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神山町が示唆するのは「人間らしさを取り戻す」こと

2017/08/03

徳島県神山町は、クラウド名刺管理のSansan、放送プラットフォーマーのプラットイーズなど、IT系ベンチャーがサテライトオフィスを開設した話題の町だ。以前から神山町に関心を持っていたという電通未来創造グループリーダーの国見昭仁氏が神山を訪ねた。国見氏が見て感じた、神山での働き方や空気感について話を聞いた。

生活の中に仕事が存在する

──まずは国見さんが神山に興味を持ったきっかけを教えてください。

国見:以前から働くことについて考えていました。働くことには目的があって、それは生産性とか新しいものを生み出すとか、結果を残すとか。そこにピークを持っていければいいと思うんです。

国見昭仁氏

──ピークというのは何のピークですか?

国見:成果のピークです。つまり最高のアウトプットを出せればいい。それが仕事の目的であって、目的が本当に到達できるのであれば、オフィスで働く必要はない。オフィスの中で働くことは手段にすぎなくて、オフィスにいることで成果が落ちるのであれば、外に出て働いた方がいい。

定時の時間で、与えられたスペースで、与えられた情報の中で仕事をするのが、目的を達成するに当たって本当に一番いいかというと、僕はちょっと違うかなと思っていて。そういうこともあって、アウトドアオフィスというのを始めたり。

──アウトドアグッズメーカーのスノーピークと取り組んだ、自然の中にテントを張って仕事をする試みですね。

国見:そうです。アウトドアオフィスをやってみると、やっぱり良くて。テクノロジーでこれだけつながる社会になったときに、どこで仕事しようがかまわないと思いました。神山町ではそういう働き方を実践している企業があって、それを見ていると、成果を出すための新しい働き方が見つけられるかもしれないと。

大きな目的を達成するための手段として、働き方のヒントがいっぱいあるんじゃないかと思ったことが、興味を持ったきっかけですね。

──それはいつごろの話なんですか。

国見:4年ぐらい前だったと思います。確か倉成英俊くん(電通総研Bチーム リーダー)が教えてくれて、その後メディアでも見るようになり、これはちょっと面白いなと思いました。ただのんびり働いているのか、そこでどんな成果が生まれているのか見てみたくなりました。

──それで神山へ視察に行ったんですね。

国見:そうですね。もともと人間って…、ちょっとかなり昔に戻るんですけど、家がなかったわけじゃないですか。

──すごく戻りましたね(笑)。

国見:はい。つまり自然の中に、人間はその一部として存在していたわけで、本来それが一番自然な姿だと思うんです。そこで例えば建物の中に暮らせば、危険から自分の身を守れる。でもそれによって、多分何かしらの本能は落ちているはずですよね。

つまりアウトドアの中で仕事をすることで発揮される能力は、本来とても自然なことのはずだと思う。これはアウトドアオフィスでも感じたことです。なので神山町では、成果がどれだけ出るものなんだろうっていうのと、どういう空気感で働いてるんだろうっていうのも見たかった。

神山町の景色
神山町の景色

自然の中で働くということ

──実際に行ってみて、成果や空気感についてはどのように感じましたか?

国見:成果のところは、職種にもよると思うんですけど、多分そんな変わらないんだろうなって思いました。東京と神山に事務所がある、プラットイーズ社長の隅田徹さんも、成果は全くどちらも変わらないという言い方をしていました。

例えば僕らの仕事は、周りの刺激があった方がいいんですけど、自然というのも一つの刺激なんです。東京で考えるアイデアと、自然の中で考えるアイデアは変わってくるはず。だからって、全員が自然の中で仕事する必要はなくて、東京で仕事する人もいれば、自然の中で仕事する人もいるというような幅があった方が、より面白くなるのかなと思います。

昔、上海に行ったとき、明らかに未来は明るいっていう根拠のない自信に満ちあふれた空気があって、そこで考えるアイデアはやっぱり違ったんですよ。アイデアって自分の中から生み出していくのだけど、周りの環境はアウトプットに影響します。

──自然の中で出てくるアイデアって、どういうふうに変わりそうですか?

国見:今はいろんなセグメンテーションをするじゃないですか。多様化社会なので正しいことだと思いますが、多様化すればするほど、いろんなカテゴリーの人間に「共通する何か」、つまり本質を見る力が重要だと思う。そういう考察は、神山の方が向いているのかなと思いました。

──それは実際に行って感じたことですか?

国見:そうですね。夜明けとともに5時ぐらいに起きて、昼ぐらいに仕事を終える人もいるわけです。成果ピークを考えたときに、9時半から5時半まで働くことが常にベストであるはずはなくて。本当は、日々変わってもいいものなんですよ。つまり、時間や場所の制限をするのではなく、ご飯を食べる、人と会話するといった日常と同じレイヤーで仕事が存在している。それが僕はすごくすてきなことだなと思って。それを神山から感じました。

Sansanのオフィスでお話を伺う様子
移住したクリエーター寺田さんのご自宅にて

──でも、プラットイーズやSansanの人たちも、やっぱり会社員だから時間が決まっているわけですよね。

国見:Sansanの方で神山を案内してくれた人が、いい意味で全く仕事してるふうに見えなかったんですよ。地元のお兄さんって感じで、最初はSansanの人だと分からなくて。仕事をしているんだけど、家の中でのんびり過ごしながら仕事をしている感じで、いわゆる東京の会社とは全然違う。生活の中に仕事が存在しているなと思いました。

イノベーションは情報の中ではなく自分の中から生まれる

 

──次に働いている人について教えてください。神山町のような環境にいると、人はどういうふうに変わるのでしょうか。

国見:平和になるんじゃないですか。

──ゆったりした感じで、変な緊張感もなく。

国見:そうですね。でも神山の人たちって、のんびり余生を過ごしている人たちじゃなくて、すごくアクティブなんですよ。東京の人よりも意識的にいろんな人と会おうとしているし。行動的で活動的。たぶん、疲れ方が全然違うんだと思うんですよね。

──疲れ方というと?

国見:たとえば満員電車とか。人間がつくったもので、人間は疲れをためている。神山には、その疲れが明らかに少ないんですよ。それがいろんな行動につながっていって、アクティブになれるという良い循環が生まれている気がします。

──神山にも、仕事帰りにお酒を飲んだりするようなお店があるのですか?

国見:はい。仕事帰りに集まってますね。僕らは何人かで行ったのに、全員ばらばらの席に座らされるんですよ。で、自己紹介させられて(笑)。

国見昭仁氏

──国見さんは、実際のところ移住したいとか思いました?

国見:そうですね…、完全な移住というより、行ったり来たりしたいと思いました。きっと先ほど話したようなことだと思うんですけど、自分の中の、普段無意識に感じている制限のようなものが取れていく感じがありました。

──イノベーションの起こし方、といった部分ではどうでしょうか? 自然の中で仕事することとイノベーションは関係ありますか?

国見:イノベーションについては、基本どこにいても変わらないんじゃないかなと僕は思っています。ただ田舎の方が良いなと思ったのは、情報が少ないこと。インターネットで情報を取りにいかない限りは、情報が少ないわけですよ、町中とか周りから聞こえてくる言葉を含めて。

イノベーションって情報から生まれてくるというより、やっぱり自分がどう思うかとか、自分は何をしたいのかといったところから生まれてくるもので、情報をいっぱい蓄積して、そこから生まれるものではない。だから、逆に情報が邪魔なんだと思うんです。

情報ってモノゴトの側面にすぎないから、情報を頼りにイノベーションを考えると偏りや制限が出てしまう。だから、情報がない中でモノゴトを考え、組み立て、後から必要であれば情報で検証するというやり方をしています。それは田舎の方が圧倒的にやりやすい。

──国見さんの「情報を取らない」っていうのは、例えばマーケティング調査をしない、みたいな意味ですか?

国見:そうです。神山に移住してきた人たちは、自分のやりたいことがある人が多く、あまり周りの知識に惑わされなさそうな人ばかりです。アイデアって、自分らしさがどう出るかじゃないですか。

周りに情報があると、それが世の中の基準のような気になって、どんどんチューニングされちゃうんですよね。

神山町が示唆しているのは「人間らしさを取り戻すこと」

 

──神山町は、これからどうなっていくのでしょうか。

国見:今は働くという視点でブームになっていますが、また姿を変えていくんじゃないかな。働くことだけが大きくなっていくより、アートや遊びもあるわけだし。このピザもすごいおいしかった。

カフェ・オニヴァのピザ
yusan pizzaにて

──おいしそうですね。

国見:こういう、日本で唯一のものを出すレストランが集まる場っていうふうに進化していってもいいと思う。人間には、いろんな生きる場面がある。働くってことだけがクローズアップされていくと、神山の本当の良さが失われていくような気がしちゃうんですよ。

──神山町にくる企業は増えそうですか?

国見:増えるでしょうね。でも働きに来た人は、昼に仕事終わった後は、農業やったりしているわけですよ。で、夜はいろんな人とコミュニケーションを取って、新しいことを生み出そうとしている。働きに来た人が、次の可能性をどう広げるのか。仕事して終わりじゃなくて、自然な姿で働いて、自分の時間で新しい何かを生み出して、それがまた人を呼んで、そういう好循環が生まれていくと神山はもっと面白くなると思う。

──仕事が終わった後、農業以外に活動している方もいるんですか?

国見:例えば仕事が終わった後で、ドローン教室をしている方もいますね。小学校で教えていました。地域貢献として、自分のスキルを還元している人が多くいました。

夜に小学校で行われているドローン教室の様子
サテライトオフィスコンプレックスで行われていたレーザーカッターを使ったワークショップ

──こういうことは、他の地方でも起きていくのでしょうか?

国見:増えていった方がいいですよね。神山には神山の良さがあるけど、神山に居座るのももったいない。例えばこういう場所が日本に20カ所あって、転々としながら仕事したっていいわけで。神山じゃなくちゃできないっていう話ではないと思う。

──神山町で、国見さんが印象的だったことを教えてください。

国見:隅田さんが「最近クライアントから、ゴルフ接待より神山町に行きたいって言われる」と言っていて、神山町にオフィスがあることが営業効果になっているんですね。それはすごく面白い話だと思いました。あと、神山オフィスを使うとリクルートがうまくいくようになったって言っていました。つまり就職したい人が増えたと。

たぶん大きな時代の流れに乗っていると思うんですよね。こういった現象を単なる一つの面白ネタとして捉えるのではなく、資本主義の中で生きてきた人間たちが、次に向かうべき方向を示唆する現象だと捉えるべきだと思っています。

──その示唆している方向に進むと、どこに行くんですか?

国見:基本的には人間らしさを取り戻すことだと思うんです。フィンランドブームは都市化へのアンチテーゼだし、ポートランドブームはマス化へのアンチテーゼだと思う。やっぱり「人間として生きるってどういうことなんだろう」ということを、資本主義のある種の限界の中で人々は感じていて。

人間らしく生きるっていうのは、仕事と生活を分けるのではなくて、同じレイヤーにすること。それが、こういったひとつの現象をつくり上げているんだと思います。

──その時代の変化は、いつも意識しているのですか?

国見:いつもしています。もう今はパラダイムシフトが完全に起きているので。

──なるほど。今日はありがとうございました。