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三井住友海上のCX戦略、成功の鍵は「パーソナライゼーション2.0」

2021/08/17

三井住友海上のCX戦略とパーソナライゼーション2.0

コロナ禍で「対面営業」がなかなかできない状況にありながら、CX(Customer Experience=顧客体験) 戦略の成功により、特約セット率を大幅に増やした三井住友海上火災保険(以下、三井住友海上)。

成功の鍵は、顧客一人ひとりに最適化したメッセージやコンテンツを提供する「パーソナライゼーション」の進化にありました。

今回は同社のCX戦略をサポートしたサンデースカイ・ジャパン(以下、サンデースカイ)および電通イノベーションイニシアティブ(以下、DII)、三井住友海上のCX戦略を、「パーソナライゼーション2.0」というキーワードでひもときます。

サンデースカイの「パーソナライズド動画」が、従来型の「パーソナライゼーション1.0」の課題をいかに解決し、CX向上を実現したのか見ていきましょう。

※パーソナライゼーション2.0
Econsultancyの CEO、Ashley Friedleinが提唱するマーケティング手法。そのコンセプトは「シンプルで直観的で快適な体験をどう提供するか」「顧客が自らの意思で提供し、コントロールできるデータをもとに、どのようにコンテキストにマッチしたCXを実現するか」というもの。
 
※本記事は「Advertising Week Asia2021」内のセッション、「NewNormal時代における対面営業のありかたとは -三井住友海上でのCX戦略-」を再構成したものです。

<目次>
「パーソナライズド動画」の強みは「制作負荷の低さ」×「圧倒的な顧客体験」
AI分析で顧客ごとに最適なプランを導き出し、「動画」で分かりやすく提案
「MS1 Brain」でサービス品質の向上・均質化、営業活動の効率化を実現
▼顧客により良い価値を提供したいという思いが「パーソナライゼーション2.0」
<あとがき>電通の組織横断チームが「パーソナライズドされたCX」を実現する     

「パーソナライズド動画」の強みは「制作負荷の低さ」×「圧倒的な顧客体験」

【動画】
三井住友海上は、AIを用いた代理店営業支援システム「MS1 Brain」の力をさらに活用すべく、サンデースカイの「パーソナライズド動画」を導入。対面営業が困難なコロナ禍にもかかわらず、特約セット率の大幅アップを実現した。
 
 

青木:本日は三井住友海上のCX戦略についてお話ししていきます。最初に、自己紹介をお願いできますでしょうか。

本山:三井住友海上でデジタライゼーションの推進を担当している本山です。当社では保険事業の高度化のため、デジタルとデータの力でビジネスモデルをいかに変えていくかということを試行しています。そのための技術を習得する、あるいは投資をすることが私の役割です。

島村:サンデースカイ・ジャパンの島村です。三井住友海上とは2018年からお付き合いがあり、ようやく本日こうして一緒にセッションできて、念願がかないました。三井住友海上のCX戦略の中で、サンデースカイも一つの重要なパートを担わせてもらっていると思いますので、本日はその話をさせていただきます。

青木:ありがとうございます。最後に私、電通グループの中でも事業開発領域を担う電通イノベーションイニシアティブで、事業開発マネージャーをしている青木と申します。

本日ご紹介するのは、「パーソナライゼーション2.0」を実践したとも言える、三井住友海上のCX取り組み事例です。

例えば「メールの冒頭で顧客の名前を呼び、クロスセルやアップセルを提案する」ような、労力がかかるわりに効果が見合わなかった従来のパーソナライゼーションを「パーソナライゼーション1.0」とするなら、最新のテクノロジーとコンテンツと企業努力を組み合わせて、「本当の意味でのおもてなし」と言えるCXを実現しようというものが「パーソナライゼーション2.0」です。

まずは島村さんから、三井住友海上が導入したサンデースカイの「ビデオ・エクスペリエンス・プラットフォーム」についてご紹介ください。

島村:サンデースカイは「CXをパーソナライズする」ことに長年取り組んでいます。中でももっとも得意としているのが、顧客一人ひとりに最適化された動画を生成する「パーソナライズド動画」です。

動画は、文章と比べて圧倒的な情報伝達力があります。そんな動画を、ビジネスにおける顧客とのコミュニケーションにもっと活用したいというのが我々の出発点です。

「動画は、私たちの脳に直接働きかける力を持っている」と島村氏。従来の「文字」に頼ったコミュニケーションと比べて、動画によるアプローチがどのくらい大きくCXを改善するのかを解説した。
「動画は、私たちの脳に直接働きかける力を持っている」と島村氏。従来の「文字」に頼ったコミュニケーションと比べて、動画によるアプローチがどのくらい大きくCXを向上するのかを解説した。

島村:同じ情報を動画とテキストで伝えた場合、動画の方が6万倍速く脳内で処理され、テキストでは1割しか伝わらない情報も9割ほど伝わるといいます。また、1分間の動画では、言葉にすると約180万語に相当する情報を伝えられると言われています。

しかし現時点では、大半の企業が非常に多くの「文字」で顧客を圧倒してしまっています。企業もデータを活用して顧客ごとにメールを出し分けたり、ウェブサイトを細かく設定したりしてはいますが、それだけでは顧客との“つながり”、つまりエンゲージメントを維持することは難しい。“つながり”を失うと、さまざまな弊害があります。

54%の顧客は、企業に対して「顧客サービスについて根本から改善すべき」と考えているという。顧客が企業との“つながり”を失うと、「ブランドからのオファーを検討する可能性が低い」「他社と比べた価値やメリットを理解できない」「デジタルツールがあっても使おうと思わない」「ブランドを支持するモチベーションが持てない」という弊害がある。
54%の顧客は、企業に対して「顧客サービスについて根本から改善すべき」と考えているという。顧客が企業との“つながり”を失うと、「ブランドからのオファーを検討する可能性が低い」「他社と比べた価値やメリットを理解できない」「デジタルツールがあっても使おうと思わない」「ブランドを支持するモチベーションが持てない」という弊害がある。

島村:顧客との“つながり”を大事に育てていこうと思ったとき、動画は非常に魅力的なCXを提供できるツールです。しかし、特に日本の企業では「動画のマーケティング施策」がなかなか浸透しません。なぜなら、動画制作には「コスト」と「時間」がかかると思われているからです。

それに通常の場合、動画はつくったらそこで終わりです。なのに、すぐに情報が古くなってしまい、それを定期的にリバイスしようと思うと、そこでもまた「コスト」と「時間」がかかる。それだけコストと時間がかかる「動画」を、さらに顧客一人ひとりに向けて内容を変えて出し分けようと思うと、どの企業もそれは不可能だと考えてしまうのです。

それらの課題を解決するために開発したのが「ビデオ・エクスペリエンス・プラットフォーム」です。企業が持つ顧客情報を活用して、顧客一人ひとりにパーソナライズドされた「パーソナライズド動画」を、リアルタイムに生成するサービスです。

このプラットフォームでは、あらかじめ用意されたフレームワークに、自社の持つ顧客情報を組み合わせるだけで動画ができるため、ゼロからつくるより大幅に「コスト」と「時間」を削減できます。「シーン・テンプレート」を組み合わせるだけで、色や文字のフォントなどもアレンジでき、企業ごとに自社商品のトーンに合わせてカスタマイズされた動画を簡単に生成できます。

【動画】
AMEXがサンデースカイのパーソナライズド動画を使用した例。「アーロン」「サラ」「マット」という3人の顧客に対して送付された動画で、顧客それぞれにパーソナライズされている(ナレーションは左側の「アーロンさん」の動画の音声)。あらかじめ用意されたテンプレートと顧客データを組み合わせるだけで、リアルタイムに「その顧客に最適化されたパーソナライズド動画」が生成され、送信できる。さらにカスタマイズも容易だ。

 

AI分析で顧客ごとに最適なプランを導き出し、「動画」で分かりやすく提案

青木:三井住友海上が今回、サンデースカイの「ビデオ・エクスペリエンス・プラットフォーム」を導入した経緯はどのようなものだったのでしょうか?

本山:もともと私たち保険会社では、「紙の資料」で保険商品を説明するのが一般的でした。当社の場合、日本国内に約3万8000の代理店があり、保険営業に従事するスタッフは30万人にものぼります。果たしてそのスタッフ全員が、お客さまごとに最適な提案を見つけ出し、紙の資料を使って高い品質で保険商品をご案内できているのか、というのが長年の課題でした。

そこで、当社ではこの課題を解決すべく、2020年の2月に、損保業界としては初めて、AIを搭載した代理店営業支援システム「MS1 Brain」をリリースしました。

MS1 Brainの最大の特徴は、「ニーズ予測分析」機能です。代理店が保有するお客さま情報と、当社が保有している契約や事故などのさまざまなデータ、さらに一般公開されている企業情報などの外部データをAIが分析することで、お客さま一人ひとりに合った、最適な提案を導き出せるようになりました。

ただし、最適な提案内容が分かっても、30万人の営業スタッフ全員が高いレベルでお客さまに提案できなければ意味がありません。AIによる分析データをもとに、「今、そのお客さまが本当に必要な、最適なご提案」を、「分かりやすく伝える」必要があるのです。

そんな中、当時の社長だった原典之(現会長)が「海外の保険会社では、契約者ごとにパーソナライズした動画を組成し、お客さまにご案内している事例がある。当社でも取り入れたらどうか」と社内で提案しました。

そこで、当社のシリコンバレーにいる駐在員が、パーソナライズド動画のテクノロジーを持った会社をリサーチし、比較検討しました。その結果、サンデースカイの「ビデオ・エクスペリエンス・プラットフォーム」が、動画のクオリティーが高く、お客さまに商品内容についてしっかりと理解いただいたうえで契約に結びつけられると確信し、導入を決めました。

島村:ありがとうございます。我々のニューヨークのオフィスにもお越しいただいて、本当に真剣にご検討くださり、大変嬉しく思っております。

本山:そして、サンデースカイと電通に支援していただき運用を始めたツールが、当社のパーソナライズド動画「Brain Video」です。

パーソナライズド動画「Brain Video」を活用。「MS1 Brain」のAI分析によって導き出された保険契約者一人ひとりに合った最適なプランを、動画で分かりやすく提案できる。その最大の特長は、パーソナライゼーションのための「時間」と「コスト」を最小化できることだ。
パーソナライズド動画「Brain Video」を活用。「MS1 Brain」のAI分析によって導き出された保険契約者一人ひとりに合った最適なプランを、動画で分かりやすく提案できる。その最大の特長は、パーソナライゼーションのための「時間」と「コスト」を最小化できることだ。

「MS1 Brain」でサービス品質の向上・均質化、営業活動の効率化を実現

青木:顧客一人ひとりに最適化されたCXを提供する「MS1 Brain」と「Brain Video」。これらを導入された結果はどうでしたか?

本山:まず、「MS1 Brain」によるニーズ予測分析を導入したことで、特約の成約倍率は分析結果が出ていないお客さまに比べて2~3倍に。さらに「Brain Video」の活用によって約1.8倍まで伸ばすことができました。

お客さま一人ひとりに、保険商品の内容についてご理解、ご納得いただけたうえで、本当に必要だと思う保険にご加入いただいているというのが、この結果ではないかと思っています。

MS1-BrainとBrainVideo

青木:代理店各社、営業スタッフ一人ひとりの顧客へのサービス品質向上という点でも、効果はありましたか?

本山:はい。これまでは、お客さまに対面して紙の資料を取り出し、その場で初めて商品についてご説明をするという営業スタイルがほとんどでした。しかし、事前に「Brain Video」をお送りすれば、商品についてはよくご理解いただいたうえで、対面時には「ご質問」や「重点ポイント」に絞って説明できるため、営業活動の効率化にもつながりました。

ちょうど新型コロナウイルスの影響で対面での営業活動が難しくなっていたところでもあったので、対面せずに保険商品への理解を深めていただけるのは非常に有効でした。

そしてもちろん、営業スタッフ全員が一律で高いレベルの提案ができることにも、一役買っています。

代理店の声
青木:そして現在も、パーソナライゼーションを用いた営業活動をさらにアップデートしていらっしゃるんですよね。

本山:はい。スマートフォンを活用して代理店とお客さまがコミュニケーションできる「MS1 Brainリモート」というサービスを、2021年2月に追加しました。

MS1 BrainとMS1 Brainリモート
スマートフォンで顧客とコミュニケーションを取れる「MS1 Brainリモート」。メッセージ機能、Web面談機能、自動車保険の契約手続きの3つの機能を備える。顧客にオンライン・オフラインを意識させない、新しい対面営業の形だ。

本山:「MS1 Brainリモート」を使えば、お客さま一人ひとりにパーソナライズ化された体験をしてもらえるだけでなく、スマートフォンでいつでもどこでも代理店との面談や自動車保険ご加入の手続きまでが可能です。リアルとデジタルの融合で、CXを飛躍的に向上させられると確信しています。

また、当社では約400万人に自動車保険をご契約いただいていますが、今までは自動車保険の更新のご案内や手続きの際に、満期案内冊子、特約案内チラシ、更改申込書など大量の「紙」が必要となっていました。これをデジタル化したことで、カーボンニュートラルにも貢献できています。

顧客により良い価値を提供したいという思いが「パーソナライゼーション2.0」

青木:私たちは多くのクライアントにパーソナライズのソリューションやテクノロジーを提案していますが、本当の意味でCXを改善する「パーソナライゼーション2.0」には、テクノロジーの進化だけでなく、それを導入して活用する企業の“覚悟”が非常に重要だと感じています。

本山:そうですね、やはり「本当の意味でパーソナライズドされているものをつくる」「お客さまに正しく、より良いものをご提案する」、そのためのこだわりをいかに持てるかが、最終的には大切だと思っています。

今回ご紹介した取り組みでも、お客さま一人ひとりにパーソナライズドしたロジックを構築するのは大変な作業でした。サンデースカイと電通と当社の三位一体で「良いものを届けたい」という思いを持ち、協力できたからこそ、良い結果につながったと思います。

青木:我々も、三井住友海上の強い覚悟を持ったCX改善が実を結んでいることを、大変うれしく思っております。本日はありがとうございました。


<あとがき>電通の組織横断チームが「パーソナライズドされたCX」を実現する

現在、DXを起点としてビジネスの変革を求める企業が増えています。本鼎談では、三井住友海上の事例を軸に、幅広い業種業態の企業にとってDX領域への足掛かりとなる「パーソナライゼーション2.0」について紹介しました。

これまではKPIを「認知率」「CPA」「ROAS」などで計測していた企業でも、今後はビジネス全体への影響を数値化するような「チャーンレート」(解約率)などをKPIとすることが増えるでしょう。私たち電通は、こうした変化を大きなチャンスと捉えています。

電通は、戦略立案からカスタマージャーニーに沿ったシナリオ立案、パーソナライズドされたシナリオを実装するためのデータ連携、クリエイティブまで一貫した実装を可能にするチームを組成できます。

特にクリエイティブが必要とされるCX 領域では、電通のクリエイティビティーが大きな強みになります。コンサルティングファームやSIer では制作できないクリエイティブの「量」と「質」の両方を提供できるからです。

電通ではこれからも「パーソナライゼーション2.0」をベースに、それぞれの顧客に最適なおもてなし=CXを提供していきます。

(電通イノベーションイニシアティブ 青木 圭吾)

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