2019年「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」W受賞記念No.2
世の中との距離感を絶妙に測った
川腰さん
~2019年「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」W受賞記念対談
2020/07/03
4月、2019年クリエイター・オブ・ザ・イヤー(主催=日本広告業協会)が発表されました。受賞したのは、博報堂の神田祐介氏と、電通の川腰和徳氏。同賞始まって以来の2人同時受賞となりました。そこで、この受賞を記念した両社オウンドメディアの特別企画として共同取材を実施。前回の神田氏メインのインタビューに続き、今回は川腰氏の声をメインでお届けします。なお取材はリモートで、お互いへの質問も交えながら同時に行い、今この状況下でクリエイティブに何が求められるのか、深いディスカッションも展開しました。ぜひ神田祐介氏のインタビューもお楽しみください。
発想を実現するところまでがアイデア
──ご受賞おめでとうございます。アート・ディレクターの受賞は、過去にもあまり多くないそうですね。まず、受賞に際しての感想を教えてください。
川腰:本当に大きい賞を頂いて、自分でいいのでしょうかと、自分自身がいちばん驚きました。発表から少し時間がたって、プレッシャーもひしひしと感じています。クライアントやチームのメンバーの支えがあって受賞できたようなものなので、今後とも精進してお返ししていきたいです。
また、CMプランナー出身のクリエイティブ・ディレクターの受賞がこれまで多かったので、アート・ディレクターというバックボーンで評価されたことは、すごくうれしいです。今、各媒体の価値がどんどん変化して、表現のフィールドも変わってきているので、これを励みに職種の枠を拡張できるような存在になりたいと思っています。
──ご自身の仕事の中で、ターニングポイントとなった作品とその舞台裏を伺えますか?
川腰:ひとつは2017年に担当している北國新聞社のお仕事で、「第101回高等学校相撲金沢大会」のビジュアル「相撲ガールズ82手」です。100年以上続く伝統的な高校相撲全国大会のリブランディングの仕事で、大会の認知拡大と若い世代に相撲の魅力を伝えるため、相撲の伝統的なイメージをデザインアイデアで刷新しました。新聞広告の他に映像も含めてさまざまなプロモーションに展開し、メディアにも多く取り上げていただいた結果、認知拡大に成功し来場者数が大きく伸びました。
クリエイティブ・ディレクター兼アート・ディレクターとして企画も担当したのですが、大会のブランドイメージを進化させていこうとチームで共有して進めた仕事です。どんどん新しい媒体が生まれる中、オーソドックスな新聞広告という媒体にアート・ディレクターとしてフィールドを見つけ、新聞広告ならではのクリエイティブで話題化することにも成功して、とても手応えを感じました。
──2018年アドフェストのプリントクラフト部門のグランプリをはじめ、D&ADイエローペンシル、ニューヨークADC GOLD、One Show GOLDなど海外の賞も多数受賞されていますね。
川腰:はい、その点でも今の自分につながっている仕事だと思います。結果的に素晴らしい賞をたくさん頂いたのですが、制作している当時はこの施策を実現させるために必死でした。舞台裏というか一番苦労したのは、企画は決まったものの、度重なるオーディションを経ても相撲の組手をとれる女性モデルさんが見つからず、もう企画倒れになるのではと焦ってました。最終的に柔道の有段者を2人見つけられた時は本当にうれしかったです。グラフィックスチールも映像も撮影したのですが、82手の組み手をリハーサル含め、計500回以上やっていただき、全部で丸3日間以上かかってモデルさんも制作陣も大変でした。ただ、その熱量がビジュアルに表れて作品が強くなったのではと思います。
──日本広告業協会の受賞者発表リリースでは、「大胆で緻密なデザイン力」に加えて、映画「『君の名は。』地上波放送プロジェクト」で誰もやったことのない発想を実現させた点も評価されていました。
川腰:「相撲ガールズ82手」も「君の名は。」もそうですが、いい発想が浮かんだとしても、それを実現するところまでがアイデアなので、発想と同じくらい実現する力も重要だと思います。この映画は主人公男女の入れ替わりがテーマなので、入れ替えるというアイデア自体はそう複雑ではありませんが、企業ロゴに触れるということは本来タブーで、普通はアイデアの時点で却下されますよね。今回は、クライアントはもちろんスポンサー各社、広告会社のチーム力の総力戦で動いていただけたからこそ実現できた施策だと思っています。
人が手に取りやすいストライクゾーンはどこなのか
川腰:もうひとつ、湖池屋の企業リブランディングでCI開発とフラッグシップ商品「KOIKEYA PRIDE POTATO」のパッケージデザインも、印象深かった仕事です。広告クリエイティブは面白さも大事ですが、最終的に商品が売れるかどうか、世の中にしっかり届くかどうかが問われています。発売当初かなり売れましたし、今年の上期ヒット商品として今現在も売れ続けていますから、手応えがありましたね。
購買を促すデザインを考えるとき、ハイセンスデザインを目指せば売れるというものではありません。消費者目線で考えると、ある程度の説得力や分かりやすさ、大衆性がないと世の中に伝わらない。店頭での差別化や見え方も考慮して。世の中の人が手に取りやすいデザインとは何か?売れる商品とは何か?デザインをコントロールができてこそアート・ディレクターだと思いますし、そのストライクゾーンはどこなのか?と研究しながら進めた仕事で、ちゃんと結果に結び付いたし、世の中とコミュニケーションが取れたという実感がありました。
──アイデアを企画に落とし込むまで、どんなふうに考えているのですか?
川腰:最初にアウトプットのイメージがある程度あってビジュアルから逆算して考えていく方向と、ロジカルに理屈を積み上げてアウトプットに落とし込む方向があるとすると、僕はアート・ディレクターなので、どちらかというと前者寄りのビジュアル思考の企画の仕方をします。1枚のビジュアルだけで企画になるか?こういうビジュアルがあったら皆が驚くんじゃないか?というイメージがアイデアの出発点になることが多いです。
そのアイデアの中から、どうしたら話題につなげ、しっかり商品に落とし込めるかを練っていきます。例えば高等学校相撲金沢大会の施策では、認知拡大と来場者数の増加が目的だったので、そこに寄与するように、新聞を軸にしつつもソーシャルメディアを組み合わせたPRも並行して考えて、話題化するために全体設計を構築していくような方法をとりました。
分かりやすさや大衆性と、質の高いデザインとの折衷
──このインタビューに先立って、日本広告業協会の会報誌の取材でお二人は対面されているそうですね。異なる領域で活躍されてきたお二人ですが、神田さんから川腰さんに聞いてみたいことはありますか?
神田:川腰さんのデザイン、僕すごく好きです。時代の気分に即しているけれど、程よい距離感で少しだけ進んでいる、“ザ・デザイン”をしっかりつくられているところがいいなと思っていて。この距離感の取り方って、実は全ての職種にいえることですが、とても難しいと思うんですね。時代に対して進み過ぎているときょとんとされるし、でも時代に合い過ぎていると鮮度がない。この絶妙なところを押さえている感度が、すごいなと思っています。
湖池屋のロゴも、まさにそんなお仕事ですよね。名刺も側面など赤をベースにしていますが、あれはどう決めていくんですか?また、企業ブランディングで最初に考えるのはどこからですか?
川腰:そうですね、基本的にはロゴからです。企業理念や歴史、これからのビジョンなどさまざまな情報を集約した上で企業CIがどういう形がベストなのか、企業の個性をいかに魅力的に表現し思いが伝わりやすい形にするか?さまざまな視点から考えていきます。そこから企業ブランディングの家紋のようなロゴが生まれ、商品に展開していったという流れでした。
側面の赤い色は、それまでの企業ロゴの色を引き継いでいます。今までを否定するのではなく、これまでの伝統の積み重ねの先に新しい企業の形があると思います。なので赤色は生かしたいという思いがあって、原点に立ち返って形を抽出した上で検討しました。
神田:このロゴの印象は、やはり時代に対してちょっと進んでいて、でも全体としては湖池屋の伝統も感じます。背景にはそんな思考のプロセスがあったんですね。
川腰:そうなんですよね。奇をてらうデザインや、ハイリテラシーなロゴもつくろうと思えばつくれますが、やはり企業らしさを考えて、見せ方をコントロールします。そして、ある程度の分かりやすさや大衆性がないと、やっぱり伝わらない。伝わらないデザインは意味がないので、質の高いデザインとの折衷ですよね。カッコ悪かったらもちろんダメだし、真ん中でもダメ。
神田:真ん中でもない。
川腰:そうですね、まさに言っていただいたように、時代のちょっと先を感じてもらえるところに狙いを定めます。そのコントロールは、どんなデザインでもいつも意識して、一定の解像度をもって狙ってます。そして数値では測れない、人が感覚的にワクワクする魅力的なデザインを世の中に提示したいですね。
クリエイティビティーは日本人に必要な教養
──図らずも今、世界中が大きく揺らぐ事態に直面しています。企業は投資の見直しを迫られ、生活者の価値観も変化しています。その際にクリエイティブに求められることや、自身がどう応えていきたいか、伺えますか?
川腰:ある程度の経済の停滞は、避けられないですよね。その中で広告費も再検討されていくかもしれないし、限られた予算内で確実な成果を狙うとなると、保守的な考え方にならざるを得ない部分もあるのでは。要するに、挑戦しにくくなる。その中で、クリエイティビティーの力でピンチをチャンスに変えていこうとする企業が、今後のスタンダードをつくっていくのだと思います。自分としては、そのお手伝いができたらと。
クリエイターって、こういう時期は無力感に襲われたりするんです、新しい案件も動きづらいですし。でも、だからこそ「クリエイティブで何ができるか?」を考えて、この状況下の皆さんに対してメッセージ広告を企画しました。世の中が不安で覆われているときに励ましたり安心を感じてもらったりするには、やはりマス広告は唯一無二の場だと実感しましたし、今後もマス広告を扱うクリエイターとして、できることを模索したいと思っています。
生活者の価値観が大きく変わると、今まで有効だった表現が響かなくなったりセンシティブになったりすると思います。自分もいち生活者として、敏感にアンテナを張りつつ、感じ取ったことを仕事に生かしていきたいです。
──ありがとうございました。最後に、これからコミュニケーション領域の仕事を目指す方々へのメッセージをお願いします。
川腰:生活者の価値観が変わり、働き方や消費も変わってくる中で、柔軟に対応する力がますます求められてくると思います。ただ、どんな状況でも世の中を明るく、良くしていくことは広告の役割のひとつなので、そういうクリエイティブを目指してもらえるといいなと思います。自分自身も、そのお手本になれるようなクリエイターでありたいです。
これからの時代に合わせて、柔軟な対応力を付けるためと自分の知見を広げるためもあるのですが、アート・ディレクターの可能性を拡張していろいろと模索する実験の場「NEWSPACE PROTOTYPE OF ART DIRECTION」という自主活動を続けています。プロトタイプアイデアの表現を先に考えて、そのアウトプットとコラボできる企画を探してマネタイズを目指す、最終的にはビジネスにつなげることを意識していますが、その手前には「自分のアイデアを形にしたい、生み出したい、つくりたい」という内面から湧き起こる純粋なクリエイティビティーを大事にしたいと思っています。このクリエイティビティーは、控えめで画一的になりがちな日本人に今いちばん必要な教養だと思っているので、自分を含めてクリエイティビティーの楽しさや可能性を発信していきたいと思ってますし、そういう人が増えてほしいなとも思います。
■クリエイターの横顔を探る一問一答■
せっかくの2社合同企画なので、最後に一問一答でお互いの会社についての意識プラスアルファを聞いてみました。意外な共通点も浮かび上がりました!
【川腰さん編】
Q1.もし博報堂社員だったら、どんな仕事をしてみたい?
A1.そうですね、おしゃれでセンスがいい仕事をしてみたいです。博報堂はおしゃれなイメージがありますね。
Q2.なぜ博報堂に入らなかった?
A2.入れなかったんです(笑)。
Q3.憧れの博報堂人はいますか?
A3.浪人の頃から、佐藤可士和さんに憧れていました。可士和さんや佐野研二郎さん、もちろん大貫卓也さんも、博報堂はすさまじいアート・ディレクターを輩出されています。もしかなうなら、その方々の下について学んでみたかった。どういう仕事の仕方をしていたのか、勉強したいです。
Q4.広告業界以外で、影響を受けたことは?
A4.僕も漫画です(※神田さんも「漫画」と回答)。子どもの頃は漫画家になりたかったんです。絵は上手だったんですが、話をつくる能力がないので諦めました……。いちばん好きなのは、迷いますがベタに「ドラゴンボール」ですかね。
Q5.生まれ変わっても、今の仕事をしますか?
A5.広告は、やっていないかもしれないです。ただ、何か人に感動してもらえたり、笑ってもらえたりする仕事をしたい気持ちはあります。もし今、どの仕事でもできるなら、芸術家になってみたい。芸術家なら現代アートの世界で創作する日々を送りたいです。