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「日本型M&A」の真髄とは

2016/11/22

日本の企業において、事業承継や成長戦略の手段としてM&Aが盛んになっています。今回は、累計3000件以上のM&A支援実績を有する日本M&Aセンター執行役員の竹内直樹氏に、クライアントの経営支援・事業支援を推進している電通の奥谷智也氏が、「日本型M&Aの現状と未来」について聞きました。

 

日本でM&Aが始まったきっかけ。当時の問題意識とは

 

奥谷:今日は、日本でのM&Aの在り方や未来について語っていきたいと思います。日本M&Aセンターは1991年の創業以来、まさにその分野で実績を上げてきました。創業当時は、まだ日本でM&Aという考えが一般化する前だったかと思うのですが、どういった経緯でM&A事業で創業されたのでしょうか。

竹内:例えば売り上げも利益も出ていて、資産も潤沢なオーナー企業があったとします。その企業の社長が亡くなると、相続税が数億円単位で発生するんですね。流通していない未上場企業の株式を相続しても物納できないので、親族は、その大金を現金で用意しなければなりません。当時は仕方なく会社を清算して現金を作ることが多かったと聞いています。

ただ、会社を清算してしまうと、従業員は路頭に迷います。しかも、せっかく創業オーナーが育てて軌道に乗っている会社が、承継の問題だけでなくなってしまうのです。それを何とかできないかということで、弊社が創業されました。

奥谷:事業承継問題の解決策としてM&A事業が始まったんですね。そのような問題は、25年たった今も変わらないのでしょうか。

竹内:今の日本企業にとって「後継者の不在」は大きな問題で、全国の3分の2の企業は後継者がいないと言われています。現在、オーナー経営者の平均年齢は66歳ですから、2030年頃には80歳になってしまうんですね。高齢化の中で後継者がいないという現状は、確実に今後の課題となっていくはずです。

奥谷:3分の2はすごい数字ですよね。なぜそこまで後継者がいない状況になっているのでしょうか。

竹内:例えば、社長が高齢になって従業員に継がせる場合です。銀行は多くの場合、元のオーナー経営者の自宅を担保にしてお金を貸しています。そのため、従業員に継がせても、借入金を返済しない限り、元オーナーは銀行の保証を外せません。銀行は、新オーナーではなく、元オーナーを見続けることになります。決して良い形の事業承継とは言えないんですよね。

奥谷:それは健全ではないですね。やはり親族が継ぐしかないということでしょうか。

竹内:それが一番スムーズです。ただ、オーナーの息子や娘が別の企業に勤めているケースも少なくありません。さらには、遠方の地域に住んで家庭を持っていたり、今の仕事に満足度が高かったりして、環境を変えたくないことも多々あります。それでも親族に継がせるべきか。従業員や企業の成長を考えた場合、その状況で無理に親族に承継させるのは本質的な解決ではないですよね。3分の2という数字の背景には、こういったことがあります。

竹内氏
竹内氏
 

創業者や従業員の思い、それを引き継ぐのが「日本型」

奥谷:事業としては順調なのに、後継者がいない。そういった悩みを抱える企業に対して、M&Aを提案していくということですよね。これまでに3000件以上のM&Aを仲介しているとのことですが、御社が大切にしていることは何でしょうか。

竹内:「日本型M&A」の形を意識することです。M&Aといえば、買収金額や事業シナジーなどが交渉材料のメインというイメージですが、日本の中堅・中小企業の場合は、オーナーや従業員の思いをどうくんでマッチングするかが重要になります。

奥谷:具体的には、経済条件以外にどういった部分になるんですか。

竹内:M&Aで譲渡を検討される企業に対して、私たちはまずオーナーにインタビューをするのですが、財務や法務の面だけでなく、オーナーの家族構成やご家族がどう考えていらっしゃるのかを必ず聞きます。もちろん、従業員についても同じように。たとえば営業部長はどんな家族構成でどんな性格なのか。そこまで聞くようにしています。

自社の譲渡を決断するオーナーは、「自分の娘を嫁がせる以上の思い」だとよく言います。だからこそ、M&Aは成立すれば良いのではなく、その後のオーナー家や従業員の心まで見ていかなければならない。それが日本型M&Aだと思いますね。

奥谷:自分が大切に育てた会社を託すからこそ、法務や財務だけでなく、オーナーの意志や情熱をいかに引き継ぐか。そして、残る社員のモチベーションやその家族まで考えてM&Aを行うということですね。会社の価値はあくまで人であって、オーナーが変わっても社員が今まで以上のパフォーマンスを発揮することが重要。そこまで視野に入れることが、M&Aの本質かもしれませんね。

われわれも経営支援の際には、ミッション・ビジョン・バリューの策定などを中心に、インナーに対する戦略やアクションプランを作ることが多くなっています。

竹内:それは大切ですね。また、M&Aの最終契約を締結した後に従業員にM&Aを発表していただくのですが、そのタイミングも重要です。例えば金曜に開示すると、従業員は不安なまま土日を家族と過ごします。でも月曜に開示すれば、例えば翌日の朝に従業員の顔色を見て、不安そうな人にはフォローすることもできます。

奥谷:タイミングもそうですし、伝え方も大切ですよね。会社を譲渡するというネガティブに捉えられやすい事実を開示する時に、いかにそこに至る背景を社員に伝えられるか。「社員のための判断」「会社のための判断」であるということ。その思いの部分をオーナーと一緒に考えていくんですね。

竹内:それに加えて、M&Aは両者の合意によって価格が決まります。交渉の過程では、両者の思いは熱くなっていきますので、間にいるわれわれが冷静な判断で進めなければいけません。オーナーが納得できる評価にすることが大切です。思いの部分での「ウォームハート」と、プロセスの部分での「クールヘッド」を持つことを心がけています。

奥谷氏
奥谷氏
 

「M&Aは結婚である」。その意味とは

 

奥谷:御社では、M&Aを結婚に例えていますよね。今のお話は、この考えにつながってくる気がします。

竹内:私は最初、M&Aと結婚は別物だと思っていたのですが(笑)、今はその通りだと感じています。譲渡企業は自分の娘を嫁がせる以上の想いですし、譲り受ける側もどう企業の想いを捉えるかが大切になりますから。

奥谷:これまでに、それを実感したような事例はありましたか。

竹内:ある企業を創業した社長がお亡くなりになり、後を継いだ奥さまがM&Aを選択されました。その際、3社が相手候補として挙がったのですが、奥さまが選んだのはもっとも提示額の低い企業だったんですね。でもその企業は、奥さまに創業者の思いやこの会社の歴史を細かく聞いていたんです。そこに引かれたのではないでしょうか。特に中堅・中小企業にとって従業員は家族同様ですから、事業的なことだけでなく思いを引き継いでもらうことが大切なんですよね。

奥谷:経済条件や事業シナジーだけでなく、社風や人となりを知ってお互いを好きになれるか、一緒にやっていけるか。それはやはり「結婚」ですよね。そしてそれが日本型M&Aなんでしょうね。

竹内:そういった意味では、成約後のPMI(M&A成立後の統合プロセス)も大切です。弊社では「M&Aを“成約”から“成功”へ」と言っているのですが、そのカギがPMIです。システムの統合や販路先の統合などいろいろありますが、やはりここでも「思い」や「人」が大切ですね。オーナーが変わる中で、どう従業員に受け入れてもらうかということです。

奥谷:”成約”ではなく“成功”というのは大切ですね。ディール成立までのプレM&Aはもちろん、ポストでうまく推進しない限り、企業価値は上がりませんからね。PMIは細かくKPIを設定してモニタリングすれば良いという考え方もありますが、そもそもマインドの異なる両社がお互いを理解しないと、事業開発や統合計画も絵餅に過ぎないですからね。

われわれも2社によるアライアンスを支援するケースがあるのですが、まずはファシリテーションプログラムを実施して両社の共通理解を作る所から始めます。最初はお互いの思いが絡みあったりしますが、その混沌を乗り越えると、計画だけでなく人材面でもレベルアップすると思っています。

竹内:弊社の代表である三宅は、PMIのやり方として「まず旧オーナーにいい机と椅子を用意してあげる。そして、新しい社長は今までの社長椅子に座り、旧オーナーは新しい机と椅子で新オーナーの横か少し後ろに座るのがいい」と言っています。すると、従業員は旧オーナーへの敬意を感じますし、それが新オーナーに協力する気持ちにつながりますよね。企業を訪ねる取引先も、後ろ向きのM&Aではないと分かります。

奥谷:それは面白いですね。電通でもオフィスデザインから担当させてもらうことがあるのですが、社長室は大事ですね。やはり社員は敏感ですし、コミュニケーションの総量を最大化することを考えています。

御社は徹底的に人の心に寄り添って、日本型M&Aを実現していく。それが積み重なれば、日本でもっとM&Aが当たり前になって、企業の成長や日本の成長につながっていきますね。

スケールするための海外進出。成長戦略のM&Aとは

 

奥谷:ここまで、事業承継を中心にお話ししてきましたが、最後に成長戦略としてのM&Aについて考えたいと思います。日本でもM&Aの目的として潮目が変わってきたと思いますが、いかがですか?

竹内:全体では事業承継が多いものの、ここ2・3年は成長戦略としてM&Aを選択するオーナーも増えていますね。たとえば「あと5年ほどは自社で成長できるが、その後は難しい。ならば一人で相撲を取るのではなく、他社と協力したい」という考え方です。相手先の方針と沿えば、パートナーシップ戦略をとって、一緒に発展していくという方法ですね。

奥谷:自社をスケールさせるために、別の会社のリソースを使うという発想ですよね。今までの日本だと自力でIPOを目指すケースが多かったですが、最近はM&Aという選択肢を持つ企業も増えてきましたね。

竹内:そうですね。最近はそういった手段としてのM&Aが認識されていますね。

奥谷:新しいプロダクトやテクノロジーを持った企業が、より大きな会社のリソースを使ってスケールするのは、まさにオープンイノベーションですよね。M&Aはそれに寄与する大切な役目。今後の日本経済を考えても重要な役割だと思います。

竹内:あとは海外企業とのM&Aも出ていますね。弊社はシンガポールにオフィスを出していますが、九州の中堅企業がシンガポールやベトナムの会社とM&Aをする事例も出てきました。大企業だけの話ではないですし、海外企業とのやりとりも活発化しています。

奥谷:企業がさらなる成長を考えた時、海外に行くという考えは当然出てくるはずですし、中堅企業でもクロスボーダーM&Aを推進しているのは素晴らしいですね。相手国の文化や経済、法制度が異なるので、より一層の統合の難しさはあると思いますが、今後増えてくるでしょうね。

竹内:確かに企業成長のためのM&Aは増えていますが、残念ながら全てのM&Aが成功しているわけではありません。弊社では、「M&Aを活用した成長戦略セミナー」を実施し、M&Aの理解を深めて頂く試みを実施しています。

M&Aをするかしないかは、自社の客観的な分析と最適な成長戦略を策定したうえで検討されるべきなのですが、経営課題の認識が不足していたり、M&A後のマネジメント体制が整っていないというような理由から、想定していたM&Aの効果が出ないことも多いのが現状です。

弊社では、M&Aが本当に必要なのかどうかを検討するステージからサポートさせていただいています。結果としてM&Aをお勧めしないケースもあるんですよ。M&Aは幸せにするものでなければなりませんから。

奥谷:おっしゃる通りM&Aで幸せになれることが一番大切ですね。御社は、まさにその橋渡し役を担って行くのではないかと思います。