2019年「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」W受賞記念No.1
博報堂の神田さんは、考え抜くことで
難題を突破していた。
~2019年「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」
W受賞記念対談
2020/06/26
4月に発表された2019年クリエイター・オブ・ザ・イヤー(主催=日本広告業協会)は、史上初の2人選出となり、博報堂の神田祐介氏と電通の川腰和徳氏が受賞しました。これを記念して、博報堂のウェブマガジン「The Central Dot」と「ウェブ電通報」の共同企画としてインタビューを実施しました。
CMプランニングを中心に活動してきた神田氏と、アートディレクションをベースとする川腰氏。バックグラウンドの異なるお互いへの質問も交えて、取材は二人同時にリモートで行いました。図らずも、中長期的に社会全体の価値観が変化する時期を迎えている今、これから企業の期待にどう応えたいか、生活者の感じ方をどう捉えているかといった意見も聞いています。
今回は神田氏のインタビューをメインに、二人のやりとりをご紹介。「The Central Dot」掲載の川腰氏のインタビューもぜひ併せてご覧ください。
提案を100%実現できた「連続10秒ドラマ『愛の停止線』」
──受賞おめでとうございます。この受賞はご自身にとってどのような意味を持つか、今のお気持ちを聞かせてください。
神田:歴代の受賞者の方々は、僕がずっと憧れて尊敬してきた方ばかりで、まさか自分がというのが正直な感想です。ずっと獲りたいと、でもちょっと自分には無理だろうと思っていた賞でした。
今、クリエイティブにはいろいろなスタイルが出てきていますが、自分はCMプランナーという専門技能と向き合うと決めて、映像プランニングの技術を磨いてきました。専門技能を磨き切る道には孤独も付きまとうし、苦労も多かったんですが、どんな環境下でも信念を曲げずに進んできた先に頂けた賞だったので、本当にうれしかったです。同じように悩みながら専門技能を伸ばそうとしている若い人の励みになれば、なおのことうれしいです。
──受賞理由として、「タクティー jms 連続10秒ドラマ」の開発や、テレビドラマ「きのう何食べた?」の企画監修など、新鮮でクオリティーの高いコンテンツを生み出す手法が評価されていました。ご自身の仕事でターニングポイントになったものというと、やはり連続10秒ウェブドラマですか?
神田:そうですね。jms(ジェームス)のウェブドラマは、僕が入社してから初めて、自分がやろうと思ったことがほぼ100%実現できた仕事です。広告の仕事って、実現までの間にどうしてもいろいろな事情や現実的な問題が発生して、それに対応していくことが多いですよね。制約がプラスに働くこともありますが、クリエイターが正しいと思うことや貫きたいことを必ずしも実現できるわけじゃない。この仕事ではそれが100%かなって、SNSでもコアファンが多く生まれるくらい皆さんに楽しんでもらい、さらに国内外の広告賞でも評価を頂けて、とても感慨深いです。
10秒という秒数設計や、車を舞台にした大人の恋愛ドラマという内容など、ちょっと挑戦状を差し出すような提案をしましたが、クライアントさんのクリエイティブに対する理解がとても深くて。第1弾として1~7話を制作して以降、どんどん続編制作が決まり、現在28話まで公開されています。
──これは本当に、中毒性があるというか、全部見てしまう力がありますね。そもそもどのような課題から、10秒という設計に至ったのですか?
神田:ジェームスは担当して3年ほどたつのですが、最初の相談はウェブを使ったジェームスの認知獲得でした。話を聞く中で、単に認知を上げればいいのではなく、とても品ぞろえが豊富でメンテナンスメニューも多いジェームスの特徴が印象に残るようにしたいと考えました。
とはいえ、1本の長尺動画であれこれ商品を紹介してもウェブ動画としては鮮度がないので、短尺動画で商品を連発する方が今の時代は効果的なんじゃないかと考えました。短尺で、1本見たらやみつきになって続きがどんどん見たくなるような設計。狙っていたのは、動画配信サービスで連続ドラマを次々と徹夜で見てしまうサブスクリプションのコンテンツのような「一気見」です。ああいう気分を広告でもできないかな、と。
プロフェッショナルって、何だろう?
──そんな考えから、連続10秒ドラマというアイデアに着地したと。
神田:そうですね。動画の世界って、プロフェッショナルの線引きが今どんどんなくなってきていると感じています。広告としての動画より、一般の方が投稿している動画の方が、はるかに面白かったりすることもありますよね。
──ありますね。
神田:皆がどんどん動画を撮ってアップしていく世の中になった今、ではプロフェッショナルって何だろう?と、ふと考えたんです。そのとき、広告動画のプロじゃないとつくれないウェブ動画を制作できたら、新しいコンテンツに見えて埋もれずに注目を集められるんじゃないかと。では、プロとしてCMプランナーだからつくれるものは…と考えて、ちゃんと感情の起伏とストーリーを描ける最小限の秒数で、かつ毎回しっかり商品に落とし込む連続10秒ドラマというアイデアに行き着きました。
テレビCMと違って、ウェブ動画はフレームの下に残り秒数が表示されますよね。なので、広告に従事していない一般の方にも「本当に10秒だ」と分かるし、10秒にこれだけ詰まっているインパクトも伝わると考えました。プロフェッショナルの技術を体感してもらえる、ウェブ動画ならではの特性がマッチしたと思います。
──他に、印象深かった仕事はありますか?
神田:若手の頃の話ですが、博報堂クリエイティブ・ヴォックスで8年ほど、岩本恭明さんと井村光明さんの下でファンタの広告の仕事をしていました。会社に入っていちばん最初に参加したのが、ファンタの「先生シリーズ」の企画打ち合わせで。企画案が説明されるたびにみんなで腹を抱えてずっと笑っていました。
後にも先にも、そんな打ち合わせはファンタだけでしたが、そのときに「プロってこんなにレベルの高い面白さを出し続けなきゃいけないんだ」「相当努力しないと自分はCMプランナーとして通用しないんだ」と、プロで生きていくことの厳しさを痛感しました。その体験が今もすごく役立っています。
井村さんの背中を見て学んだのが、できてもできなくてもとにかく考え続ける、考え抜くことの大切さです。つくる上で、やはりいろいろと制約が出てきても、井村さんは妥協していなかった。だから僕も、クライアントに受け入れられるか分からなくても、とにかく考え抜くことは譲らずにここまで来たという感じです。
言葉やせりふがふとした瞬間に手掛かりになる
川腰:ひとつ質問してもいいですか?僕、ジェームスの作品がとても好きで、ああいうのを自分もつくりたかったという、ちょっと嫉妬にも近いうらやましさがあるんです。笑いをつくれるって、やっぱり最強です。決して有名タレントを起用しているわけじゃなくても、アイデアと技術でノンバーバルでも通用するくらいの笑いを生み出して、どんどん引き込んでいく。続けて見ていくうちに、1本ごとのクオリティーが保たれたまま大きなうねりになって、広がりが出てくる、そういう設計は本当にすごいと思っています。
お聞きしたいのは、ああいったアウトプットの一方で、インプットはどんなことをされているのかな、と。日々どんなアンテナを張っているんですか?
神田:実は、あれこれインプットしなければ、とはあまり意識していないですね。僕、昔からテレビが好きで。
川腰:あ、僕もです(笑)。
神田:そうなんですね(笑)。自粛期間中や、ふだんから休みの日とかは、ずっと家でテレビをつけています。特定の番組を見るというより、流している。その中で聞こえてくる言葉やせりふが、自分の中に蓄積していっている感じはします。企画しているときに、ふと思い出して人物のせりふのヒントになったりしますね。
でもそれ、自分では若干コンプレックスなんです。川腰さんは企画のプロセスを、アウトプットのイメージから考えていくと話されましたが(※川腰さんインタビューより) 、僕は“絵”から考えられないんですよ。言葉やせりふの語感というか、音から始まる感じですかね。
川腰:音から?なるほど。
神田:そのときどきの戦略や課題から、ある程度ロジカルに積み上げていくと、こういう設定やストーリーがいいんじゃないかというのが絞り込まれてきます。じゃあそこにどんな表現がマッチするか、分かりやすく伝わるかなと思考していく際に、せりふの流れや語感でまずは背骨をつくっていくような、そんな回路です。
企画の仕方はケースバイケースですが、商品周りの切り口と、商品とまったく関係ない自分の関心や皆が今面白がりそうなこと、両方向から情報を整理して接着させていく感じですかね。ここが全然つながらなくて、自分はなんて才能がないんだとよく思ったりもします。
どの価値を描けば今の世の中と接着できるか
──では、少しこの先のことを聞かせてください。この半年、私たちは未知の事態を経験しました。企業は広告費を含めた投資の見直しが迫られていますし、生活者の価値観が変われば広告も変わると思います。それらを今どのように捉えていますか?
神田:短期的には、大きな予算をかけずにデジタルでピンポイントに認知を獲得しようという企業が今よりも増えると思います。また、予算やチャネルがどう変わるとしても、そもそも「オリエンを受けてプレゼンする」という仕事の流れ自体が変わりそうだと感じています。生活スタイルも、価値観や感じ方も大きく変わる新しい生活様式の中では、以前の商品価値も響きにくくなったりするので、オリエンがすごく立てにくくなるんじゃないかと。
例えば今後も在宅勤務やリモート会議が浸透すると、オンタイムとオフタイムの垣根がなくなっていきますよね。その新しい生活様式では、缶コーヒーやエネルギー飲料のリフトアップ表現がたぶん、ピンとこなくなる。
──「今から気合を入れよう!」みたいな切り替え自体がなくなる?
神田:そう。だから、改めて商品のどの価値を描けば大変革の今の世の中と接着できるのか、クライアントやマーケターだけではなくクリエイターも含めて考えるようになっていくと思います。
緊急事態宣言は明けましたが、まだ不安なムードが強いですよね。しばらくは、商品の価値を世の中とロジックでつなげるより感情で接着させていく方が、生活者の気分と握手できるんじゃないでしょうか。従来のストラテジーの立て方も、たぶん通用しなくなっていくのでは。
クリエイティブの考え方も変わりそうです。CMプランナーとして、映像の観点で考えていくと、すでにアウトプットのクオリティーコントロールの仕方が変わっています。従来のマス広告がよそゆきの、オンの表現だとすると、テレビ番組やCMをリモートでつくるしかなくなった状況下では、もっと自然体で飾らないオフの表現が浸透しやすくなってきています。もちろん高いクオリティーの広告も残りますが、アウトプットのクオリティーの幅が広がっています。
今後は、予算内でクオリティーを追求するのではなく、課題に対して「そもそもアウトプットのクオリティーをどのレベルに設定するか」という部分もプランニングに含めていく、そんな思考プロセスになるんじゃないかと思います。
──ありがとうございました。最後に、これから広告やクリエイティブの仕事をしていきたい人へ、メッセージを頂けますか?
神田:広告業界や、広告の仕事の仕方が変わろうとしている中で、今回このような大変な状況が重なって、これから考え方や働き方の変革が加速していくと思います。広告会社は広告を扱うだけでなく、コミュニケーション全般を担う会社なので、さまざまな領域のトップクラスの方々から学びながら相当濃厚な経験を積めるはずです。
なので、今から広告業界に入るのは「得なことしかない」と思いますね。人生を懸けてコミュニケーションの世界にどっぷり漬かるのも、広告業界を通過点として異業種に行ったり起業したりするにしても、長いスパンで人生を考えたら絶対にプラスになると思います。
■クリエイターの横顔を探る一問一答■
せっかくの2社合同企画なので、最後に一問一答でお互いの会社についての意識プラスアルファを聞いてみました。意外な共通点も浮かび上がりました!
【神田さん編】
Q1.もし電通社員だったら、どんな仕事をしてみたい?
A1.変わらずCMプランナーかなと思いますが、今よりもう少しメディアの部分からクリエイティブに携わってみたいです。
Q2.なぜ電通に入らなかった?
A2.入れませんでした(笑)。
Q3.憧れの電通人はいますか?
A3.大好きな人が多いんですが、一人挙げるなら、CMから映画まで縦横無尽にすばらしい映像をつくられている澤本嘉光さん。作品がいつも実験的でハッとさせられます。企画で行き詰まると、澤本さんだったらどう組み立てていくかな、と考えたりします。
Q4.広告業界以外で、影響を受けたことは?
A4.漫画ですかね。いろいろ読むというより、小さいころから同じものばかり読んでいます。「ドラえもん」と「こち亀」(こちら葛飾区亀有公園前派出所)が好きです。
Q5.生まれ変わっても、今の仕事をしますか?
A5.しないかも。この仕事が大変だからとかじゃなくて、せっかく生まれ変わるなら、全然違う仕事をしてみたいです。パンが好きなので、パンを焼くかな。