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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.4

飛騨の森で、オープンイノベーション?

2020/09/07

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第4回は、岐阜県飛騨市の「飛騨の森でクマは踊る」というユニークな名称の会社、通称「ヒダクマ」です。


飛騨市古川町で、社員数わずか10名ほどで事業を展開する「森の価値創造企業」ヒダクマ。正式な社名を「飛騨の森でクマは踊る」といい、飛騨の森林資源の価値を高めるために、2015年に生まれた会社だ。社名だけでなく、手がける事業はさらにユニークで、幅広く、奥深い。1000年続くといわれる「飛騨の匠」すなわち木工の職人技術を生かし、デジタル技術をかけ合わせて、新たな木製品や建材を生み出している、と聞くとどんなことをイメージできるだろうか。飛騨の森で今起きていることを掘り下げることで「元気な会社のヒミツ」を解き明かしてみたい。

ヒダクマの拠点・FabCafe Hida
ヒダクマの拠点・FabCafe Hida

飛騨の山に囲まれた奥深い土地に、世界中からクリエイターが集まる会社がある。東京から5時間もかかる場所に、なぜ世界から人が集まるのか?

「僕たちの仕事は、翻訳家です」という岩岡孝太郎社長。それまで林業では「対象外」とされてきた広葉樹に光を当て、その個性豊かな性質を生かしたユニークなものづくりにチャレンジする。地域資源を軸としたオープンイノベーションを連発している会社がヒダクマだ。社名の「飛騨の森でクマは踊る」には、クマが喜んで踊るくらいに森が豊かな状態を目指すというビジョンが表れている。

自社の業績や成長を追い求めることは、会社である以上もちろん重要なこと。ところで、誰のために会社の成長が必要なのか──?明るい先行きを描くことが社会全体に難しくなっている今、働きながら心の奥底に横たわる、漠としたそんな疑問に軽やかに答えてくれた岩岡社長のお話は、飛騨を舞台に持続可能な森と人の関係をつくる方法論が詰まっていた。

文責:電通CDC宮崎暢
 

「広葉樹」の個性と可能性に光を当てる

「飛騨の森の話の前にまず、知っていただきたいのは、スギやヒノキなどの針葉樹と、クリやケヤキなどの広葉樹の違いです」。岩岡社長のお話は、ここから始まった。

針葉樹と比べた広葉樹の木材の特徴をざっくり書き出すと、硬くて重くて頑丈。年輪や色のバリエーションが豊富で、美しい。天然木が多く、紅葉も楽しめる広葉樹の森もまた、明るく美しい。広葉樹の木材は床材や家具などに、一方の針葉樹は加工がしやすくまっすぐなため、主に家の柱や梁に使われてきたのだそうだ。針葉樹は育てやすいこともあり各地で植林されたために、現在の日本の森の約4割を占める人工林のほとんどは針葉樹林だという。

「反対に、広葉樹は計画的に育てたり生産するのが難しく、経済的には対象外とされてきたんです。ヒダクマが注視しているのは、主にはこの広葉樹です」と岩岡社長は説明を続ける。「今、お話しした広葉樹の木材の特徴を一言で表現するなら、とってもクリエイティブなものだ、ということ。形も均一ではなくて、一本一本がユニークな色や木目といった個性を持っています。デザイナーや建築家からすると、広葉樹は本来とても面白い素材です」。独自の個性を持つクリエイティブな材質を生かすには、当然、高い技術が求められる。飛騨地域に息づく伝統技術を持つ職人と、現代的なセンスを持った外部のクリエイターとコラボレーションを仕掛ける。これがヒダクマの事業の柱だ。

建築家の浜田晶則さん(左)と話すヒダクマの岩岡社長
建築家の浜田晶則さん(左)と話すヒダクマの岩岡社長

渋谷のテックカフェが、なぜか飛騨の山にワープ?

「事業としては、飛騨の森の木を加工して建材にする、家具などに商品化して販売する『森林木材事業』が収益の中心。ですが、もう一つの『地域交流事業』がないと、外部とのつながりや情報が入ってこなくなり、新しいプロジェクトが生まれない。どちらの事業もないと回っていかないんです」。地域交流事業の中心は、デジタルファブリケーションのできるカフェとゲストハウスを兼ねた「FabCafe Hida(ファブカフェ ヒダ)」だ。

そのルーツは2012年に渋谷で立ち上げたクリエイターのための「FabCafe Tokyo」にあるのだという。それが現在、共に代表取締役を務める、森林・林業のトータルマネジメントを専門とする松本剛氏と出会ったことで、飛騨の森に文字通り「迷い込んでいった」のだそう。飛騨市の97%は、森。その森に、経済的には林業の対象外とされてきた広葉樹が放置されている。あれだけ美しくて、クリエイティブな素材である木材が、「眠れる森」ですやすやと眠っているのだ。「その事実を知ったとき、渋谷から5時間以上かかる飛騨の森に、すでに気持ちがワープしていました」

飛騨の森。写真はヒダクマの社有林
飛騨の森。写真はヒダクマの社有林

口説き文句は「飛騨の森に、一緒に入ってみませんか?」

「真っ先に考えたのは、FabCafeのノウハウ・ネットワークを、飛騨の森に持ち込めないか、ということでした」。世界中のクリエイター(アーティストや建築家など)と飛騨のクリエイター(職人)を結びつけることができたら、きっとワクワクすることが生まれる、と直感したのだという。自身が惚れ込んだ、飛騨の森と木材の美しさや面白さを、もっと多くの人に知ってもらいたい。「そのためには、滞在してもらって深く知ってもらう体験をつくることが大事。森の魅力を紹介するために見学ツアーを企画したり、工房に体験コーナーをつくったりしました」

飛騨に人を呼ぶときには、「一緒に森に入ってみませんか?」と声をかける。その意図は、「そこで何かを発見して、あなたのオリジナリティーに火をつけてみませんか?」ということなのだと岩岡社長は言う。「森に入ると、その人の個性が森に反応して、これは!という発見をするんです」。来た人が何を発見するかに目を凝らし、じゃあこういう技術や使い方はどうですか?というアイデアをぶつけてプロジェクトを起こしていく。これが自らを「翻訳者」と呼ぶ意味だ。

今や東京を拠点とする建築家やデザイナーの他、海外の建築学生など世界中のクリエイターが、飛騨の森を目指して集まってくる。「当初は、東京の若いモンが、外国人を連れて飛騨の山に入っていく。なにを考えてるんだ?みたいな感じで、地元の方からは大いにいぶかしがられましたよ」。でも、その真意が伝わっていくにつれ、協力者は増えていった。広葉樹でのまちづくりを掲げている飛騨市の全面的なバックアップを得ながら、ヒダクマは着々と地元産業に新しい風を吹き込んだ。

ヒダクマの空間・家具づくりには飛騨の技が生かされている(飛騨市役所応接室のブナのシェード設置風景)
ヒダクマの空間・家具づくりには飛騨の技が生かされている(飛騨市役所応接室のブナのシェード設置風景)

プロジェクト目的だけでなく、森の将来を共有して進める

職人には確たる信念と技に支えられた得意領域があるから、しばしばぶつかることがあるという。そんなときも「とにかく作ってください」とはいわず、部分部分の仕事だとしても、製品がどういう使われ方をするか、ひいてはこのプロジェクトが成功することで飛騨の森がこうなっていく、ということまで説明しているという。「僕の仕事の骨は、そこにありますね。プロジェクトチーム全員が希望の持てるゴールをいかに設定して、その思いをみんなで共有できるか。一番大切なことは、僕がこれをしたいとか、こうしてもうけてやろう、みたいなことではなく、お互いをリスペクトし合える関係性を築く、ということだと思います」。職人魂を引き出してプロジェクトゴールまで動かしていくのが翻訳者のもう一つの大きな仕事だ。

ホオノキみたいな広葉樹の多くが、皆伐され、チップになってしまう。もちろん、チップはチップで燃料や紙の原料となったり、おが粉は牛の寝床になったり、といった利用法はあるのだが、アイデア次第で付加価値を生み出せるはず。そう、岩岡社長は踏んだのだ。広葉樹の多くは、経済合理性からは雑木と呼ばれる、いわば「かわいそうな木」なのだそう。でも、例えばそれをシート状にして合板などに貼り合わせるだけで、心躍る素材に変身させることができる。そうした、元々、飛騨市には根付いていなかった技術を持ち込むあたりにも、ヒダクマならではの発想力の高さとネットワーク力がうかがえる。

矢野建築設計事務所のメンバーを森に案内するヒダクマの松本氏(右)
矢野建築設計事務所のメンバーを森に案内するヒダクマの松本氏(右)


何度でも、新しいチャレンジを飛騨に持ち込むことが使命

広葉樹の最大の壁は、木の使い手(建築家や家具デザイナー)の「だって、手に入らないじゃん!」という思い込みと、木材を切り出す人たちの「だって、買ってくれないじゃん!」というギャップにあるという。創業から5年を経て、岩岡社長に今後のビジネス展開のイメージを伺ってみた。「次の5年のテーマは、広葉樹をもっと使ってもらうために『流通課題に挑む』ことです」。例えば大きな集材の拠点を設け、3Dスキャナで一本一本をデータ化し、流通しやすい仕組みをつくっていく。林業に最新技術を掛け合わせて事業をさらに拡大させていきたいという。

ヒダクマが地域の職人と関係を築き、さまざまな外部企業とのプロジェクトを成功させているのはなぜか?「職人さんから、ヒダクマは常に新しいチャレンジを持ってくるから、職人にも気づかなかった発見が毎回ある、という言葉をもらったことがあります」。チャレンジをいつでも、何度でもしていくことを社員全員が意識しているといい、それがヒダクマのDNAになっている。外部のクリエイターにとっても、同じように見えていることだろう。

インタビューの最後を岩岡社長はこう締めた。「僕らの使命は、ただ一つ。飛騨の森にとっていいことをしよう!ということです」。100年、200年先を見据えながら、軽やかに語るその言葉に、風通しのいい飛騨の森の風景を思い浮かべた。

安峰山から展望した飛騨古川のまち
安峰山から展望した飛騨古川のまち

ヒダクマのホームページは、こちら
FabCafe Hidaのウェブサイトは、こちら


なぜか元気な会社のヒミツ ロゴ

「オリジナリティー」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく連載のシーズン2。第4回は、森の価値創造企業「ヒダクマ」をご紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

岩岡社長のインタビューで印象的だったのは、「チャレンジ」と「リスペクト」というワードだ。どちらも、ビジネスの世界では精神論として使われがちなワードだと思う。でも、岩岡氏はちがう。チャレンジするから、人が集まってくる。職人も、地域の皆さんも。行政も、パートナーとなる企業も。「キミのチャレンジに、乗ってやるよ」と言ってくださる。今現在の状況下では難しいが、海外からもたくさんの観光客が訪れてくれるようになった。

そうしたムーブメントに岩岡社長は「リスペクト」をもって応えたい、という。思いを共にする人を愛し、街や地域を愛し、森を愛しているからこそ、すべての行動に一切のブレがないのだ。

岩岡社長のリスペクトの対象、その究極は「森」にあるのだと思う。東京生まれ、東京育ちとひとくくりにされるが、岩岡氏が育ったのは西多摩。ご自宅からすぐの所には山があり、川が流れ、豊かな生態系が広がっている。そんな原風景、原体験が、渋谷で起業した若者を、飛騨の山奥へ向かわせたのかもしれない。ビジネスの神髄とは、実に奥深い。