OOHの未来No.1
今、そこにいる人に寄り添える
デジタルサイネージ進化論
2017/08/17
デジタルテクノロジーの進化により、OOH(屋外広告・交通広告)も変革の時を迎えようとしています。この連載では電通アウト・オブ・ホーム・メディア局(OOH局)のメンバーが、主にデジタルサイネージを中心とした屋外広告・交通広告の進化と可能性をお伝えします。
第1回はOOH局・浜田桂氏による「デジタルサイネージの現在」です。
「バスにテレビを付ける」お仕事をしています。
先日、「ママのおしごとってなに?」と息子に聞かれたとき、私はこう答えました。
「バスにテレビをつけてるんだよ!」
そうなんです、何を隠そう、私、バスにデジタルサイネージを付けました。それから、駅にもデジタルサイネージを付けました。
もちろん、物理的に私が付けたわけではなく、サイネージメーカーや、SIer(システムインテグレーションを行う業者)に多大な協力を頂きながら、デジタルサイネージ事業の担当をしています。
ちなみに、デジタルサイネージ、というのは保育園の息子には難しいので「テレビ」と言っています。
余談ですが、バスのような移動体にサイネージを設置する際には、運行の支障がないように事前に消費電力を計算します。ザ・文系の私がこの年になってオームの法則(V=A×Ω)を思い出すことになるとは、思いもしませんでした(笑)。息子が小学生になって「勉強ってなんでしなきゃいけないの?」と聞かれた時は、この話をしようと思っています。
OOHのいいところは、「目に入ってしまう」ところ。
そもそもOOHのいいところってなんでしょうか。それは「強制視認性」です。
例えば、去年入ってきた新入社員に「なんで広告会社に入ろうと思ったの?」と尋ねたときのこと。彼女はテニスをするために大学に入ったのに、けがでずっと試合に出られなくなってしまったのだそうです。
「それで落ち込んで、もう大学もやめちゃおうと思っていたんですが、そのときホームの向こう側に『負けるもんか』って書いてある看板を見つけたんです! それを見たとき『ここでやめたら、本当に負けだな、こんなところでやめられない』と思ったことで、踏ん張れました。その看板がきっかけで、広告の仕事に興味を持ったんです」
これこそがまさしく「強制視認性」のもたらす効果です。
4マスやインターネットは、その媒体を自ら「見よう」「聞こう」と思って行動した人にしか届きません。でも、「見ようとも思っていなかったのに、ふと目に入っちゃって、すごく心に残っちゃった」。言い換えれば「こんなところで出合っちゃったら、ひとめぼれしちゃうよ!」ということを実現できるのがOOHです。
また、OOHにはもう一つ特徴があります。
以前、ある空港の方が、「チェックイン前に見た広告とチェックイン後に見た広告では、気持ちがほっとしてから目に入ったチェックイン後の広告の方が皆さん記憶に残るようです」とおっしゃっていました。
つまり、OOHは他のメディアに比べて、見る人が今いる「場所」や、周りの「状況」や、その時の「気持ち」が受け手に大きく影響するのです。
想像してみてください。「やる気の出ない月曜の朝に職場の近くで見た広告」と「休日を前にした金曜の帰り道に自宅の近くで見た広告」とでは、全く同じ広告であっても受ける印象が全然違ってくるはずです。
日本のデジタルサイネージ市場には大きな伸びしろがある。
そんな特徴を持つOOHですが、中でも期待されるのがデジタルサイネージです。実際どのぐらい成長しているのか、そして今後どのぐらい成長していくのかを見てみましょう。
日本はOOH市場の大きさにおいては、中国、アメリカに次ぐ世界3位のマーケットです。その中でデジタルサイネージの市場規模は、2016年の490億円に対して、2020年には1500億円にまで拡大するといわれています。
そして日本のデジタルサイネージ市場の年平均成長率(2015~20年)は30.9%と予想されています。今最も注目されているAI市場が同じ期間で46.2%ですから、比較してもかなりいい線をいっているのではないでしょうか。
しかし一方で、「OOH市場においてデジタルサイネージの占める比率」を見てみると、まだ全体のうちの9.4%でしかありません。2019年にはこの比率は20.8%にまで伸びると予測されていますが、同じ頃のグローバルでの平均予測が39.7%ですから、まだまだ非常に低い割合です。
こうして数字を見ていくと、拡大するOOH市場において、デジタルサイネージはまだ存在感を増すことができそうですよね。「日本のデジタルサイネージ市場」は、まだまだ大きな伸びしろがある領域といえるでしょう。
(以上、数字は「富士キメラ総研調査2015 年、2016年」「日本の広告費2016 年」「グローバルエンターテイメントとメディアの展望に関する分析調査 2015-2019」を参考に筆者が算出したもの)
デジタルサイネージのビジネスモデルは、アナログだった。
「最初からデジタルだし、デジタルサイネージはもう進化しないでしょ」と思われる方も多いでしょう。でも、そうではないのです。
実は、デジタルサイネージは、これまで「テレビ+DVDプレーヤー」の仕組みでした。極端な言い方をすると、ディスプレーだけがデジタルで、ビジネスモデル自体は昔ながらのアナログだったんですね。
私が、サイネージ事業に関わってまず疑問に思ったのが、この「なぜデジタルサイネージは、インターネットの仕組みではなく、テレビとDVDプレーヤーの仕組みから始まったのか」という点でした。
私なりの答えは、「デジタルサイネージが普及し始めたときには、通信環境が今ほど良くなかった」ということ。そしてそれに起因していますが、「デジタルサイネージの役割上、通信環境によらずに安定的に再生・同期ができる必要があった」ということです。ウェブ上の動画の再生ボタンをせーのっ!で押すと通信速度によって再生にズレが生じますが、駅のサイネージはぴったりと同期がとれていると思いませんか? 通信環境が異なれば、再生・同期に遅延が生じてしまいます。
また、OOHの料金形態は、インプレッションやクリックのように「アクションが起きたときだけ課金」というモデルではなく、「この期間に必ずずっと掲出するからこの金額」という予約型モデルなので、結果、これくらいしか掲出されませんでした、ということが起こり得るベストエフォートは許されないわけです。これが、デジタルサイネージのビジネスモデルがアナログでなければならなかった理由です。
もちろん、今までも全くネットにつながっていなかったわけではないですが、週1回素材をダウンロードするときだけ回線を使っていた、ということが少なくありませんでした。
しかし、通信環境が飛躍的に向上し、安定的に通信できるようになった今、デジタルサイネージはどんどんインターネットにつながり始めています。そうなることで、従来のように「決まった映像コンテンツを事前に入稿して流す」のではなく、「リアルタイムに外部データとつながる」ことができるようになってきているわけです。
すると、どういうことが起きるのでしょうか? 前段でお話したOOHのいいところ、つまり、「今、ここで出合ったら、ひとめぼれしちゃうかも」の実現を、リアルタイム性や外部データが強い力で後押しするのです。
■あれ?雨が降ってきたぞ、というタイミングで「傘はどうですか?」
■今日は暑いな、、、と感じたタイミングで「冷たくてさっぱりする新商品が出ましたよ」
と、リアルタイムに外部データと連動することにより、デジタルサイネージは、
「その時、その場所、その気持ち」に応じた展開が可能になってきたのです。
彼氏に電話したときに「オレも今電話しようと思ってた」と言われると、急に距離が縮まったような気がして、うれしくなってしまったことがあるのは、私だけではないのでは?
当たり前ですが、「今の自分の気持ち」に寄り添われると、人間は弱いんですよね。
ダイナミックなクリエーティブ展開が可能なことから、このような展開はDynamic Digital OOH、略して「ダイナミックDOOH」と呼ばれています。
ダイナミックDOOHは、現在のところ日本よりもイギリスやアメリカで進んでいます。グローバルクライアントのブリーフには、OOHの中に「DOOH予算」というものが存在して、デジタルとそうでないOOHを明確に区別した展開をしている場合も少なくありません。
ダイナミックDOOHと、従来型のDOOHの効果を比べた、以下のような調査結果もあります(図表1)。
そして、このデジタルサイネージが、リアルタイムデータや、ビーコンや、SNSの投稿とつながったりすると、もうどんどん面白いことができるのです!
次回以降は、実際の面白い事例を交えながら、可能性に満ちたダイナミックDOOHの世界を紹介していきます。