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カンヌライオンズ審査員に突撃! 本田さん、受賞作に見るPRのアイデアって何ですか?

2017/07/19

はじめましての方も、お久しぶりな方も、こんにちは。イザワこと、電通パブリックリレーションズの伊澤佑美です。過去に、電通報でアドバタイジングウィークの紹介記事で登場したことがあるのですが、「突撃! イザワのインタビュー」コーナーが帰ってきました。今回のテーマは、そう、カンヌライオンズです。ご存知の方も多いとは思いますが、カンヌライオンズとは「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」のこと。数ある広告・コミュニケーション関連のアワードやフェスティバルの中でも、エントリー数・来場者数ともに世界最大規模で、毎年6月下旬にカンヌ国際映画祭でも有名なフランスのリゾート地、カンヌで開催されています。

で、今、私がどこにいるかというと、そのカンヌではなく、東京は晴海にあるPR会社のブルーカレント・ジャパンです。わざわざ競合の地にやってきたのは、ここの代表取締役社長・本田哲也さんが、今年、カンヌライオンズPRライオン(部門)の日本審査員を務めたからです!!!!

イザワです。今日はカンヌライオンズのPRライオン(部門)に迫ります。
イザワです。今日はカンヌライオンズのPRライオン(部門)に迫ります。

「FEARLESS GIRL」のグランプリ獲得は、必然だった?!

イザワ:本田さん、こんにちは。今年もカンヌは熱かったですね。

本田:イザワさん、どうもこんにちは。今回初めて審査員として参加しましたが、実にしびれたカンヌでしたよ。6日間の審査期間中、日光を浴びられたのは、ランチ休憩だけでしたからね。

窓のない部屋に朝から晩までこもって、審査の議論を重ねたという本田哲也さん
窓のない部屋に朝から晩までこもって、審査の議論を重ねたという本田哲也さん

イザワ:今年のPRライオンは、エントリー総数が2208件と聞いています。そこから1割未満に絞って受賞作を決めるのは至難の業ですよね。今年の受賞数はどのようになりましたか?

本田:まず、エントリー作品から3日かけてロングリスト(今年は228件)に絞り、そこから丸一日かけてショートリスト(今年は128件)を選び、プレス発表します。そこからさらに2日かけて受賞作を選ぶのですが、今年は、ゴールド17、シルバー32、ブロンズ50、そしてグランプリ1という選出状況になりました。受賞総数は、エントリーの約4%です。

イザワ:相変わらず、狭き門ですね。グランプリは、STATE STREET GLOBAL ADVISORS(エージェンシーはMcCANN NEW YORK)による「FEARLESS GIRL」ですが、これは他部門(チタニウム、アウトドア、グラスライオン)でもグランプリを獲ったマルチウィナーですね。PRライオンではすんなりグランプリに選ばれたのでしょうか?

FEARLESS GIRL
FEARLESS GIRL
STATE STREET GLOBAL ADVISORS | McCANN NEW YORK
3月8日の国際女性デー。ウォール街の象徴である雄牛の銅像「チャージング・ブル」の前に、腰に手をあて、ぐいっと勇ましく顔を上げる姿の少女像が登場した。その「恐れを知らぬ少女(FEARLESS GIRLの意味)」を出現させたのは、金融会社のSTATE STREET GLOBAL ADVISORS。
まだまだ男性優位なビジネス社会において、立ち向かう少女は職場での女性の立場をうまく比喩しており、現状のアピールと議論を巻き起こすことに成功。同時に、女性リーダーが活躍する企業の株を集めた金融商品「SHE」の売上も4倍に。

本田:今年はいいエントリーが多かったので優劣つけがたく、議論に時間がかかりました。「FEARLESS GIRL」も、「MEET GRAHAM」とグランプリの座をかけて争いました。

イザワ:おっ、その話はまだどこにも出ていない特ダネじゃないですか! それぞれがどのように評価されて、最終的にどうやって受賞が決まったのか、ぜひ教えてください。

本田さんの審査メモ
本田さんの審査メモ

本田:「FEARLESS GIRL」は、ジェンダーという全人類と切っても切れないテーマに挑んだところが強かったですね。カンヌライオンズでは、2015年からグラスライオンという「性差別や偏見を打ち破るクリエーティブ」をたたえるための賞が創設されたように、数ある国連規模の社会問題の中でも、ジェンダー問題を非常に重視していると言えます。

イザワ:そういう意味では、4部門でグランプリを受賞したのも必然の流れだったのでしょうか。

本田:比較的注目される下地はあったのかもしれません。PRライオンで言えば、ここ数年、企業の「Brave(勇気)」も審査で重視されていました。その中で、炎上や批判を恐れず、ビジネス社会の中でも特に男社会だと言わる金融業界でこのキャンペーンを敢行したというのは、大きなポイントでした。それと、この施策ってMcCANN NEW YORKというアドエージェンシーが実施したように思われがちなのですが、STATE STREET GLOBAL ADVISORSのインハウスのPR部門との共同エントリーなんです。いわば、社内の広報部ですよね。日本で広報部というと、いわゆる守りのイメージが強くて炎上や批判を呼ぶような施策に消極的なのですが、「FEARLESS GIRL」では、広報部自らが実に果敢に挑んでいる。その姿勢も評価されました。

イザワ:なるほど…。広報部も一緒になって、金融業界ひいてはビジネス界への「問題提起」したこと自体が驚きだったし、その手法も鮮やかだったということですね。確かに、小さな少女像をウォール街の象徴である雄牛のでっかい銅像と対峙させるというアイデアは、コンテクストの使い方がうまいですよね。株式用語では、上げ相場のことをbull marketと呼んだりしますし。

本田:そう、何もないところに少女像を置くだけではダメで、みんなが知っている「チャージング・ブル」と対峙させたところが、実にPR的ですよね。

「MEET GRAHAM」は、計算されつくされた「気持ち悪さ」が秀逸

イザワ:対抗馬の「MEET GRAHAM」もライオンズヘルスでグランプリを受賞したりと、他部門でも評価が高かったですね。

MEET GRAHAM

MEET GRAHAM
TRANSPORT ACCIDENT COMMISSION VICTORIA | CLEMENGER BBDO MELBOURNE
交通事故に遭っても絶対けがをしない人間のモデルを、大学教授、医師、アーティストで共同開発。衝撃を吸収するための頭蓋骨、肥大化した組織と厚い皮膚を持った、このグロテスクな人間は「グラハム」と名付けられ、交通事故の恐ろしさや安全の大切さを訴求するために美術館や公共機関等で展示。展示には約30万人(対象エリアの6人に1人)が訪れた。

本田:「MEET GRAHAM」は、オーストラリア・ビクトリア州の交通安全を支援する団体のエントリー(エージェンシーはCLEMENGER BBDO MELBOURNE)です。交通安全や交通事故の危険性という「目に見えないモノ」を啓発する取り組みだったのですが、“可視化”のアイデアとクラフトとしての完成度が、本当に素晴らしかったですね。

イザワ:Public Sector(公的機関)の取り組みって、「世の中のためになる」メッセージを発信しなくちゃいけないだけに、「お利口」というか「優等生」というか、いわゆる「王道」の手法が好まれますが、これは本当に異色というか、ショッキングなビジュアルですよね。

本田:この情報過多の時代、他を圧倒的に凌駕するような「美」ならともかく、単に美しいものやキレイなものはスルーされます。それよりは、「違和感」や「気持ち悪さ」を与えるもののほうが、絶対に人々の意識に残りやすい。交通安全をまともな手法で訴えたらスルーされるけど、交通事故に遭っても絶対けがをしない人間の「可視化」を行うことで、見た人の意識に強烈な印象を残しますよね。しかもこれ、単にグロテスクに仕上げたわけでなく、交通事故に関するビッグデータに基づいて設計されているんです。PRはファクトを重視するので、その部分も評価されましたね。

イザワ:意味のあるビッグデータの使い方ですね。

競合との戦いよりも、より大きな舞台で戦うべし!

イザワ:それにしても「MEET GRAHAM」は夢に出てきそうな彫像…。「FEARLESS GIRL」の彫刻とは“正反対”の印象です。…あれ? グランプリを争った二つは、両方とも“つくりモノ”ですね。

本田:そのとおり! 同じ“つくりモノ”を使った取り組みなんですが、今、イザワさんが言ったように、見た目だけではなく、アイデアの根本も、実に対照的なんです。

イザワ:どういうことですか?

本田:PRライオンで言うところのアイデアって、どう捉えていますか?

イザワ:それ、いつも分からなくなるんです。難問です。PRらしいアイデアってなんなんでしょう…。

本田:今回審査を通じて、僕の中ではより鮮明になったんですが、PRライオンでいうアイデアって、そのキャンペーンの大目的…例えば社会課題の解決などと、自社の領域をすり合わせた時に生まれる「正当性」と「意外性」だと思います。

イザワ:「FEARLESS GIRL」で言えば、ビジネス社会における女性の地位向上という大目的に対して、なぜSTATE STREET GLOBAL ADVISORSが取り組むのか。その「正当性」と「意外性」ということですか?

本田:そうです。金融会社が女性の社会的地位向上という社会課題に取り組むのは、一見、畑違いというか、遠い関係にあるように思えます。でも、ビジネス界の中でも特に金融業界は男性社会であるとか、株式用語で上げ相場のことをbull marketと呼ぶとか、その象徴は雄牛であるとか、さまざまなコンテクストを踏まえると、金融会社がその課題に取り組む「正当性」がありますよね。でも、それは同時に「意外」でもある。大目的と自社領域の関係が遠ければ遠いほど、くっついた時に「その手があったか!」と、人を驚かせ、納得させる。それが、PRライオンで言うところの「アイデア」の一つの姿だと思います。

関係が遠ければ遠いほど、くっついた時に大きなパワーを発揮するんです、と本田さん
関係が遠ければ遠いほど、くっついた時に大きなパワーを発揮するんです、と本田さん

イザワ:一方で「MEET GRAHAM」は、そもそも交通安全という大目的を掲げている団体によるキャンペーンなので、そこには「正当性」はあっても、「意外性」がないですよね。

本田:そこに、もう一つの「アイデア」の形あるわけです。つまり「MEET GRAHAM」は、いかに工夫して見せるか、という「表現性」におけるアイデアが評価されたわけです。交通安全を訴えるのに、グロテスクな人間像をつくるという「表現性のアイデア」に、「その手があったか!」と人は驚き、納得するわけです。

イザワ:なるほど!!!!!! 大目的と異なる領域を本業とする企業は、なぜそれに取り組むのかという「正当性」や「意外性」にアイデアを絞り、大目的がそもそも本業とイコールである企業は、その「表現性」にアイデアを傾ける必要があるというわけですね。

本田:そうです。その企業と大目的の関係性によって、アイデアを出すべき方向性が変わってくるはずです。

イザワ:すごい、ヒントに富む指摘です。どっちの方向で「その手があったか!」と思わせるかの判断は、とても重要なんですね。しかし、Public Sector以外のいわゆる企業は、どのテーマで自社の存在感を示すのか、その選び方が難しそう…。

本田:舞台で、あるストーリーが展開される時、自社がどういうキャストになれるのか、という意識が大切です。枝葉の企画よりも、その舞台設定とキャスト設定こそがアイデア。それには、社会において自社がどういう役割なのか、それを正しく把握しなければダメです。しかもそれは「そもそも、すでにAという役割がある」というだけでなく、「今後、Bという役割になりたい、なれる」というふうに、未来にも思考を広げて考えるべきですよね。そういう意味で「FEARLESS GIRL」は、社会における金融会社の役割を未来的に拡張したと言え、よりグランプリにふさわしいと判断されました。

イザワ:そういう意味では、社会課題と結びつけないと、そもそもグランプリを取るのが難しそうですね。

本田:もちろん可能性がないわけではありません。でも、競合会社との戦いよりも社会課題のほうが舞台映えしますよね。より大きな舞台で戦うにはどうしたらいいか、という視点もPRライオンでは大切だと思います。PRライオンは今「Earned at the Core」、アイデアのコア(中核)がPR的かどうか、が非常に重視されているわけなんです。さらにかみ砕いて言うと、アイデアのコアがパブリックの関心を獲得するテーマかどうか、つまり、一人ひとりの生活者の“想像力”とリンクするかどうか、ということだと思います。

イザワ:なるほど。だから、競合との戦いよりも、より社会的なテーマを舞台にするほうが、生活者に近いテーマなので想像力を刺激しやすく、パブリックの関心を獲得しやすいというわけなんですね。ひいては、PRライオンで高く評価されやすいという…。すごくよくわかりました。本田さん、ありがとうございました!

カンヌライオンズ2017のPRライオン日本審査員の本田哲也さんと、切り込み隊長イザワ
カンヌライオンズ2017のPRライオン日本審査員の本田哲也さんと、切り込み隊長イザワ。ちなみに、本田さんのお気に入りは、Public Affairs & Lobbyingカテゴリーでエントリーされ、シルバーを受賞した「TWO GUYS GO TO THE CINEMA 」(CINEMES TEXAS | THE CYRANOS//McCANN)。日本でPublic Affairs & Lobbyingというと、お堅い手法ばかりが重宝されるが、きらりと光る“とんち”の効いた本作は、多くのヒントがある。

  イザワの“まと目”

今、PRライオンで評価されるには、やはり社会課題との結びつきが欠かせないことが、今年、改めてはっきりしたような気がします。というのも、「企業にとっての課題」という舞台に留まっていると、その「企業」が持つ本来的な役割で、どう演技するかという「表現力」の勝負にしかならないからです。しかし「社会にとっての課題」かつ「企業にとっての課題」という、より広い舞台に出ると、既存の役割に加えて、社会においてその企業がどういう役割を演じるべきなのか、という新しい勝負軸が生まれます。

それが、社会における役割を演じる時の「正当性=なぜその役をやるのか」と「意外性=まさかそんな役をやるなんて」です。「表現力」だけで勝負するよりも、役割の「正当性」と「意外性」でも勝負できるほうが、より“PRらしい”と言われれば、そりゃ納得せざるを得ないですよね。

でも「CHEETOS MUSEUM」(CHEETOS|GOODBY SILVERSTEIN & PARTNERS)みたいな、マーケティング寄りのエントリーもゴールドを獲っているので、「表現性」にとことん磨きをかければ、社会課題の有無という大きな壁を突破できる可能性もあるわけです。それによく考えてみれば、「CHEETOS MUSEUM」も「Earned at the Core」ですよね。誰もが子どもの頃に一度はやったことがあるだろう「このチートスって、○○に見えない?」という思い出や体験をアイデアのコアにしていて、生活者の想像力にモロにリンクしています。

まとめイラスト(イザワ画)
舞台は大きいほうが映えるが、小さい舞台がダメなわけではない。「正当性」「意外性」「表現性」の3つがPRアイデアの大切なポイント(イザワ画)

カンヌを見ると、社会課題と結びついたエントリーが目立つので、ともすると“大きな舞台”に出ることばかりに目がいきますが、大きな舞台ありき、ではないのかもしれません。企業の課題解決の延長線上に社会課題との結びつきを見つけられれば、その舞台を生かせばいいし、そうでなければ、自分がすでに立っている舞台を最大限に生かせばいい。大切なのは、「どの舞台でなら、もっとも生活者の関心を惹き、想像力をかき立てることができるのか。その結果、世の中を巻き込み、動かすことができるのか」ということを「意外性」「正当性」「表現性」の観点で考えること。ここにPRアイデアのヒントがありそうです。