スポーツチームと企業の新しい関係、「イノベーションパートナー」No.2
「千葉ジェッツふなばし」新社長が語る、「イノベーションパートナー」で実現したいこと
2020/08/26
前回は、日本バスケットボール界の現状と、スポーツチームと企業の新しい関係、「イノベーションパートナー」について解説しました。今回は2020年7月に千葉ジェッツふなばし社長に就任した田村征也氏と電通 筧将英氏の対談をお届けします。スポーツとビジネス・企業の関係を軸に、「イノベーションパートナー」が生まれた背景、目指す未来について話し合いました。
コロナ禍の今こそ、チームに新たな風を
筧:田村さんはこれまで、千葉ジェッツふなばし(以下、千葉ジェッツ)の親会社に当たるミクシィでスポーツ事業を手掛けてきました。千葉ジェッツ社長に就任するまでの経歴を教えていただけますか?
田村:ミクシィに入社後、広告営業やコンテンツ開拓を経験し、スマホゲームアプリ「モンスターストライク」(以下「モンスト」)がリリースされた2013年からはマーケティングの責任者を務めました。国内外のマーケティング統括、XFLAG STORE社長を経てスポーツ事業本部本部長だった2019年11月、千葉ジェッツの運営会社がミクシィグループと資本提携し、外部取締役としてチームの運営に携わることに。そして2020年7月、社長に就任しました。
筧:社長交代の背景には、何があったのでしょうか。
田村:最大の要因は、新型コロナウイルスの影響です。コロナ禍において千葉ジェッツが掲げる1万人規模のアリーナ建設計画を見据えると、ミクシィとの連携をさらに深める必要があり、経営体制を大きく変えることになったのです。
筧:ミクシィで培った知見を、スポーツビジネスにどう生かしていきたいと考えていますか?
田村:大きく二つあります。SNS「mixi」はもともと招待制を採用しており、人が人を呼ぶ仕組みにより一気にユーザーを増やしてきました。いわゆるバイラルマーケティング(インターネットを利用して製品やサービスの口コミを広めるマーケティング手法)はミクシィの強みであり、「モンスト」でも全世界約5000万人ものユーザーを集めています。このノウハウをチームの集客に生かし、千葉ジェッツや関連コンテンツ、ひいてはBリーグやスポーツ業界全体を盛り上げていきたいと考えています。
もう一つは、リアルとウェブを行き来することで熱量を高める手法です。ミクシィでは、年に1度「XFLAG PARK」というイベントを開催し、2日間で4万人以上動員していました。「モンスト」ファンは日頃からSNSなどで交流を楽しんでいますが、イベントに参加すると「熱量の高いユーザーがこんなにいるんだ!」と体感でき、ゲームを続けるモチベーションにつながります。新たな友達もできますし、コンテンツをさらに好きになるきっかけになるんです。このようなノウハウを、チーム運営にも生かしたいと思っています。
筧:千葉ジェッツの場合、会場に足を運ぶというリアルな体験が重視されてきました。今後はオンラインでも、さらにファンの熱量を上げていくということでしょうか。
田村:広報の頑張りもあって、現在千葉ジェッツのTwitterフォロワー数はBリーグの中ではナンバーワンです。これまでは情報発信がメインでしたが、選手とファンの関わりを深め、双方向に楽しめるコンテンツをもっと増やせるのではと考えています。ファンマーケティングの取り組みに、より一層力を入れていきたいですね。
筧:「XFLAG PARK」は、エンターテインメント性が非常に高いイベントですよね。スポーツビジネスのエンターテインメント化については、どのような考えをお持ちですか?
田村:競技を知らない方でも1日楽しめるような空間をつくり、ファンの裾野を広げることが重要だと考えています。「XFLAG PARK」では「モンスト」のファン以外も楽しんでいただけるイベントを心がけていました。有名アーティストとのコラボレーションによるショー、サーカスのようなステージを行ったことも。「モンスト」を知らなくても、人気アーティストやバク転をするパフォーマーを見たら誰もがワクワクしますよね。
この手法は、スポーツにも置き換えられると思うんです。今もプロジェクションマッピングなどの演出に力を入れて非日常空間を構築していますが、もっと人が人を呼ぶような仕掛けにも挑戦して、スポーツ業界全体を発展させていきたいです。
大手企業と共に、スポーツ業界を牽引する先進事例をつくりたい
筧:スポーツと一般企業の関係で、課題に感じていることを聞かせてください。
田村:地域の企業とは、非常に良い関係を構築できています。現在千葉ジェッツは約300社のスポンサー企業に支えられ、Bリーグ内で上位の収益を見込んでいます。地域を巻き込むことでファンも増え、プラスのサイクルが生まれています。
千葉ジェッツは地域に根差したチームですし、今後も地域を大切にする姿勢は変わりません。それと同時に、Bリーグに所属するチームとして千葉ジェッツが中心となり、先進的な事例に取り組んでいくことも重要です。そのため、全国規模、世界規模でビジネスを展開しているパートナーとも連携していきたいと考えています。
筧:新しいパートナーシップの形として、「アクティベーション」「POC」「R&D」の三つのメニューを挙げています。どんなことが実現できると思いますか?
田村:アクティベーションであれば、会場でアプリをダウンロードしてもらうことが考えられます。例えば来場者にグッズをプレゼントする際、簡易的なゲームをダウンロードしていただき、スコアが高い方にぬいぐるみをあげるなどの施策です。アプリのダウンロードにつながりますし、年間を通じてのダイレクトマーケティングが行いやすい環境だと思います。
POCでは企業の新たな技術を試す場として、例えば試合中、一人の選手をずっと追いかける目線の映像を配信することなども考えられます。新たな観戦体験に結びつけることもできそうです。
R&Dに関しては、選手のデータを活用していただけるのではないかと思います。ただデータを提供するのではなく、チーム強化も兼ねることができたらうれしいですね。
筧:どのような企業と連携していきたいですか?
田村:データをしっかり取り、次につなげていける取り組みを一緒に考えていただける企業ですね。また、千葉ジェッツのファンは女性やファミリーが多いという特徴があります。購買につながる商品開発であったり、アリーナに車で来場される方々のデータを取得して渋滞や駐車場不足など地域の課題解決につなげたり、われわれもさまざまな形で貢献できるのではないかと思います。
他にも、選手の食事や体づくりに関するデータを取得し、一般消費者に生かすことも考えられます。私自身もIT企業出身ですから、データを活用した先進的な取り組みにも積極的にチャレンジしていきたいです。
筧:バスケットボールは野球やサッカーに比べて選手との距離感がすごく近いですよね。そういったバスケならではの特色を生かした取り組みも考えられるのではないでしょうか。
田村:野球やサッカーと違い、Bリーグはハーフタイム中に選手以外の人(チアリーダーなどのパフォーマーやキャンペーンに応募して当選したお客さまなど)がコートに入れるんです。アクティベーションの取り組みに関しては、他の競技よりも幅広いことに挑戦できると思います。
筧:今回、新たなパートナーシップの形を模索する中で、われわれと約半年にわたってディスカッションしてきました。電通とはどのような取り組みをしていきたいですか?
田村:ホームゲームは毎年30試合あるため、長期にわたって課題を解決したり、仮説を検証したりする取り組みを、パートナー企業と共に考えていきたいと思っています。そのため、電通には単発的な効果というより、中長期的な取り組みの成果が求められるような企業との関係を取り持っていただきたい。それにより、新しい体験価値の創出、新しいマーケティングデータの分析につなげてプロジェクトの成果を最大化したいと考えています。
筧:最後に、これからのBリーグ、スポーツ業界で田村さんが実現したいことを教えてください。
田村:短期的には、デジタルによる効率化が目標です。アナログ要素の多いスポーツ業界ですが、デジタルによってプロセスを簡略化したり、ファンやパートナーの負担を軽減したりしたいと考えています。
中長期的には、スポーツの体験そのものをアップデートする取り組みを実現したいですね。VRや5Gなどテクノロジーの発展により、固定観念を覆すような観戦体験が可能になるはず。それによってファンを増やし、世界に向けて日本のスポーツをアピールしていきたいです。
筧:電通のプランナーとしては、露出という形でのスポンサーシップから脱却したいという思いがあります。リーチ(広告の到達率)よりも深い指標をしっかり設計する。あるいは、ビジネスを回すためのひとつの取り組みとしてスポンサードを設計する。そういったプランニングが求められていると思っています。チームとパートナー企業をつなぐ立場として、田村さんの考えに共感していただける企業とともに新たな価値を提供していきたいですね。