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電通兆候研究所「シンプタンク」のそろそろこれキますよ。No.4

【予言】
とんでもない作品は、「妄想のシェア(ハウス)」から生まれる。

2018/02/27

SYMPTANK=SYMPTOM+THINK TANK 電通兆候研究所「シンプタンク」のそろそろこれキますよ

電通社員たちが“謎の紙上研究員”として、世の中のキザシ(SYMPTOM)をあれこれ探っていくコーナーです。

今回のテーマ「これからのヒットコンテンツ」/【予言】とんでもない作品は、「妄想のシェア(ハウス)」から生まれる。/研究員No.1 小林昌平

「実用エンタメ」を掲げる新進気鋭の出版社、文響社。創立7年の間に『うんこ漢字ドリル』シリーズ280万部、『人生はニャンとかなる!』シリーズ190万部。十分すぎる成功だが、彼らはまだまだ満たされないらしい。同社が目標とするピクサーのような、次々に革命的作品を生み出すヒットメーカーとなるために、今やっていることは「21世紀のトキワ荘(※)」。山本周嗣社長が都心の一角にあるビルを提供し、「タメになるエンタメ作品」が集まるプラットフォーム「タメランド」に作品を掲載する作家の卵の生活を全面的にサポートしている。この部屋から次の大ヒットを狙う文響社。彼らが考える、イノベーションを生み出す秘策とは?

※トキワ荘:1950年代に、手塚治虫氏ら後の日本漫画界の巨星たちが共同生活していた伝説のアパート
この現場から見たことのないエンタメが生み出される
この現場から見たことのないエンタメが生み出される
 
山本社長(右から2人目)が場を提供するプロデューサーの役割を、漫画編集出身の北岸芳広氏(左端)が「タメランド」編集長を、『夢をかなえるゾウ』『人生はワンチャンス!』『LOVE理論』シリーズのヒットメーカー水野敬也氏(左から2人目)が自らも連載しつつ、作家の卵一人一人の作品のクオリティーを上げる役割を務める。
山本社長(右から2人目)が場を提供するプロデューサーの役割を、漫画編集出身の北岸芳広氏(左端)が「タメランド」編集長を、『夢をかなえるゾウ』『人生はワンチャンス!』『LOVE理論』シリーズのヒットメーカー水野敬也氏(左から2人目)が自らも連載しつつ、作家の卵一人一人の作品のクオリティーを上げる役割を務める。

小林:昨年末立ち上げられた「タメランド」ですが、やはり「自己啓発エンタメ」が御社の領域だと踏んでいますか?

水野:ずっとそれで来ていますね。僕らがやろうとしている実用エンタメって構造的に「広告」なんです。好ましいと思う行動をとってもらうために、エンタメや笑いの要素を入れて、その奥に行動へのメッセージを忍び込ませるという。

小林:「より良い行動を促すエンタメ」のヒットが目立つ時代になりました。水野さんの著書が原案になったテレビドラマ(TBS系「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」)をはじめ、今売れている『漫画 君たちはどう生きるか』もそうだし、文響社的思想がコンテンツ界を突き動かしている気がします。

水野:歓迎すべきことですね。実用エンタメって、純粋なエンタメに比べたらまだまだ地位の低いジャンルです。けれど「バカにされるジャンル」でなければ、革命は起きないんです。

小林:「うんこ漢字ドリル」も、誰も本気で足を踏み入れなかった「うんこ」に踏み込んで大成功しました。「ポストうんこ」ともいうべき今回集まっている若い作家さんは、どこで見つけてこられるのでしょう?

北岸:美大やデザイン学校の知り合いを通じてだったり、コミケに行ったり。その後山本含めみんなで面接して。

小林:山本社長は外資系金融機関のトレーダー出身だけあって、クリエーティブという形のないものを数字で読む能力にたけていますよね。

水野:山本さんがある才能を見て何万部のヒットになるかを見る目は神がかってまして。『デスノート』に出てくる、見た瞬間に人の寿命が分かる「死神の目」にちなんで「悪魔の目」と呼んでます(笑)。

山本:いやいや、見えるわけではないんですが、「この人いいな」って思った人に共通するのは、これと決めたことに一徹な人ですね。

小林:「悪魔の目」。投資とリターンを冷徹に見抜く目でありながら、一徹な才能を温かく見守る目でもある。

水野:そうですね。「実用エンタメって倫理や道徳を変え、だとすれば義務教育そのものを変えられるんじゃない? それってとてつもない市場じゃない?」と雑談の中で盛り上がったとするじゃないですか、すると山本さんが「やばいぞそれは!」と応えてくれる。これがでかいです。

小林:思い込みの力で盛り上がり続けて、結果を残してきた。

水野:もしもその思い込みが当たっていなかったとしたら。もしもスタバの創業者ハワード・シュルツ氏が場末のコーヒーショップで終わっていたとしたら。それでも彼は「この素晴らしいコーヒーを通りの人に届けたい」という思いでやり続けてたでしょうね。僕らにも「これが社会にとって必要だ」という、ある種の直感のようなものがあります。

小林:ものづくりという答えのない世界で、水野さんの神がかったストーリーテリング力が、山本社長はじめ周りの才能を動かしてきました。この「タメランドビル」も、寝食を共にする作家さんたちがお互いの妄想をぶつけ合い、切磋琢磨(せっさたくま)しながら盛り上がっている感じです。

水野:ですね。スタバの例えで言うと、「そのコーヒー最高なのは分かりますけど、人気のあるカフェラテでもやってみましょうよ! ブラックおいしいの分かるけど、1杯だけ!」と副社長が渋るシュルツ氏をなんとか説き伏せてスタバが大成功したという歴史があるわけで。すべては思い込みから始まるけれども、その一方でやはり、僕らの思い込みとお客さんのニーズの「摩擦」が重要だと思っています。

小林:それを今、若い作家さん同士でやっているということでしょうか。

水野:それが理想ですね。映画『ベイマックス』の制作の途中経過を、ピクサー社内で他の作品の監督たちと見せ合いっこしたように。

小林:作家同士の垣根を越えた摩擦が、妄想を客観性の高い作品に磨き上げる。

北岸:実用エンタメも突き詰めれば、一流のエンタメになると本気で思っている人が集まってくれていて、お互いの作品に率直に意見を言い合っています。お互いの作品には不干渉だった元祖トキワ荘とはそこが違う、新しいところかなと。おかげさまでいい空気なんです。

山本:社長としての僕の仕事は、妄想を盛り上げ合う場を提供することです。当たるかどうかは保証されてないけど、当たる確率を高める環境はつくり出せる気がしています。中規模のヒットを連発するより、作家の卵を全面サポートするとか、たとえ時間がかかって世の中からいったん潜り込んだとしても、「とんでもない一発」が出てくることが僕としては興奮しますし、社会にとっても意味があることだと思っています。

駆け出し感あふれる作家さんのドア(左)、お互いの原稿を 批評してクオリティーを 高め合ってます!(右)
駆け出し感あふれる作家さんのドア(左)、お互いの原稿を批評してクオリティーを高め合ってます!(右)
 

[仮説]
新しいものを産み出すのに必要なのは、妄想を盛り上げ合う同志である。

まだ実現していない妄想をお互いが盛り上げつつ、客観性によってたたき上げ合う。『うんこ漢字ドリル』を280万部もヒットさせた出版社が次のヒットをunder construction(建設中)である、いささか地味な光景ではあります。しかし、ゼロイチのとんでもないヒットは、少数の同志が没頭し合う、華やかさとは裏腹の、ストイックな環境で培養されるのでしょう。文響社はこれまで華やかな結果を出してきたから、今回も当たる? それは本人たちにも分かりません。ただ、自分たちのやるべきことだと思うからそこに賭ける。妄想を語るファーストペンギン以上に、妄想を励まし合う仲間がイノベーションには不可欠なのです。

 
小林昌平氏