スマホの次はヒアラブル!No.2
スマホに頼らないヒアラブル・デバイスを日本から
2017/01/11
1990年代初頭。片道に軽く1時間はかかる私の高校時代の「通学の友」は、ウォークマンから流れてくるビートルズ、ストーンズ、ツェッペリン(他多数)の曲の数々…。昨年デヴィッド・ボウイは亡くなりましたが、当時の私はすり切れるほど彼のアルバム『ジギー・スターダスト』*を聴きながら「あと5年で世界は終わる」との妄想にひたっていました。
*『ジギー・スターダスト』はボウイの5枚目のアルバムで、1972年に発表された。その1曲目『Five Years』はあと5年で終わる架空の世界を描いており、イントロのフェードインする特徴的なリズムによって、その過剰なまでに演劇的な世界に引きずりこまれる。
ニーチェは「音楽がなければ人生は間違いになるだろう」と述べ、ボブ・ディランは昨年ノーベル賞を取りました。うちの3歳の子どもは、ノリがよい音楽が流れると条件反射で元気に踊りだします。
音楽は人々の意識を変え、世界を変える。音楽に国境はありません。
それでは、世界を変える「デバイス」とは何でしょう? 歴史を振り返ると、テレビ、自動車、冷蔵庫などいくつも挙げられますが、これから世界を変えるデバイスは「音声」が最大のキーになると私は考えます。なぜならそれは、「音楽が世界を変えてきた」からです!
音楽を楽しむ「iPod」こそがアップルが世界一となる“第一撃”だった
現在、企業の時価総額で世界一の企業はどこでしょう? そう、皆さんもよくご存じの米アップルです。約73兆円で、日本最大のトヨタ自動車(時価総額 約23兆円)の3倍以上の価値となります(2017年1月4日現在)。
アップルは、多くの人にとって「スマホ」と「タブレット」、そして「パソコン」の会社でしょう。確かに、現在のアップルの売り上げ構成は、「iPhone」(スマホ)が約6割、「iPad」(タブレット)と「iMac」(パソコン)がそれぞれ1割強で、「iPod」(音楽プレーヤー)は5%の「その他製品」に入っています。しかし、私にとってはいまだに「音楽プレーヤー」の会社で、「現在のアップルが世界一である源流は音楽プレーヤー、すなわちiPodにあるのでは?」と考えています。
というのも、アップルの歴史を振り返ると、iPodが音楽プレーヤーとして大ヒットした後、改善を重ねて電話機能をつけたiPhoneに。そのデバイス自体が大きくなってiPadに。つまり、音声デバイスであったiPodこそが、アップルがその後の世界を変えた破壊的イノベーションの“第一撃”であったように思うからです。大げさにいえば、「世界一のアップルの稼ぎの7割以上はiPodが源流、それをヒットさせたのは音楽の力」なのではないでしょうか。
コミュニケーション・デバイスは、「ポケッタブル」から「プラガブル」に
「音の力」で世界を変え、世界中で愛されるようになった企業はアップルだけではありません。元祖といえるのはソニーではないでしょうか。そもそもソニーの社名の由来は「音(SONIC)」の語源であるラテン語の「SONUS」と、小さいとか、坊やを意味する「SONNY」からきています。
ソニーの音のデバイスで、皆さんが真っ先に思い浮かべるのは1979年発売の「ウォークマン」でしょう。しかしウォークマンの20年以上前、1957年に、ポケットに入れられるサイズのトランジスタラジオを発売するなど、ソニーはその前から音声デバイスの小型化という難題に何度もチャレンジしてきました。
当時、ポケットに入るというコンセプトは「ポケッタブル」と表現されていました。もしかしたら今の「モバイル」は、その時からあまり変化していないのかもしれません。ここでコミュニケーション・デバイスの進化を整理してみました。
60年も前のトランジスタラジオから現在のスマホまで、「ポケッタブル」の時代が長らく続き、「ウェアラブル」はなかなか普及しませんでした。それはバッテリーが長く持たないこと、記憶容量が少ないこと、計算能力が足りないことなどから、利用者側が便利に感じなかったためと思います。しかし端末側の技術進化が加速していることに加え、高速無線ネットワークによりクラウド側で計算処理を行って端末側の負荷を減らすことができるため、それらの課題も数年以内に解決されるでしょう。
さらに、図にある通り「デバイスの未来は体に埋め込むインプランタブル(さらにはインサイダブル)だ」という意見もあります。しかし正直に言うと、私は歯科インプラントやペースメーカーのような医療目的以外で身体に電子デバイスを入れるのは、まだ抵抗があります。多分それは私だけではないでしょう。アメリカではRFIDチップの体内移植を2005年に食品医薬品局(FDA)が認可したものの普及には至っていません(なお手の甲の親指付け根辺りにカプセル状のRFIDを埋め込む方が多いようです。当初は患者の情報管理などの医療目的でしたが、その後IDカードと同じように身分証明証やルームキーとしても使えるようになりました)。
それでは「ウェアラブル」と「インプランタブル」の中間で、“いいとこどり”ができないか?というのが私の考えです。
例えば、好きな時に自由に体の内部に抜き差しできるもの。私はこれを「プラガブル(Pluggable)」と呼んでいます。コンセントと電気プラグのようにデバイスを穴に出し入れするイメージで、これを現時点で体現する唯一のものが前回説明した、耳の穴に装着するイヤホン(補聴器)型の「ヒアラブル・デバイス」というわけです。
「ヒアラブル・デバイス」がこの1年で続々登場!
そしてこの進化の仮説を裏付けるように、「プラガブル」な音声デバイス(以下、ややこしいので「ヒアラブル」という表記に戻します)が次々と登場しています。
ソニーは2016年2月に、耳元に装着してハンズフリーでコミュニケーションができる「Xperia Ear」を発表、アップルは同年9月に「iPhone 7」でイヤホンジャックを廃止し、同時にワイヤレスイヤホン「AirPods」を発表しました。その他にも、サムスンが同様のコンセプトで「Gear IconX」を同年7月にリリースしており、日本でもリオデジャネイロオリンピックバージョンが2016台限定で発売されました。
このように、スマホを音声で操作するためのマイク付きワイヤレスイヤホンは現在、グローバルレベルでひとつのトレンドになりつつあるといえます。
これらの「ヒアラブル・デバイス」には、今までにない二つの特徴があります。
①スマホへ音声での「インプット」と「アウトプット」が可能
イヤホン自体にマイクがついているため、ユーザーの声を拾うことで音声でのコンピューターへの指令(インプット)が可能で、その回答を聞くことができる(アウトプット)。もちろん双方向なので電話での通話もハンズフリーでできる。
②AI技術(音声認識)を利用した「パーソナル・アシスタント」の音声操作機能
スマホと連動することで、Siriなどのパーソナル・アシスタントをイヤホンのみのハンズフリーで使用することができる(ただしイヤホン自体へのタップなどはあり)。
まだ完ぺきではなく不便なところもありますが、「声だけ」のパーソナル・アシスタントに恋してしまう映画『her/世界で一つの彼女』のように、「声だけ」でAIとのコミュニケーションが可能な環境がつくられ始めたのです。
スマホに頼らないヒアラブル・デバイスを日本から
NECは2016年11月に開催された「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016」で、おそらく日本で初めて「ヒアラブル」をテーマにしたセミナーを行い、こちらの映像が発表されました。
この映像では、(業務用タブレットは一部で登場するものの)スマホが登場しません。
現在発売されているヒアラブル・デバイスの多くはスマホ連動が前提で、現状では「スマホと一緒にヒアラブル」という段階です。しかしこの映像は、スマホに頼らないところに面白さと新しさを感じました(なにせ本連載のテーマは「スマホの次はヒアラブル」ですから!)。
イヤホンから発信される音だけで耳穴の中の形を計測し生体認証を行う「耳音響認証技術」(世界初)と、GPSで観測できない建物の中の現在の居場所を地磁気によって正確に把握する「屋内位置測位技術」の二つを組み合わせていることが、他にはない大きな付加価値となっています。
つまり、イヤホンをつけるだけで勝手に「おはようございます、日塔さん! あなたに会いたい○○さんが、今、廊下出て右側まっすぐにある部屋で待っていますよ」と個人を認識し、ディレクションしてくれるわけです。
シンプルで何げないですが、使い倒すとかなり便利になりそうです。現実的には、この二つの技術はまだスマホとの連動が必要のようですが、それもいつか「スマホいらず」になるでしょう。
世界を変えるためには、やっぱり音楽のパワーが欲しい
私としては、ヒアラブルは世界を変える可能性がいっぱい詰まっていると思います。しかし、現状では足りない要素もまだまだたくさんあるとも感じています。
それは、性能や大きさの問題でしょうか? それもありますが一番肝心なのは、「人の心を揺さぶる力」ではないかと思います。最初に戻りますが、音楽は世界を変えてきました。世界を変えるには音楽が普遍的に持つ「リズム」「メロディー」「アート」「ファッション」「カルチャー」が混然一体となった、言葉では説明できない根源的な力が今こそ欲しい。ウォークマンやiPodはそのような「音楽の力」をコアに据えたことが成功の秘訣だったのではないでしょうか。
私としては、ヒアラブルがその強力なパワーを得て、ぜひとも次の10年の新しい「通勤の友」、いや「人生の相棒」になってほしいです。