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『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.83

2019/03/29

『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

今回取り上げるのはハンス・ロリング他による『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)です。

瞑想などで「今この瞬間にただ集中している心のあり方」をマインドフルネスと言いますが、ならばファクトフルネスとは「ただ事実に注目して世の中の状態を明らかにする理性のあり方」とでも言えばよいでしょうか。なぜそのような方法をことさら強調しなくてはならないかというと、人間はいくつかの本能に基づく思い込みによってたやすく事実を歪めて認知してしまうからです。いやいや、私はそんなことないよ!ときっと皆さん思われますよね(私ももちろんそうでした)。

factfullness

あなたはチンパンジーよりも賢いか?

本書には世界の事実に関する「チンパンジークイズ」なる三択の問題が出てきます。三択なので、チンパンジーが問題を理解せずにランダムに回答しても1/3の正答率になるわけですが、このクイズで皆さんは見事チンパンジーに勝利することができるでしょうか!? このサイトから本書に掲載されているクイズのうち12問にチャレンジすることができます。

いかがでしたか?私はまさかのチンパンジーに完敗でした…でも、ご安心ください。著者は長年にわたり世界中でこのクイズを実施しましたが、世界のエリートと称される人たちでも軒並みチンパンジー以下の正答率をたたき出しているのです!

しかし、実際にはこの結果はまったく笑い事ではなく、国や世界の舵取りをすべき層がこれらの「貧困」「男女平等」「人口予測」「環境対策」といった諸問題の現状認識を誤っているということは、人類社会の舵の切り先を間違えかねないという大変由々しき事態でもあるのではないでしょうか。本能に基づく認知のショートカット機能は、かつての過酷な環境下では生存率の向上に大いに貢献したのですが、人類の遺伝的進化をはるかに上回るスピードで社会やテクノロジーが進化してしまった結果、人間の認知機能そのものが時代遅れになり、間違った判断を下しかねなくなってしまったのです。

そのような状況を解決するべく、著者はギャップマインダー財団を設立し、長年にわたって人間の本能がもたらす認知の落とし穴を知識と理性によってカバーすることを啓発し続けていて、本書はその集大成といえます。

課題解決のために必要な理性のあり方が「ファクトフルネス」

著者は人間の認知を歪めてしまう本能を以下の10個に分類しています。

①分断本能
②ネガティブ本能
③直線本能
④恐怖本能
⑤過大視本能
⑥パターン化本能
⑦宿命本能
⑧単純化本能
⑨犯人捜し本能
⑩焦り本能

詳細は本書に当たっていただければと思いますが、ざっと見て感じられたであろう通り、人間は基本的に現状をネガティブに捉える傾向があるため、そのような言説が耳目を集めることとなります。いま皆さんを取り巻くワイドショーでもSNSでもそのような「物事を単純化し、犯人探しに明け暮れ、世の中はどんどん悪くなっていると恐怖や焦りをあおるような話」に溢れかえっているのではないでしょうか。

しかし、著者が本書でデータに基づいて明らかにしていくのはマクロな視点で見た場合、世界は間違いなくより良くなってきている、という事実です。そしてその推進力となっているのはこれまた「一人の英雄」などではなく、テクノロジーと社会基盤(現場で諸問題に携わっている個々の人々)なのだと言います。

著者のハンス・ロリング氏は元々は医師で、20年もの間、アフリカの奥地で麻痺をきたす風土病(コンゾと命名)の研究を続け、その中でこの病気の原因が現地で主食とされていたキャッサバという芋にあることを突き止めます(ブラックジャックにこの話を下敷きにしたと思しきエピソードがありますね)。なぜ以前から常食していたこの主食が急に疾患の原因となったのか。もともとキャッサバに毒があることは知られていて3日かけて毒抜きをしてから食べていたのですが、国中が大変な凶作で飢饉となり、政府がキャッサバをこれまでにない高値で買い集めたため、貧乏な農家は作物を全て売り払い、腹ペコのまま家に帰って空腹のあまり毒抜きをしていないキャッサバの根を引き抜いて食べていたことがこの疾患が流行した原因でした。つまり、単純な疾患の話ではなく、それをもたらした遠因は貧困や食料危機にあったのです。

このような経緯もあって、著者は経済と社会と毒と食べ物の研究をするようになるのですが、疾患といった問題を解決するためには、事実(ファクト)に基づいた分析を地道に行うことと、その原因によっては、時として経済や社会といった大きなシステムの改善に取り組む必要があることがこのエピソードには示されています。「物事を単純化し、犯人探しに明け暮れ、世の中はどんどん悪くなっていると恐怖や焦りをあおって」いても、何も課題を解決することはできないのです。

現実の課題解決のために必要な二つのアプローチ

広告コミュニケーションの領域において名著とされる本に『影響力の武器』に代表される行動経済学関連のものがあります。本書とこれらの著作は同じ「人間の認知機能のクセ≒バグ(アップデート遅れ)」をテーマとしたものといえます。

人とコミュニケーションを行う際はこのクセを前提として上手な伝え方を考える必要がありますし、現実の問題解決に取り組むためにはこのバグを排除して正しく現実の状態に向き合い実態を把握した上で解決策を思案する必要があるわけで、両者は裏表の関係にあります。広告コミュニケーションに限らず、何らかの課題を解決するためには、いつだってこの両側面からのアプローチが必須なのではないでしょうか。

最後に、本書をこれから読もうとしている方に、ぜひお願いしたいことがあります。このコラムで少しだけ著者が本書を執筆するに至った経緯を書いてしまったので、やや矛盾してしまうのですが、可能であれば、著者の経歴やプロフィールは一切見ないまま、冒頭からあとがきまで一息に読んでみてください。

私はたまたま下調べなどせずに本書を読み進めたので、結果として、あとがき部分で大いに涙し、心動かされ、事実に基づいた理性的なものの見方をこれからの人生において肝に銘じよう、という気持ちになりました。皆さんにもぜひ同じ体験をしていただきたいと思っています。

課題解決のために正しく現状を認識するにはあくまで地道にファクトに向き合うこと。しかし、人間を動かすためにはその感情に、エモーションにこそ訴えかける必要があること。少し謎かけのようになってしまいますが、上記の方法で通読いただければ、実感していただけるのではないかと思います。

電通モダンコミュニケーションラボ

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