loading...

スポーツにイノベーションを!SPORTS TECH TOKYONo.5

2019/12/13

「ビジネスが動き出すコミュニティー」に必要なものって?

左から稲垣弘則氏(西村あさひ法律事務所)、荒木重雄氏(スポーツマーケティングラボラトリー)、白石幸平氏(電通)
左から稲垣弘則氏(西村あさひ法律事務所)、荒木重雄氏(スポーツマーケティングラボラトリー)、白石幸平氏(電通)
<目次>
SPORTS TECH TOKYOは「ビジネスの香り」がする
「プロジェクトが動き出すコミュニティー」三つのポイント
ビジネス化のカギは「イシュードリブン」
コミュニティーでの偶然の出会いがビジネスにつながる
スポーツ業界の閉鎖的な状況に風穴を開けたい


電通のCDCという部署に所属する白石幸平です。現在はビジネスデザイン、事業開発支援を主戦場にしています。ちなみに学生時代にはアスレチックトレーナーを専攻しておりました。

そんな私は今、スポーツをテーマとしたグローバルアクセラレーションプログラム「SPORTS TECH TOKYO」(以下、STT)のプロジェクトメンバーとして、スタートアップとさまざまな企業・団体のビジネスマッチングや、その事業化を推進しています。

これまでカンファレンスやミートアップイベントを重ねてきたSTTですが、すでに協業や事業開発といった形で、多くのオープンイノベーションが実現しています。

こうしたビジネスコミュニティーでのマッチングは、なかなか実際のビジネスとして動き出さないケースも多い中、STTのコミュニティーは一体何が違うのでしょうか?

このたび、スポーツビジネス創出に深く関わる二人のゲストをSTTのミートアップイベントに招き、「スポーツ×テック領域におけるコミュニティーの価値」をテーマにセッションを行いました。お二人の話から見えてきた、「ビジネスが生まれるコミュニティーに必要なもの」を振り返ります。

SPORTS TECH TOKYOは「ビジネスの香り」がする

電通・白石幸平氏
電通・白石幸平氏

セッションに登壇いただいたのは、スポーツマーケティングラボラトリー(以下、スポラボ)代表の荒木重雄氏と、西村あさひ法律事務所の弁護士、稲垣弘則氏。

荒木氏は、グローバルなテックカンパニーで要職を務めたのちプロ野球界に転身し、さまざまな改革を実施。今もスポーツ業界の中で、ICT技術を活用したソリューション開発や運用を行っている、日本のスポーツテックのキーパーソンです。

稲垣氏は、西村あさひ法律事務所からパシフィックリーグマーケティング(以下、PLM)に出向。プロ野球パ・リーグの新規事業開発や、スポーツ団体のスポンサーセールス等を手掛けています。STTではメンターとして、法律とビジネスの両面からスタートアップにアドバイスを行っています。

スポーツテック市場が拡大し、多くのコミュニティーが生まれる中、お二人はなぜSTTに深くコミットしているのでしょうか?リソースも限られる中で、知らないコミュニティーに参画するのは、言葉は悪いですが「面倒」なことでもあるはずです。

私の質問に対し、荒木氏からは、「ビジネスが動き出す予感がするから」という答えが返ってきました。

「今あちこちで、いろんな形でオープンイノベーションと言われていますが、その中でSTTはやっぱりビジネスの香りがするんですね。それはどうしてかといえば、電通が積み重ねたビジネスの知見や、マーケティング感、クリエーティブ感、戦略感といったもの。そういう目を持った方々が、それらの要素を有機的に結合しながら、力強く推進しているプログラム。進める力を圧倒的に持っている人たちがつくった場なので、ここを使わない手はない」(荒木氏)

続いて、「ビジネスは信頼関係が大事」と稲垣氏。

「私はPLMで野球を含めたあらゆるスポーツのスポンサーセールスをしていますが、スポーツに興味のない企業に振り向いてもらうことは大変難しいと日々感じています。その点、STTに参加しているのは、電通がすでに信頼関係を築いている企業。なおかつ新しいスポーツビジネスに興味を持っていることが前提なので、思いが共有しやすい。私たちのようなコンテンツホルダーは、この場を利用しない手はないという合理的判断になります」(稲垣氏)

私たちはSTTの立ち上げに当たり、「このプログラムでは事業開発支援から、スポーツの現場での実証実験、社会実装まで行う」と事前に宣言し、そのためのリソースも確保してきました。オープンイノベーションやプラットフォームビジネスという言葉が叫ばれる中、「アイデアの種だけをつくっていくプログラムは、あまり意味がない(実効性を持たない)」と感じていたのです。

もちろん、「言うは易し」で、実際に構想を計画に落とし、実行や実装にまで落とし込むには一定以上のコミットメントが不可欠です。

こうした姿勢によって、スポーツとテクノロジーの融合に留まらない、「ビジネス」にまで昇華できる場だと感じていただけているのかもしれません。

「プロジェクトが動き出すコミュニティー」三つのポイント

スポーツマーケティングラボラトリー・荒木重雄氏
スポーツマーケティングラボラトリー・荒木重雄氏

STTが今後さらに発展していくためには、「プロジェクトが動き出すためのコミュニティーのあり方」を考える必要があります。これまでさまざまなスポーツビジネスを推進してきた荒木氏は、次の三つのポイントを提示してくださいました。

①そこに意思決定権者がいること

「意思決定者がいないディスカッションって、その場では盛り上がっても、次に会ったらまた最初からやり直しになってしまう。コミュニティーで何か化学反応が起きたら、その場で意思決定して、次のフェーズにスピード感を持って推進できる権限を持った人が必要です」(荒木氏)

②他産業のビジネスパーソンが来ること

「スポーツビジネスは“スポーツ×他産業”の掛け算で成り立っています。よくスポーツビジネス人材が必要だと言われますが、スポーツ業界の人間が他産業を勉強しようと思っても、あまりにも領域が広過ぎる。それよりもノンスポーツのビジネスパーソンにスポーツビジネスのエッセンスを学んでいただいた方が、はるかに効率よく、幅広く、ビジネスのバリエーションを広げることにつながります」(荒木氏)

③業界の抱える課題を発信すること

「他産業のビジネスパーソンを呼び込むには、とにかく “課題”を発信することです。スポーツ業界が抱える課題や、やりたいことを、テーブルの上にばーっと並べて共有する。それができれば『この課題なら、わが社の製品やサービスで解決できる』というアプローチができるし、ビジネスにつながるマッチングが増えていきます」(荒木氏)

ビジネス化のカギは「イシュードリブン」

西村あさひ法律事務所・稲垣弘則氏
西村あさひ法律事務所・稲垣弘則氏

日本でスポーツテックの成功事例がまだ少ない原因として、荒木氏は「テクノロジーありきのマッチング」を挙げました。

「『こういうテクノロジーがあるんだけど、何かのスポーツで使えるんじゃないか』というアプローチで考えているケースがとても多い。そういういわばテックドリブンなアプローチでは、市場や顧客の潜在的な要求に応えられるビジネスにはなりません。大切なのは、イシュー(課題)ドリブンであること。『こういうことを解決したい』というニーズが先にあり、それをテクノロジーが解決していくことです」(荒木氏)

これに稲垣氏も同意します。スポーツテックの現場で、イシュードリブンが重要だと痛感することは多々あるのだそうです。

「私はPLMで、まさにテック企業とパ・リーグをつなぐ役割をやっているのですが、テックドリブンだと『素晴らしいテクノロジーだけど、本当にこれがベストな解決策なんだっけ?』という疑問が出てきます。それに、イシュードリブンなら、導入のための実証フェーズにもスムーズに進むのですが、課題があいまいなテクノロジーありきの導入だと、実証や実装に進めなくなってしまう」(稲垣氏)

これを受け、「テックドリブンでは、仮にマッチングができたとしても、mustではなくnice to have、つまり、必要なものではなく“あったらいいよね”というもの。それでは事業になるところまでは行かない」と述べる荒木氏。イシュードリブンの成功事例として、STTで現在開発中のあるソリューションを紹介しました。

荒木氏のスポラボでは3年前から、東京六大学野球の無料ネット配信を行っています。しかし、OTT(Over The Top、ストリーミングサービスのこと)の普及で配信されるスポーツが増えている状況に対し、実況アナウンサーの数が足りず、キャスティングに苦労したのだそうです。

そこで荒木氏は「スポーツのネット配信ビジネスを成長させるためには、もう自分たちでアナウンサーを育成するしかない」と判断し、「スポーツ実況アカデミー」を2017年に立ち上げました。ところが生徒を募集したところ、実況アナウンサーを目指す人だけでなく、「とにかく六大学野球を語りたい」という人たちが応募してきたといいます。

「そこで、スポーツには『する』『観る』『支える』に加えて『語る』というニーズもあると気付きました。中には、お金を払ってでも語りたいという人もきっといる。ならば、そのような人たちが実況できるプラットフォームを構築しようと思い、検討を始めたんです」(荒木氏)

まさに「課題ありき」ですが、この時ちょうどタイミングよくSTTで、アメリカのスタートアップ「SportsCastr」(スポーツキャスター、連載第4回参照)に出合いました。ユーザーがスポーツキャスターになって、スポーツ中継を解説する動画を配信できるプラットフォームです。

「もともと自分たちでシステムをつくる前提でいたのが、白石さんにSportsCastrを紹介されて、すぐ飛びつきました。STTで一緒に何度か実証実験も行い、実はもうすぐサービスとして展開できるところまで来ています」(荒木氏)

コミュニティーでの偶然の出会いがビジネスにつながる

回を重ねるごとに盛況となる「SPORTS TECH TOKYO」のミートアップイベント。新しいビジネスが生まれるコミュニティーとして定着しつつある。
回を重ねるごとに盛況となる「SPORTS TECH TOKYO」のミートアップイベント。新しいビジネスが生まれるコミュニティーとして定着しつつある。

STTからビジネスが生まれた例をもう一つ紹介しましょう。

稲垣氏は、PLMの事業として、チケットの二次流通ベンダーである「チケットストリート」を、パ・リーグ3球団(北海道日本ハムファイターズ、千葉ロッテマリーンズ、オリックス・バファローズ)公認の二次流通業者にすることに尽力されました。

稲垣氏は弁護士としての観点から、スポーツテックの領域において、「将来性がありそうなのに、法律的にクリアになっていないため実現できていないビジネス」があることを指摘します。

「スポーツベッティング(スポーツを対象としたギャンブル)、ファンタジースポーツ(現実のスポーツ選手の成績と連動する仮想スポーツを対象としたオンラインゲーム)、そしてチケットの二次流通。こうしたものはいずれもアメリカなど海外の一部では合法的に行われ、大きな収益を生み出しているビジネスです。ところが日本では、法律的にグレーか黒に近いと思われているので、ビジネス化は進んでいません」(稲垣氏)

もともと弁護士としてチケットの二次流通に非常に注目をしていたという稲垣氏。スポーツビジネスには「放送権」「チケット」「スポンサーシップ」「マーチャンダイジング」の四つの主な収益源があり、例えばアメリカでは二次流通業者がMLBとパートナーシップを組んで巨大なビジネスを展開していますが、日本ではそれが展開できていない状況でした。

「この転機となったのが、オリンピック・パラリンピックを見据え、2019年6月に施行された『チケット不正転売禁止法』です。これはチケットの二次流通を完全に禁止する法律ではありません。むしろ、チケットの二次流通で“良いもの”と“悪いもの”をちゃんと峻別して、適法なビジネスをつくり出す法律と評価する見方もできます」(稲垣氏)

つまり、この法律が施行されたことによって、「合法的なチケット二次流通のあり方」が明らかになったということです。

「STTのキックオフミーティングで、チケットストリートの西山圭社長とお会いしまして、その場で西山社長から『パ・リーグとビジネスのパートナーシップを組みたい』というお話をいただきました」(稲垣氏)

チケットストリートによるチケット二次流通の事例も、イシュードリブン。先に荒木氏が述べた「顧客の潜在的な要求」に応えたものです。

ちなみにSTTでは、一つ一つ生まれているビジネスについて、必ずしも全て電通がきちんと目的化してつくっているわけではありません。ビジネスが成立しやすいようにある程度の交通整理はしつつも、あくまでも「整理された混沌」というか、オーガナイズされた、カオスな空間をつくっている(連載第3回参照)のがこのプロジェクトの良さだと思っています。

スポーツ業界の閉鎖的な状況に風穴を開けたい

最後に、スポーツテックの今後の課題についても聞いてみました。お二人は、スポーツビジネスの世界はまだまだ閉鎖的なところがあると言います。

「スポーツビジネスをやりたい人はたくさんいるのに、やっぱりまだ新規参入しづらいところがある。私も法律事務所からプロ野球の世界に来ていますが、今後はもっと、従来はスポーツに縁がないような業界の人たちでもアプローチしやすい場をつくっていく必要があると思います。日本のさまざまな産業を支えている、それぞれの専門家やビジネスパーソンを、きちんとスポーツ業界に巻き込んでいければ、もっと大きく発展していけるのではないでしょうか」(稲垣氏)

「スポーツ業界は同じようなピースをいくつも集めるよりも、ダイバーシティー、つまりどれだけのバリエーションを持たせるかで価値が高まるはずです。しかし、なかなかバリエーションを受け入れられない組織が多い。それこそPLMが稲垣さんを受け入れたように、多様性に価値があるんだと分かっている組織には、ハマるわけですね。どの産業でも一緒だと思いますが、今は『どれだけ人と違う強みを持った人間が集まってイノベーションを起こしていくか』が何よりも大切です。その方向に舵を切らない限り、スポーツの世界も変わっていきません」(荒木氏)

スポーツ界では、いろいろしがらみや既成概念にひっかかり、なかなか突破できない部分があるというお二人。われわれもSTTだけを盛り上げるために取り組むのではなく、スポーツ業界が抱える課題を共有できるプラットフォームに、長い目で見て育てる必要があると思っています。

「多様な仲間」と共にビジネス化の前例をたくさん生み出していける場としてのSTTに、これからもご期待ください!