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WMS2016 特別インタビューNo.2

世界最先端の経営学が指し示すイノベーションのこれから

2016/12/02

2014年から3年連続で東京で開催されてきた、マーケティング国際会議「ワールドマーケティングサミット」(WMS)。10月11、12日に行われた「WMSジャパン2016」をもって、ひとまず東京での開催は終了した。WMSのインタラクティブセッション「キャリアとマーケティング」に登壇した早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授に、イノベーションの実現に必要な視点や手法について、電通マーケティングソリューション局局長で電通コンサルティング社長の広瀬哲治氏が聞いた。

「知と知の組み合わせ」がイノベーションを生む

 

広瀬:先進国の成熟市場において、多くの企業が変革を迫られたり、イノベーションを模索したりしています。そうしたなか、「知と知の組み合わせ」がイノベーションを生むという先生のお話、大変興味深く伺いました。

入山:既存の知と知を組み合わせることによって、新しい知やアイデアが生み出されるというのが、イノベーションが生まれる根本原理です。知と知の新しい組み合わせを見いだすため、多くの企業が組織のダイバーシティーを高めようとしています。また、一人の人間がさまざまな専門性を持つ「イントラパーソナル・ダイバーシティー」も重要になっています。

これから必要とされるのは、T型人材ではなく「H型人材」だと思います。これまでは、一つ深い専門性があって、同時に幅広い知識を持っているT型人材が重要だと言われていました。しかし、これから必要となるのは、一方にひとつの専門性があって、他方に別の専門性を持ち、その間をつなぐことのできるH型です。二つの分野の連結点で、知と知の組み合わせが起きて、結果的に新しいこと、イノベーションが起きるのです。

企業の採用の仕方や、育成方式も変わってきます。ベンチャーは既にその流れになっていますが、一括で似たような人を採って、会社が似たようなことを教えていくという時代は終わるでしょう。30歳とか40歳でも、別の仕事で一本軸をつくって入社する人が増えると思います。

また、人と人のインタラクションがもっと重要になると思います。実際シリコンバレーには、いまだに狭いところに人が集積している。なぜかというと、人が直接の交流を求めているからです。面白いのは、ほとんどの会社がインターネットの会社なのです。世界中に情報を発信している会社なのに、ヘッドクオーターはとても狭いシリコンバレーにある。その理由は経営理論的には非常に明確で、ネット上とかデジタル上に出てくる情報は誰でも手に入るのでビジネスにおいて価値がない。本当に決め手になるのは、人と人がフェース・トゥ・フェースで会うことで得られるインフォーマルな情報や、その空気感なのです。

入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール 准教授)
入山章栄氏
 

「ストーリーテリング」で社員を動かす

 

広瀬:大企業では組織全体のコンセンサスを取りながら意思決定をすることが多いと思いますが、イノベーションを実現するため、こうした部分も変わってくるのでしょうか。

入山:これからは意思決定の在り方も変わってきます。いろいろな人が会社に入ってくるので、意見が割れることは当たり前になります。むしろ意見が割れないとイノベーションは出てこない。その際、大切なのは、組織のビジョンやミッションが明確になっていることです。意見が割れても、ビジョンやミッションに合致した結論であれば、「今回投票して俺たち負けたけど、結局、俺たちの会社ってこういう会社で、やりたい方向はこうなんだから、これ自体、ミッションにかなっているし、決まったんだから一緒にやろうぜ」というふうになっていくはずです。

うちの会社はそもそも何か、何のために存在していて、どのように社会に貢献してお金をいただくか、という点についての認識が一致することが決定的に重要で、欧米のグローバルカンパニーで長い間成功している会社は、それを仕組み化しています。デュポンには「100年委員会」というのがあって、100年先の未来がどうなるかということを、毎年ローリングしながら幹部が真剣に考えています。メガトレンドと言うのですが、メガトレンドを考えるというのは、世界のビッグカンパニーでは常識です。超一流の専門家を呼んで、「100年先はこうなるから、それに対してうちの会社はこうやって100年後貢献していこう」ということを考えて、100年先から現在まで振り返っていきます。それでようやく目先3年ぐらいの中期計画をつくる。僕は、それを「振り返りの中計」と呼んでいます。

トップの役割は、うちの会社はそもそも何か、どうやって100年後の社会に貢献していくのかを、社内に浸透させることです。だから、GEのイメルトCEOは、仕事のうちの3分の1は、幹部に対してGEのあり方を説くことをやっているわけです。

広瀬:100年先の未来を妥当性を持って予測し、そこから振り返る形で中計を作るという考え方は理解できますが、現状との距離が遠すぎて、現場が自分ゴト化しづらいような抽象度の高い中計になってしまう危険性はありませんか。

広瀬哲治氏(電通)
広瀬哲治氏
 

入山:ありますね。そこで重要なのが「ストーリーテリング」です。今の時代、3年先だってよくわからないわけで、100年先が本当にそうなるかはわからない。とりあえず、こうなるに違いないと言い切る。ただ言い切るだけだとただの困った人なので、そこに魅力のあるストーリー、本当かもしれないという、わくわくするようなストーリーをつくっていくことで、社員が納得し、自分ゴト化する。経営者は、いいストーリーテラーであるべきです。

広瀬:私たちも、企業のブランドビジョンを規定し、それをスローガンのような言葉に集約したり、VIのようなデザインで表現したりといった仕事を数多く行っています。これも、ストーリーテリングの有効なツールだとおもいます。ただし、この未来に向けてとか、間違ったことを言いたくないとか、議論しているうちに、どの会社でも言えるような茫漠とした言葉が残ってしまうこともあります。

入山:ポイントは、そもそもうちの会社というのは何の会社なんだっけという、言葉で言うと「軸」なのかもしれないし、どういう会社で、何に強みがあって、どうやって社会に貢献していくんだっけというところが、定まっていることです。

面白いのは、ハーバードビジネススクールです。もともとのビジョンは、「ノーイング」(Knowing)だった。ビジネスの知識を学ぶことだと。そういうものが世の中にはそもそもなかったからです。途中から「ドゥーイング」(Doing)になった。要するに、頭でっかちで、知っているだけではダメで、実践しなければいけないということだと。その後リーマンショックで、ウォールストリートに拝金主義者を出したという反省もあるようで、今、新しい教育方針は、「ビーイング」(Being)なんです。

ハーバードのMBAに来るエリートの人たちに、「あなたは何だっけ?」と問いかけている。あなたの人生は何で、あなたは何に価値を感じていて、どうやって生きていくのか?ということを、2年間で考えさせるプログラムを提供しています。2年のうち1回は、エマージングマーケット、新興国に行って、社会貢献をしたり、ビジネスプランを作ったりさせています。そういうことで人生を考えさせているのです。

広瀬:今回のワールドマーケティングサミットでコトラー教授も「マーケティング4.0」を提唱し、マズローの欲求ピラミッドの最上位に位置する自己実現欲求に答えるのが、これからのマーケティングの役割だとおっしゃっていたのですが、方向性は近いですね。

入山:ドンピシャだと思います。人間はだんだん豊かになってきて、物欲は満たされつつあります。承認欲求もフェイスブックとかSNSでだんだん満たされてきているので、自己実現が大切なのです。この流れは、先進国から強くなってきていると思います。