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「恋」と「愛」は、どう違うのですか?

  • 飯間 浩明

2017/06/22

「恋」と「愛」は、どう違うのですか?

辞書という仕事に携わりながら、世の中の変化に応じて日本語の意味や使い方がどう変わっていくのか、常に見つめている飯間浩明さんに話を伺いました。

飯間浩明氏

なぜ、辞書だったのか

国語辞典の編纂という仕事を志したきっかけは、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)という辞書編纂者の『ことばのくずかご』という本に出合ったことです。見坊氏が辞書作りの中で集め、結局載せなかった「不採用語」を並べた本です。例えば、デパートの店員さんが、「万引」のことを隠語で「品減り」と言っているとか、面白い言葉が並んでいました。そうした不採用語を含め、べらぼうな数の現代語を集める辞書編纂者という人がいることを知り、自分も国語辞典を作りたいと思うようになりました。

でも、本屋さんに行くと、国語辞典の背表紙には金田一京助とか新村出とか書いてある。どうも文化勲章でももらわないと辞書を作れないらしい。これは自分には無理だなと。

ところが、早稲田の大学院のときに三省堂の類語辞典に関わっていた先生がいらして、協力する形で原稿を書く機会がありました。私は見坊氏の影響で自分でも現代語を集めるようになっていて、それを三省堂の人に見せたりもしたんですね。そうしたら、その後、「編集委員になってみないか」という誘いが掛かりました。文化勲章を取っていなくても編集委員になれたんです。

自分で観察をして、こう書けば本質を捉えられるな、これなら対象を描写したことになるんじゃないか、という説明が書けると、実に快感を覚えます。「言葉の観察と説明」という作業が病みつきになりました。

「恋」は、移ろうもの

国語辞典には個性があります。『広辞苑』で「恋」を引くと、一番初めに「一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと」と書いてある。すると「私、恋しているんです」と言うと「誰か亡くなったんですか」と言われそうですが、万葉集の時代には実際そうだったのです。恋愛感情の意味はその後に書いてあります。『広辞苑』は、古代から現代までの意味を広く眺め渡す辞書なんです。

私どもの『三省堂国語辞典』の旧版(第6版)では、「恋」は「男女の間で、好きで、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ちを持つこと」と説明しました。恋だって満たされることもあるのでは、と思うかもしれませんが、例えば「恋い焦がれる」という言い方の中心にあるのは、その場にいない人に対する思いです。一緒に生活している奥さんに恋い焦がれるというのは、日本語の使い方としてはちょっとおかしい。恋とは、相手が離れていたり、あるいは、自分に振り向いてくれなかったりして、満たされない気持ちがなければならない。

恋が満たされればどうなるかというと、別の名で呼ばれます。相手を大切にしようとする感情、「愛」になるわけですね。

実は、最新版の第7版では「恋」などの説明を微妙に変えています。先ほど、旧版では「男女の間で、好きで、会いたい」とありましたが、「人を好きになって、会いたい」と、「人」に変えました。LGBT(性的少数者)の権利がクローズアップされるようになり、「男女の間で」は、もはや少数者差別だと考えるからです。

よく「言葉の変化」について批判されることがあります。でも、変化は言葉の本質そのものです。魚が泳ぐとか、花が咲くというのと同じぐらい、言葉にとって切り離すことのできない性質です。

というのも、言葉は、目まぐるしく変わる状況に応じて、ゴムのように伸び縮みさせながら当てはめて使っていくものだからです。変化させて使うのがむしろ普通だと考えてください。世代や社会によって、言葉の意味のずれが出てくるのは、その必要があるからです。

広告と言葉

広告のコピーは、普通の言葉の使い方を意図的に少しずらすものですね。観察していて、そのずらした意味が独特で面白い、と思うことがあります。

「ゼクシィ縁結び」の「愛をしようぜ。」という駅の広告。ちょうど、「恋」「愛」について考えているときに、渋谷駅で見ました。「恋をする」ことはできても、「愛をする」ことはできないだろうと思って、まじまじと見つめました。

ゼクシィ「愛をしようぜ。」ポスター

『三省堂国語辞典』では、「愛」を複数に分けて説明しています。1番目が「相手・ものごとをたいせつに思い、つくそうとする気持ち」。2番目が「恋を感じた相手を、たいせつに思う気持ち」。この説明を参照すると、「愛をしようぜ。」というコピーからは明確なメッセージが読み取れます。

広告が対象にする未婚男性の多くは、これまで相手に恋い焦がれる「恋」はさんざんしてきたわけです。そこで、「男性諸君、独身時代の恋をする生活にさよならして、これからは配偶者を愛することを考えたらどうだ」。そういうメッセージですね。言葉の使い方をずらすことで、言いたいことをうまく伝えています。

言葉の意味・用法のずれは、一度広告に使われただけでは、まだ日本語を変化させたとはいえません。ところが、その言葉を面白く思って、まねする人が出てくる。そんな人々が多くなれば、その意味・用法は辞書に載る可能性が出てきます。「言葉が乱れている」という批判が出てくるのはその時です。

でも、その変化は多くの人々の支持によって起こっていることに注意してください。新しい言葉や意味・用法は、理由もなく定着することはありません。多数の人が「これは新しい状況に便利に使える」と考えるからこそ定着するんです。

あまり売れなかった芸人さんが、あるとき爆発的に人気が出て、みんながその人のまねをするようになることがありますね。言葉にもそういうことがあるということです。言葉の出世をぜひ祝ってやりましょう。