中国越境ECのリアル~13億人の巨大市場を狙え
2016/11/21
中国でEコマース(EC)市場の躍進が止まらない。「独身の日」とされる11月11日。恒例の大型セールイベントで中国最大手のアリババは、24時間の総取引額が178億ドルと昨年を大きく上回り最高記録を更新した。年率20%以上の成長を続ける中国ECの背景には、経済社会の発展があり、このトレンドは当面継続するとみられている。
一方で、テクノロジーや物流体制の進化は、ECをクロスボーダー化させた。いわゆる越境ECだ。日本のメーカーや小売業にとっては、越境ECを活用して海外の顧客を獲得できる。そこでも、中国の購買力は圧倒的だ。
電通イージス・ネットワーク(DAN) 中国のCEO 山岸紀寛氏と、ECに明るい電通プロモーション・デザイン局神野潤一氏が、中国EC市場の現状と越境ECのこれからを語った。
BtoCの発展に見る質的進化
山岸:中国に赴任して3年半になりますが、EC市場の拡大は止まらない、という印象を受けています。
神野:GDPの伸びは鈍化しているといわれていますが、中国ECの年率成長率は非常に高い水準を維持しています。年率30%以上の成長を続けており、2015年にはBtoCとCtoC総額で65.6兆円に到達。BtoCだけでも38.8兆円と日本の約3倍です。6.8億人といわれるインターネット人口を背景としたもので、この動きはまだまだ続きそうですね。6.8億人といっても、普及率はやっと半数を超えたというレベルなのでまだまだ成長の余地がありそうです。
山岸:全体的なネット人口の拡大に加え、アリババやJD.comというEC大手が内陸部にもサービス領域を拡大していることが、市場成長に拍車を掛けています。
神野:中国は世界最大のEC大国で、その規模や成長性に目を奪われがちですが、質的にも進化を遂げていますね。その一つに、以前は主流であったCtoC市場の規模をBtoC市場の規模が上回ったことがあると思います。
山岸:ご指摘の通り質的な進化が目覚ましい。BtoCの発展は、実は中国人ユーザーは価格を求めるだけではなく「安心・安全」を求めているということの表れだと思います。何でも買える状況になってきている今、質の高い取引が求められている。
神野:質の高い取引とは?
山岸:CtoCが主流だったころは偽物の問題も多かった。あるいは、きちんと商品が届かないなど物流も未成熟だった。BtoCが主流になることで、信頼性の高い法人が売り手の中心となり、ビジネスの基盤も拡充し、取引に対する安心感が高まってくる。安心してお買い物ができる環境が整ってきています。
神野:生活におけるモバイルの活用もますます進化しているようですね。
山岸:Baidu、アリババ、テンセントの「BAT」と呼ばれる中国インターネット大手3グループは、モバイル上でチャット、予約、決済、ショッピングなど、さまざまなサービスを展開しています。タクシーの予約から仲間同士の食事代の割り勘まで、モバイルを使ってその場でできてしまう。WeChatやAlipayが生活のあらゆるものと連携している感覚です。
神野:生活のプラットフォームとしてモバイルの重要性が増してくると、必然的に「お買い物はECで」という方も増えてきますね。
ECサイトはブランディングやコミュニケーションの場
神野:ところで、中国の方は新しいものを取り入れることに積極的な印象があります。ECが発展する土壌の一つともいえると思いますが。
山岸:それは大いにあると思います。便利なものは何でも使ってみようという気質がある。開発する側も、確立されたテクノロジーでなくとも「まずはやってみよう」という気持ちがあるので技術の進化が目覚ましい。逆にいうと、顧客を引きつけるためには常に新しい技術や仕掛けを取り込んでいかないといけない。
神野:最近の動きではどのようなものがありますか?
山岸:例えば、ライブストリーミングECという手法が、少し前から広まっています。中国の若い世代は他国と比べてもモバイルでのビデオ視聴が盛んで、ライブストリーミングというコミュニケーション手法が流行しています。ライブストリーミングは、一般の方が日常を切り取った映像をライブで配信しながら視聴者とインタラクティブなやりとりをするというもの。これにECの要素を加えたのが「ライブストリーミングEC」です。テレビショッピングを思わせるところもありますが、特徴的なのがキーオピニオンリーダーと呼ばれる日本でいうパワーブロガーのような人たちが、実際に売り場を訪れて商品を購入している様子などをライブ配信したりする。その影響力がすさまじく、ワイワイ盛り上がりながら、短時間で億単位の売り上げにつながることもあります。
似たようなもので、ブランデッドイベントという手法もあります。こちらはタレントなどを活用して、タイアップコンテンツをライブストリーミングするもの。ライブでリアリティーがあるところが非常に受けがよく、ライブストリーミング市場の成長をけん引しています。私たちが今夏にアリババのプラットフォーム上で実施した菓子メーカー・オレオのブランデッドイベントでは、450万人の視聴者を記録しました。
神野:同様の手法は日本でも見られますが、浸透度にだいぶ差があるように感じます。テクノロジーという点ではトレンドはありますか?
山岸:やはり、VR(仮想現実)は大きく注目されていますね。VR市場は急拡大が予想されており、2015年には2000億円程度であった規模が、2020年には8兆円を超えるとの予想も出ています。具体的な成功事例はこれからですが、VRを活用した取り組みはこれからの1年、どんどん出てくると予想しています。
神野:ECというものが単なる売り場ではなく、ブランディング、あるいは、コミュニケーションの場として活用されていると感じます。日本でも同様の傾向はありますが、一歩先をいっていますね。
越境ECの拡大は止まらない
神野:中国でECは、もはや単なる売り場ではなく、ブランディングやコミュニケーションの場と化しているようです。そうなると、それを活用するメーカー企業側に「ECとは何なんだ?」という混乱が起きませんか? 例えば、売り場と捉えるか、それとも、メディアと捉えるかによって、担当部署や対応する予算が違うといったような。
山岸:まさにご指摘の通りの問題が起こっています。先ほどふれたように、あらゆることがモバイル上でできるようになってきていて、そしてそれらはもちろん連携している。サービスが連携・統合されていくということは、購入プロセスでいえば、認知獲得、理解促進、購入、決済の全てが一つに集約されることを意味します。
当然、クライアント内でも、ブランド担当部署と営業担当部署それぞれのバラバラな目線ではなく、今までの役割分担を超え全体感を持って戦略を立てることが求められています。両者を合わせた機能を持つEC部署が設けられるケースも出てきています。
そうしたクライアントニーズに応えるために、われわれも早急に体制整備を進めています。広告周りのことに特化するのではなく、戦略立案、店舗オペレーション、集客、CRMといった全てのプロセスに対応することが必須となってきているのです。
神野:日本でも同じことが起こっています。ECのメディア価値が高まるにつれ、クライアント内でもブランド担当部署と営業担当部署が一緒に動く機会が増えてきました。
山岸:中国ではEC広告がデジタル広告の30%を占めるほど市場としても大きくなっていて、この動きを裏付けている。見せる場としてもECのプラットフォームを活用することが当たり前になってきていて、昨年はアリババのEC広告収入が前年比で44%増加したという発表もありました。
神野:多様なサービスがモバイル上で融合される一方で、それを活用する企業側もそれぞれの立場でこれに対応しているということですね。拡大する市場に資本が集まるスピード感があって中国のダイナミズムを感じます。
高まる日本商品への人気
神野:このような環境下、越境ECも拡大を続けているようですね。
山岸:中国のユーザーから見れば、越境ECを活用するのは自然な流れだと思います。国外に行かずとも欲しい外国商品が手に入るのだから、活用しない理由がない。
中国では、2015年には越境ECがEC全体の売り上げの6%を占めたという統計もあります。今後も大きな伸びが予想されている。
神野:経済産業省の調査では、2015年に約8000億円程度であった日本から中国への越境EC販売額が2019年には約2兆3000億円にまで拡大すると予想されています。
また中国での統計によれば、海外EC利用人気国・地域別ランキングで、日本は米国に次いで2位にランクされています。日本の商品への人気が高いようですね。
山岸:冒頭にも話したように、中国のユーザーも目が肥えてきて、安心・安全な商品を求めるようになってきています。日本製品は高品質というイメージが定着しており、越境ECで人気があるのは必然だと思います。
神野:当社独自で行った調査では、中国のユーザーが越境ECに求めることは「商品の質」と「信頼感」、また、輸入品の取り扱いが豊富で中国国内で買うよりも安いからという理由で活用されています。活用の際は、しっかり情報収集もしているし、評価の高いサイトでの購入意向が高く出ています。
知らない商品よりは知っている商品を、より安心感のある売り場で購入しようという意識が見てとれますね。
山岸:先日も越境ECサイトを運営する企業のサイトオープン記念式典に招待されましたが、非常に盛況でした。
神野:日本企業にとっても大きなビジネスチャンスですね。
山岸:中国で人気のある日本製品というと、自動車や家電、AV機器を想像される方も多いと思いますが、最近では化粧品、食品や日用品の人気が高まっています。まさにECとも相性の良いカテゴリーで、日本の企業は越境ECをぜひとも活用すべきと思っています。
神野:話を聞いていると、日本にいるわれわれが考えているよりも、中国と日本というのは近いと感じます。
山岸:それは私も日々感じています。現実には国境があって、言語も通貨も違いますが、商圏という観点では、一つのエリアとして販売戦略を立ててもいいのではないかと感じることが多い。
越境ECは手軽にクロスボーダーの施策が打てるツールでもあるので、中国と日本を股に掛けた展開もやりやすいのではないでしょうか。
神野:たしかに、日本製品を好む巨大市場がすぐそばにあるわけですから「国外」というふうに一線を画して考える必要はないのかもしれませんね。
躍進する中国から世界市場への道を開く
神野:ところで、越境ECに関しては中国で本年4月に税制改正があり、その動向をめぐり一時期市場も混乱しました。ただ、税制改正の影響で増税となり多少価格が上がる商品があったとしても、大きな方向性として越境ECが成長を続けていくというのは間違いなさそうです。
当社の調査でも税制改正により価格に対する意識の高まりは確認されましたが、日本製品の購入意向はまだまだ根強いものがありました。
山岸:税制改正は、直送モデルによる課税回避や代理購入の排除を目的としてものだという話もありますが、いずれにせよ越境ECそのものを否定する話ではなく、むしろ今後も大きな成長が予想されているからこその体制整備と捉えています。
最後にもう一つ、中国EC企業のグローバル化について触れたいと思います。2014年に米・ニューヨーク市場への上場も果たしたアリババの影響力は中国国内にとどまらず、東南アジア、米国などでも存在感を増しています。中国で始まった独身の日も、グローバルトレンドになりつつある。アリババやJD.comと協働することは、彼らの進めるグローバル化の波に乗ることでもあるのです。決して、中国に閉ざされた戦略ではありません。
神野:日本の多くの企業にとって国際市場へ足がかりをつくることは重要テーマです。躍進する中国と上手く付き合うことが世界市場への道を開くことにつながる、そして、越境ECはその第一歩となり得るということですね。