ひよこちゃんが悪魔に。クリエーターが考える「企業キャラ」の転換期
2019/06/28
企業や自治体が持つ、独自のマスコットキャラクター。近年、個性的なキャラが次々に登場していますが、一方で、長く愛され続け、すっかり定着しているキャラもいます。
そんな古くから愛されるキャラを、“悪魔”に変身させた広告キャンペーンが話題となりました。日清食品「チキンラーメン」の具付き3食パックの新商品「アクマのキムラー」のプロモーションです。チキンラーメンのマスコットとして知られる“ひよこちゃん”が突然、悪魔に変身したこの企画は、ADFEST(アジア太平洋広告祭)2019のブランドエクスペリエンス&エンゲージメント部門でグランプリを獲得するなど、多数の広告賞を受賞しました。
この企画に携わったのが、電通の尾上永晃氏(電通 CDC プランナー)です。大胆な“キャラ変”の裏には、どんな工夫と狙いがあったのでしょうか。プロジェクトを通して、尾上氏の考えを聞いていきます。
定着したキャラだからこそ、悪魔になる動機を明快に
──ひよこちゃんを悪魔に変えるアイデアは、どのように出てきたのでしょうか。
実は日清食品との最初の打ち合わせの場で出てきたものです。チキンラーメンは歴史が長い分、ファミリー層や比較的年齢の高い層が好む傾向にあったといいます。そこで「アクマのキムラー」のような刺激的な商品を作って、若い人を振り向かせたいという思いが、そこにはありました。
プレゼンの場に社長もいらしたのですが、非常にアイデアにあふれており、その場で「ひよこちゃんを悪魔に変身させよう」という話で盛り上がりました。そこで企画のベースができ、チキンラーメンのCM曲も、変身に合わせてハードロック調の激しいものにアレンジしたら面白そうだと。
そのアイデアを持ち帰り、クリエーティブ・ディレクターの東畑幸多さんのもとで、ひよこちゃんが悪魔になる瞬間をCMで描くことに決めました。「アクマのキムラー」の袋麺を丼にあけて天に掲げると、悪魔が召喚され、ひよこちゃんが変身する。というのも、「3分で召喚」というキーワードをプレゼンの場で提案させてもらっており、それを表現したいなと。袋麺を食べる行為に何かしらの名前をつけたかったのです。名前をつけることにより、SNS上でつぶやきやすくなります。前述した音楽のアイデアも取り入れました。
ただ、これだけではひよこちゃんが脈絡なく突然変身する印象になります。長く定着したキャラですから、唐突すぎるとファンの方も受け入れにくいでしょう。そこで、変身する理由や過程を描く事前のストーリーを用意することにしました。
ポイントは、ひよこちゃんが悪魔になる動機です。僕がずっと哀愁があると思っていたのは、チキンラーメンのCMを、鶏であるひよこちゃんがやっていること(笑)。さらに、かつて発行されたひよこちゃんのキャラクターブックを見たら、ひよこちゃんがメレンゲを作っている。これって、恐ろしくないですか?(笑)そこで、この要素を使うことにしました。
批判は「わからない部分、あやふやな要素」から生まれる
──変身のストーリーをどのように描いたのかを教えてください。
当時、公的なツイッターアカウントで誤ってプライベートなツイートをしてしまうケースが社会的に多く見られました。それをひよこちゃんのアカウントでやったら注目されるのではないかと。つまり、今まで良い子のツイートばかりしていたひよこちゃんが、急に荒ぶった発言をし始めたら目立つはず。
まずは、ひよこちゃんが「クエエエエエエエエエエエエ!」と奇声をあげるツイートをして、その後「やってられっか!」「茶番はもう終わりだ。」「ひよこにチキンラーメンの宣伝させるなんてどうにかしてる」と、過激な投稿を連発。
その発言を見て気になったファンがチキンラーメンのサイトに行くと、ひよこちゃんが「良い子を辞めさせて頂きます」と辞表を出している形です。
さらには、日清の他商品のページにひよこちゃんが落書きしたり、特設サイトでは、オカルトやミステリーの雑誌として知られる「ムー」の方に協力していただき、ひよこちゃんが悪魔になる過程や要因を検証・解説したコンテンツを載せたり。変身の背景やストーリーを追加していきました。「ムー」の方いわく、この悪魔は「ソロモン72柱のカイム」らしいです。
大切にしたのは、徹底した作り込みです。これだけ定着しているキャラですから、悪魔にするのは勇気がいります。ネガティブな反応も出るかもしれません。ただ、こういったものは、見る人にとって「わからない部分、あやふやな要素」が多いと批判的なイメージになると思っています。ひよこちゃんの変身も、なぜそうなったのかというストーリーを細かく描き、他の解釈の余地がないほど情報を与え、想像を絶するほど濃いものにしたりすると、批判は起きにくいと考えました。
企業と消費者がつながる今、キャラのアップデートが必要
──このキャンペーンを通して、今後の広告についてどんなことを感じたのでしょうか。
こういった、既存のキャラを再創作するケースは増えてくるでしょうし、企業として重要になるかもしれません。海外では、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースが、イケメンバーチャルインフルエンサーに変身。大きな話題になりました。同じような流れがいろいろなところで起きており、実は歴史あるブランドや、定着したキャラクターのある企業は、このような試みを求めている可能性もありそうです。
なぜなら、今はSNSなどを通じて、企業が消費者と直接コミュニケーションを取れる時代です。企業はコミュニケーションの主となる「何者か」を作らなければなりません。しかも、コミュニケーションをするからには、そのキャラの性格やパーソナリティーを細かく設定すべきです。そうしなければ、どんな返答をさせるか、あるいはどんな口調にさせるか決めにくいですし、尖った特徴がなければコミュニケーションはごく一般的になり、人々を引きつけにくくなります。とはいえ、企業自体を主語にするやり方は運用する人の才覚による部分も大きい。そこで、キャラです。
今から新たにキャラを作る企業はよいのですが、すでに定着したキャラを持つ場合、そちらを活用した方が知られてる分だけ早い。でも、一方で昔からあるキャラは、今のような消費者とのコミュニケーションを想定していないので、性格や背景が細かく設定されていないことが多いでしょう。
既存のキャラを現代に合わせてアップデートすることが大切になってきています。これまでのファンを失わず、さらに新しいファンを取り入れられるように。長く定着したキャラを持つ企業にとって、今がまさにバージョンアップを期待されている時期なのかもしれません。
──最後に、今後はどのようなクリエーターを目指したいですか。
ひとつ目標にしたいのは、ブームを作ることです。昔に比べると、広告から始まるブームは少なくなった印象です。なぜか突然タピオカが流行したり、ハンドスピナーが爆発的に売れたり。世の中にブームは起きていますよね。自分もいつかは、あの規模のブームを作れたらと思います。
あとは、基本的に自分がいいと思うものを人に勧めたいという思いがあって。自分が好きだったものを、他の人にも好きになってもらいたい。こち亀とか。そうやって恩返ししていきたい。その方法を必死に考える。すごくシンプルですが、そんな仕事ができたらいいですね。