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キリンと電通の共創が“ホップ”の新たな可能性を開く―INHOPの挑戦No.1

「誰もが知っていて、みんなが知らないハーブ」。キリンと電通、未踏の挑戦

2020/11/19

キリンホールディングス(以下、キリン)が長年、研究開発してきた「熟成ホップ」。

機能性素材であるこの熟成ホップを事業の基盤に、キリンと電通が合弁し、ジョイントベンチャー「INHOP」(インホップ)を設立しました。

現在INHOPは、ホップからつくったサプリメントや食品を販売するD2C事業を行っています。キリンR&D部門と電通が出合い、生まれたのはどのような企業なのか?

電通で20年間営業一筋だったINHOP取締役COO高杉聡氏と、キリンのR&D部門で10年間開発一筋だったINHOP代表取締役CEO/CTO金子裕司氏が、INHOP誕生の経緯と熟成ホップの可能性を語ります。

<目次>
ホップに健康機能⁉ 世に広めるプロジェクトが発端
「ホップ」をビールから切り離し価値化するために必然だった、キリン×電通の企業形態
「世界最大規模の栽培量なのに、ほとんど認知されていないハーブ」が社会課題を解決する?

ホップに健康機能⁉ 世に広めるプロジェクトが発端

高杉:今回は「なぜ、キリンと電通が組んで、事業会社をつくったのか?どんなメリットがある?」「そもそも熟成ホップってなんだ?」といった疑問に答えていければと思います。

私と金子さんの最初の出会いは、キリンから「熟成ホップをプロジェクト化していきたい」と相談を受けたところからです。ある日の打ち合わせに、金子さんが突然連れてこられたんですよね。

金子:「素材担当者として参加して」と言われて、ちょっと意見を言うくらいかなと、気軽な気持ちでついていったんです。それがなぜだか、今や社長に就任しています(笑)。

高杉:INHOPのCEO兼CTOという今の立場に就くまでは、金子さんはキリンではずっと研究開発職に就いていたと。

金子:入社以来ずっと、キリンで機能性食品のR&D(研究開発)部門に従事していました。研究開発といっても私の場合、自分が基礎研究をするのではなく、研究所が出してきた成果を商品につなぎ、社会へ送り出す取り組みが中心です。携わってきた商品数は、研究所の中では多い方ではないかと思います。 

高杉:例えば、どのような商品に携わってきたのでしょうか。

金子:機能性表示食品や特定保健用食品など、多岐にわたっています。現在もいくつか発売されています。また、商品開発だけでなく素材開発にも携わっていました。INHOPで事業の主軸に据えている「熟成ホップ」もその一つです。

ホップの機能性に関する研究はキリングループで20年以上続いており、その過程で「熟成ホップ」に行きつきました。数年にわたる機能性等の基礎研究が一通り終わった熟成ホップという素材を、量産化して実用化につなげていくこと、この素材を使った商品を世の中に出していくことを担当しました。

高杉:そうした経緯がある中で、電通にキリンから“ホップ関連の新しい素材”についてご相談があったんですよね。キリンが長年研究してきたホップ素材が、脂肪減少効果に加えて他の健康機能でもエビデンスが取れそうで、力を入れて世の中に広めてきたいからどうしたらいい?というお話でした。

ビールの原料であるホップは、キリンにとって“1丁目1番地”ともいえる素材。それを使った「熟成ホップ」という研究成果を、ビールだけの活用にとどめるのではなく、広く世の中に浸透させるためのビッグビジョンを描きたいというお話があったと記憶しています。

金子:高杉さんは、これまでにも電通でこういった「素材のブランディング化」みたいな仕事を何度か手掛けていたのですか?

高杉:今回のように素材ベースの相談というのは非常に珍しいケースです。私は電通に入社して20年超、ほぼ営業一筋でやってきましたが、クライアントから電通への相談というのは、商品のPRやイベント、CM関連が今までは多かったです。

ただ、今回INHOPにジョインした僕たちのチームでは、過去に健康機能が期待される素材を扱うバイオベンチャー企業の案件に取り組んだことがありました。

「企業が研究開発した機能素材の存在を世の中に浸透させて、マーケットとして成長・拡大させた」という経験が、今回の熟成ホップでも生かせるかもしれないと思い、「2社でプロジェクトを組みましょう」と提案したことからスタートしました。

金子:そのプロジェクトが、最終的にキリンと電通とのジョイントベンチャー立ち上げという大ごとになっていくなんて、思ってもみませんでした(笑)。 

「ホップ」をビールから切り離し価値化するために必然だった、キリン×電通の企業形態

新会社発表時の高杉氏(左)と金子氏。ここから全てが始まった。
新会社発表時の高杉氏(左)と金子氏。ここから全てが始まった。

高杉:電通も、最初から「ジョイントベンチャー立ち上げ」まで考えていたわけではありません。僕ら電通のチームがこのプロジェクトでまず着手したのは、キリン社内のあらゆる人へのヒアリングでした。

「この熟成ホップという素材をビールから解放して、世の中に広めるための可能性について、ヒアリングさせてください」とお願いしてから始めるのですが、だいたい40分くらいたつと、皆さんやっぱりビールの話をされているんですね(笑)。

もちろん、それはキリンの社員としては素晴らしい思考回路です。しかし、“ビールから切り離して”熟成ホップ単体で商品化・サービス化を目指したい今回、「ホップの存在を一番に考えるための専門の事業体」をつくるべきなのではないかと思い至りました。

それで、「INHOP」という会社名やロゴマークのデザインまで、先行して勝手につくってしまったのですが(笑)。熟成ホップという素材の立ち位置はもちろん、そこから生まれていく商品群やその順序などを描いた青写真を添えて、改めてキリンに提案したんですよね。

金子:さすがに、ジョイントベンチャー設立は、想像もしていなかった斜め上の内容でした(笑)。ただ、私個人としては、意外性が大きかった一方で、「これはうまくいったら面白そうだぞ」とワクワクするような気持ちを覚えたのも事実です。今までのキリンの文脈にはない新しい取り組みの中で、われわれの思いが詰まった熟成ホップを使って、新しい世界をつくっていけるのではないかと。

高杉:そうでしたか!実は「生意気なことを言うんじゃない!」と、怒られるかとも思っていたんですけどね(笑)。正直、こうやってクライアントに「電通と合弁でベンチャー企業をつくりましょう」などと提案すると、電通はどこまで本気なんだと、いぶかしがられることもあります。今回それを乗り越えて、ご一緒いただいた理由は何でしょうか。

金子:やはり、高杉さんをはじめ電通の皆さんの「熟成ホップを広めたい!」というその熱意が、キリン側の壁を越える大きな原動力だったと思います。

キリンの身内が「熟成ホップはいい!すごい!」というのは分かりますが、第三者が確かにこれは良いものだと言ってくれたのは、キリンという会社にとっても良い後押しとなりました。私を含めて、キリンからプロジェクトにコミットする人たちが、本当に「熟成ホップは大きくできる」という自信と信念をもらいました。

それに、高杉さんたちのチームには、素材のブランディング化や価値化を成功させたという、バイオベンチャー企業での実績もありましたよね。名前は出せないのですが、理科の教科書にも出てくるような素材を、100億円市場にまで拡大していった経験とノウハウは、電通と組むメリットだと感じました。

高杉:ありがとうございます。僕らとしても、過去の「企業の持つ機能素材という資産の価値化」の実績を評価していただき、それが信用を生んで会社設立につながったのは、大きな成功体験になりました。

金子:ところで、ここまで「電通のイメージ」についていろいろ話が出ましたが、逆に、高杉さんから見たキリンという会社の印象はどんなものでしょうか?

高杉:実際に一緒に動いてみて思うのは、キリンはとにかくしっかりしているということです。つまり、「人さまの口に入るもの」を提供する仕事とは、こういうことなのか!と。さまざまな制度やルール、チェック体制などを含めて日々、その責任の重みを痛感しています。

INHOPという会社は、“キリン家”出身の父親と、“電通家”出身の母親という両家の結婚で生まれた子どもですが、父親の家は電通よりも厳格ですよね(笑)。

金子:そうですね(笑)。ただ、もしキリンが単独で熟成ホップのベンチャー企業をつくっていたら、キリンに染みついている“ものづくりの公式”に当てはめて事業計画を考えていたかもしれません。でもそこで、電通の「いろんなものを試してみよう!」というチャレンジ心、遊び心が、いい意味で“ものづくりの公式”を覆してくれる。これは一つの会社で一緒にやっていることの成果だと感じています。

INHOPにおける商品開発では、「こういうものを、こういうたたずまいでつくりたい」というのを、電通から出向しているメンバーに起案してもらい、キリン側ではそれを実際に商品としてつくっていくために品質を担保したり、各種法令に適合したものにしたりという役割分担ができています。

例えば電通でずっとアートディレクターをやられていた宮坂さん(宮坂佳克氏)が、INHOPのCBO(チーフ・ブランディング・オフィサー)として、権限を持って商品開発の提案をしてくれる。しかも、そのイメージをイラストなどで可視化して議論の場に持ってきてくれるのですが、アートディレクターですから、それがすさまじくレベルが高い。

受発注の関係ではなくジョイントベンチャーにしたことで、そういう能力がある人に大きな権限を付与できる体制になっていることは利点ですよね。

高杉:たしかに、役割分担はすごくうまくいっていますね。電通という会社はクライアントに商品開発を提案することも多く、「こんなこと・ものができたらいいな」というアイデア出しや企画は得意です。ですがそのあと、商品化するならどのくらいの単価にできるのかとか、生産する上ではロット的にどのくらい必要だからどれだけ売る必要があるのかなど、実際に先を読む力、僕らは「暗算力」と名付けていますが、これがまだまだ圧倒的に足りていません。

だからその部分は、実際に多くの商品を開発して売ってきた金子さんたちキリンのメンバーに担ってもらうわけですが、「それをやるなら包材コストがかかるから、小口にした方がいい」「夏場にはウケが悪いから半年ずらした方がいい」などといった意見が、議論の場で即時にできています。

お互いが権限を持って一つの会社の中にいることで、とても密度の高い打ち合わせがスピーディーにできるし、それぞれに学びがあるんですよね。

「世界最大規模の栽培量なのに、ほとんど認知されていないハーブ」が社会課題を解決する?

ホップの機能性に関する研究はキリングループで足掛け20年以上続いており、「熟成ホップ」はその過程で開発されたもの。
ホップの機能性に関する研究はキリングループで足掛け20年以上続いており、「熟成ホップ」はその過程で開発されたもの。

金子:ところで、読者の皆さんに「そもそも熟成ホップとは何か?」「INHOPは何をどうやって売っているのか?」ということを紹介しないといけませんね。

高杉:INHOPという会社は名前の通り“ホップカンパニー”です。熟成ホップをはじめ、国産ホップなども含めて、キリンが長年構築してきた企業資産であるホップ全体を、どう価値化していくかが、この会社の大きなミッションだと思っています。

ただ、順番としてはやはり、最初に相談のあった「熟成ホップ」から着手し、事業開発を行っています。ホップに対する機能性イメージや、ホップがビール以外の商品で口に入れられるのだということを指し示す“道しるべ”をつくる意味でも、まずは熟成ホップの普及に注力しています。

ホップにはいくつかの健康機能があるのですが、そのひとつとして期待されているのが、認知機能改善や精神機能改善といった脳機能。これらは“社会課題”として解決策が求められている分野でもあるので、うまく世の中に広げていきたい。

まず熟成ホップの認知機能を軸に商品展開や情報発信展開を手掛け、その次は国産ホップなどさまざまなホップの多様な価値を生活の中に浸透させるというふうに、取り組みを広げていきたいです。

金子:ホップという素材は、実は皆さん知っていそうで知らないことがたくさんあります。まず、歴史を紐解いてみると、ホップは“ハーブ”としての歴史が長いんです。そして現在、ビールの原料として世界中で利用されている実情を考えると、ホップは「世界最大級の規模で栽培されているハーブ」ではないか、と捉えています。一方で、ハーブとしての認知は殆どない。

そんな認識のギャップを解消することで、世界中でホップのさまざまな活用方法が増えていくのではないかと。

それに、キリンがホップをハーブとして研究する中で、様々な健康機能がありそうだということがだんだん分かってきた。これを新しい価値提案として、いろんな形でお客さまに届くようにしていこうと、日々向き合っています。

高杉:僕もホップのイメージといえば、ビールの“苦み”でした。でも金子さんがよくおっしゃる「世界最大級なのに、ほとんど知られていないハーブ」ということが、電通の人間としては面白い!と思ったんですね。

キリンのR&D部門が見いだしたホップのさまざまな機能に、正しい光を当てるのが、自分たちの仕事ではないかと思うと、燃えるというか(笑)。昔から世界で親しまれているのに世界に知られていなかった、「古くて新しい素材」に対して、この情報の非対称な状況をなんとかしたいと思ったんです。

そうやってモノの価値観を変換したり、素材の既成概念から少しズレた解釈をするのは、まさに電通が得意とするコミュニケーションの領域です。ホップという、「誰でも知っているけど、みんな正しく中身を知らないモノ」の認知を、どう変えていくのか。とてもやりがいがある仕事です。

金子:熟成ホップの研究には足掛け20年くらいの時間をかけてきています。ここに至るまでに100人単位の人たちが携わってきて、ようやく結実しました。そんなたくさんの人の「お客さまの健康を改善したい」という思いが詰まったこの素材を、簡単に終わらせるわけにはいきません。私もINHOPを起点に熟成ホップの可能性を世に広める責任があると感じています。

高杉:バリューチェーンの“川上”であるR&Dにかける金子さんたちの思いに、僕らは“川下”で広告やキャンペーンを効果的に打つスキルをもって応えたいですよね。それぞれの強みや視点を生かして、大きなシナジーが生まれる手応えを感じています。

一方で、広告会社で培ってきたスキルを生かしつつ「自分たちで事業会社をつくり、商品企画・開発から販売までを行う」というのは、新しいチャレンジで、とてもやりがいがあります。きちんと爪痕を残せれば、「電通はこんなことができるのだ」という指針になります。これをきっかけに、あとに続く人たちがいろんな可能性にチャレンジできるようにしないといけないですね。金子さんは、“INHOPの今後”に何を見据えていますか?

金子:各ご家庭にビール以外のホップ商材が当たり前に置かれている状態を目指したいです。それができれば、「健康維持にホップを活用しよう」と、お客さまの中で健康意識のあり方が変わってくると思うんです。5年や10年では実現できることではありませんが、健康に関する社会問題を少しでも解決していきたいと考えています。

今は熟成ホップをキリン1社しかつくっていませんが、もっと一般的なものとして世の中に広げていくには、それこそ世界中のホップサプライヤーたちから「熟成ホップのつくり方を教えてほしい」とか、「素材として売らせてほしい」と、お声がけいただけるくらいにならないといけないですね。

そして最終的にはホップの機能性をアピールせずとも、普通に食品の選択肢として熟成ホップ商品を選んでもらえるくらい、人々の生活の中に定着させたいです。

高杉:サプリメントでも調味料でも入浴剤でもいい。ホップという素材を使った商品やサービスが日常の中に当たり前にある世界を、一緒につくっていきましょう!

■INHOP コーポレートサイト
https://inhop.co.jp
■熟成ホップ研究所
https://inhop.co.jp/jukusei