネスを取り巻く環境そのものも、大きく変わってきました。
コトラー:そうです。変化の激しい時代だからこそ、マーケティング視点が重要なのです。日本を取り巻く環境で見れば、少子高齢化にどう立ち向かうかという大きな問題が存在しています。女性が活躍する機会の拡大、外国人労働者の受け入れ、シニア層の活用など、さまざまな方策が考えられますが、実現のためには、全体の中で戦略的な判断をしたり、周辺環境を整えたりして、いくつもの課題をクリアしていく必要があります。何をすれば一番多くの人が恩恵を受けられるか、経済が発展するか、ということをマーケティングの視点から考えることが大切です。
またデジタル化により、全てが可視化され、コンタクトポイントも増えている分、マーケティング効果の測定や戦略的な判断も複雑化しています。古典的なマーケティングがベースにあった上で、この新しい時代のマーケティングと融合させることが重要です。新しい時代のマーケティングについては、この12月に刊行予定の新書、「Marketing 4.0」(邦題未定)の中でも触れています。デジタル時代のカスタマージャーニー、その測定指標について、顧客とのエンゲージメントのあり方など、最新のテーマについて、私なりにまとめています。
広瀬:製品主導だったマーケティング1.0、消費者志向のマーケティング2.0から、価値志向のマーケティング3.0、さらには自己実現欲求に応えるマーケティング4.0にシフトしていくことは、日本のような成熟市場では特に重要ですね。新刊の刊行を心待ちにしています。
マーケティングを「日本発イノベーション」の突破口に
広瀬:高次のマーケティングを実践していく上で、日本企業に求められることは何なのでしょうか。最近の日本企業は「カイゼン」に長けていても、イノベーションの創出力が弱くなったという声もあるようです。
コトラー:そんなことはありません。日本に材料はそろっています。あとは人々が気付いてすらいないような課題を見いだし、「無意識のニーズ」に応えていくことが重要です。感じのいいスマイルばかりではなく、新しい価値提案や課題解決をするマーケティングが強くなれば、経済は強くなり、世界を変えるイノベーションはまだまだ日本から生まれるはずです。
広瀬:なるほど。まさにマーケティングは世界を変える、ですね。2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開かれますが、日本の企業やそのマーケティングにとって、どのような機会になると思われますか。
コトラー:いうまでもなくオリンピックは、日本がいかに素晴らしい、魅力に満ちあふれた国であるかを、改めて世界に示す絶好の機会となるでしょう。日本企業は、直接的な売り上げ効果といった短期的な視点だけではなく、日本を世界にアピールする壮大な舞台だと捉えて、最先端テクノロジーはもちろん、それぞれの強みを生かしてどのように社会に貢献できるか、貢献しているかを見せることが重要です。どのような国なのか、どういった企業なのか、それをどう世界に認識してもらいたいか、といった視点でこのチャンスを捉え直してみることです。
品質面での定評は既にあるのですから、日本のサービスやデザインの素晴らしさを、オリンピックをきっかけに来日する人、日本に興味を持つ人にもっと伝えていくべきです。私はいつも来日する度に、この国のレストランやショップの顧客に対する心遣いの細やかさや、目に触れるもの全てが美しいデザインのセンスとそのクリエーティビティーに感嘆しています。ソフト面、文化面の情報発信や広報に意味があるのだと思います。
広瀬:先日のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式における東京へのフラッグハンドオーバーセレモニーは、まさに日本のカルチャーやコンテンツの素晴らしさを発信する内容で、世界中で話題となりました。
2020年に向け、私たちもマーケティングのチカラを信じて、より良い世界の創造に少しでも貢献したいと考えています。本日はありがとうございました。