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一周してテレビ~動画視聴最前線の課題と未来像

2017/03/28

メディア産業を網羅する統計・解説書『情報メディア白書 』(電通総研メディアイノベーション研究部編、ダイヤモンド社刊)が今年も発売されました。巻頭特集では、電通総研メディアイノベーションラボの統括責任者で、総務省の「放送を巡る諸課題に関する検討会」の構成員でもある奥律哉氏が「『一周してテレビ』の視点から、動画ビジネスのこれからを考える」という考察を寄稿しています。

20世紀のメディアビジネスをリードしたテレビが、どんな変化に直面し、どう変貌を遂げようとしているか。ビジネス、オーディエンス、テクノロジーを切り口に分析をしてきた同氏が、実例を挙げながらメディアの進化はらせん構造で捉えるべきと提言するものです。

そこで今回はその内容も踏まえつつ、今後のテレビを取り巻く環境がどうなっていくか、筑波大学非常勤講師(メディア論)であり、「テレビの未来をサポートする」ことを使命に活動するワイズ・メディア代表取締役メディアストラテジストの塚本幹夫氏(元フジテレビ電波企画室主席渉外役)と、意見交換しました。

左から塚本氏、奥氏
左から塚本氏、奥氏

奥:塚本さんは、放送局のテレビビジネスの最前線で活躍してきた経験、さらにオンラインでの動画事業にも携わってきたバックグラウンドをお持ちです。また海外の放送文化・放送技術も広くウオッチされています。

塚本:私は1981年にフジテレビに入社したので、奥さんとほぼ同世代。昨今は若干苦戦していますが、当時のフジは長い低迷期から脱却してトップに立った時期で、テレビ業界をリードする立場にあったと思います。

入社当初はバラエティー番組のアシスタント、その後は報道記者、ニュース番組の編集長、2005年からはデジタルコンテンツの部門で放送と通信の連携などに関わりました。最後は、もう一度会社に貢献するつもりで、デジタル事業を卒業し、放送制度をめぐる渉外担当などをしながら、「放送の新しい時代を制度上どうやって形作っていくか」ということをレポーティングしていました。

その一方で私は「生涯テレビマン」の自負もあったので、フジテレビだけでなく放送業界全体の未来のために仕事ができないかと考えるようになり、メディアに関するコンサルティングなどを業務目的として、昨年7月にワイズ・メディアという会社を立ち上げました。今、テレビは激動期を迎えていて、ローカル局や新しくテレビ局と関わりを持ちたいと考えているネット企業の方々などが強い関心を寄せてくれています。

奥:『情報メディア白書 2017』では、映画の発明からテレビの登場、そしてインターネットのインパクトや動画の多様化まで時代の流れを年表にして概観できるようにしています。

そこから分かるのは、いかに変化のスピードが加速しているか。少々単純化して言うと、20世紀を通じて映画やテレビが体現してきたのと同程度の変化が、21世紀に入ってから一気に私たちの情報環境に及ぶようになったかのようです。

塚本:時代の流れという意味では、今年はiPhoneが発表されてからちょうど10年たつのですが、この10年ですっかりスマホが身近になりました。その一方でPCは後景に退いていった。そう考えると、10年後にはスマホに代わる別の新しいテクノロジーが私たちの生活に浸透していく可能性があり、そこに映像コンテンツはどう対応していくんだろうと、実はワクワクしながら見ています。

奥:そのときに動画や映像という単語で括られる「コンテンツ」は、エンターテインメントとして楽しむためのプロがつくるものと、もう一つはスマホのカメラによってユーザーベースで撮影・編集されてコミュニケーションのネタにされていくものがあります。これは今後どうなっていくと思いますか?

塚本:私はそこにカニバリゼーションはないと思っています。大前提として、両者が提供する価値は異なっているからです。しかしオンライン上で共有する手段が簡易かつ多様なものへと変化したことで、境目が曖昧になったかのように感じられているのが現状ではないでしょうか。

奥:その二つのモードのうち、前者にはエンターテインメントベースの動画の隙間にスポットやタイムといった形式のCMを入れていく従来型の広告・プロモーションの形があり、そして後者のようなコミュニケーションベースの動画の中にも、今後は広告やプロモーションの機会が生まれつつあるといえそうですね。

塚本氏

 

塚本:関連する事例として、アメリカのテレビ番組「The Walking Dead」の制作会社による「Dead Yourself」というアプリがあります。写真を撮ると、普通の人の顔がゾンビに加工されて、それをSNS上で簡単にシェアできるという機能です。昔なら相当な時間と手間暇を掛けなければできなかったことが、今やスマホの中で完結してしまう。

そして、このように楽しんでもらえるコミュニケーションベースのやりとりが参加感を生み、コンテンツへの愛着を生んだり、シェアを通じた新たな認知獲得につながったりしていると。まさに広告やプロモーションとして機能しているわけです。

奥:私たちが今整理した二つのモードについて、大学生と接する立場として感じることはありますか?

塚本:根本的な変化として、若者がテレビを見ないどころか、テレビを持っていないということが挙げられるかもしれません。これは実感として感じています。

私はその現象を、朝ごはんとの類比で考えています。朝ごはんを食べる人にとって、炊飯器とトースターは必需品です。それがハードとしてのテレビです。で、お米とか、パンとか、おかずとかが、番組やコンテンツといわれるもので、これはおいしいものじゃないと選んでくれない。ところが、最近の若い人たちは、朝ごはん自体を食べない人がかなりいる。そういう人はハードを持っていないから、当然スーパーで選ぶものもない。

私としては、「朝ごはん」を食べていただきたい。健全な娯楽を提供する責務を背負っていて、法律上定められたテレビ局が、ちゃんとコンテンツを届けるところまでやるべきだと思うんです。もしそれが、放送電波という技術的手段で届けられないのであれば、インターネットで届けるのも一つの手でしょう。多少利益率が悪くなったとしても未来への投資なのだから、サービスとしてやっていくべきだと思います。

奥氏

 

奥:先ほどご案内した『情報メディア白書2017』の巻頭特集で「一周してテレビ」という論考をまとめました。その主題は、スマホの普及とともにさまざまな場所・シーンでさまざまな動画が見られる一方で、結局はリビングの大画面テレビの前が、リーンバックしながら一番リラックスして見られるなど視聴環境として最適であり、ユーザーはそこで見ることをあらためて選択することになるのではないか、というものです。

今や百花繚乱の動画サービスも、そのような文脈の下にテレビで見られる可能性を考慮する必要があるとすれば、動画視聴の最前線は一周してテレビになっていくと仮説立てています。これは、デバイスの変化に踊らされることなく、ユーザーの視点からメディアを取り巻く情報環境や利用シーンを捉え直すことが大切であるという私たちのスタンスに沿った立論でもあります。

塚本:アメリカではどうかというと、国民性なのか、小さいスマホの画面ではなく大きいテレビ画面で見たいというニーズが根強いですね。CES(アメリカの家電・IT見本市)にも視察でよく訪れるのですが、今後の展開として、デジタルサイネージであったり、スマートグラスであったり、さまざまな可能性が追求されているのが分かります。

ただ、放送局の立場からすれば、そこに展開されるありとあらゆるコンテンツにトライしていかないと、たぶん先はないんだろうなと思っています。そしてその一つがテレビであり、今後さらに価値が追求されていくべきものだと思っています。

テレビの制作の現場を経験してきて感じることですが、テレビのバラエティーも報道も、制限の中でのライブ感こそが生命線なのではないでしょうか。制作の「制」は制限の「制」であるとテレビ業界ではよく言われているんです。

奥:そうですね。そして、そうしたライブ性を訴える動画サービスがネット上に出てきているのが最近のトレンドですね。

塚本:こうした動きを鑑みるに、テレビの醍醐味だったライブというものをそのままネットの世界でも表現できたら、かえってチャンスになるのではないかと思います。

塚本氏・奥氏

奥:そうした方向性に関連するものとして、先日当部から発表した「日本の広告費2017」でラジオが前年比102.5%となったことに注目しました。スマホでもラジオが聴けるようにした、言い方を換えればネット上にラジオコンテンツを置いたことが効果を表し始めていると思うんです。見えるところにコンテンツを置くことの重要性を示唆するデータです。

塚本:私たちがネットに親和的な若者の生活パターンに合わせてコンテンツを用意しておけば、きちんと受け止めてくれるという好例ですね。今業界でホットな話題になっているネット同時配信も、結局は見る機会をもっと増やそうじゃないかということでしかないんです。実現に向けては、放送のネット同時配信が今までの放送と同じものと見なす制度整備をしていただくのが必要なんじゃないかなと。

放送は基本的に地域免許ですから、ネット同時配信においても地域制御で配信エリアをそろえて、それで時間も守る。そうすることによって放送の補完的サービスなんだというふうに理解をしていただければ、ライツホルダーや、広告主の皆さんも分かっていただけると思うんです。

総務省の検討会の構成員である奥さんに期待しています。またNHKには民放を含めた放送産業の全体をリードしてほしいと私は思います。あと、ぜひ関係者の方々にお願いしたいのが、今の世帯視聴率ベースとは別の指標もつくっていただきたい。

奥:それは全く同感です。ネット時代の新しい軸として、新しい視聴環境、視聴行動をも取り込んだ価値軸をもう一本つくり、従来のものと二つ組み合わせて初めて全体となるものが望ましいですね。「一周してテレビ」論考でも触れたように、クライテリアの多様化はコンテンツの多様化に直結し、ユーザーベネフィットを増進する可能性を高めるでしょう。

塚本:ぜひ期待したい。今、日本のテレビ局はカロリーを維持することに腐心していますけれど、これからは面積も広げていくことも同時にする必要がある。どちらかではなく両方やることが大切と思います。

奥:先ほどの例え話で伺った、朝食を食べない人たちに、その大切さやおいしさをどのように伝えたらよいと思いますか?

塚本氏

塚本:朝食を食べなくてもいいから、朝に栄養は取ってくれと言う親はいると思う。別にテレビを見なくていいからコンテンツに接してくれと。そうすることで、あなた方の豊かな人生が開けるはずですよと。

どういう形で映像コンテンツに接するかは、むしろ私たちが若者たちの行動をよく見極め、先々で待っておくことで、マラソンランナーに水を渡すように事前準備をしておくのがよいのでしょう。まずは、生活の中にコンテンツを溶け込ませることです。

奥:確かに、オーディエンスが見ることができる環境内にコンテンツがある状態をつくることが大事ですね。テレビの側から若者に寄り添う必要性がますます高まっていくように思います。つまり、メディアが多様化する時代は、私たちが受け手のことをより深く考えなければいけない時代の到来であると。

本日の議論ではその際に私たちが念頭に置いておくべきこと、今後取り組む必要があることもピックアップできたと思います。どうも、ありがとうございました。