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「ロックは終わった」って誰が言った?

セカイメガネ №64

  • Michael Aronson

2018/01/24

「ロックは終わった」って誰が言った?

子供の頃、誰かが僕にこう言った。「ロックンロールは終わったぜ」。誰がどんな状況で口にしたセリフだったか、よく覚えていない。ブレークダンスに夢中だった近所のいじめっ子グループが、公園の砂場で遊んでいた僕にそう言ったのか。だとすれば、1983年頃のことだ。マイケル・ジャクソンの「スリラー」、カルチャー・クラブの「カラー・バイ・ナンバーズ」がはやっていた。ディスコ音楽、プログレ、クラシックロックに代わって、ポップミュージックが音楽界の天下を取った。

ロック音楽が終わっているかどうかは、マーケティングに関係していると僕は考えている。マーケティングがロックの自発性や情熱をダメにしてしまったのだろうか。レッド・ツェッペリン「永遠(とわ)の詩」を聴いた瞬間の興奮、AC/DC「地獄のハイウェイ」を演奏するときの高揚、モーターヘッド「エース・オブ・スペード」の疾走するエクスタシー。こうしたバンドはチケットやアルバムの売り上げ金額など、そもそも興味がない。関係者の金儲けの思惑など、はなから無視している。

彼らが曲を書くのは、たった一人のオーディエンスのため――僕だけのためなんだ、と妄想する。エッジの効いた、魂を感じさせる楽曲は身体の芯、心のど真ん中にずしんと響く。その余韻は生涯消えることがない。そうしたエッジを僕たちはもう何年も失ってきた。権威に逆らい、商業的構造にのみ込まれないバンドは今や希少だ。音楽業界はクローンのように同じ顔つきになり、自動演奏機械のようなポップアイドルが牛耳っている。

けれども、エッジを失っていない偉大なバンドは今でも確かに存在する。この1年で、僕は聴力を15%失い、声が完全に出なくなり、脳細胞をかなり失う経験をした。世界に名だたるヘビーメタル・フェスティバル、フランスの「ヘルフェスト」、日本の「ラウド・パーク」に参加したのだ。それは、実に幸福な出来事だった。

アリス・クーパーが、ブラック・サバスが、ロジャー・ウォーターズが、ガンズ・アンド・ローゼズが、デビューから30年、40年、いや50年経ても、輝きを放っていた。米国のマストドン、ハイ・オン・ファイア、スウェーデンのカルト・オブ・ルナ、ノルウェーのクヴァラータクにもやられた。次世代ハードロックファンのためにエッジを尖らせている連中だ。

僕は確信した。ロックンロールは終わっちゃいない。今でも生き生きと反発し、叫び、ギブソンのエレクトリックギター、フライングVをぶっ壊している。世界中の老若問わないファンのために。そう、マーケティングじゃ、ロックのエッジを丸くはできない。    

                        (監修:電通 グローバル・ビジネス・センター)