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スポーツにイノベーションを!SPORTS TECH TOKYONo.4

世界のスタートアップと電通。事業開発で一番大切なこととは?

2019/11/29

スポーツ系スタートアップの支援プログラム「SPORTS TECH TOKYO」(以下、STT)。今回は、STTに参加している電通のプロデューサー3人に、同プログラムの最大の特徴ともいえる事業開発について聞いた。

スタートアップの技術やアイデアを新たなプロダクトやサービスに昇華し、パートナー企業や団体の協力を得て実際のビジネスとして動きだすところまで、電通のプロデューサーたちはどんな役割を果たしているのか?

小出将平、安武祐太、出張宏明
STTチームの中で、主にスタートアップやパートナーと事業開発を担当している小出氏、安武氏、出張氏(左から)。
<目次>
SPORTS TECH TOKYOの本質は「事業開発」にあり
ワールドデモデイに向けて電通がやったことと分かったこと
スタートアップが望む支援プログラムとは何なのか?

SPORTS TECH TOKYOの本質は「事業開発」にあり

トランスフォーメーション・プロデューサーの出張宏明氏
トランスフォーメーション・プロデューサーの出張宏明氏

スタートアップ向けの支援プログラムや、投資家とのマッチングイベントが世界中で盛んになる中、ひときわ大きな盛り上がりを見せるのがSPORTS TECH TOKYO(STT)だ。その特徴は、運営側(オーガナイザー:電通)が事業開発の構想からネットワーキング、実証実験、最終的なビジネス化まで強くコミットしている点にある。

電通で企業の新規事業開発を支援するトランスフォーメーション・プロデューサーの出張宏明氏は、STTにおける自分たちの役割をこう説明する。

「私たちオーガナイザーの仕事は、“新しいビジネスをつくる”こと。後で説明しますが、スタートアップの持つ技術を事業化し、マネタイズするのは、スタートアップ1社だけでは難しい。そこで、スタートアップと一緒に技術検証すると同時に、スポーツ界にどんな課題があるのかという検証も行い、その課題解決のためにどういうパートナーが必要なのかを考え、ビジネススキームを構想し、パートナーとの折衝や交渉を含め、コーディネートしていきます」

同じくトランスフォーメーション・プロデューサーの小出将平氏は、STTというプログラムの魅力について、「そこに熱量が集まっている」と表現する。

「これからの時代、新しいビジネスがどこで生まれるかというと、いろんな多様性の中で突然生まれるものになっている。われわれもクライアントの依頼を待つのではなく、外に出ていろんなタイプの人と交流しないと、ビジネスができないようになっていくでしょう。STTにはスタートアップ、スポーツ団体、メディア、パートナー企業など、多様な人たち、熱量を持った人たちが集まっており、それがいわば効率性になって、“ビジネスが生まれる場”になっています」(小出氏)

これを受けて「STTはビジネス機会があふれているコミュニティーを生み出した」と語るのは、プログラムに初期から関わっていた安武祐太氏だ。

「STTには多くのパートナー企業、スポーツ関連団体、スポンサー(さまざまな形でSTTプログラムをサポートする企業、団体)が参画してくれています。ポイントはスポーツという、みんなが共有できるテーマだったこと。スポーツのカバーする領域は実は非常に広くて、いろんなところに接点を持てるという点に、パートナー企業は期待しています。結果として予想以上に熱気のあるコミュニティーができ、多くの企業から、それもフランスなど他の国からも『このプログラムはどうやって実現しているのか?』という問い合わせがありました」(安武氏)

出張氏も、スポーツという分野の持つ“拡張性”がSTTの盛り上がりの大きな要因だったと考えている。

「スポーツをコアにすると、社会のいろんな課題解決に広げていきやすいんです。僕が驚いたのは、今回のプログラムに33カ国以上、およそ300ものスタートアップから応募があったこと。これだけの数のスタートアップと触れ合える機会は、“スポーツの引力”あってこそ。先ほども話題に出ていたように、今の時代は外に出ていかなければビジネスは生まれません。そのいろんなところにいる人たちと出会える場所になったのは、STTのひとつの価値だと思います」(出張氏)

しかし、コミュニティーづくりそのものはプログラムの最終目的ではない。新たなビジネスが生まれる場で、スタートアップと共に事業開発を行い、スポーツ以外の領域にもビジネスを拡張してゆく、その中に電通がいるということがあくまでも重要だと3人は口をそろえる。

「スタートアップの技術がどこで役立つのか、彼らだけでは分からないところを、われわれは情報を得て、つなげる。そういう接着剤になっているのがまずポイントです。電通の従来のビジネスは買い切り案件のセールスに代表されるように、いわば短時間で“閉じる”ことが前提でした。しかし僕らは逆にビジネスを外に向けて開きまくる。世界の宝になるようなスタートアップが埋もれないように、長期的な視点で取り組んでいます」(小出氏)

ワールドデモデイに向けて電通がやったことと分かったこと

トランスフォーメーション・プロデューサーの小出将平氏
トランスフォーメーション・プロデューサーの小出将平氏

STTの成果の中間発表である「ワールドデモデイ」が、プログラムのひとつの集大成として8月に開催された。このデモデイに向けて、3人のプロデューサーはスタートアップと共に事業開発に取り組んできた。

安武氏は、実際の取り組みとして、「まず各スタートアップの技術を検証し、その付加価値を再定義した」と語る。

例えば、Omegawaveというフィンランドのスタートアップの場合。すでにプロサッカークラブのアヤックスなどでコンディショニングの管理ツールとして使われているサービスだが、心拍数などのフィジカル面だけでなく、脳波などでメンタル面のデータも取得できるのがユニークな点だった。

「Omegawaveの話をよく聞いてみたら、お酒を飲んだり、睡眠不足になった選手のメンタルの数値を見て、コーチと選手が会話するきっかけになる、コミュニケーションツールとしての定義もあったんです。そうすると、スポーツチーム以外にも広げられる可能性があります。もっと社会に浸透するツールになるかもしれない。こういった検証を、他のスタートアップに対しても行っていきました」(安武氏)

スポーツ以外への応用可能性も持つOmegawave
スポーツ以外への応用可能性も持つOmegawave。ワールドデモデイではCEOのGerard Bruen氏が、ファイナリストの中で最多となる3組織とのパートナーシップを発表した。

「スポーツ」が起点ではありつつも、さらなる可能性を見据えて、各スタートアップの事業開発が進んでいった。事業開発で重視したポイントを、出張氏はこう述べる。

「それを実現することで、どんな課題が解決されるのか。人が幸せになるとか、社会がもっと豊かになるという観点が重要です。どうしてもビジネス、お金が先行すると『この技術を使いたいから、ここにはめよう』という発想になりがちですが、あくまでも課題ありきで考えないとうまくいきません」(出張氏)

安武氏も「課題から入る」ことの重要性に同意する。

「スポーツの周辺だけでも課題がたくさんあるんですが、当のスタートアップからはそこが見えていなかったりします。ある課題に対して、スタートアップ1社だけでは解決できなくても、僕らがパートナーを連れてくることで解決できることがある。例えばそこにメディアがいた方がよければメディアを呼んでこられます」(安武氏)

スポーツ界の課題にはどんなものがあるのだろうか。

「一つは、ほとんどのスポーツが『撮影』『放映』されていないということ。プロでもマイナーな競技だったり、あるいは小中学生の試合だったり、個人が山や海に出向いて行うスポーツだったり。そうしたスポーツにも、撮影したいというニーズや、放送されているなら見たいというニーズがある。そこに例えば無人撮影機やドローンを飛ばすというスタートアップがいたとして、じゃあどこで放送するのか?どうやって届けるのか?を考えると、やはりパートナーが必要ですよね。そしてファンエンゲージメントシステム。これまで届けられなかったスポーツの映像を届けられるようになると、そこにはファンの熱量が生じます。生まれた熱量をどうやって事業やビジネスに変えていくか、スキームづくりが必要になります」(小出氏)

例えばイスラエルのPixellotは、AIが自動的にスポーツを撮影・録画してくれるというプロダクトだ。もともとはプロスポーツの現場での活用を想定しているものだが、出張氏は「学校や地域の体育館に設置しておけば、運動会の写真販売のように、ロングテールの動画事業も構築できる可能性があります」と語る。

AIを搭載し、マルチアングルによる自動撮影が可能なPixellot。
AIを搭載し、マルチアングルによる自動撮影が可能なPixellot。もともとプロスポーツの撮影を想定していたが、「カメラマンがいない」という課題は学校や市民スポーツにも存在していた。

また、アメリカのSportsCastrは、スポーツの実況解説を一般人にも開放するプラットフォームだ。例えばJリーグでタイ人やベトナム人の選手が活躍しているが、他のローカル放送同様、多種多様な言語での放送をしているわけではない。出張氏はそれゆえ、「タイのファンが例え興味を持ったとしても、継続的に視聴することに対する壁があるように個人としては感じています」という。そこに、Jリーグにも詳しいタイのサッカーファンがキャスターとなって実況すれば、Jリーグの放送がグローバルに広がっていく可能性も生まれるのではないかと出張氏は考える。

「プラットフォーマーにとって“多言語化”はコストがかかることですが、SportsCastrはそこの課題を解決すると同時に、キャスターたちにとっては副業や自己実現の手段にもなり得ます。そういう社会課題から入ることによって、スタートアップの価値、輝き方も全く変わります」(出張氏)

ライブストリーミングプラットフォームのSportsCastr。
ライブストリーミングプラットフォームのSportsCastrは、「語りたい」という隠れたニーズを発掘することで、新たなファンエンゲージメントのあり方をも生み出している。

こうしたユニークなスタートアップも、1社で課題を解決できるケースは少ない。そこでハブとなる電通の出番となる。

「例えばトライアスロンという競技がテレビで流れることはまだ少ないですが、仮にすぐに見られる環境と、適切に解説してくれる人がいれば、そこにファンエンゲージメントが生まれる可能性がある。それこそ例えばSportsCastrとPixellotを掛け合わせたら、そういうことが実現できるかもしれないですよね」(小出氏)

スタートアップが望む支援プログラムとは何なのか?

トランスフォーメーション・プロデューサーの安武祐太氏
トランスフォーメーション・プロデューサーの安武祐太氏

しかし、期間の限られるプログラムの中で、ビジネスが見えるところまで持っていくのは簡単なことではなかった。その中で、電通側のメンバーも鍛えられたという。

「まずテクノロジーがちゃんと稼働するかというフィージビリティー(実現可能性)のチェック、そしてそれが本当に課題に対して役に立つのか、人を喜ばせるものになるのかを、実際にチームや選手に実装して検証します。このPDCAサイクルはとにかく速く回さないといけない。スタートアップにはスピード感が重要で、わずか数カ月の遅れが命取りになることがあるんですね。だからわれわれは、『どのチーム、どの選手でPoC(Proof of Concept=概念実証)をするべきか?』『誰の協力を得るべきか?』を判断し、即座にまとめて提案し、さらに環境づくりをするのですが、正直かなりの力が必要です」(小出氏)

「STTでは、期間が限られている中で事業開発をなんとかしなくてはいけない。電通の従来のビジネスではクライアントのオリエンありきで考えていたのが、自分たちで課題を見つけなければいけないんです。そんな中で学んだのは、まず勇気を持って飛び込んでみること。構想は1日でつくり上げて、あとはとにかく動くことで、違うものが見えてくる。そういうことを日々学んでいます」(安武氏)

出張氏は、「僕らのやっている事業開発は、いわばゼロイチ(0→1)への挑戦」だと語る。そして0から1の種が芽生えたら、今度は電通社内のさらに多くのメンバーの協力を募り共闘してグロースさせていく、というのがSTTの事業開発の一つの流れだ。

「電通は一回できているものを耕す力は相当あります。ただ、0→1の挑戦はまだまだ機会が少なく、勝ち筋をつかみ切れていない。0→1をどうつくっていくか、そのためにどう行動をしていくかという部分で、このプログラムを通じて成長させてもらっているし、STT以外の仕事にも生かしていけると思っています」(出張氏)

8月に、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地オラクル・パークで行われたワールドデモデイ。さまざまなスポーツのリーグや協会関係者、投資家、メディアが詰めかけ、大きく報道された。

「デモデイには本当に多くの人が集まってくださり、これだけのことを電通が仕掛けられたのはすごいことだなと感動しました。デモデイ後もかなりの反響があって、来年もあるなら参加したいという企業の方や、ぜひ投資を検討したいという問い合わせをSNS経由でも頂きました」(出張氏)

オラクルパークでのワールドデモデイ

オラクルパークでのワールドデモデイ
メジャーリーグの聖地の一つオラクル・パークで実施されたワールドデモデイは大盛況となった。

一方で、デモデイを迎えるに当たってはプレッシャーも大きかった。

「4月のキックオフも盛況でしたが、それは期待感で集まってくれたわけです。でも、デモデイに人が集まるかどうかは、『キックオフからわれわれが何をやってきたか』による。キックオフにどれだけ人が集まっても、デモデイに人が来なかったら失敗ということです。でも実際は多くの方が集まってくれた。それだけ皆さん、自分たちだけでは解決できない課題を持っていて、STTに期待してくれたのだと思います。デモデイで一番良かったのは、特にファイナリストの12社がすごく喜んでくれたこと。ファイナリストだけでなく他のパーティシパントからも、STTこそがスタートアップが望んでいたプログラムだと言っていただけました」(小出氏)

スタートアップが望んでいたプログラムとはどういうものか。それは、ただ投資家とスタートアップを結びつけるだけではなく、一緒にそこで事業開発をサポートし、スタートアップの技術を本当に必要な場所で生かすビジネスに変えていってくれる、そんなプログラムだった。

「電通のネットワークを生かし、僕らのポジショニングだからこそ見える企業課題や社会課題を、スタートアップの価値と掛け合わせてビジネスにしていく。これは電通にしかできないし、STT以外の場でも、これから多様なビジネスを生み出していける可能性があると思います」(安武氏)

スポーツを起点としつつも、そこで生まれたビジネスモデルを、他分野や社会課題の解決にまで展開していく。そんな取り組みが多数生まれつつあるSTTの今後に、ぜひ注目いただきたい。