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変化の激しい時代に活躍し続ける社員を応援する、“成長支援”を考える

2020/09/03

会社の研修と聞くと、どこか形式ばったものというイメージを抱く人も多いのではないでしょうか。また、「仕事は実地で経験を積んでこそ」という考えもよく耳にします。

「電通の研修はこれまで、入社時のオリエンテーションや、年次別研修、コンプライアンスなどの講習を除き、基本的には配属された部署でのOJT偏重型でした。しかしOJTだけでは時代の流れについていけないという危機感がありました」

そう話すのは電通キャリア・デザイン局の半田友子氏です。

この問題を解決すべく2019年に立ち上げたのが、社員一人ひとりの成長を支援する取り組み「INPUT!365」プロジェクトです。このプロジェクトでは取り組みの一つとして、社外の旬な知を提供するNewsPicksとのコラボレーションを行い、今までとは違う社員の成長支援のあり方を模索しました。

NewsPicksの佐々木紀彦氏と半田氏がこの取り組みを振り返りながら、変化の激しい時代で活躍し続けるための、学びの重要性について議論します。

「従来の広告ビジネスを超える」発想のために必要なインプット

半田:NewsPicksに協力をお願いした背景にも繋がりますが、「INPUT!365」プロジェクト(以下、INPUT!365)を始める前、従来の社員への成長支援のあり方には、制度と環境変化という、2つの要因による課題があると感じていました。

佐々木:具体的にはどういったことでしょう?

半田:どちらの要因も、これまでの電通の社員教育がOJTにかなりの部分を依存していたことに関係しています。たしかに広告会社の仕事というのは座学だけで習得できるものではなく、現場で頭と身体を動かして経験を積むことが重要です。

ただ、非連続に発展する社会の中では、従来のOJTだけでは時としてクライアントのニーズに応えきれないケースが出てきていました。

佐々木:OJT以外で社員にインプットを提供する機会が少なかったことに加えて、クライアントや世の中の変化速度・変化量が以前よりも多くなってきたからですね。

半田:どの企業にもあることかもしれませんが、一部の社員は会社の教育制度の有無に関わらず、自ら学び続けているので、そういった方は変化にも対応できたのだと思います。

ただ、電通はいま広告ビジネスにとどまらず、より広い意味でのマーケティングや経営そのものの支援など、「ビジネスを創造していく会社」になろうとしています。それを本当に実現するためには、一部の社員だけが自分をアップデートし続けるのでは難しいですね。

佐々木:戦略系のコンサルティング会社がデザイン会社を買収するなど、広告・マーケティング業界は事業領域と競合がどんどん拡がり、群雄割拠ですよね。今後もクライアントに必要とされ続けていくには、まさに会社としての提供価値のアップデートが必要で、それは個々のアップデートの集合体であると。

半田:とはいえ、変化が速い時代だからインプットを各自意識するように、と言うだけではなかなか現状は変わりません。社員が「広告ビジネスを超えられる」発想を持てるように、機会を提供しないといけないと思ったのです。

NewsPicksに相談したのは、社員に「社会の最先端とのズレ」を感じてもらうためのコンテンツがほしかったからです。ベースになるプログラムができてきた中で、スパイスのような役割を担ってもらいたい意図でした。

本社ビル1階エントランスを使った有識者による電通人への推薦図書の展示「INPUT!Library」、世の中の潮流を短時間でインプットするセミナー「Input!Hour」の開催、電通オリジナルMOOC(ムーク。NewsPicksのオンライン講義コンテンツ)の制作という3つの取り組みで協力いただきましたが、結果として、今まで「研修」に関心がなく、リーチできなかった社員にも学びを届けることができたと感じています。

「新しい生活習慣」に適したインプットの仕方、学習コンテンツの在り方

佐々木:最初は書籍の推薦から始まりましたが、あえて「ビジネスマンがあまり手に取ることがないリスト」にしました。

電通はクリエーティブのプロで、テクノロジーやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった新しい分野を仕事にしています。変化の速いビジネスをしているからこそ、政治や哲学の古典や歴史書など、いわゆるリベラルアーツが普遍的な知識として役立ちます。そういった本を、「NewsPicksのプロピッカーによる選書」という形にして展示しました。

電通本社ビルエントランスで展示されたNewsPicksのプロピッカーによる選書

半田:ラインナップの中には漫画やビジネス書などもあり、堅さと柔らかさ、新旧のバランスが取れていて私も興味深く展示を見ていました。実際に足を止めたり、本を手にとってくれる社員も多く、社員の学びへの第一歩として機能したと思います。

佐々木:オリジナルMOOCでもプロピッカーを起用して、「外から見た電通と、その未来像を提言する」というテーマでしたが、これも電通を客観視できる立場だからできた企画かもしれません。

半田:佐々木さん、コルクの佐渡島さんなど、世の中の旬な方々に登場してもらいましたが、これはすごく社員の刺激になった企画でした。INPUT!365で用意した他のコンテンツも含めて、広告ビジネスの基礎的な内容はあえて扱っていないのですが、特にMOOCは撮り下ろし、かつ電通だけに向けた内容だったので、社員からも反響が大きかったです。

仕事に追われて忙しい社員からも、「短時間で凝縮して学べる」という声があり、相性が良かったですね。

佐々木:MOOCは1つの講義を3分✕6本にするなど、エピソードを細切れにしています。これはスキマ時間に見やすいことを狙っていますが、出演する講師も時間制限があると本題だけにフォーカスして話さざるをえなくなるので、実は内容が濃くなる効果もあるんです(笑)。

ただ、新型コロナウイルス蔓延を期に細切れのほうがいいという法則も変わる気もしています。今まではスキマ時間の活用という考え方でしたが、これから在宅勤務やリモートワークが基本になっていくと、通勤時間が不要になるなど、「時間の余裕」が生まれます。加えて、ここ数カ月でラジオの視聴者数が増えたりなど、「ながら聞き」のようなニーズも実際に増えています。

学習という意味では、自宅でずっと本に向き合っているのもつらいですよね。通勤電車などと違って、空間を自由に使えることもありますし。これらを踏まえると、「ながら」や「映像や音声によるインタラクション」がキーワードになるかもしれません。

半田:確かに、コロナ禍前よりも社員のeLearningアクセス数やオンラインのセミナー申込数も増えています。在宅勤務のなかで取り入れやすいインプットのニーズは増加していますね。

佐々木:オンラインだとインタラクションが深まりづらいので、「新しい生活習慣」でのコンテンツのつくり方は、まだ私たちも実験段階です。オン/オフラインの組み合わせ方として、ディズニーランドが一つのヒントになるなと思っています。多くのファンはグッズ購入や情報収集など、オンラインで接点を持つことが中心で、ディズニーランドに行くのは年に1、2回あるかないかです。

「オフラインの接点が少ない中で価値をどうつくるか」という意味で、リアルで行うセミナーでも、回数を減らして価値を高める秘訣があるかもしれません。ここまで考えてやっと仮説だと言えるでしょうか(笑)。

半田:オフラインの価値というと、2019年5月から実施している「INPUT!Hour」は、「月に1度は、学ぶ日を作る」というコンセプトのなかで全社対象の講座を開催しています。

今まで自己研さんに積極的でなかった社員が学び始め、かつ「学びの習慣化」につながるよう設計しました。従来の研修には参加したことがない社員も、「INPUT!Hour」の認知が広がるにつれ、足を運んでくれるようになってきています。最終的には自発的な学びにシフトをしてもらえたらうれしいですね。

コロナ禍を機にオンライン化しましたが、オフラインでしか得られない体験価値は確実に存在すると思います。意識的にそのようなタイミングをつくれたらと考えています。

これからの自分のために、「学びのフォーム」をつくる良い機会

半田:INPUT!365も2年目に入り、学びの機会をどう提供するかは今後も突き詰めていくべきテーマだなと感じています。ある程度の社員数の企業では「あの人はどうして輝いているか?」という視点が、一つのきっかけになるかなと思っています。

佐々木:自分が憧れる同僚をインプットの側面から分析して、ロールモデル化するのも良い方法ですよね。

半田:そういった目標を持てた社員にとって、いつでもアクセスできる学びのコンテンツがある状態を目指していきたいです。

佐々木:学びがブーストされる要因としては、キャリアプランと仕事がマッチしていることが大事です。そうすると自然に仕事の目標が人生の目標と重なり、結果的にインプットの質と量が増えます。

そのお膳立てを会社ができるのも良いですが、マッチングのプロや学びの場を社外に頼ってもいいですよね。学びでいえば、講座や書籍などを自分で探してきて、会社は予算だけ出してあげる形も一つです。枠だけ用意して、中身を社員に任せれば“やらされ”ではなくなります。

半田:実は電通も社外のキャリアカウンセラーに自由に相談できる仕組みをつくっており、社員に好評です。社外だからこそ本音で話せることもありますし、カウンセリングのプロと自身のキャリアを見つめなおすことはとても貴重な時間となっています。

少し話は変わりますが、日本企業に典型的な総合職ジョブローテーションについてはどう思われますか?

佐々木:天職が20代で見つかるのは難しいと思います。その意味でジョブローテーションは良いですよね。セレンディピティ(計画された偶発性)やスティーブ・ジョブズの「connecting dots」といった言葉も示すとおり、過去の偶然が、現在や未来の自分に大きな影響を及ぼす経験は、多くの人が思い当たるはずです。

昨今、「好き」で突き抜けるのが良いという論調ですが、これには難しさもあります。というのも、好きなことは必ずしも得意なことじゃないからです。

だから会社側も好きを尊重しすぎないことが大事かなと思います。個人を尊重しすぎれば当然、組織として全体最適でなくなる。また「好き」が叶った社員も、思ったような成果が出せないと逆に苦しくなるケースもあります。

半田:「好き」ではないが「得意」なことで高い成果を出し、やりがいを感じることはあると思います。そのためには、自分の特長を客観的に把握しておくことが必要になりますね。

先ほど佐々木さんが指摘された「新しい生活習慣」という視点でいえば、今までの仕事をさらに効率化するのではなくて、今までの仕事の要・不要を整理する機会かもしれません。価値が出せる仕事は何かを突き詰めれば、人に頼んだり削ったりできる仕事もあるはずですし、そこから業務やサービスの改革にも続いていきそうです。また在宅勤務下では、先ほどもお話にあったように、新たに生まれた「時間の余裕」を自分のためにどう使うか、というポイントもありそうですね。

佐々木:そうした働き方が定着すると、個としては専門性をより問われるでしょう。その時に「時間の余裕」をいかに有効活用しているかが、個人の経験やスキル、キャリアの差を生みます。

だから今のうちに「学びのフォーム」を身につけることが重要ですよね。今はコンテンツがたくさんある時代なので、何を学ぶかよりもどう学ぶか、学びを継続できるフォームを習得することが大事です。

「LIFE SHIFT」を著したロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が「変身する力」を提唱していますが、学びがあれば専門性につながる道や、今とは違う自分への道がきっと拓けるはずです。