進むために。立ち止まって考える、クリエーティビティの今。
2019/07/11
マーケティング&コミュニケーションのグローバルイベント、「ADVERTISING WEEK ASIA 2019」が、5月27日から30日まで、東京ミッドタウンで開催された。会場には、ブランド、メディア、テクノロジーなど幅広いテーマのもと、各分野のリーダーが世界から集まり、さまざまなセッションが行われた。
セッションの一つ、「いま捉えなくてはいけないクリエイティビティは、科学的思考のすぐ隣にある」では、イノベーションや未来洞察手法を研究している鷲田祐一氏(一橋大学大学院 教授)と、日本の広告界のトップクリエーターである岡康道氏(TUGBOAT代表)、モデレーターとして、マスによるブランディング経験も豊富で最先端のデジタルマーケティングに精通する田中信哉氏(電通アイソバー 取締役)が登壇。
田中氏が事前に行った鷲田氏と岡氏インタビューの発言録をもとに、ディスカションが展開された。「どうすれば人の創造性を誘発できるか」という問題提起のもと、マーケティングやクリエーティビティのあるべき姿を探った。
果てしなく広がったマーケティングの地平を歩むために
田中:「誰もが分かったように話すが、誰ひとりとして全てを分かっている人はいない」というのが現代のマーケティングだと思います。デジタルによってその地平がさらに広がりました。このセッションの出発点は、鷲田先生の著書『未来洞察のための思考法』の一節と同じ問題意識からです。
それは「現代の企業経営手法やマーケティング手法は、効率性・生産性を追求するあまり、いつしか創造性や文化性の問題について著しく疎くなってしまっている側面がある。(中略)そのような経営環境の中では文化性や創造性の大切さ、あるいは社会的な問題の解決などということを提言することすら困難な雰囲気がある」というもの。
電通アイソバーも日ごろから左脳に寄り過ぎないように気をつけて仕事をしていますが、今一度立ち止まって、デジタル化を言い訳にせずに、どういう視座でクリエーティビティは発揮されるべきか。企画する仕事やすべての人の示唆になればと思いました。
鷲田先生は、著書や、事前のインタビューで「原因と結果」という言葉で考察されています。「原因」は広告キャンペーンにおける事前検証、マーケティング仮説やデータ、「結果」はキャンペーンの成果のこと。そこでは興味深い研究成果が得られたと。
鷲田:そうです。例えば、仮説を立てたり事前検証をしたりしても、その通りの成果が得られないことがあります。また、マーケティングの統計データなどをもとに、キャンペーンが成功しそうな原因を並べても、それとは関係なく、クリエーターが「こうではないか」と提案したものが、かなりの確率で当たります。いわば、「原因が間違っているのに結果が合ってしまう現象」。これらは広告の仕事でよく起こる事象です。
研究を続ける中で、マーケティングの統計データ以外に、原因に関する部分をものすごくリサーチして広く知っていることが、キャンペーンを成功させるためには大切であることが分かってきました。クリエーターやデザイナーも、世の中で起こっていることの原因の蓄積には極めて貪欲ですよね。「このデザインの意図はなんだろう?」「なぜこんな面白い現象が起こるんだろう」とか…。
必ずしも言語化やメソッド化ができていなくても、非常に膨大な原因要素を知っていれば、ある日仕事で答えを求められたとき、原因はこの辺だよなと見当がつきます。これは「暗黙の知」でしかないですが、人の持つ大きな能力だと思います。
田中:人間には「暗黙の知」があるというのは、クリエーターにとって非常に勇気づけられる言葉です。岡さん、現実のクリエーティブの中ではいかがですか?
岡:例えば、ある売れていない商品があって、世間の興味を喚起するために、広告やキャンペーンを打つとします。オリエンテーションでは、クライアントからマーケティングによる仮説やデータが示される。そのとき、クライアントが示した仮説をただなぞって「それを表現するとこうなります」というプレゼンテーションをしたなら、それはクリエーターとしての責任を放棄していると思います。
商品が売れない原因は、オリエンテーションで示された仮説以外にもたくさんあるはずです。鷲田先生がおっしゃった「暗黙の知」、つまりクリエーター自身が普段から感覚的に捉えているさまざまな原因も含めて考え、表現をジャンプさせることこそが、クリエーターの仕事です。
今はあまりにもマーケティングありきで、左脳的に考えた「表現」になるから説得力に欠けてしまう。僕は、マーケターと組む時は、先に調査結果や仮説ありきではなく、クリエーティブアイデアを提示し、マーケティングチームと話し合いながら戦略立案を練ります。
田中:岡さんがおっしゃるように、左脳で積み上げたものをただなぞるだけでは、クリエーターとしての存在意義はなくなってしまいます。
広告も未来洞察も、いつも右脳が導いてくれる
田中:岡さんに「いまクリエーティブディレクターとして電通に戻ったとしたら、若いプランナーに対してまず何と言いますか?」と質問を投げかけたら「目立つ広告を作れ、そうでなければ効率が悪い、と言うだろう」と言う言葉が返ってきました。
いま、この会場の別のセッションでは、いかにテクノロジーで広告の効率を上げるかが話されています。そんな中、当たり前で、基本に立ち返らせてくれる言葉だと思います。
岡:僕は仕事上頼りにしているのは、自分の右脳だけです。そうでなければ「目立つ広告」はつくれないと思っています。そもそも広告は、どんなマーケティング仮説に立ったところで、目立たないと効率が悪い。クライアントに説明するときは、もちろん左脳で整理し論理的に説明しますが…。
主観的な意見だと思われることもありますが、クリエーターにはこれまで長く積み重ねてきた「暗黙の知」に基づく、ある種の客観ともいえる判断基準が備わっています。
鷲田:マーケティングによって原因と思われているもの以外の、個人の中に蓄積されたさまざまな原因に目を向けて、そこから出てきたアイデアを許容できるかがプロジェクトの成否を分けると思います。
田中:そうしたアイデアを許容できずに、疑って疑って、左脳で整理しても答えは退屈です。ならば、信じてやってみる。そう考えるとクリエーティビティが発揮されるプロセス自体にも、常に「そのやり方は正しいか」という疑問を持ち続けなくてはいけないはずです。いつも通りのプロセスではいつも通りの結果しか出せません。
鷲田:私が研究している未来洞察においても、一つの事象に対して、たった一つの未来だけを思い描く「細い因果律」に基づいた発想では、どれだけ有力な仮説だとしても、未来を当てる力は下がっていくという考え方をしています。
例えば今、自動車業界において、「自動運転」が大変話題になっています。ですが、「完全に自動運転が普及した未来」だけではなく、「自動運転がまったく普及しなかった未来」や「自動運転がまったく違う利用をされている未来」などを想定しておくことが大事です。
田中:未来予測クリエーティブも、左脳で考えたものをなぞるだけではいけない。かつて岡さんが、優れた広告表現には「意表を突いた正解」があると語られていました。左脳的になぞるだけではそれは「的外れな予定調和」になってしまう。
大事なのは、鷲田先生のおっしゃるような、試行錯誤でもたらされる個人の「蓄積」や、「暗黙の知」を信じ、解放できるかどうか。あらゆるものがパーソナライズされ、一方で、偶発性による楽しさが失われていくのが今日です。
強いクリエーティビティを誘発するために、一度立ち止まって考えることも大切だと思います。